prologue
もしも、人間にとっては手に余る力...俗に言う、チートと言うものを手に入れたら?
俺の友人がよくしていた話である。彼はネット小説というものが好きで、俺にこういう話を持ち掛けてきたものだ。
とはいえ、そんな話は御伽の向こうの夢話。そもそも話に上がるのは何処かで聞いたことのある名前の能力ばかりで、彼がきっとそういう、IFの願望を強く持っていることの表れだと俺は感じていた。
確かに自分自身、そういう願望を一つや二つは持っていた。が、結局妄想といえば妄想というだけの話であり、叶わぬ夢、それよりも現実と向き合って少しでも良い暮らしが送れるようにと努力すべきである。
そもそも現実というこの世界自身、とても魅力的だ。今は現代社会というしっかりとした骨組みがあり、その中で俺たちは自堕落ながらにしっかりと生き抜いているだけの話だが、かつては犠牲や貧困という言葉が前提とされた、そんな事が当たり前な時代だったのだ。
それが今はこれ。やろうと思えば好きなだけ情報を引き出せ、海外でしか食べられないような食べ物もやろうと思えば食べられるし、やる気さえあればある程度は為せる世界。其れが、この時代の世界なのだ。
そんな世界で友人はただ、努力を怠っている夢見がちな一人の青年である...と、俺も言ってやれる立場でないのも、確かなことなのだ。現に俺もそういう話を好み、こんな事はないか、あんな世界はないかと想起しては、現実の苦味と言う名の辛さに肩を落とす毎日。
其れでもこの世界の良い所を探しては、希望を抱いて自身の描いた夢をネットという名の仮想世界に描く毎日。
それがこの俺。しがない一人の青年。とある大学に通う、インドア系の男。
仮名を、ghostと自称する、俺という人間であった。
そして、今日もまた、自堕落ながらも価値のある、自らにとっての善を為そうと一日を過ごす。そんな、予定だったのだ。
そう、だった。今日までは、確かにそうだった。
今の今迄の、確かな日常を送っていた俺はもう居ない。
俺は此処に、決別の意と共に、宣言しなければならないのだ。唐突な決別。覚悟もロクに出来ない、青二才な俺の、今迄築いてきた日常は崩れ去った。満たされぬも、ある程度の水準は満たした、持たぬ人は羨むその毎日を引き換えに。
これから先は新たな、全くの未知の世界。これで俺は、あらゆる可能性を手に入れる事のできる。
きっともう、二度と後戻りはできない。そして、後悔も反省も全く効かない。
そう。本日付、俺は唐突に目の前に広がるフロンティアへと足を踏み入れる事になったのだ。
「...と、まあ、こんな感じかな。」
とあるアパートの一室にて、その小柄な青年はノートパソコンを眺めながらそんな事を漏らした。
彼の前にあるモニターには、先の文面がつらつらと並べられている。それをぼんやりとした面持ちで眺めながら、彼はお茶を飲んでいた。
「ズズズーッ...ふぅ。さぁて、これからのログを残す用意はできたのだけど、本当、この先どうしたものだろうねぇ...?」
そんな呟きと共に彼が視線を向ける先は、先の文面を表示していたウィンドウとは違う場所。デスクトップの片隅にひっそりと表示されている、名前のないソフト。
「まぁ...幸いにも時間はたっぷりあるんだ。じっくり調べても、さして問題はないでしょ、うん!」
そして、彼は再びキーボードに手を載せた。幾度とキーをカタカタと鳴らしながら、先の文面へと追加のタイピングを行い...彼は、何処か満足げな顔を浮かべながらそれを眺める。
『これはしがないクリエイター志望の、非日常かもしれない、ささやか且つクリエイティブな日常を綴ったログである。』