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「暑い…」
7月15日。やっと梅雨も明け蒸し暑い日が続いている。
「なぁ~にだれてんのよ~!!」
机にほっぺたをつけ涼をとっていたというのに、ぺしりと頭がはたかれたので頭をあげる。
まだ2時間目が終わったばかりだ。放課後が遠い。
「もうすぐ夏休みなんだから頑張りなって~!!あ~あ…綺麗な顔が台無しだわ~…」
余程不機嫌な顔をしていたのだろう。前の席に座った幼なじみの茉莉が微妙な顔をしている。
「だって暑いの嫌なんだもん…」
「お~い!!茉莉!!もう梨花に話したか!?」
「まだこれから~」
次に現れたのはもう一人の幼なじみ拓也。
「え?なに?」
「ちょっと話があるんだよ…もうすぐ休み時間終わるし昼中庭でくおーぜ!!」
それだけ言うと自分のクラスへ戻っていった。
茉莉とは同じクラスだが、拓也は隣のクラスだ。
「何だったの?あれ?」
「まぁ~昼までお預けかな~」
「え?茉莉知ってるの?」
しかしチャイムがなって茉莉は自分の席へと戻っていった。
その後も気になったが、昼にねと言って教えてくれなかった。
「梨花!!お昼行こう~」
チャイムがなったと同時くらいに茉莉がお弁当を持ってやって来た。その早さに呆れながらも自分のお弁当を鞄から出し席をたつ。
行き掛けに自販機でジュースを買いながら中庭へ行く。
ここは噴水もあって日陰も多いから涼しくて過ごしやすい。
「お~い!!こっちこっち!!」
幾つかあるテーブルとイスを確保した拓也が手を降っている。
他のテーブルではすでにお昼をひろげている人もいて、中庭のテーブルは全て埋まっていた。
「よく場所とれたね」
「授業終わってダッシュしたからな!!」
誇らしそうに胸を張る拓也。
「そんなことよりあれ届いたの~!?」
「もちろんだぜ!!…じゃーん!!」
無視され一瞬悲しそうな顔になった拓也だったが、すぐに満面の笑顔で袋から四角いものを取り出した。
「っと!!」
と思ったらすぐにまた袋にしまい周りをキョロキョロみる。
特にこっちを見ている人もいなくホッとして袋の中を見せてきた。
「World of Rubiria Online…?」
その袋の中にはいかにもファンタジーなイラストを背景に、真ん中にでかでかとそう書かれたパッケージが置かれていた。
「そ!知ってるだろ?今話題のVRMMORPG!!」
確かにこのタイトルは今話題のゲームタイトルである。TVでもガンガンCMが流れ、クラスでも話題になっていた。
もう20数年前、初めてVRシステムが開発されてから技術は飛躍的発展をとげた。始めは医療機器として作られたものらしいが、その後、今から10年前くらいから様々な分野でもVRシステムが取り入られるようになった。勿論ゲーム業界は我先にと進出し、その技術を取り込んでいったのだ。
今では一家に一台あるのは当たり前。ゲーム好きには一人一台といったところだ。電子波と脳波のシンクロがどうとかで作られたバーチャルの世界に意識をおとし、あたかも自分自身がそこにいるような錯覚をおこさせる。って感じだったような。でもバーチャル世界の作り込みがイマイチでなかなか評判は上がらない。中でもRPGはその筆頭。データ量の問題なのかなかなか良作には出会えないようだ。
と言っても体感型ゲームと言うことで人々はこぞってVR世界に飛び込んだのだが。
しかしそんな中、今回かなり前評判の良いゲームが発売するというニュースが世間を騒がせていた。αテスト、βテストを経て、発売前人気はうなぎ登りだ。
「でもこのソフト、発売ってまだ先じゃなかったっけ?」
確かサービス開始が今月20日で、ゲーム販売が前日の19日だったはず。まだ発売まであと4日もある。
「そうなんだけどよ…実は俺このゲームのβテスターだったんだ」
「え!?だって倍率すっごい高いって言ってたよね!?」
「で、実は私も~!!」
はいっと手をあげ、もぐもぐご飯を食べていた茉莉も会話に入ってきた。
「え?え!?えぇ~!?」
「梨花うるさい~」
ぺしりと頭をはたかれ慌てて口を塞ぐ。
「だ、だってそんなこと一言も言わなかったよね!?」
「そりゃ話したかったけど、あんだけ倍率高けりゃ文句言うやつもいるかもって茉莉と話して黙ってたんだよ」
「現に5組の山田が自慢して大変な目にあったみたいだしね~」
確かに3カ月前くらいに5組で山田君を中心に大乱闘があったらしい。クラスも離れてるし話に聞いただけだったけど、その原因がこのゲームだったとは…。
「で、拓也はこれを自慢するために持ってきたってこと?」
じとっとした目で見つめてやる。
「い、いや!!違うって!!…実はこれ梨花にあげようと思って」
「は?」
いやいやいや。
このゲームすっごい人気でもう予約もいっぱいでなかなか手に入らないって有名なんですが?
「いや、拓也がやりなよ」
「いや、俺はもう持ってる」
「もちろん私も持ってるよ~」
「え?どうゆうこと?」
「自分で言うのもなんだけど、実は俺βテストの成績がよくてな。ランキングの上位に入ると特典が貰えるんだ。色々選べるんだけど、その中で俺は招待券を選んだんだ。それは1人まで知り合いをWROに誘うことができるって特典なんだよ。WROってのはWorld of Rubiria Onlineの略称な。んでβテスターには元々全員に既製品が送られることになってるから今俺の手元には2枚このソフトがあるってわけだ」
ちょっと声を潜めて話していたが、話を聞いて納得する。
そんなものがあれば下手したら盗まれてもおかしくない。
「でもせっかくだけど私RPGはなぁ…」
そう、私はRPGがすっごく苦手だ。苦手というよりすぐ飽きてしまうのだ。だからなかなかラスボスまでたどり着けない。
幼なじみ2人はゲーマーと言っていいほどゲームが大好きなので、それに影響され昔から色々やってきたが最近はさっぱりだ。
かといってゲームが嫌いと言うわけではなく、農ゲーはよくやるし、あと街とか作ったりするやつや育成ものも好き。
だからVRマシンは持ってるけど、やっぱり気がのらない。
「まぁ梨花だったらそう言うよな…でもあえて俺はこのゲームをするべきだと言うぞ!!これは今までのゲームとはリアリティーが違うんだ!!ゲームをやってる感覚はなくて、本当にファンタジー世界に俺がいるって感じなんだ!!この感覚を梨花にも味わって欲しくて招待券を手に入れたんだ!!途中で飽きたら辞めればいいしとりあえずやってみてくれよ。また3人で遊ぼうぜ!!」
「まぁ~ずっと私達と一緒にやらなくてもいいしね~。私達もお互いクランに入ってるし。梨花が一緒にっていうなら大歓迎だけど~!!」
茉莉は私の性格を知ってるからそう言ってくれたんだろう。
私じゃ確実に2人の足を引っ張るから気が引けていたのだ。
「ふっふっふ~!!それになんとこのゲームでは梨花の好きな育成やもの作りも出来ちゃうのです!!」
「え?なにそれ?」
「おっ!!食いついたね~。このゲームはRPGってなってるけど必ずしもストーリーを進める必要性がないんだ。まぁ、進めないと新しいエリアに行けないから多少は必要だけど、モンスターと戯れたり畑作ったり家作ったりも出来るらしいよ~!!生産職が充実してるし、意外と難しいらしくてやりがいあるみたいよ~!!」
なんということ。それは是非にやってみたい。
VRゲームで育成や農ゲーって少ないんだよね。最近は新作もなく全くやっていなかったのでどんどんやってみたい欲求が溢れてくる。
「さすが茉莉だな~。もう梨花やる気満々じゃないか」
「う、だ、だって…」
「いやいや!!俺は梨花がやる気になってくれて嬉しいよ!!じゃ、これ受け取ってくれるな?」
「ありがたく頂戴します」
こうして私の元にひとつのゲームが転がり込んできた。
このゲームに填まりまくってしまうことなどまだ知らずに。