刀
西暦1864年、日本は激動の時代の波に襲われていた。1853年の黒船来襲により始まった幕末と呼ばれている時代である。
ペリーの日米通商条約に不満を持った、多くの若者達が幕府に不満を抱き、多くの若者が志士となって幕府に対抗したのだ。
そして彼らはその命を新しき世を作るためと散らしていく。
幕末という激動の時代に生まれた人たちの中で、人斬りと呼ばれるものが志士の中に生まれていく。人斬り以蔵、人斬り新兵衛、人斬り半次郎、人斬り彦斎などだ。
彼らの信条は様々だ。何も考えず誰かの手足となって、ただ人を斬る者、自分なりに何かを考えて、人を斬る者、どれも共通するものは、幕府に痛手を与えると言うのが目的だ。
そんな中、一人の人斬りが京都の一角にて追い詰められていた。人斬り夕夜。
歳は23歳で髷は結っておらず、不揃いに切りそろえられた髪だ。
出身は紀州藩で、親は安政の大獄ですでに亡くなっている。身長は175cm、体重は66kg。やや細身な印象だ。
彼は、親が安政の大獄で幕府に殺されて志士を志したわけではない。いや、きっかけの一つではあったかもしれないが、それがすべてというわけではない。言うなればただの食い詰めだ。
元々、紀州郷士出身の侍で、わずかながらではあるが、裕福な家庭で生まれ育ったが、安政の大獄により家が傾き、食うに困って志士に身を投じたのだ。ゆえに大儀だの攘夷だのという思想は全く無い。
飯さえ食えれば満足なのだ。
刀を振るのが、昔から大好きだったこともあり、多少、才能もあったのだろう。長州に訪れ、人斬りとして身を投じたのだ。
流派は特に無く、我流であり、人斬りの中で少しずつその才能に目覚めて言ったのだ。
しかしそんな彼も、ついに追い詰められ絶体絶命の窮地に追いやられていた。
「やれやれ、ずいぶんと多くの仲間を殺してくれましたね、人斬り夕夜」
夕夜を追い詰めていた一人の侍が彼に向かって言う。まだ若い声であり、服装は、袖口にダンダラ模様を白く染め抜いた浅葱色の羽織を着用している。一目で分かるだろう。
現在、京都の浪士達を恐怖のどん底に突き落としている新撰組だ。
「総司、あまり油断するなよ、こいつの剣は我流だが、単純に強い。油断すると、こちらが足元をすくわれるぞ」
もう一人の隊士が、総司と呼ばれた男に声をかける。
「あははは、いやだなあ歳さん。そんな事、充分わかっていますよ。歳さんと同じ匂いがしますからね」
「一緒にはされたくないものだ」
二人の隊士は、そんなやり取りを続けている。
「鬼の副長と、巷で噂の天才沖田かよ。俺一人相手にずいぶんと楽しい人選じゃねえか。池田屋で名を上げて、ご満悦のようだな」
夕夜が沖田と土方に向かって口を開く。
「そっちこそ僕達の仲間を、よくまあ、あれだけ殺してくれたものだね、仇討ちも含めてここで、死んでもらうよ」
「京の治安を乱す輩には容赦はせん、ここで終わりだ」
そういって二人は刀を構える。二人の流派は天然理心流といわれる流派だ。普通の正眼と違って、刀をわずかに斜めに寝かせ、相手に切っ先を向ける一風変わった構えでもある。喧嘩殺法などと揶揄されている流派だ。
それに合わせて夕夜も構える。状況は二対一だがとても逃げ切れる状況とは思えない。ゆえに覚悟を決める。刀を正眼に構え、切っ先を相手にピタリと向ける構えは、まるでどこかの正統派の流れを汲む構えにも思える。
「はっ!」
呼気とともに最初に動いたのは土方だ。斜めに構えた正眼から鋭い突きを放つ。
「ちい!!」
それを右足を引いて、半身になり素早くかわす夕夜だが、天然理心流の真骨頂はここからだ。
普通の突きは刃筋を下に寝かせ、そのまま突くのが普通だが、天然理心流は刃筋を斜めに寝かせた状態から突き、それがかわされた場合、放った突きから、そのまま横になぎ、一種の胴斬りに近い形で、相手を追撃する。平突きと言われる突きの一つだ。
「逃がさん!」
平突きによって、さらに追撃をかける土方。
「らあ!!」
しかしそれを、刀の鎬と言われる部分で防ぐ夕夜。
「相手は一人じゃないんですよ!」
沖田が土方の追撃を受け、動きの止まった夕夜に袈裟斬りを放つ。
土方に押された要領を持って、素早く後方に飛びのく夕夜だが、沖田の追撃はさらに続く。
「まだですよ!」
沖田得意の突きだ。三段突きとも言われ、一回の突きで頭、喉、鳩尾の三ヶ所を一瞬に突く早業だ。
実際に一回しか突いていないのではなく、三回の突きが一回にしか見えないという突きだ。
「あめえ!!」
一回目の突きを自らの刀で上段に跳ね上げ、沖田の体が一瞬、万歳に似た形を取る。
「死ね!!」
そのまま跳ね上げた刀を振り下ろし、逆袈裟の形で沖田を切ろうとする。
「やらせん!!」
土方が低い姿勢から刀を切り上げてきたので、沖田を斬ろうとした刀をそのまま迎撃に向かわせる。
刀と刀が合わさる甲高い音が鳴り響く。
「ったく! 厄介だな! てめえらはよッ」
「はっ! お前に言われたくねえな!」
鍔迫り合いしながらも、お互いに罵り合う土方と夕夜。
そして沖田の刀が鍔迫り合いしている夕夜の体に向かって再度突きを放つ。
「終わりです!!」
さすがに今度はかわせなかった。その突きは夕夜の脇腹を貫いた。
「ぐっ」
苦悶の声を上げ表情を歪ませるが、なんとか自らの体を駆使して後方に飛びのくが体を支えきれず膝を突く夕夜。
「人斬り夕夜もこれで終わりですね」
総司が言う。
「手こずらせてくれたな」
土方もそれに追従する。
「ざけんな、死んでたまるかよ」
この状況でなお強がりを言う夕夜。
「あなたも武士でしょう? 潔く諦めたらどうです?」
「あーあーあー手前らは武士道が大好きだもんなあ、笑わせるぜ、それで腹いっぱい飯が食えりゃ世話ないっての」
脇腹から血を流しながらも、さらに軽口を叩く夕夜。
「貴様の思想など、どうでもいい、お前はここで死ぬそれだけだ」
そういって止めの刀を振り上げる土方。そして振り下ろそうとした瞬間。夕夜の体が光に包まれる。
「な、なんだ?」
「歳さん!早く止めを!」
しかし、それは間に合わなかった。光が収まると同時に夕夜の体は消えていたのだ。
「消えた……??」
総司がつぶやく。
「バカな!人が消えるなどありえん!」
「妖術?忍術の類でしょうか?」
「忍術ならともかく、妖術などあれば、我々など今頃お払い箱だ」
「なら一体……」
その答えは京の夜に吸い込まれていく。
─────
「な、なんだあ?? おいここはどこだよ……」
そこは見渡す限り、草が生えており、先ほどまで夕夜がいた場所とは、まったく異なっていた。
(ちょいまて、俺は京の都で新撰組の野郎に追い詰められて、な、なんだ、んじゃあ殺されたのか?ん?脇腹の傷がなくなってやがる、つうことはここはあの世ってやつかよ……あーあーろくな人生じゃなかったな、親父は幕府の野郎に殺されるし、お袋はその衝撃で寝込んでおっちんじまうし、飯が食えなかったから、脱藩して、長州に行けば今度は人斬りなんて呼ばれるし)
などと思考しているとわずかな気配を察知する。
(おいおい……この状況で化け物かよ、ますます地獄くせえなあ、まあ、あんだけ人を殺してきたんだ。仕方ねえか、閻魔様の顔の一つでも拝んでみたかったんだがな)
苦笑しながらも刀を構える夕夜。
(地獄の鬼を相手に一暴れってか?くはっ)
思わす笑みを漏らす夕夜。
その化け物は体長2・5mほどあり、緑色の肌をしている。眼は一つしかなく、手には棍棒のようなものを持っており、その高さから夕夜を見下ろしている。
(気にいらねえな、その上から目線)
夕夜の体から殺意が膨れ上がる。
「死ねや!」
4mほどの距離を低い姿勢から一気に縮める。化け物はそれにあわせ棍棒を叩きつける。
「おせえ!!」
その棍棒を右足を軸に体を半回転させてかいくぐり、大地を思い切り踏み込み横一文字に相手の右足を切り裂く。
化け物が悲鳴をあげ、足を切り裂かれたことによってバランスを崩し大地に崩れる。
「止めだ!」
崩れたことにより相手の首がちょうどいい位置に来て、夕夜はそのまま相手の首を切り裂く。
(……こんなもんか?? 手ごたえが無さ過ぎる、ここは本当に地獄なのか?)
そう夕夜が思っていたとき、人影が何人か近づいてくる。
(なんだあ?地獄の番人のおでましか?)
よく見るとその人影は6人ほどおり、全員が武装をしていた。そして一人が夕夜に近づき何事かを口にする。
「…………」
「あ? 何を言ってやがる?わかんねえよ、言いたいことがあるなら、はっきり喋りやがれ!」
「…………」
(なんだあ? つうか良く見ると異人じゃねえか、地獄にまで異人の手が伸びてやがるのか。高杉の野郎が聞いたら発狂するな、こりゃ)
その異人は女性であり金髪に、白い肌をもち、瞳の色は琥珀色で綺麗な形をしていた。身長は夕夜より頭一つ低い。
「……」
なにやら自分を指差し、手招きしている。ついてこいと言ってるのだろう。
(まあ、敵意は感じねえし、腹減ったからな、どうしようもねえか……なんで死んでんのに腹減ってるんだ?)
しかしその疑問を投げ出し、彼は女性の後についていく。
─────
女性に招かれついていくとやがて、道が見えてくる。中々に整備されており、そして広く作られた作りだ。
さらに着いて行くと、やがて小さな村が見えてくる。
(ああん?? 村だと?? なんだ、ここは地獄じゃねえのかよ……ガキまでいやがる)
村の先に進むと、一際大きい屋敷が見えてきて、女性を含めた、一緒に来ていた者たちがその屋敷に入っていく。
(わからん、何がおきてやがる……)
そうして、その屋敷の部屋の一つに通された。
そこは四方が広く出来ており、テーブルや椅子などがバランスよく配置されて、床には絨毯が敷かれている。夕夜はその席の一つに座るように促された。
(座れって事か、何かあったとき対処できなくなるな、鯉口くらいは切っておくか)
そう思い、さりげなく親指で刀の鯉口を切り、いつでも刀を抜く体勢を整え、椅子に座る。
女性が小指にナイフをあて表情をわずかにゆがめ、夕夜の口に持っていく。
「んだよ、汚ねえな、何がしたいんだよ!」
夕夜は相手の手首を掴み、その行為を静止させる。
「……!!」
女性は何かを叫び、それでも血の流れている指を夕夜の口に付けようとし、それが夕夜の唇のわずか下に付着する。
「てめえ、なにしやがる!」
思わず頭に血が上り、付着した血をなめつつ、刀を拭き放とうとするが。それは起こらなかった。
がくんと力が抜け、体の中が熱くなり、何かが駆け巡るような、そんな感覚にとらわれたのだ。
「あ、あ、て、めえ、何をしや、がった、ぐ、」
椅子から崩れ落ち、床に体を投げ出す夕夜。それを冷静な目で見つめる女性。
やがて、体に力が戻りようやく立ち上がることが出来るようになり、夕夜は刀を抜こうとするが、またもや、それは起きなかった。
「待ってくれ!私は君の敵じゃない!色々と不快な思いをさせたようだが、それは理由があってのことだ」
急に相手の言葉が通じるようになったのだ。
「あん? 異人が日本語だと?」
「どうやら言葉が通じるようになったようだな、いやはや、助かった。爺様の言ってた通りだ」
相手の言葉が分かり、思わず拍子抜けしてしまう夕夜。
「あー、なんだつまり、ここは地獄じゃねえのか」
「地獄?なんだそれは、お前達の世界にあるものなのか?」
「俺達の世界だと?」
当然、夕夜は困惑する、世界と言うものが一般的に広まってきた時代の人間だ。一応知識としては持っているが、それを認識しているかどうかと言えばまた別の話である。
「そうだ、ここは私達の世界ルミオン、そして、ここはその大陸の一つ、ルワンダ」
「なんだそりゃ、アメリケやエゲレスやオランダ以外の国か?聞いたことねえや」
夕夜は苦笑する。
女性は横に首を振りながら、口を開く。
「そうではない、ここにはお前が言う国は無いんだ、全く別のお前が生まれ育った世界ではないんだ。そうだな、お前のいた国はなんと言う名前の国だ?」
「日本だが?」
「そうか、残念ながら、そんな名前の国は存在しない」
それを聞いた夕夜は大笑いする。
「くははははひいいい、おいおい姉ちゃんよ、あんたも冗談がうめえな。確かに俺達の国は、今、外国のやつらの言いなりになってるがよ、まだなくなっちゃいねえぜ」
「そうじゃないんだ、はぁ……なんて言えば分かってくれるのか」
女性は転げまわっている夕夜を見て思わす頭を抱え込んでしまった。
ここは異世界ルミオン、多くの魔物が跋扈しており人々の生活を脅かしている、そんな世界。
その世界に落ちた、人斬りと呼ばれた一人の幕末の志士。これはその青年の物語である。