僕らの野望の手助け
「理解できる?」
茶色の毛皮を纏った彼女が、クリクリした可愛らしい目で見ながら聞いてくる。ネメだ。頭を上下に振って理解できていることを伝える。
「大分理解できるように成ったな」
灰色の毛皮を纏った彼が、鋭い目を柔らかくして見下ろす。ヤムさんだ。
キューブを発動して、魔族語の表記を見ながら魔族語で『みんなのおかげ』と配置していく。
大婆に魔族語の勉強を教えてくれるように頼んでから4週間が過ぎた。
その間、魔族語はもちろん、キューブの練習もした。使い道が浮かんだから。
その結果、キューブの練習をしていく内に、多数の同時発動を魔力消費を少なくして発動できるようになったし、大婆に魔族語の表記を書いてもらって魔族語表記を見ながらだけど魔族語を書けれて聞くこともできるようになった。
今、僕はネメとヤムさんに喋って貰って、言葉を理解できているかの練習中だ。
ちなみにネメは、魔族語を読めない書けないだったので、魔族語の読み書きが多少できるヤムさんに教えてもらいながら勉強してた。
僕はもう、表は見なくても大体の読み書きはできるようになった。
「上出来だ。寧ろ上出来すぎる。...多少分かれば良い程度で考えてたんだがな。なんだ?スキルでも、使ったのか?」
なんと。僕はそういった類の事は一切使ってないのに。
余剰時間を全て言語の為に使っただけだとおうのに。
心外だったのでヤムさんを睨みつけると、視線の意味を理解したのか、ヤムさんは申し訳無さそうに頭を掻いた。
「そうそう。ロウに聞きたい事があるの」
ネメが辛そうに頭を抱えながら、僕の方を見ながら言った。
魔族語の読み書きもだけども、念話も覚えようとしてる二人は読心術をとにかく練習中だ。何に使うのかは分からない。
でも、目線を向けたから、念話を使わずとも言いたいことは察せれるでしょう。
「ロウはさ、その...」
どもりながら喋るネメのことを、じっと見つめる。言い辛そうな事を言われるときは、気になってくる好奇心と、そんなどもるような事なのかっていう怖さが同時にくる。そんな気がする。
「えっとね。ロウってさ、女の子なの?」
ネメにそう聞かれて、思わず視線があっちこっち移動した。まさかそんな事を聞かれるとは思っても見なかった。
「あ、いやね。ロウの顔がさ、女の子みたいだからさ。えっとこういうの中性的って言う...もがもが」
ネメの言葉に、どんどん微妙な顔になってくるのが理解できる。
そんな僕を見てか、ヤムさんがネメの口をさっと押さえつけるけど、今更な気がしてならない。
「ネメ、それは性別関係無く心に刺さる。落ち着いてその言葉は撤回してやれ。ほら、見てみろ。ロウのあの微妙そうな顔を」
「...あ。ごめんね!悪かったから、戻って!」
「ロウ。まぁ、その、なんだ...気を落とすな」
女の子...女の子みたい...そうですか...。
「...結構刺さってるな。ネメ、責任取るのだぞ。私は少し、そう少しだけ出掛けてくる」
「ええ!?ヤムさんの裏切り者!」
...うん、行ってらっしゃい。
「...」
「...うん。なんか、ごめんね?悪気は無かったの」
あの後、気まずい空気の中、ネメと二人で手遊びをしていた。調子を狂わせないように決まった動きで手を鳴らす遊び。案外、楽しかった。
それで、だんだんネメが眠くなってきたらしくて、そこらで寝てしまった。なので、特にやることもなくなったから一緒に寝てた。
そんなこんなでヤムさんが戻ってきた時に出た音によってパッチリ目が覚めた。どちらかというと、睡眠よりも仮眠の方が正しいかもしれない。
「...邪魔はしない方が良いか」
ヤムさんはそう言って、そこらに腰掛けて僕たちの方を見てた。左脇には、血抜きをしたと思われるグルンが置かれていた。
別に起きている事を伝えなくても言いと思って、また、仮眠を取った。
夢の中
"産まれたな"
"ええ。産まれたわ。そうね...。...いい?あなたの名前はーーーよ"
"あぁうぅあ!"
上手く顔が見えない3人、辛うじて男性と女性と子供ということと、女性の方は青色の簡素な服を、男性の方は真っ黒なピシッとした服を着ている事、ベッドと机や椅子以外何も置いて無い部屋中ということは分かった。
"ーーーは元気だな"
"そうね。将来が楽しみだわ"
"ーーー速く!こっちこっち!"
"待って待って。いやあ、お兄ちゃんついてけないからさ、少しゆっくり行こうよ"
いつまで経っても名前が聞こえない、そして顔が見えない。寝間着で小さい子が廊下を走って、背の高い男性が笑いながら追いかける。そんな姿を、最初に見たときとは違う男女が静かに眺めている。
"ーーー、二人目だな"
"そうね。今度はどうかしら"
"今回は僕が勝つだろう"
"さあ、どうかしら"
大きくなったお腹をさすりながら最初に見た男女が話し合う。産まれる子供で賭けでもやっているのか、勝ち負けの話をしているらしい。
"素晴らしい切れ味だ。この包丁があれば、色んな物がきっと綺麗に切れるんだろうなぁ"
台所だろうか、箪笥から包丁を取り出しててうっとりしたような声を出す男性。先ほど子供を追いかけていた男性だろうか、声が似ている。
"嗚呼、これが走馬灯。過去の記憶が蘇る..."
暗い世界で寒さに凍える。それと同時に色々な物語が芝居劇のように繰り広げられている。言葉通りなら、これが走馬灯とかいう奴なのだろうか。
"視界一杯に広がる絶望の味は旨いこと。お前等は知らないよな?何時も呑気に畑耕してるお前等には、この快感が分かんねぇだろぉなぁ?"
さっきまでのどこか現実離れした小綺麗な部屋とは正反対、汚れきった村の入り口で舌なめずりをしながら品の無いローブの人物が言う。
"いいか!目標はーーの村を占領した屑共だ!気をつけろ、何をされるーーカハッ!"
"隊長!?嘘だろこれ!?ーーーー製の矢だと!?そんな...こんな高価な物を!"
"ーーーー!ああもう滅茶苦茶だ!"
"なんだなんだ!?これはヤバいんじゃないか!?"
またもや変わって、何かしらの隊の目線になった。彼らの目線の先には物陰に隠れながら弓を射る何者かが見える。彼等を倒しに来たんだろうか。
"妾の名はーーーーーー!この名を知らぬとは言わせぬ!この戦いに、妾の名前を貸し出そう!妾の名を貸しておるのだ、必ずや勝利を掴み取れ!"
"ハッ!"
次は、ドレスを着こなす貴婦人と、様々な武器を持ち統一された集団。街の真ん中で行われてる演説なのか、一般人もちらほら映る。
"大丈夫か?おい、ヤバいぞ!この子、意識がねぇ!直ぐに連れてくぞ!"
"止めとけ。救ってもメリットが無い。それにその子はもう手遅れだろう"
"お前!仮に、仮に手遅れだとしても!墓を作ってやろうと思わないのか!"
"だが..."
"だがでも何でもねぇ!救えんのかもしれないんだったら俺は見捨てたりしねぇ!"
"...分かった。だが、俺は責任は取らん。それでいいな?"
"ああ!...すまんな、俺の独断で..."
"いや、気にするな。お前のその気持ちにケチつけたいんじゃない。ただ、何が起こるか分からない。その子を守りながらだと危険が高くなるから言っただけだ"
"...貴方は結局、私たちが大切なだけでしょう?"
"チッ"
大きな剣と盾を持った皮鎧の男性と、盾と剣が混ざったような武器を右手と左手に持った同じく皮鎧を着た男性に、杖を持って外套を着込んだ女性。そして、目隠しがされ顔の全体が見えない小さな子。
"いやあ、無事で良かったな"
"道中問題はなかったけど、厄介事の種みてぇな奴と関わっちまったじゃねぇか!"
"...きっと大丈夫。問題無いでしょ"
"俺はそうは思えねぇぜ。不気味で仕方ねぇ"
"妖精族か魔族だったんじゃあないか?"
"...無事に帰ってこれたから、気にしない"
"...ああ、もう。それでいいよ!ったく、しょうのねぇ"
先ほど子供を助けた三人の会話らしい。店で食べながら愚痴を始めた。要のように見えたけども、もしかしたら違うのかもしれない。
『のう、そろそろ起きたらどうだ?』
「...むぅ?...んん、おはようございまぁす」
「...む?今は、何時だ?」
『gagigohata sikkarihetehaio』
『そうか、我にはわからんかったぞ』
ゾンビになってから一番しっかりした睡眠をとった気がする。何せ今までは仮眠よりもお粗末な、寝転がっただけに限り無く近かったからね。
『ほら、もう夜だぞ?』
「...ぬぁ!少しの仮眠の筈が...すまない、直ぐに戻らなくては!」
『あいわかった。気をつけてな』
慌てて走り出すヤムさんに手を振る。こっちのこと確認すらしていないけども、それだけ大事な事なんだろう。引き留めるのは可哀想だ。
『...ところで、ネメは何時まで寝てるのだ?』
「うふふ...わたし、まだ食べれるよぉ。そのお皿持ってきてぇ」
『...』
だらしなく緩んだネメの顔を見ながら、ふと思う。
さっき、起きてなかった?
『その筈だ』
二度寝かな?
『であろうな』
起きないのかな?起きないのなら、少しくらい悪戯していいかな?
『ものによるのではないか?』
じゃあ...祭壇みたいにして生贄みたいにする。そして、起きたときにそれっぽくなるように意味のない言葉を繰り返す。
『...それは止めるべきだ。それから起こしてあげなさい』
ヴォル爺に止められたから素直にネメを起こそう。揺さぶれば、起きるかな?試しにやってみよう。
「...芋は焼くの...茹でるのはやだぁ」
料理の手順のゆめかな?芋の調理方法の夢って、なんだか珍しさを感じる。とりあえず、揺さぶるじゃダメなら叩いてみようかな。
「葉野菜は...千切るのぉ」
...厨房にでも立っている夢なのかな?そして助手とか上司とかと手順で揉めてる夢なのかな。なんともまぁ...。
「...んぅ?」
もう一回叩こうかなと、手を向けた辺りでネメの目が覚めたらしい。
「...ロウに、ヴォルお爺さん?おはよう...ヤムさんは?」
寝ぼけ眼でぼっとしているネメが、ヤムさんをさがす。生憎と、少し前に急いででていったけども。
『とうに夜だぞ。それからヤムはやることがあるようで、少し前に出て行った。お前さんは何かしらやることはないのか?』
「...ほえ?もうそんな時間?もしかして、寝てた?わたし、寝たつもりないよ?」
...なんだか、寝起きで寝たつもりがないだなんて言う人、初めて見たような気がする。それでも、気づいたら寝ていた、だなんてことは在り来たりだから別に可笑しくはないか。とりあえずそろそろ帰らせる方がいいかな。
「...ふぁぁ」
うぅん、玄関まで送って、空でも見せればいいかな。
ドアを開けて、目をこすっているネメに外を見せる。
「...うぅん、もう夜なら一晩泊めて」
凄いダメな人の感じがする。いや、別に構わないけども安否確認が来ないためにも帰っていただきたい。顔に水でもかければ目が覚めるかな?
せい、ウォーター。
「!?...うぇあ!」
ネメの顔に弱めの水をかける。驚いて固まったけども、すぐに目が覚めたらしく、夜であることを再認識したらしい。
よし、目を覚ましたね。
「もうこんな時間だなんて...」
帰るの忘れてとうとうその場で頭を抱え始めた。早く帰って家で眠りなさいな。
「...真っ暗になってたや」
「帰らないと大丈夫?」
今すぐ帰った方が良さそうだけど...まぁ、もう遅そうだけども。実家暮らしらしいし。
「あ、はは...えっと、うん、じゃあね」
右手を振っておく。手を振っているのに気づいたネメは一回手を振ってすぐに走っていった。急いで帰りなよ。
『そうだ、ロウ。魔族語はどの程度理解したのだ?』
もう簡単な読み書きは大丈夫で、今は応用だとか色々。
『そうか。順調そうでなによりだ』
僕の報告を聞いて声のトーンが上がったヴォル爺。
ところで、ヴォル爺は頼まれた仮面は作り終えたの?
『ああ。流石に673面を四週間で作るのは骨が折れた。我が進化個体でなければ、こんな短期間だと過労死しても可笑しくないぞ』
ヴォル爺は声のトーンを上げたまま、口を開けた。ヴォル爺が喜んでる時や楽しんでるときの仕草だ。顔の表情を読みにくいけど、顔の変化で僕はヴォル爺の気持ちを大まかに察することができた。
『聞いてくれるか?ニメの奴、仮面を作り終えたら直ぐに仕事を振ってくるのだ。しかも今度はこの集落独特の旗を作ってほしいときた。我の手先が器用なのは自分でも理解しておるのだが、旗ときた!我のような流れ者に集落の誇りとなる旗を作ってほしいと言うのだぞ?あやつは相当な阿呆だ』
いつもは静かなヴォル爺が、こんなに嬉しそうに興奮して話ている。よっぽど嬉しいのが手に取るように分かる。
にしても旗ねぇ、大婆は国でも作るつもりなのかな?
『さあ、どうだろうか』
集落独特の旗だなんて、それまた疲れそうな仕事だね。
『そうだな。さっきも言った通り、新たな旗を作るのだ。ニメは新たな国でも立てるつもりなのかもしれんな』
建国か、はては町か何かか。
『町ではないか?建国何ぞしたら、様々な種族に狙われる。ましてや、魔族からも反逆と見なされるやもしれぬからな』
そっか、色々細かい厄介事はあるんだね。でも、できればみんな平等、みたいだと良いな。
『それならどの種族でも安心できそうだな』
そうだね。色んな文化が入り乱れて面白い町になりそう。
『維持が大変そうだ』
ヴォル爺はそう言って笑った。ヴォル爺にとっても、そんな町は面白いのかな。
ああそうだ、ねぇヴォル爺。旗のデザインは決まったの?
『いや、決まっていないが?』
それじゃあ一緒に旗のデザイン考えない?
『...うむ。良いな。一緒に考えるか』
うん。僕、いっぱい案を出すよ。
それからしばらくの間、ヴォル爺と一緒に旗のデザインを考えていた。揃って夢中でやってたからか、途中ヴォル爺は疲れて寝ちゃった。
それでも、ヴォル爺と話し合った結果、長方形の黒色の布に白色、緑色、茶色、紫色の四色がそれぞれ四隅に彩られており、真ん中には剣が二本クロスしている。そんな柄が最有力候補となった。
僕は見た目しか考えてなかったけども、ヴォル爺が拘ったから旗に意味がある。
まず、白色は人族を表して、緑色は妖精族を表している。茶色は獣人族を、紫色は魔族を表している。真ん中の剣は戦争を仕掛ける意気込みなどではなく、共闘の意味を持っている。要はどの種族も仲良くいこうてきなあれだ。そうはならなくても、共存の意ぐらいが汲み取ってくれるだろう。
ヴォル爺は、たぶん明日大婆に報告しにいくだろう。