魔人の国
エトリアル大陸。かつてこの大陸において、人同士の戦争が繰り返されてた。
血で血を洗う抗争、老若男女問わず、命が奪われ田畑は焼かれ、力なき人々は願い叶わずその犠牲となる。
多くの小国が乱立し、国内部で反乱などが起き、出来ては消え、再び国が作られるというサイクルを持って戦乱に終わりの兆しが全く見えなかった。
その戦乱の中において、一部の人は進化の兆しを見せ始める。
敵よりもよりよい兵器を作ろうと技術が進歩するように、ごく一部の人間もその体を変化させていった。
見た目は普通の人間とほぼ変わらないが、普通の人よりも強い力を持ち、また俊敏さも野生動物などを凌駕するその存在はその戦乱期においては、重宝されありがたがられた。
さらには普通の人には見えない何かを感じ取り、自然現象を自由に操る人たちもちらほらと見え始める。
魔術、または魔法と呼ばれるものを扱う存在だ。
それらの人々を総じて「ハガル」破壊するものと呼ばれた。
ハガル達はその絶大な力を行使して、その戦乱期を潜り抜けて、戦乱を収束へと導いていく。
やがて国は大きく四つの国に分かれて行く。
雪に囲まれた北西側には4柱の神を崇める宗教国、レムリア教国。
レムリアから見て南側、中央から見て西側にはレムリアを支援するセビリア王国。
中央から見て北東側にはローゼリア帝国。
中央から見て南から南東にかけては小国が連合を組んでいるハンザブルク連合国。
これら四つの国が戦乱期を勝ち抜いた勝ち組の国とも言える。
しかし戦乱はまだ終わりの兆しを見せない。
セビリア王国とローゼリア帝国が常に争っており、ハンザブルク連合国はローゼリア帝国を支援している。
簡単に構図を表すと、レムリア・セビリア王国VSハンザブルク・ローゼリア帝国となっているのだ。
そして大国同士のぶつかり合いも幾度となく行われているが、前線以外での人死にがなくなった分だけ人々には多少の余裕が出来てきた。
そして余裕が出来てきた人々にとって、力のあるものは恐れられる存在となる。
そう人として進化の兆しを見せ始めたハガル達を人々は恐れ始め危険視していたのだ。
それが最も顕著に現れたのは、レムリア教国であろう。
彼らは神の教えを無視するものとして異端扱いされ虐殺されていったのだ。
どうやって圧倒的な力を持つハガル達を追い詰めていったのかというのは簡単だ一つに数の暴力。
圧倒的な数において、少数のハガル達は対抗できずに次々と殺されていったのだ。
そしてもう一つが戦乱期によってかつて作り出された魔法具などを駆使したやり方だ。
ハガル達の持つ力を普通の人間でも扱えないかと戦乱期において様々な創意工夫がなされており、剣など基本的な武器にそういった特殊効果を持たせることに成功したのだ。
その実験につき合わされ散っていったハガル達もかなりの数に登るが、当時の彼らは自分の犠牲で戦乱が終わるならと、喜んで犠牲になっていったのだがそれが同胞の命を虐殺する道具になるとは考えもしなかったのだろう。
ハガルと普通の人たちの見分け方は簡単ではあるが、中々に難しい。
一つには瞳の色だ。
ハガル達によって様々ではあるが、普段は普通の人と変わらない瞳を持つが、感情が揺さぶられると瞳の色が大きく変わっていく。
赤い瞳であったり、銀色の瞳であったり、さらには覚醒、怒りなどによって自我を失い御伽噺のようにモンスターになるハガル達もいるのだ。
一度覚醒してしまえば手当たり次第、暴力の嵐が周囲に吹き荒れる。
これがハガル達が危険視される理由の一つでもあった。
ゆえに小競り合いが少なくなり、さらにはかつてのハガル達の残した武器によって普通の人間でも大きな力を行使できるようになった今では、不安定なハガル達は用済みになったというわけだ。
そんな中、ここはローゼリア帝国とセビリア王国の国境地帯であり、最前線の場所となっている砦にひとつの傭兵団があった。
アレンシュタイン傭兵団、信念はなく金次第で何処にでもつく傭兵団だが強さに関しては折り紙つきだ。
なぜなら……
「よーハガル。今回もどうやら負け戦みてえだな。あーあほんと見る目ねえよ俺はよ」
団長であるアレンが20手前といった若者にそう声をかけた。
声をかけられた男は吸い込まれそうな漆黒の髪と、そして同じように吸い込まれそうな漆黒の黒目を持っており、背中には自分の背丈を越すかと思われている大剣を背負っており、軽い金属で出来た軽装の鎧を身に纏っている。
目つきは鋭い……と言えば聞こえはいいかもしれないが、見る人によっては睨まれているといった感覚を持つかもしれない程度には悪いといえる。
背の高さは180を越すくらいの高さがあるが、体格としては背の高さに比べてやや細身とも思える。
とても背中に背負った大剣を振り回せるような体格ではないが、ハガルと呼ばれた彼にとっては小枝を振り回す程度にしか感じていない。
「アレン。何度も言っているだろ? あまりハガルハガル連呼するな」
「ははは、天下のハガル様も怖いもんはあるんだな。まあ、この大陸じゃ今やハガルは希少種だしな。レムリアのやつらが聞いたら嬉々として首を狙ってくるだろうな」
ケラケラと笑いながらアレンは若者の肩に手をおいてくる。
「だから名前で呼べって言ってるだろ! いい加減にしろよ?」
若者の瞳の色が黒目からオレンジの色に変わり輝きを放つ。
アレンはさすがに危険を感じ取り慌てて若者をなだめる。
「おいおい待てって落ち着けよ! 悪かったよ! ペルスト! そう怒るな!」
「ほんとに分かっているのか? 戦いに乗じて背中から刺されるような真似はごめんだからな!」
ペルストがそういうと瞳の色が普段の黒い瞳の色に戻る。
アレンはホッと一息つき肩をすくめる。
ペルストがこの傭兵団に所属したのは3年ほど前であり、それまではこの傭兵団はそれほど有名ではなったが、ペルストが所属して以来、戦略的な敗北は多々あったものの負け戦であろうと局地的な勝利を確実に収め負け戦でも必ず帰ってくる傭兵団として名を上げていたのだ。
現在彼らは王国側につき、砦の防衛線を行っていた。
この砦は高台に作られており、また主要街道の抑えの一つとして重要拠点ではあるのだが、先の会戦によって王国側は手痛い負け戦をこうむり、ここを最終防衛の要として立てこもっていたのだ。
すでに二ヶ月間敵と対峙しているが、こことは別の場所でも王国と帝国が争っており、糧食などもつきかけていた。
何度か打って出て、敵にもダメージを与えてはいるものの決定的な打撃とは行かず、敵も引こうとはしないが、そのおかげで完全包囲だけは免れており、わずかながら糧食なども本国から送られて何とか食いつないでいる状態だ。
しかし砦に立てこもっている兵は負け戦によって後退してきた兵ばかりなので、多くの負傷兵を抱えており、また士気もそれほど高くなく、人数も5000人前後でジリ貧になってきている。
ここの砦の指揮官は何度も本国に援軍を要請していたのだが、聞き入られることなくここまで疲弊してしまったのだ。
古来より篭城で勝ち戦が出来るのはわずかな例外を除いてほとんどない。
その事を経験から知っている指揮官ではあったのだが、セビリア王国としてはここよりもう一つの戦場を重要視しているのか、わずかな補給物資を送ってくるだけであり、兵は送ってこない。
指揮官はならば後退をさせてくれとも言ったのだが、それも却下された。
敵が砦の門を突破してくるのは時間の問題であり、この戦場を客観的に見るものがいれば間違いなく王国側の負けと判断するだろう。
唯一の頼りは最近名を上げてきたアレンシュタイン傭兵団ではあるが、彼らとて負け戦は好まない。
負けてしまえば報酬は出ないのだ。
ならば命をかける必要などなくさっさと逃げてしまう可能性だってあるのだ。
あまり頼りには出来ない。
「やっぱ負けるのかな?」
ペルストが何気なくその事を口にする。
「負けだろうな。前金はばっちり頂いたし、仕方ねえよな。ったく今回はいけると思ったんだけどなあ……あそこでうちらの大将がバカやらなければ確実に勝てたってのによ」
アレンが言っているのは先の会戦のことだ。
簡単に言えば、罠にかかってしまったのだ。
戦法としては単純なものであり、相手は最初負けているふりをして、徐々に後退していく。
勢いづいた味方が戦線を押し上げるが、そこに伏兵が潜んでおり思い切り打撃を受けたのだ。
戦慣れしているアレン達は何か敵が本気で逃げている様子がないと感じ取り、指揮官に意見を具申したが、若い指揮官は、たかが傭兵の意見など取り上げることなどないと言い放ち全軍に突撃の命令を下したのだ。
この指揮官はこの戦いで討ち取られ、副将であった今の指揮官が現在指揮をとっているのだが、もはや大勢は決している。
アレンは指揮官が予想している通りあとはどう逃げ出すか考えている。
先の戦いでアレンシュタイン傭兵団は1500の人数がいたが、今では800ほどに激減しており、戦力としては半分ほどに減っているものの、ある意味幸運ともいえるだろう。
彼らは最前線に配置されており、彼らのいた場所は最も激戦となった場所が戦場だったのだ。
しかしハガルであるペルストの活躍によって敵の勢いは衰え、その隙に退却を開始できたのだ。
「さすがに今回でこの傭兵団も終わりかな」
アレンがポツリと漏らす。
全盛期には約5000人を抱えていた傭兵団ではあるが、人が次々と死んでいき、また逃げ出すものもいたのだ。
運が悪く負け戦ばかりつかまされた結果とも言える。
いくら局地的に勝っていても、結局のところ大局的に見て負けてばかりの戦だったのだ。
ペルストの加入によって死傷者は減ったものの団員の減少はやはりとめられない。
「俺にもう少し見る目があれば、勝ち戦に便乗出来たんだがな……今更言ってもはじまらねえや。ほらよ、お前もとっとけ」
そう言って小袋を投げつける。
「これは?」
「餞別ってやつだ。あって困るようなもんじゃねえだろ? あらかた生き残った部下に分けちまったからよ、そんだけしか残ってねえが、それでも結構色をつけたんだぜ」
中を見るとわずかな金貨と銀貨が数十枚入っている。
「結構な大金だな」
ペルストは苦笑しながらそれを懐にしまう。
遠慮などする必要がない。
それが傭兵なのだ。
彼らがそんな会話をしていると、正規兵の格好をした人物が現れた。
その人物は明日退却を開始すると告げた。
作戦としては敵側に向かって全力で攻撃するように見せかけ、その間に別の門から退却を開始するという。
そしてアレンシュタイン傭兵団はその突撃部隊に組み込まれるということ、お目付け役に後詰として正規兵が配備される旨を告げる。
つまり作戦を放棄して逃げるようなことがあれば、後詰の正規兵が彼らに向かって矢を放つというわけだ。
そして後詰に選ばれた兵達もある意味生贄なのだが、彼らには祖国を思う忠誠心がある。
ゆえに傭兵団にとっては逃げ場がなくなったのと同じ事となったのだ。
「本格的に終わったな」
アレンがポツリと言葉を放つ。
「こうなったら大将首でも狙ってみるか」
「そりゃ頼もしいがそこまで付き合えるほど俺たちゃ人間離れしてねえからな」
「世話になったなアレン」
「お前はどうすんだ? 生き残る自信がある見てだがよ」
「さーな、レムリアのやつらにさえ見つからなけりゃ何とでもなると思うぜ」
「帝国も王国もハガルにゃ厳しいぜ?」
「……」
ペルストは何か思うところがあるのか無言で答えない。
そして作戦が開始される。
アレンシュタイン傭兵団は砦の門が開かれると同時に敵陣営に突撃をかけた。
馬に乗っている人物はそれほど多くはないが、玉砕覚悟の突撃だ。
歩兵に合わせて行動する必要などない。
そしてその戦闘にはハガルであるペルストがオレンジ色の瞳を輝かせて敵の槍衾に正面から突っ込んでいった。
槍衾が馬を貫く直前にペルストは大剣をふるい、その槍をあっさりとはじき返し、戦列を崩す。
そして馬上から片手でその大剣を右へ左へと左右に小枝のごとく振り回し、剣が一振りされるたびに鮮血が撒き散らされる。
「邪魔だ! てめえら!」
一言大気を震わせるような怒声を挙げさらに敵陣の奥深くへと切り込んでいくペルスト。
「ア、アレンシュタイン傭兵団のハガルだ!」
「化け物が切り込んできた!」
「近寄るな! 遠巻きにして矢で仕留めろ!」
ペルストの瞳の色を見て、彼らは恐怖に陥る。
しかし下手に矢を放つことは出来ない。
矢で即死させることが出来るのであれば問題はないが、下手に手傷を負わせ、追い詰めてしまえば覚醒してしまう恐れもあるのだ。
ハガルが厄介な所以はここにもある。
ペルストは止まらず、目に付くものから片っ端から切り捨てていく。
彼のいる戦場のみが兵に混乱を、恐怖を蔓延させている。
そして一際立派な人物が、ペルストの視界に移る。
場所としてはまだ前線に近い場所なので総指揮官というわけではなく、恐らくこの場所における指揮官だあることを傭兵の勘で見抜きその人物にペルストは襲い掛かる。
「行きがけの駄賃だ! てめえも死ね!」
馬を走らせその人物に切りかかろうとしたときそれは起きた。
その指揮官が手を掲げたと思ったら、稲光がペルストを襲ったのだ。
瞬時の判断でペルストは馬上から飛び降りその光から逃げたが、その光に当てられた馬は一瞬で焦げ付き、絶命した。
そしてとどろく轟音。
ペルストは思わず舌打ちする。
「ふん……化け物が未だに生きておったとはな……まあよい時代遅れの化け物にはここで消えてもらおうか」
そう言って敵の指揮官は再び手を掲げ、その力を解放する。
再び光が周りをおおい、鼓膜が敗れるかと思うほどの轟音が辺り一帯を襲う。
しかしペルストはその身体能力を生かして再びそれをかわしていた。
「……味方にもダメージがいっているみたいだぜ?」
「化け物退治に多少の犠牲はつきものだろ?」
「どっちが化け物なんだよ! てめえら人間はいつもそうだ! きにくわねえ!」
「貴様に好かれようとは思っておらん! 朽ちて死ね」
再び稲光がペルストを襲う。
そして今度はそれは直撃した。
敵の指揮官もその手ごたえを感じたのか、満足そうに息を吐いたが、その目は驚きの目の変わる。
そして指揮官は頭からその大剣の直撃を受けて絶命した。
この場で生き残っている帝国側の兵士はそれを見てさらに恐怖した。
なぜなら自分達の指揮官が操る道具の威力を知っていたからだ。
かつての戦乱期においてハガルの力を閉じ込めることに成功した魔道具の一つであり、その威力は数十人の人間の命を一瞬で葬り去ることが出来る威力なのだ。
それをまともに受けて、なお生きているペルストに彼らは言葉を無くす。
ペルストはオレンジ色に輝いた瞳をギラリと帝国側の兵士に敵意を向ける。
「生憎だったな。その程度の力じゃ俺には通用しねえんだよ!」
そして再び大剣を振るい始める。
前線の指揮官を失ったことにより、さらに混乱を来たし、帝国側の最前線が見る見ると崩れていく。
そして崩れた場所に遅れてやってきたアレンシュタイン傭兵団も加わっていく。
抵抗らしい抵抗も出来ないまま、戦場の一角で次々と死んでいく帝国兵。
ここの総指揮官はその様子を見て、その場所から兵を引くように指示をする。
すでに砦内には帝国兵が攻め立てており、砦が落ちるのは時間の問題なのだ。
死兵となっている彼らに無理して当たることなどないと判断したのだが、その命令は完全には行き届かない。
混乱している現場を収める等至難の業なのだ。
帝国の総指揮官はため息を吐き、そこを捨てる。
そして現場ではハガルであるペルストの活躍によって、アレンシュタイン傭兵団が戦場から離脱していく。
しかし戦場から脱出できたものはわずかな人数しかおらず、そこにはアレンの姿が見えなかった。
ペルストは次々と大剣を振るう。
その身体能力をいかして高く跳躍し大剣に力をこめ大地に突き立てる。
大きなクレーターが出来、その威力に巻き込まれた兵士達が絶命していく。
それでもなお足りないといわんばかりに彼は敵の命を狩っていく。
そして彼自身もかなりの傷を負いながら戦場から見事脱出を遂げたのだ。
戦は完全に負け戦ではあるのだが、帝国兵は貴重な前線指揮官を失い、さらに予想を超える多くの兵が犠牲となった。
帝国の総指揮官は被害の人数を把握したとき、砦の壁を素手で殴りつけたといわれている。
ペルストは血を流しながらも森の中の大木に身を預け座り込んでいた。
ハガルといえど、さすがにあれだけの激戦を潜り抜ければそれだけの怪我を負うのだ。
体力もかなり消耗しており息切れも激しい。
「はぁはぁ……さすがに無茶をやらかしたかな……くっ暴れんじゃねえ!」
ペルストの中にあるハガルの血が彼を覚醒させようと暴れている。
「ったく、致命傷ってわけでもねえんだから大人しくしてろっての!」
強靭な精神力を持ってそれを押さえ込むペルスト。
「アレンのやつどうしってかなあ……無事逃げられたのか? あいつ……俺をハガルって知っても顔色一つ変えず受け入れてくれたいいやつだったんだがな……」
だからこそ3年間もの間ペルストはアレンシュタイン傭兵団に所属していたのだ。
負け戦ばかり続いていた傭兵団だったが最後の最後までペルストは逃げようとしなかったのだ。
そして、その傭兵団が最後まで逃げ切れるように自らを激戦区に置いて、少しでも逃げれるように脱出のため奮戦したのだ。
そんな事を考えているペルストに近づく気配を、彼は感じ取った。
追ってや落ち武者狩りかと思い、彼は大剣を手に取り、警戒するが、目の前に現れたのは村人かと思える装いの青色の髪をした若い男性だった。
「なにもんだよ? てめえ」
「そう警戒しなくてもいいよ、僕は君の敵じゃないから」
男はそういってさらにペルストに近づく。
「ようやく見つけたよ……ずっと一人で苦しんでいたんだろ? 心を許せる人がいなかったんだろ? 君の噂を最近になってようやく耳にしたんだ……迎えに来るのが遅くなってごめん」
本当に悲しそうに、そしてどこか嬉しそうに青い髪を持つ若者はペルストに声をかける。
「お前何言ってんだよ?」
さっぱり要領を得ず、頭の中に疑問符を作り出すペルスト。
「ああ、ごめんね……自己紹介が遅くなった。僕の名前はリュー。君と同じハガルだ」
「な……」
思わず驚きの声を上げるペルスト。
生まれてからこのかた自分以外のハガルの存在を見たことがなかったのだ。
そしてリューと名乗った若者はその証拠に瞳の色を変えた。
青い瞳から赤い瞳へと。
ハガルである証だ。
「嘘だろ……どうなってんだよ……」
「ハガルはすでに希少種とされているけどね……それでもあいつらの手から逃れて存在してるんだ」
ここでリューが言ったあいつらとは、レムリア教国を含めた各国のことだ。
苦い思いがペルストの胸中を襲う。
ハガルとしての力が初めて顕現したのは10歳の時だ。
当時のペルストは同年代の子が出来ないことをやってのけて褒めてもらえるかと思ったが、その日から彼の人生は大きく変わった。
まず両親がハガルを生んだ悪魔とされ村人に殺されたのだ。
そしてそのときの怒りによって、彼はハガルとしての力を発動させ村人達を皆殺しにした。
覚醒しなかったのは僥倖とも言える出来事だ。
それから各地を転々とし、獣を狩り、何とか食いつなぎ、戦うことを我流で学んだ彼は傭兵団を渡り歩いてきたのだ。
どの傭兵団もハガルと知って彼に対して冷たい目線を送っていたのだが、アレンだけは違った。
そしてその部下達もだ。
仲間としてペルストを受け入れてくれたのだ。
それまでペルストは人というものを信用していなかった。
いや今でも信用していないといったほうが正しいかもしれない。
アレン達が例外であって多くの人間は自分と敵対する存在と認識していた。
そしてそのアレン達ももう解散しており、再び彼に居場所はなくなったと思った矢先の出来事だ。
「ある傭兵団に化け物がいる。仲間がそういった噂を聞きつけて、僕がその真偽を確かめに来たんだ。昨日ここについて、どうやって接触を図ろうかと考えていたら、いきなり敵に向かって突撃をするんだもん驚いたよ……でも本当に無事でよかった……」
「……お前泣いてんのか? なんで?」
「仲間が無事で嬉しく思うことは駄目なのかい?」
「いやそうじゃねえけどよ……」
さすがに困惑する。
たった今会ったばかりの自分を仲間と口にして、自分が助かったことに涙を流す男に、ペルストはどうすればいいのか分からないのだ。
「さあ、ここにいるとやつらに見つかる可能性がある。早いとこ移動しよう。これ傷口に塗って」
「なんだこりゃ?」
「僕達の仲間が作った薬草だよ。あいつらの作っているやつなんかよりよっぽど有効だから安心していいよ」
同じハガルの言うことだ。これが人間であれば、ペルストは疑っていただろうが、なぜか彼の言葉は信用できると思い素直に薬草を怪我に塗る。
すると、痛みが引いていき、スーッとした清涼感のある感覚が塗った場所から感じられた。
「すげえな……これ」
「褒めてもらえて何より。動けるかい?」
「ああ、無茶をしないのでありゃ、普通に歩ける」
「じゃあ仲間のところに着くまで僕が君を守るよ」
そして今まで彼の雰囲気からは考えられないほど凶悪な殺意が、リューの体から沸き起こる。
「あいつらには自分達のやってきたことがどれほどの罪か教えてやらなければならないしね」
そして彼らはその場を後にした。
やがて彼らは国を興し、自分達の理想とする住処を獲得するのだが、それはまた別の話である。