再婚
矢下祐樹、彼は高校1年生だ。彼の通う高校は県内でも、そこそこのレベルであり、彼もそこそこのレベルだ。
黒髪に黒目という、まったくごく普通の少年であり、特技などは雑学くらいなものである。
雑学と言っても、その話題はほとんどネットで聞きかじった程度であり、彼の方向性は、いわゆるオタクの方向性に向いている。
しかし話を聞くとなかなかバカにはできない。なぜなら、ジャン○黄金世代の漫画を読みつくし、また、アニメ黄金期と言われてる時代のアニメも全て見ているからだ。
その方面に詳しい30~40歳代の人と話し込めば夜が明けるくらい詳しい。ただし広く浅くではある。
そして彼の嗜好は萌えよりも、燃えに向いている。小○宙を燃やしたり、メドロー○が大好きであったり、ジャン○系だけではなく、手塚、藤子作品などや、ガンダ○なども、もちろん大好きだ。彼の好みを語ると切りが無いので、この辺にしておこう。
そんな祐樹がある日、母親から呼び出された。彼は母子家庭で、母親は現在36歳。すなわち20歳の時に祐樹を生んだことになる。父親の顔は知らない。
母親は祐樹が生まれる前に離婚したと言ってるが、真偽は定かではない。
それでも母親は女手一つで不自由させず祐樹を育て、祐樹も父親がいないことを不満に思わず、普通に育っていった。
親子喧嘩や一週間、口を聞かないなどのことはもちろんあったが、それはどこの家庭にもあることだろう。
学校が終わって友人達と別れた祐樹の携帯に、母親からのメールがあった。
『仕事を早く切り上げたから、駅前で待っててね』
絵文字がふんだんに使われてるのを見て、ため息を吐く。
(いい歳して、絵文字かよ)
祐樹は友達とのやり取りにおいても、絵文字はほとんど……いや、全く使わない。めんどくさいからだ。
しかし彼の母親は良く使うのである。
駅前について母親を待つ祐樹。雑踏の中から、音楽が聞こえてくる。今、テレビ等で大人気のトップアイドルグループKARAHURUの歌だ。4人グループで平均年齢14歳。祐樹から比べると完全に年下だが、彼はアイドルにあまり興味が無い。
アイドルを見てるくらいなら、ゲームで天才軍師になったり、アニメを見て適当に楽しんでたり、オンラインゲームで友達と狩りをしてたほうが、よっぽど楽しめるのだ。とはいえ好きな人はちゃんといる。しかも同じクラスだ。
やがて母親が来る。祐樹を見つけたようで足早にかけてくる。
「ごめーん、まったぁ?」
どこか甘えたような、それでいてわざとらしい声。
「別に、特に待ってないけど、なんで、いつもそう甘えたような声を出すんだよ」
疲れたように言う祐樹。
「えーだって恋人のいない、祐ちゃんに恋人気分を味合わせてあげたい親心じゃない」
「大きなお世話だよ!大体いきなり呼び出して、なんの用さ?」
「んー、祐ちゃんと久しぶりに、お外で食事なんてどうかなーと思って」
「それだけで、仕事早退したのかよ……週末って忙しいんじゃないのか?」
「母さんの部署はそれほどでもないからね、さ、行きましょう。あ、今日はイタリアンな気分だから」
そういって歩き出す母親。あとを追いかける祐樹。どうやら、祐樹に今日の食事コンセプトを決める権利はないようだ。
そうして二人は高級そうなイタリアンレストランに席を取る。
さすがに祐樹は驚く、別にそこまで高級と言うわけじゃないが、それなりの格式のレストランっぽい。あくまで、祐樹の主観ではあるが。
「母さん、今日はなんかの記念日だったけ?」
「んー祐ちゃんは何だと思う?」
「質問に質問で返すな。心当たりが無いから聞いているんだが?」
「祐ちゃん、もう少し遊び心がないと、女の子からつまんないって言われちゃうわよ」
思春期の少年には耳の痛い言葉だ。
「うるさいなー、つまんなくて結構だよ。早く質問に答えろよ……」
そして母親がニヤリと笑い、それを口にする。
「今日はねー、祐ちゃんに妹が出来ました記念でーす」
瞬間、祐樹の思考が停止する。
「は? え?」
出てくる言葉は、それしかない。
母親は笑みを深めさらに言う。
「だーかーらー、祐ちゃんに妹が出来たのー」
祐樹は言葉の意味をなんとか理解し、母親のおなかに、つい目線をやってしまう。
母親はクスクスと笑う。
「違うわよー、そっちじゃないわよ。あ、でも近いうちに、そうなるかもね」
祐樹は最初に思い立った可能性を否定され、次の可能性を思いつく。
(ちょっと待て、今、母さんはなんと言った? 妹が出来ました。と言ったよな……出来る、でも、出来ちゃうかも、でもなく、出来たと言い切ったよな? にもかかわらず妊娠は無し……)
そして、そこから一つの答えを導き出す。最悪?の可能性を。
「母さん、一応聞くけど俺達の性は何?」
まるで、いたずらっ子のように笑っている母親が、口にしたのは、当たってほしくない可能性だった。
「小和田よ」
「いつから……?」
「うふ、昨日から」
「つまり、あんたは息子に何の相談も無く、入籍したわけ?」
「驚かせようと思って、どう驚いた?」
しばらくの沈黙
「fhfづy氏巣k例wwkwwdきfdffjskっだdsj!!!!!!!gdじぃjれfdなfdえ!!ふ!lvkjfffgdfdkj!!!」
もはや祐樹自身、何を言ってるか分からないほどの言葉と、怒声。それがレストラン内に鳴り響く。
「祐ちゃん、声が大きいわよ。他のお客さんに迷惑でしょ?もう子供なんだから」
さんざん怒鳴り散らして疲れたのだろう。肩で息している祐樹に、母親が上から目線で注意する。
(お前に言われたくねええええええええええ!)
全力で心の中で突っ込む。
取り合えず、状況の確認は一通り終えた祐樹。
(つまり、すでに父親になってる相手との顔合わせってわけね、あああああもう、どう突っ込めばいいんだよ)
そうして祐樹が頭を悩ませている頃に、相手の男が到着する。
高そうなスーツに身を包み、顔立ちは整っている。ダンディなおじ様という感じだ。40を過ぎたあたりだろう。
「やあ、由香里さん、お待たせしたみたいだね。今日も綺麗だよ」
と、歯が浮くようなセリフを、そつなくこなすのは、彼の性格によるものなのか、それとも年の功なのか。続けて彼は祐樹に目を向ける。
「君が、祐樹君?いやいや、由香里さんそっくりだよ、いや男の子に対して、母親に似てるというのは失礼かな?君の父親の小和田 隆だ。いやー息子とキャッチボールをするのが、ひそかな憧れだったんだ。祐樹君がこの話に大賛成と聞いて父さんは凄く嬉しいよ」
満面の笑みで話しかけてくる小和田隆。すでに父親気取りだ。
(ちょっとまてえええええええ!大・賛・成だと??)
母親に目をやるとそっぽを向いてる。
(あの女あああああ)
もはや母親への敬意もなにもあったものじゃない。とはいえ、ここで波風を立てても仕方ないので、なんとか表情を取り繕い一言を搾り出す。
「あ、よ、よろしくお願いします」
「ん?どうした?緊張してるのか?ははは?そう緊張しなくてもいいぞ、なあ 楓」
(ん? 楓? ああそうか、い・も・う・とね、はぁ)
「小和田楓です、よろしくお願いします」
再び祐樹の思考は、凍結する。
そこにいたのはトップアイドルグループKARAHURUの一人、小和田楓が目の前にいたからだ。
「?? え? あ? え? え? あ? KARAHURU? え?」
これが何のとりえも無い、元、矢下祐樹と、トップアイドルとの共同生活の始まりであった。