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これでも平常運行!

2014/02/06(改)

(れん)紫乃(しの)さっさっとせんかい! 入学式早々、遅刻なんてシャレにならんで!」

二階建てのごく平凡な家に東京には不釣り合いな関西弁が響き渡る。声の主は十数年前すでに双子を生んだとは思えないほどの美貌を持つ二児の母、(かおる)である。大阪出身である彼女の関西弁は東京でも健在だ。


「はーい! ほら、蓮急いでよ。」

 紫乃が階段をのんびりと下っている蓮の背中を押しながら朝から家事におわれている母に返事をする。

 彼女は真新しいブレザーの下に紺のカーディガンを羽織、グレーのスカートを危ういギリギリの長さにまで短くして新しい制服を見事に着こなしている。

彼女の小動物のような美人というよりは可愛いという部類に属する顔立ちや天パのため緩くウェーブがかかったショートの髪型が彼女の雰囲気を見事にやわらかく見せていた。 

 また、右目の目尻にある二つのほくろがより、くりくりとした二重の瞳を際立たせている。

 

 蓮はそれとは対照的に未だに部屋着のままで寝癖も直さずにそのままという有様だ。とは言え、紫乃と同じ緩い天パや他人を抑圧しないような柔らかい顔立ちからは二人が双子であることがうかがえる。なんといっても目尻にあるほくろがそれを主張していた。



「ちょっ紫乃、朝から殺人未遂だ、階段を下りてる人を押すなんて」

「え、降りてたの? あたしには朝から遅刻を避けようとしてる立派な学生を妨害しているようにしか見えなかったけどね!」

「遅刻しそうになってる時点でどこが立派なんだか。」

 自分の発言が紫乃をイラつかせていることに気付いているのかいないのか蓮は呆れたようにため息をつく。


「わかったから、あんたらさっさと食べてくれへん? ホンマに遅刻するで」

 紫乃の怒りが爆発する寸前で、馨が笑顔でそう言い放つ。その笑顔を真に受けるものなど、もはやこの家には存在しない。二人は馨の逆鱗に触れまいと素早く席に着いた。


「いただきます」

 二人はそう言い、目の前の朝食に箸をつけ始める。


「そういえば、お父さんは?」

 紫乃が自分の前の無人の椅子を見つめて母に尋ねる。

「また変の研究でもしてる見たいやで。 昨日は帰ってこんかったしな。」

 馨の夫、言い換えれば二人の父、(まこと)は大学の教授職に就いており研究といっては家を空けている。二人もその父の遺伝子を色濃く受け継ぎ、高いIQ を生まれつき持ち合わせていた。

 父に遊んでもらった記憶はあまりないが、たまに大学の研究室に連れて行ってくれる彼を二人とも好いている。

「お父さん研究好きだからね。 あっご馳走様」

 紫乃は速攻で朝食を食べ終え、玄関へと向かう。


「ご馳走様、紫乃待って。」

 神業ともいえるスピードで朝食と着替えを同時進行でを終わらせた蓮は紫乃の後を追い玄関へと向かう。彼はブレザーの下にグレーのパーカーを羽織、スラックスを少し下げてはいている。


「蓮、入学早々そんな恰好して先輩に睨まれるで。 紫乃、スカートナイスな長さや!」

「俺そういうの気にしないから」

「ありがと、行ってきます」

「遅刻だけはせんでな」

 最後の馨の忠告を守るべく二人は今日から通うことになる学校をに向けて急いで家を飛び出していく。



◇◇◇



「遅刻するなって言われたのに、これじゃ完璧に遅刻だよ……。」

「もういいじゃん、諦めよ。」

数十分後、体育館脇から中で行われている入学式様子を窺っていた。


 ここ朔爛学園の立派な校門を通過した時点でとうに開会式の時間は過ぎており、その上、本当に学校かと思うほどの広さの校内で見事に迷子になるという失態までおかす始末。

 

やっとの事で別館の会場にはついたものの入っていけるような状況ではないということで、登場の機をうかがっているのだが案の定そんなものはあるはずもなく、時ばかりが過ぎている。


「どうにかいけないかな。 それに蓮は新入生代表の挨拶あるし、それまでに行かないと」

 紫乃は先ほどから懸命に策を練っているのだがこの窮地では高いIQなど何の役にも立たないのは明らかである。

 そもそも、本来頭脳と言うのはこんなことのためにあるのではない。

 

 二人の周りではまさに入学式日和というように桜が舞い、地面がピンク色に染められている。普段なら、美しいと思える桜吹雪もこんな状況では紫乃に絶望を与える効果しか持たない。


「いやいや無理だって。 どーせ、あのじぃさんの挨拶が終わったら俺の番だろ? いくらお話し好きのじぃさんだってもう30分だ、そろそろ俺も眠くなってきた。」

 当の蓮はもはやこんな状況などどうでもいいらしく、「寒い、寒い」といいながら懸命にパーカーの裾を伸ばしている。


「なんで蓮にはやる気ってものがないのさ! 蓮がコンビニになんかに寄って少年ホップなんて買ってるからこんなことになってるのに!」

 全くやる気の見えない蓮についに紫乃の堪忍袋の緒が切れた。

「待って紫乃、まずこんなコソ泥みたいなことにやる気とか出るわけないから」

「なんでさ、覗きは男のロマンでしょ!」

「……。 少なくとも、あのご老人を覗くのにロマンを感じるのは本物の泥棒ぐらいだよ。 あの人金持ちそうだし

「そういうことじゃなくて!」

 紫乃が蓮のパーカーを強く引っ張りながら叫ぶ。

「くっ苦しいっ……。マジで死ぬから」蓮はやっとのことで声を絞り出し、必死で紫乃を引き離そうともがく。



「こんなとこで覗き見とは、イキなことをしてくれるのう」

 突然、後ろから聞こえた鈴の音のような美しい声に驚いて振り返った紫乃と蓮の前にはきらびやかな着物を着た女性が立っている。

 


「なあ、紫乃どうする? 俺ら今知らない人に話しかけられてるよ」

「どうしようね、これで〝お菓子あげるから″とか言われたらあたしら終わりだよね」

「じゃあ、このまま〝せーの"でさっき見てたほうに向き直ろうか」

「ナイスアイディア! じゃあ蓮さん掛け声お願いします」


「蓮と紫乃だったかのう。 あんたら、馨ちゃんとこの双子やろう?」

 蓮が早まって掛け声をかける前に、二人の様子をしばらく窺うようにしていた女性がさすがに呆れたように言う。


「もうこれで、無視するという選択肢さえ打ち砕かれてしまいましたよ、蓮さん」

 紫乃がどうしようもないというように、肩を下げる。


「特に蓮、お主には新入生代表のあいさつ頼んだと思うんじゃが?」

 先ほどから、女性が喋っているのはいつの時代の言葉なんだとどうでもいいことを考えている蓮に声がかけられる。

「さようでございますが、あなた様はどちらの方でいらっしゃいますか?」

 女性の口調に合わせ、時代劇っぽく返す蓮だが、高校生男子がそんな口調でしゃべってもただのおふざけにしか聞こえない。


「全く、お主ら特待生であろう? 自分たちが世話になるとこの理事長の顔ぐらい覚えることやな。 馨ちゃんもあきれてまうやろなあ」


「リジチョウ?」

「もしかしてお母さんの知り合いの金の亡者こと爛子(らんこ)さん!」

 紫乃がハッと気付いたように声を上げる。

「紫乃、それお袋が言うなって言ってたじゃん。」

「え、それは金子(かねこ)さんって呼んでることでしょ?」

「そうだっけ?」


「色々突っ込みたいとこ満載なんじゃが……。 とりあえず余のことはここでは理事長と呼んでくれるかのう。 後はお主らの母親とじーっくりと話しておくでのう。 お主ら、余についてくるといい、中へ入れてやろう。」

 理事長は笑みを浮かべながらそう言って歩き出す。

 彼女の笑顔に母親と同じ雰囲気を察して二人はそそくさとそのあとを追った。


 しばらく歩いて、3人は体育館裏にたどり着いた。そこには扉が一つ取り付けてある。

「ここから入るとよい、そのまま舞台裏につながっているでのう。 あのじじぃもじきに話し終わるであろう」

 そう言い残して、理事長は二人を置いてその場から姿を消してしまう。


「行ってみますか」

 そう言って紫乃が先にくらい舞台裏へと入って行く。



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