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バカと過ごす異世界転生物語  作者: 吉本ヒロ
16/23

迷い




親の付き添いで領主と会っていても、ノエルの心はここになかった。

姉につつかれて辛うじて返事は出来たものの、それさえすぐに意識から外れる。

どこか様子のおかしいノエルに両親も姉も怪訝に思ってはいた。人見知りをするような子でない事くらいは知っているし、相手が領主とはいえ、多少の無礼をとがめられる事もないからこそ、特に懸念もなくこの場にいさせたのだ。



しかし、さすがにこの状況でノエルに構うわけにもいかず、直接話を聞く事も出来なかった。

だからそれとなく姉だけが残り、両親とクラフトや騎士達が家に入った事にもノエルは気付いていない。

ノエルにとってはそんな事よりも、今心中を占めているのはやはりチェスターの事だった。

何日も二人きりになれないなんて事は今までになかったし、二人きりになってどうすればいいのか分からなくなるのも初めてだった。

だからなのか、胸の辺りがすごくもやもやする。



それも日が経つにつれ、胸の内に蟠る不安はどんどん強くなっていく。

チェスターが手の届かない所へ去っていく。

始めはそう思っていたのだが、日が経つにつれ、なにかが違う気がしてきた。まだ上手く言葉に出来ないが、まるであの時、川で気絶した時のような嫌な感じが強くなっていくのだ。

いなくなるという一点において全く同じような感覚でありながら異なる、名状し難い何か。

ほとんど本能だけで、ノエルはそれを感じ取っていた。

だから今すぐチェスターに会って伝えなければならない。この上手く言葉には出来ない感覚も、チェスターならちゃんと汲み取ってくれる。そんな信頼を置く一方で、チェスターの事なんて知らないという想いもある。



いっつも自分勝手にやって、何よりおねーちゃんのあたしを置いて出て行くなんて許されるはずがない。

だからこれは、チェスターに対する罰なのだ。

あたしがいないくなった事できっとチェスターもおんなじように思っているはずなのだから、チェスターからあやまるまで許すつもりはない。

何度目になるかも分からない程にそう自身に言い聞かせるノエルは、しかしそれほど大きな事態に直面した事などないからこそ、己の感覚を信じられるほどの経験を積んでいなかった。

第三者から見れば可愛らしくさえあるささやかな子供の意地。



意固地になっているノエルの焦燥感まで察したわけではないが、エイミーはノエルが気持ちを押し殺して意地になっている事くらいまでは察していた。



「あらあら、ノエルちゃん、そんなにチェスター君の事が気になるの?」

「…………ならない」

「うふふ、そう。でももし良かったら、おねーちゃんにチェスター君がどれだけノエルちゃんを困らせる悪い子か聞かせてくれないかしら?」

「……………………」



迷うように口を開きかけ、しかし閉じるを幾度となく繰り返す。



「……チェスター、時々頭悪いの」



だけど自身でその行為に耐えかねたのか、少しの間の後でぽつりぽつりと呟くように、ノエルの口からささやかながらも言葉が零れる。

最初の言葉が出れば、後はなし崩し的に、止めどなく続けられた。



「頭良いフリして、あたしの事ばかっていっつも言うけど……でも、チェスターあたしよりもっと頭悪いの! 何回にげてもすぐつかまるし、自分の事ほったらかしで、きゅーに倒れたり、いっつもおなかすかせてたり……だからばかなの」



ふっと、そこで間を置いて、ノエルは最も聞きたかった言葉を姉に告げる。




「…………ねえ、チェスター、ここを出るってほんとなのかな?」




それが、ノエルの心を苛むもの。

ずっと気になって、でも形にするのを恐れていたから、今日まで言葉に出来なかったもの。

だからエイミーは悩む。

答えは分かっていたが、どう告げるべきかを。



「んー、難しいわね。私と同い年の子も何人か街に出ているわ。だから、いつかはチェスター君も出ちゃうのかもしれないわね」



そういいながら、エイミーは十中八九チェスターがいずれは村を出るだろうと確信していた。

村を出た人間に共通する雰囲気をチェスターも纏っていた。

こんな村で終わらないという野心は、こんな村を出たいという想いは、知らず雰囲気として滲みでる。しかしだからこそ、あの年齢でそう思っている時点で彼は非凡だった。



だからノエルの手前、言葉を選びつつも仕方のない事ではあると思っている。

年齢に見合わない優秀さは、こんな村で人知れず埋もれていい才能でもないだろう。

そしてそれは、ノエル自身も確信していた。

エイミーほどの経験がなくとも、チェスターの事を良く知っているからこそ、そうなるのだろうという予感を抱いていた。



「……ねえ、ノエルちゃんにとって、チェスター君って何なのかしら?」

「…………え?」

「ノエルちゃんはずっとチェスター君と一緒に二人だけで遊んでいるけど、チェスター君以外にも同い年の子供は何人もいるわ。それなのにどうして、ノエルちゃんはチェスター君にこだわるの?」



実際、少々孤立気味であることは否めない。

性別どころか年齢さえ問わず、誰とでも仲良くなれるこの子の気質からすれば異常と言ってもいいほどだ。

それがチェスターの影響である事は間違いないし、それが良しきにせよ悪しきにせよ、もう少し幅を持たせるべきではないかと両親が危惧していた事も知っている。

だが、エイミーはその意見に反対した。



ノエルのやりたいようにやらせるべきだと思ったし、チェスターと会って、少なくとも悪影響を及ぼす子ではないと確認したからだ。

なんと言うか憎めない小悪党とでも言うべき、本当に不思議な子だった。

憎まれ口を叩きながら相手が傷ついてないかと心配しているような、そんな優しい子。

ああだから、あの子にはあの子の考えがあって、ノエルちゃんがこうなる事を理解してあの子は突き離したのだろう。



だけど結局、私にとってあの子の意思よりノエルちゃんの意思こそが重要なのだ。

そしてその問いかけが、ノエル自身でさえ気付かない程自然に、しかし混沌と化していた心を驚くほどの速さで心の整理を進展させる。



「チェスターは……」



チェスターは昔から目を離せばどこかへ行ってしまうような、だけど他の誰にもない、変わっていながらも不思議と傍にいたくなる、独特の温かい雰囲気を持っていた。

だから自分が何をしても、結局最後には許してくれた。



「チェスターはあたしが見てないと危なっかしくて――」



危なっかしくてドキドキして、気付けば目で追ってしまうような、やけに気になる存在だった。



「あたしのおとーとで――」



そしてずっと、隣には自分がいた。

だから自分がそこにいない事が想像出来ないし、胸がきゅっと締め付けられるように痛くなる。



「だから――」



まだ6歳児のノエルに、難しい事なんて分からない。

ただ、物心ついてからずっと一緒にすごした幼馴染の事なら、この村の誰よりも知っている。

そして、ぐちゃぐちゃになった自分自身の心の、最も奥深くにあった気持ちも――



「楽しいからいっしょにいるの!」



あまりもシンプルな、しかしノエルらしい答えに、ようやく普段のノエルが戻って来たとエイミーは破顔した。



「そう、だったらノエルちゃんはそうしなさい」

「でも……」



少し距離を置いてしまったせいで、どう接すればいいかも分からなくなっているのだろう。

そんなノエルの様子を微笑ましそうに観察していた姉のエイミーは、やはりまだ意地を張って動けないノエルの背中をそっと押す。



「ほらほら、これが最後になってもいいの? チェスター君に言いたい事、色々あるんじゃないの?」

「だけどあたし――」



いくら見栄を張り、どれだけ意固地になろうとも、ノエルの中で一番大きな気持ちが何なのかくらいエイミーにはお見通しだった。



「言っておかないと、きっと後悔しちゃうわよ?」

「…………うん」



だからノエルの言葉を遮る。

時間が全てを解決してくれるとは限らない。

戻らない、戻せない時というものがあるのだ。

まだ幼いノエルでさえ感じ取り、しかし幼いが故に対処法を誤ろうとしている。

だから本心に、そのまっすぐな気持ち素直になれるよう、ノエルちゃんはノエルちゃんのままにいられるように助けるのだ。

それが姉の務めであり、このとてもかわいらしい妹が生まれた時から決めていた事なのだから。



「ノエルちゃんをほったらかしにしていたチェスター君が悪いんだもの。チェスター君のばかー、くらい言ってあげなさい」

「うん!」



やっぱりノエルちゃんは明るい笑顔が似合う。

そう、やはり悲しい顔なんかより、笑顔が似合うのだ。



「お父さん達には私から言っておいてあげるわ。さあ、行きなさい」

「おねーちゃん、ありがとう!」

「はうっ!?」



一目散に駆けだしたノエルは、姉の様子に気づかない。



「……もう、何あの笑顔! 歴代で最高のキュート! お姉ちゃんの心のノエルちゃんフォルダの中でもベストを争うほどにお姉ちゃんきゅんってなっちゃったじゃない! やっぱりノエルちゃんをチェスター君にあげるのもおしいわね。…………姉が妹を……ダメ、そんな禁断の果実なんて……食べちゃいたい!」



鼻血を流しながら腰砕けにへたり込むエイミーは、とても人様に見せられるようなものではなかった。

幸か不幸か、今両親は家の中で領主との話に夢中なため、外にいたエイミーの様子に気づく者はいなかったが。




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