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千代田雪4


 皆で部室に帰ったときには、もう俺はどうにもならなくなった。

「千代田お前どうしたんだよ」

 菊池が本気で心配してる。いつもは茶化して話しかけてくるのに。本当に俺、どうかしてるんだ。

 でも、今日は行かないと。同窓会があるんだ。とりあえず、何か言わないと。

 そう思っても、うまく話せない。ろれつが回らない。どうしよう。

「大体、お前今日は無理しすぎだよ。ほら、あの進藤先輩のさ」

 え、今、菊池が喋ってるのに。何も聞こえない。何だこれ。耳がおかしくなった。やばい。青筋がたつ感覚がした。方向感覚まで狂ったように、空がぐるぐる回りだした。

 俺、今日はなんか役立たずだ。何も出来ない。何も。何も。

 次第にいたたまれなくなり、俺は荷物を持って逃げ出そうとする。

 菊池が止めてくれた気がした。ふりきって飛び出した。

 それ以降はよく覚えていない。気が付くと見覚えのある地元周辺にいた。

 

 今日は何かがおかしい。歪な歯車が回りだした。


 ――ようやく、冷静になれたのはよかったが、時間が時間だった。

 気が付いた時には同窓会の集合時刻をとっくに過ぎていた。

 駅前の焼肉店。急いで行く。着いたときには、遅せーよと聞きなれた声が歓迎してくれた。

 吹奏楽部の部活友達だった。

 時間制限付き食べ放題という学生らしい集まり。すっげえうるさいが。まあたまにはこういうのもいいかもしれない。

 中学生時代といっても、

 一年前の過去だけれども、

 少し懐かしくなった。ああ、いいなこれ。なんだか楽しくなってきた。

 上気分の俺に話しかけるクラスメイト。

 とりあえず席に付けといわれ、通された席の隣に。知らない女子がいた。


「ともひこくん、久しぶり」

 馴れ馴れしく呼ばれた。

 厚めのマスカラ、焼肉屋のオレンジの照明の下でも分かる真っ白い顔の人。なんかどすえとか言いそう。

 いや、舞妓のほうが断然かわいい。だれこいつ。

「部長化粧かわいいですね……」

「部長って誰よ」

 違ったー、あてずっぽうでいってミスったー。まじで吹奏楽時代の部長かと思ったー……というか視界の右端でちびちびオレンジジュース飲んでるのが部長だったー。何か前より可愛くなってるな。あんなにダサくてお洒落のおの文字も無かったのに、ピンクのシュシュとか付けなかったのにな! 

 あれ、何か嬉しい! すげえ、進化!

「私よ。私、モトカノじゃない」

 モトカノじゃない? じゃないって否定の『じゃない』か強調の『じゃない』。どっちだ。

「付き合ってたのに、覚えてないんだ。ちょっとひどくないぃ」

 付き合っていたのか。ちょっと我にかえると理解したけど、信じたくないので知らないふりをしつづける。

「へぇ」

 俺の乏しい語彙力ではそれが限界か。

「にしても、ともひこくんは変わんないねー」

 語尾を延ばすな、語尾を。これが桜田先輩だったら大歓迎だが妖怪『白身だんご』だと虫唾が走る。

「ともひこくんはー、ちょっと穏やかっていうか、なんか静かだよね。何か食べないの?」

 今来たとこですけど! 俺だって肉くらい食いたいが、知らない女が話しかけて邪魔してんだよ。気が付くコマンドは無いのか、ダメ低レベルギャルが。

 ちょっと腹が立ってきたぞこの子。大体ともひこくんって誰だよそれは。

「ともひこくんはー」

 まだ言うか。

 ああ、もうこの白いの見てたら、萎えた。

 同じ白なら舞妓の方が断然いい。はあ、京都行きてぇ。もっとかわいい女の子、はべらせて楽しみてぇ。

「ああ、京都行きてぇ」

「また変なこと言ってるー、ほんとともひこくんだー」

 横でクスクス笑い出した。地響きがするから止めてくれないかな。なあ。

 俺は隣のギャルを、少し引いた目で見る。

 面影ゼロ。雪のように純粋だったのは少女の輝きだったというのか。

 どうしよう中学生の俺、お前選択ミスってるぞ。付き合うときはちゃんと未来設計を立ててから付き合うべきだったな、過去の俺よ。

 いや今でも間に合うかもしれない。今すぐ花屋に行って腕いっぱいにバラを抱え込んでそこにいる部長に愛をささげたら案外OKもらえるかもしれない。さあ行け俺。立ち上がれ俺。

「いやあ、そっちは随分変わったねー」

 立ち上がれねーよー。俺、勇気ねーーよー。もうやけくそだ。ビールもってこいよーービールー。

 すると、白いのは自信満々に「でしょ」あ、今タローさんがだぶった。アレの方がまだかわいい。

 白いのは髪を触りもって語りだす。

「この前までツインアップだったんだけど、カレシが編み込みのほうがいいっていうからー、マクシメ編みしてみたのーかわいいでしょ」

 幕閉め。落語か何か? 

「ともくんが何にもしない間に私は成長したんだ。ね、そっちは何か変わった?」

 偉ぶった横顔が深海魚みたいに見えた。不協和音が鳴り響く。耳鳴りだ。

 だんだん意識が薄れていく。気持ち悪い。

 


「どうせ高校入っても変わんないんでしょ」

 

 ――俺、文芸部に入ったんだ。


「ま、普通はそうだよ」


 ――美人の部長がいつも笑ってくれるんだ。


「皆何にも変わないよね」


 ――頼りがいのある兄さんみたいなのもいるし。


「でもさー」


 ――お前なんかとは違う、かわいい先輩が語尾伸ばして話しかけてくれるんだ。


「高校って意外とつまんないよね。ホント中学に帰りたい」


 ――後、かわいい友達が出来た。俺のこと、大切にしてくれる友達が出来たよ。

 

「でさ、ともくん」

 そんな風に俺を見下すなよ。俺に曇ったレンズを押し付けて語るなよ。喋るなよ。こっちをみるな。下らない口を開けるな。汚すな、空気吐くな。笑うな。静かにしてろよ。黙っていられないのか。

 

 頭の中ぐるぐる。周りの音が入り混じる。左右から突き刺さる話し声、笑い声、何もかもがホコリみたいに舞いだした。

 BGMがリズムはなして、歌手まで放して突っ走る。待ってくれないドンちゃん騒ぎが俺を置いてけぼりにする。

 

 さあ、ラストチャンスだでくの坊。過去の過ちに問いかけてみろ。

 ほら、さあ早く。


 ――お前、いつからそんなに最低な女になってた?



「――ごめん」

 それが俺の声だと気が付いたのはもっと後だった。

 もう帰りたい。

「ちょっと席立つから」

 そういって、やっと立ち上がって。

 頭が痛い。さっきの倍くらい痛い。

 モトカノは止めなかった。どんな顔しているのかは見ていないが大体予想は付いた。


 外の風にあたる。

 何か一抹の不安を感じたので一応貴重品は持てるだけ持って、外に出た。

「これは夢でした」

 そういったら現実になりそうな気がした。

 外はもう真っ暗になっていた。暗闇の中が何故か安心できた。


 ああ、俺根暗なのか。人がいるところに行くより、静かな方がいい……みたいな。


 店の前にしゃがみこんで営業妨害。ちょっと端に寄る。

 なんでもいいから。

 邪魔だよ千代田っていってくれよ菊池。

 



 

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