本虫の彼
文芸部が俺のテリトリー。
図書室ばりの本棚に古書から新書まで詰め込んで、教室の窓側にあるソファーで本を読む。
三度の飯より本が好きで本があれば生きて行ける。
ハードカバーの重みを感じて、紙とインクの匂いがする部屋でページをめくる音だけがする。
ソファーに体を沈めて目の前に並べられた文に目を通している時が、俺は何にも勝る幸福を感じるのだ。
そして今日もまた俺はそうして読書を始めようとするのだが、教室を開けた際にソファーの上で一服している女子生徒と目が合う。
大正の文学少女か、と突っ込みたくなるような黒髪のおさげをしていた。
教室には紙とインクの匂いではなく、暖かな甘い紅茶の香りがしている。
それに眉を寄せると彼女は首を傾げた。
ティーカップが傾き湯気を立ち上らせる。
「お茶がしたいなら他所でしてくれ」
パタン、と後ろ手に扉を閉めながら彼女に声をかける。
ゆっくりとした動作で顔を上げる彼女。
そして不思議そうに首を傾げた。
「何故ですか?」
文芸部の副部長でもある彼女は本を読む時には必ずと言っていいほど、自分の好きなお茶を入れ始めるのだ。
俺としては本の匂いが消えるのでやめて欲しい。
窓を開けながらそれを言えばまた何故ですか、と問いかけてくる。
いつもいつも同じことの繰り返し。
いい加減面倒になってくる。
俺の世界を壊さないでくれ、そう思いながら読みかけの本を開く。
栞を抜き取りそのページを開いたまま自分の顔にかぶせ、体をソファーに沈めた。
紙とインクの慣れ親しんだ匂い。
紅茶の香りが消えるまでの我慢だ、俺の世界に本以外は要らない。