月宮編 「夕暮れ時」
「私は、今宵をもって七曜を引退しようと思う!!」
夕暮れの迫る、まだ光の弱い月の下、私は高らかに宣言した。
それに対する仲間の第一発言は。
「気でも狂ったのか。…いや、元から、か。」
と言う、水曜の彼の冷たい言葉だった。
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「流石にさっきのは酷くないかしら、ねぇ。聞いてるの、春人? 春? ハルちゃーん?」
黙って厨房に向き、先程から私達が口にしている食事を作り続けている、黒髪に黒目、女性であれば美人の青年に話し掛ける。
先程の私の発言に冷たい言葉を掛けたのは、料理を運んできた彼だった。
手際良く野菜を炒めていく彼の腰をつついてみたり、一つ括りの髪を引っ張ってみたり。
色々するものの無反応だ。
炒め終えた食材を皿の上に載せる
「フロー、とりあえず野菜炒め作ったから持っていけ。」
「ああ、ありがとう春人。」
と、外から呼ばれて来たフロックスと言う白髪を一つに括って右側から前に流した、緑色の目の、まだ成人前の少女が春人の手から皿を受け取る。
その一連の流れを私はむくれた顔で眺めていた。
春人は湿らせた布巾の上に野菜を炒めるのに使ったフライパンを載せて冷やした後。
そのフライパンで私の頭を叩いた。
「っ…な、にすんの…!!」
「すまん、そこに頭があったから。」
「絶対それだけじゃないよね、目が語ってるもの。怒ってるよね、滅茶苦茶怒ってるよね。」
春人は一度呆れたように溜息をついて。
やはり私を何処か怒ったような目で見ている。
何故だろうか、春人の体のライン見てやっぱり体間違えて産まれてきたんじゃないかな、とか思ったり声だけは男の子だよね可愛いとか思ったからだろうか。
「…俺が、怒っていたとして。何故怒っていると思う。」
「女の子みたいとか思ってたから?」
殴られた酷い。
これだと思ったから言ったのに。
「待って、もうフライパァン止めてそれ痛いの!!」
「ふらいぱーんされたく無いんなら真面目に答えろ。」
「ふらいぱーんとか可愛い…ごめんなさいごめんなさい真面目に答える真面目に答えるからフライパンを構えないで。」
私が真面目になるために一呼吸置くと、春人はフライパンを流し台に置いた。
「急に私が七曜を辞めるって言ったから、かしら。」
「寧ろそれ以外の答えが出てくることに驚きだな、俺は他人の考えが完全に読めるわけではないからお前が頭可笑しい事考えても知らん。」
「あ、読めるんだ。…って、顔見ればなんとなくわかるか。」
と、話を脱線させつつも、きちんと話す。
「…別に考え無しに言ってるって訳じゃないのよ?」
「…ほう?」
春人は真面目に聞いてくれる。
ふざけている私と真面目な私を見分ける事が出来る。
今は真面目な時だとわかってくれているから、向こうも真面目でいてくれる。
「…七曜の目的は、第二層の連中から第ゼロ層、第一層の人達を解放する事、そうでしょう?」
「…それ、お前が決めたんだけどな。…まぁ、そうだな。」
この世界は、とある馬鹿な人間によって4つに分けられ、身分格差が悪化し、殺伐とした世界に変わってしまった。
そして、その馬鹿達の本拠地が第二層、と呼ばれており、その馬鹿達から世界を取り戻し、平和に戻す。
その為に私が最初に言い始めた組織。
それが、私と春人。
それから、外で騒ぎながら何故か私の家で夕飯をとっている数人の男女。
「…ちょーっと、世界そのものに不穏な動きがあって? そっちの方も調べたいけど、なにかバックに大きなものが有りそうなのよね、第二層の上層部とか。その事についてしらべたくて、ね。」
「…成程、迷惑を掛けたくないと。」
「流石、わかってくれると思ってた。」
はぁ、と春人が額を抑えつつ溜息をついて
「…今迄掛けてきた迷惑については言わないでおく、月曜の後任をどうするつもりだ。」
「安心して、候補はいるわ。」
「用意周到な辞任だな熱でもあるんじゃないか。」
どれだけ私の事を考え無しだと思っているのだろう。
「まぁ、ちゃんと後任を考えたのは私の案じゃないんだけどね。」
と言うと、春人は深海の水温より低い目で私を見た。
言いたい事は何となくわかる。
見直して損をしたと言いたいのだろう。
私でもそう思う。
「取り敢えず、後任候補は二人。夏と一緒に面倒を見てよ。」
「俺か、俺と夏なのか。不安だ。」
「特に夏がね」
夏というのは、この組織の火を司る少女で春人の双子の姉(実際は妹かもしれないが)だ。
不安の理由は、彼女がアホの塊だという事実だ。
春人は子供の扱いが上手いのでなんとかなるだろう。
「まぁ、その候補の子は、会った事あるから大丈夫よね?」
春人は首を傾げた。
その背後で扉が開く。
「月宮」
と、名前を呼んだところで扉を開けた少女の口が止まった。
まだ幼さの残る顔の、黒髪の少女は人が居たことに驚いた後、私の顔を見て、自分が今話題に登っていた事を何となく悟った。
「…何。」
と、少し無愛想とも取れる、緊張した話し方をする。
彼女の名前は有理、訳あって私が預かっている子供だ。
「有理、七曜になりなさい」
「は?」
春人が呆れた顔で私の頭を思い切り叩く。
珍しく加減があまりされていない。
首が取れるかと思った。
有理は私が言った言葉で混乱したのか怪訝そうな顔で私と春人の顔を交互に見る。
春人が今日何度目かの溜息をついてから有理に説明する。
「月宮が七曜を抜けるらしくてな、その穴をお前かもう一人に塞がせたい、と。」
「…私に?」
不安を顔に色濃く出して私の顔を、有理はじっと見てくる。
微笑み掛けると、縮こまる様に俯いた。
そんな様子の有理を見て春人は少し困った顔をした。
子供に対してはこうなるから、彼は見ていて面白い。
私が助け舟(と言っても私がこんなに酷い問題にしたのだが)を出す。
「今日、答えを出さなくたっていいわ。まだ有理だと決まった訳じゃ無いし、ね? だからそんなに縮こまらないで頂戴?」
と、頭を撫でるとまだ不安を残した顔をあげて、少し照れ臭そうに私の手をすい、と逃れた。
机の上に調理してあった、コップに入れられた生ニンジンを掴んで部屋の中に消えてしまった。
「…可愛いわぁ…」
「…気持ち悪いぞお前」
春人の言葉で我に帰って、口の端から溢れかけていた涎を拭った。
月宮 楪
主人公。
「月宮 楪。ただの錬金術師…って所かしら?」