菊池展開1
「――タローさんを探しましょう」
長峰先輩は確かにそう言った。腰まで伸びた長い髪。すらっとしたモデル体型の上級生は、高らかに宣言した。
12月20日、某高校の文芸部の一室に、その日五人の部員がいたことは紛れも無い事実である。
一人は長峰あすか。高校二年生。歩く百合で後姿も百合なのに、性格が若干芝生レベルの文芸部部長。なのだが。
「え」
私の心の声としては、太郎さん、誰だそれは。の言葉しかない。でも、言っても意味がないような気がする。
「へえ、もうそんな季節かー、早いね」
助け舟だと思ってしがみつこうと思ったが、そうじゃなかった。
そうほほえましく言ったのは桜田志乃美。高校二年生。頼れる会計先輩。でも、今日は何か頼れなさそう。
「俺、今日、軽音の方あるから……。巻きで」
否定的でありながらも、若干肯定寄りの発言をしたのは、茶髪のチャラい先輩だ。すみっこでギターの練習しながら言った。彼は進藤 居鳥。高校二年生。軽音部と兼部している副部長。いつもはクールの申し子なのに、今日はファンタジーに足を踏み込んでいる。
「え、え」
なんか先輩三人が対応できてる。何かの隠語か。
私は状況把握でいまいち出来ずにその場に呆然と立ち尽くす。
すると、私の肩を優しく二回叩く人がいて。ああ、ここでやっと理解者が現れる。そう思った。思っていた。
「がんばろうな菊池。一緒にタローさん探そうぜ」
唯一の同級生、千代田は使い物にならなかった。
先輩の冗談に武器不所持で入り込みやがった。死ぬ気だこいつ。しかも、また一人ジェンガしてる……それ楽しいの。
私こと菊池は文芸部に絶望した。いや、脱帽か。って私までふざけていれる場合じゃねえ。
「長峰先輩、タローさんって誰ですか」
ここですかさず聞いてみることにした。
長峰先輩は何故か自作の鼻歌を口ずさみ、よく聞いてくれたといわんばかりに目から星っぽいものを飛ばしてきた。決めポーズなのかなあ。
そして、部室に唯一置かれた回転椅子に腰を下ろし、くるくると回りながら紙とペンを要求した。
そこでアシストしたのは副部長の進藤先輩。棚からそれらをいつもどおり取って、あっけなく机の上に置く。
長峰先輩は飛びつくようにペンのふたをきゅぽっと引き抜き、何かを書き始めた。
まるが2つ。そこに目と口のせてって。
「先輩、雪だるまですけど」
「え、雪だるまでしょ。タローさん」
当然そうな顔で言われた。
タローさん、人外かいっ。考えて見ればそうだよ。人を追いかけてどうするんだ。そういう造形物を探しに行くって話か。何だかほっとした。
何、もだえ苦しんでるの。と芝生先輩が聞くので、いえ、なんでもと答える私。
「え、でも、今日雪降ってなくね」と千代田はまともなことを言った。
しかし、長峰先輩、進藤先輩、桜田先輩が固まることはなく、ただ。
「呼んだら来る」「呼べば来る。暇人だから」「来ると思うよー」 とだけいわれた。
私と千代田は、口をぽかんと開けるしかなかった。というか進藤先輩に関しては、人って言ってるところが抜けているというか。呼べば来るってことは、実はタローさんは人間なのか。私は千代田の方を見た。
何これ。目で訴えると、あっちも本気で困った顔をした。
先輩たちはそんな私たちのことはそっちのけで、何やら相談し始めた。
「居鳥、アレ弾いて」
長峰先輩、だからアレってなんですか。
進藤先輩はギターを構えて、「おうよ」とだけ言った。右手のピックがきらりと光る。
「おいでませ、tiny rog」
え、先輩おいでませって何が。後言の『たいにろぐ』って呪文かな。うーん、というか説明無しで何を招きいれようと。
もしかしてこれがカオスか。本気でわけが分からなくなった。
進藤先輩がギターを鳴らす、
初っ端から目に止まらぬ速さで何かがかき立てられる。ジャンルは……これはロックって言うのだろうか、地響きするような音がのめり込むような気がする。
けれども、平面状に広がるような滑らかさもある。何かなぞっていくような感覚というか。ああ、そうだ。まるで過去にさかのぼる様な音だ。
昔の記憶を強制的に廻らせる、楽しかったこと。
そして、音が変質していく。苦しかったことを思い出させる。心を抉る音に。
「気持ち悪っ」そういったのは私ではなかった。
千代田だった。しゃくにさわったのか知らないがとてもいかつい顔をしていた。私にも分かる。人の感情に付け込む様な音に聞こえる。いつもの進藤先輩のギターの音じゃない。こういうのではなかった。音が変わってる。別の世界に入り込んでる。
そして、何かが近づいてくる。部室がガタガタと震えだした。地震だ。それも震源地に近そうな縦揺れ。体が少し浮いた気がした。
その拍子に床から盛り上がって、茶色のかたまりが出た。
ぽんっと。
――茶色い小枝の塊みたいのが。
「げぇええええええええ」
「出た化けももおっもも」
びっくりしすぎて千代田と一緒になってパニックになってしまった。
一年生、全滅。なのに、二年は見殺し。しかも、化け物の方からのっそり近づいてきた。のっそのっそと歩いて、長峰先輩の前までいって、怪物は言った。
「人間ふえたんの」
なんかゆるい。余計、気持ち悪い話し方だった。
「ええ」
高いおっさん声で喋る化け物と会話してる。部長って何。というか文芸部って何。
茶色い化け物はその場でくるくる回りながら次にこういった。
「じゃ、はじめるんの。説明よろんの。20カウントしたら始めるんの」
トントントン。一定のリズムに乗った話し方が余計に気持ち悪い。ゴミ箱にシュートしたいくらいの生理的な拒否感が押し寄せてくる。
先輩たちは動き始めた。
進藤先輩はウォーミングアップをしだした。何、ギターで腕伸ばそうとしてるんだこの人。
桜田先輩は棚の中の紙束をあさり出した。目が怖いです穏やか系先輩。
長峰先輩は屈伸をしながら、置いてけぼりの私たち二人に早口でまくし立てた。
「この茶色いのは小さないたずら者。通称タローさん。勝った人にご褒美くれるの。わたしたち文芸部では毎年十二月になるとこうやってタローさん呼びをするのね。居鳥のは一応儀式よ。形骸化されてるけど」
「いや、全然。というか勝つって何ですか」
私が言った。これは幻想か。夢か。もう皆おかしくなっているとしか言いようが無い。唯一まともそうな千代田は、何故か数字をカウントしてるし。
「簡単よ」
長峰先輩は答えた。その時、隣の千代田は0と言った。
「タローさんを捕まえて、ぶっ倒したら勝ちね」
「スターーーーートンの」
そして、タローは逃げた。