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千代田雪3


――今日は中学の同窓会。

 卒業してから一年も立っていないのに、再会しようなんて都合がよすぎる。

それに合意した自分も頭沸いているとしか思えない。

 高校が離れて、メールを送ってもエラー通知オンリーの彼女。メアド変えたんだろ。それも連絡も無しに。

 はっ、もう脈どころか、形さえもないじゃないか。ろくでなしの俺が招いた散々な結果に。俺は誰を恨めばいい? 


そんなうやむやになった彼女に会えるかもしれないと思って参加に丸をしてしまったのはどこの馬鹿だろう。

まだ千代と呼ぶ彼女の声に惹かれていたから。そんな未練が心のどっかにあったからか。俺は決断に迷う。


「――千代田はいいな」

 いつだったか、俺は菊池に彼女の話をしたことがある。もちろん、部室で二人っきりの時に。

 菊池は『そりゃもう終わってる』とか『千代田が馬鹿なんだよ』とかそういうことを言っていた。

 けれども、最後にはそんなことを言い始めたんだ。

 菊池の白い指がページをめくる。菊池の目が文字をたどっていく。

 映画のワンシーンのように、芯の通った物語がそこにはあった。

 形にならないような、俺には無いものが。

 

 ――羨ましい。

 

 雪のように落とされた言葉が皮肉。感情の吐露。淡い色に染まる空に呼応するかのように、菊池は言った。

 菊池は表情が比較的乏しい。

 それは高校以前の環境が問題だと大体予想は付く。じゃなけりゃありえない。


 俺のことを羨ましいなんて、そんなの誰も思ってない。

 おれなんて運の悪いやつのこと、嫉妬するヤツは今まで誰もいなかった。


「恋って白いんだ」

 めずらしく菊池が抽象的なことを言った。イメージがと前置きしていたが。

 にしても、例えがそれか。

 単色。

 しかも、明度最強のそいつを選ぶその理由とは如何に。

「山奥で流れる川のように澄み切った水。汚れなきもの。それでいて、地域期間限定のオプション。プレミア物だと思うよ、それ」

 それだと水色じゃねって思った俺がいました。まあ、同じようなものか。開き直る。

「後味最悪だけどな」

「一瞬でもいい思い出来ただけ幸せだと思え馬鹿が」

 悪態付かれた。

 でも、いつもよりキレが悪かった。

 窓から風が差し込む。空っぽの波が耳に当たる。何もない。


 ――得られなかった人間と、得てもそれが不十分だった人間。

 

 二人でこの部室にいると思うと酷く胸が痛んだ。

 

 菊池は本を閉じた。机に寝そべるようにして、目線を落とした。

「私は普通の人だから。もう何も望まないし。まず欲しくない」

 眠るように崩れた体を、俺はどんな風にみればよかったんだろう。何も出来なかった。

 

 せめて、そこで一言でも笑ってくれればどんなに楽だったか。

 

 そのときからだ。俺は菊池の過去が気になって、仕方なくなったのは。

 

 なんとなく、菊池のことは分かる。

 おそらく中学校かそれ以前に大怪我してるんだ。

 理由は見た目だろうな。それは分かりやすい。女とも見間違えそうな中性的な容姿。

 いじりがいがあって、いじめても良心が痛まなさそうなターゲット……というつまらない言い訳が頭の中をめぐる。

 くそが。それなら別に菊池じゃなくてもよかったはずだ。例えばさ、犯罪者とかって……例えがとっぴ押しも無いな。あ、そうそう。俺みたいなクズでもよかったんだ。

 

 選択は確実に誤りだらけの世界に。

 冤罪だらけの世界に。

 着実に進化という名の退化をした世界に。

 

 ――そんなことが許される世界に、どうして俺は生まれてきたんだろう。

 

 こんな世界に誰がした。

 真っ暗で行き場を失った。

 菊池も俺も皆。皆。皆。あー、みんな。みんな。


 見んな。触れるな。触るな。汚れるぞ。

 捨てよう。捨てられよう。そして、それを甘んじよう。

 

 ――さあ、皆様崖から飛び降りて下さい。人類の発展のために、あなたたちは要らない人たちです。

 ネオンランプが光り続ける。

 看板にはでっかい文字で、さっさといなくなれ。役立たず。

 

 ――人間、これがお前の世界か。お前はなんだかかわいそうだな。

 知らない女の声がした。


 ――可哀相。

 そうだ、そのとおりだ。俺は声を上げた。子犬みたいな気分で、雨音にもまれたように悲壮に。


 ――なら、この世界を消してやれ。

 女の声は続けて言う。

 

 俺はそれに対して無理言うなと苦情を言う。

 どこの電波を使っているのかは知らないが、それは好き勝手言い過ぎだろ。そんな力は俺には無い。

 皆にあっても、俺にはない。 


 ――なら、んのが貴様にくれてやる。

 

 あれ、頭が痛くなってきた。比喩とかじゃなく、本当に痛い。感覚的に。血がどっと流れるような痛みが。心臓の音にのっていく痛みが止まない。次第に大きくなっていた。

 

 ――世界を消してやれ。

 女の声はノイズがかかったようになった。おい、電波が届かないのか。って痛。マジで意識が消えそうなくらいだ。

 ――そして、お前が奏でるんだ。

 徐に、口を開く。

 何をだよ、と尋ねた。

 

 しかし、答えは返って来なかった。


「――千代田。おい、千代田! 何やってるんだよ」

 叫ぶような菊池の声がした。


 目の前に、菊池がいた。

 長峰先輩がいない。え、場所が入れ替わったのか。

 

 って、は? なんだこれ。

「え」

 気が付くとそこにはバランスボール程度まで膨らんだルービックキューブがあった。俺のルービックキューブがあった。

 

 ――そして、若干透けたキューブの中にタローさんが閉じ込められていた。


「何これ」

「千代田がやったんだろうが。今、目の前で」

 知らない。こんなことできるわけない。

 俺にはこんなことをする力はない。何かの間違いだ。

 そこに長峰先輩がすかさず締め上げるように言う。

「これじゃあ、もう私達は手が出せないわ。千代田君。あなたの勝ちでいいわよ」

「え、でも」

 うろたえた声が俺の喉から発せられた。酷く弱った声がした。

 何だよこれは。恥ずかしいくらい情けなくて。つい黙り込んでしまった。

 

 部長は全てを見透かしたように、覚めた目で俺を見た。

 見た者を凍りつかせるような冷たい目で。

「いいから早く、あなたのすべきことをしなさい」

 俺は言い返す言葉がなかった。

 ただ「消えろ」とだけつぶやくとルービックキューブは破裂した。

 また頭が痛み出した。じんわりと傷口をひろげるように。


 そして、元の世界に戻ってきた。

 いつもどおりの日常に。

 喧騒の中に。

 真っ暗な空洞の中に。


 ――ルービックキューブは元通りになってそこにあった。


 

 

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