EP1-6 怪人とヒーローの関係。
正義とは排除すべきエゴである、と仁郷は前置きをして語り始めた。
実際、前までの関係ならいざ知らず、今のヒーローと怪人の関係は同業種の競争である。
「……ヒーローが所属する英雄機関と怪人が所属する機関はそう変わりはない。属する人間がどうであるか、それだけの違いだ」
仁郷は先程まで浮かれていたような笑みを消し、歴史を語る老戦士のような面持ちに変わる。
小百合はその突然の変貌に度肝を抜かれるが真剣な雰囲気でそれを聞く。ヒーローにも、怪人にも、近い彼女は一般人としてこの場に居ることを自覚していた。
「そもそも、ヒーローと怪人は根本は同じだ。組織が対立するだけでやってることは変わらない」
「え!?」
「考えてもみろ。ヒーローも怪人にも属さない一般人とヒーローと怪人は違いがあり過ぎる。ヒーローと怪人という呼び方が本来のヒーローとしての存在価値を歪めている状況だ」
一般人から見ればヒーローが世界征服を企む怪人たちと闘っているように見えるが、実際は異世界の遺産を取り合っているだけに過ぎず、現にテレビで放送されるような怪人による一般人への殺傷事件は存在しない。
「ヒーローが一般人を救うように、怪人もまた一般人を救っている」
「そ、そうなんですか?」
「見たことが無いってか? 当たり前だ。そもそも一般人が怪人に対して偏見を持ち過ぎてるのが今の悪い点なんだよ。怪人でありながら人間のように生きてる奴は少なくない。怪人には戦闘が可能か否かで前衛後衛が決まる。俺のような戦闘特化の怪人が居れば、治療特化の怪人も存在する」
「……成る程」
小百合はチラリと昔の事故を思い出す。
(……あの時助けてくれた黒い人は本当にヒーローだったのかな?)
名前も素性も知らぬ恩人は、黒い装甲を身につけていた人物だとしか分からない。だが、それでも小百合にとっては憧れの人なのだ。例え、ヒーローであろうが、怪人であろうが、変わりは無い。
相槌を打ったのをついてきていると判断し、仁郷は続ける。
「世間に怪人が生きるためには貨幣が必要なのは分かるな。生きている以上、食って寝て治療しなければ怪人でも死に至る。それに、何もヒーローだけが世間に働きかけてる訳じゃあない。後衛怪人が運営する病院や飲食店があるし、前衛だって俺のように喫茶店みたいな個人経営をする奴だっている」
ーー使い捨ての兵器なんかじゃあない。
小百合的には仁郷が喫茶店を運営していることに関心が湧くが、よくよく考えれば分かることだった。
「怪人を生み出すにもお金や設備が必要でしょうし、それを今も維持できているし……。確かに社会から離れているわけじゃ無いですね……」
「そうだ。ヒーローと怪人と呼ぶのが悪い。調整人間と混合人間と呼べば良いつーのに英雄機関が先手を打ちやがったせいで俺たちは非難の的だ」
舌打ちした仁郷の言葉に小百合は目を丸くする。
「調整人間ってどういうことですか!?」
「ん? 文字通りのまんまだ。アルカナキューブから取り出したエネルギーを研究して作られた調整薬を使って力に目覚めた人間が、調整人間だ。小百合ちゃんも適性検査ぐらいは受けただろ? あれは調整薬に適性があるかの検査で、八十パーセント以上無けりゃ適性無しってお払い箱されるシステムなんだよ。適性無かったら投薬で副作用出て人間じゃなくなるって噂だぜ? もっとも調整人間を普通の人間とはちょいと次元が違うけどな」
この話聞いててわたし大丈夫かな、と核心に近い話になる一方で小百合は今更に焦り始める。
もしも、誰かに聞かれていれば色んな意味で無事に過ごせる未来が見えないからだ。
辺りを気にし出す小百合の心境を知らぬまま仁郷はさらに続ける。
「逆に、人間を他の生物とアルカナキューブを媒体に融合したのが混合人間だ。所謂キメラの人型だな。モデリングの生物を人間に足した姿が世間一般の怪人っぽく見えたんだろうな。悪さはしていないのに関わらず世界征服だなんて馬鹿げた幻想が付き纏う理由ってのは」
「え? 世界征服企んで無いんですか?」
「当たり前だろ。んな中二病みたいな理由で怪人が頑張れるかっての。まぁ、正直なところギヴ&テイクな上下関係だから、上は企んでるのかも知れんけどな」
俺は知らん、と他人事のように語る仁郷に小百合は疑問を持つ。
「じゃあ……仁郷さんは怪人になったんですか?」
「……………………聞きたいか?」
「か、可能ならば」
仁郷は、言うべきか、と考えて躊躇う。
言ってしまえば目の前の少女は怪人に対して「可哀想」と考えてしまうのではないかと、仁郷はヒーロー見習いである小百合に言うべきか迷う。
付き合いは短くは無いが、生涯の伴侶でもない少女に言うべきではないと仁郷は結論付ける。
「…………秘密だ」
「そ、そうですか……」
「家族ならともかく友人に言えることじゃない。ましてや、若い小百合ちゃんにはまだ早ぇわ」
項垂れる小百合には悪いが、世界に渦巻く負の世界を見せるには精神年齢が足りていないと仁郷は判断した。
証拠を見せてもない怪人最強を名乗る男を信用する程に純粋な小百合なら、話を聞けばボランティアとして孤児院に入り浸りかねない。
明るい世界で過ごす小百合にはただの壮絶な昔話にしか聞こえないだろう、と仁郷は決めつけた。
小百合にレッドを超える力か同等の何かが無い以上、身の内を晒す価値は無いと判断したからだ。
小百合の在り方はレッドの幼い頃を連想し、仁郷にとって期待してしまう存在だが、力が無い。
力無き正義は無力、無謀と勇気は違うからだ。
小百合は別のアプローチで何かをしてくれるだろうと仁郷は期待を胸に語っているが、同情を誘うために話している訳では無い。
「……さて、本題に戻ろうか」
「は、はい」
「……十七年前までは英雄機関と暗闇機関を筆頭にアルカナキューブと呼ばれる異世界の遺産、簡単に言えば未知のエネルギーの詰まった箱を“奪い”合っていた」
「取り合うではなくて、奪い合う、ですか」
「よーするに殺し合っていたのさ」
あっさりと言ったその言葉に小百合は絶句せざるを得ない。
「あの頃はアルカナキューブが世界に散らばり始めた頃だったからな、戦争みたいなもんだった。数少ない研究対象を形振り構わず使った時代だったからな。実験で死んだ奴も少なくないだろうな」
「そ、それじゃあ……」
「……ああ、その頃はお互いに死傷者がたくさん出た。殺し殺されは当たり前、幾つもの機関が潰されまくったからな。今になっちゃ、重い話だが」
「今は違うんですか?」
「まぁな。怪人代表として俺が、ヒーロー代表としてレッドが、秘密裏に結んだのさ。ーー死人を出さないっていう停戦協定をな」
「レッド?」
世代かねぇ、と呟いて仁郷は英雄機関の大英雄ワイルドレッドのことを手短に説明した。
「……成る程、仁郷さんのライバルですか」
「ああ、愉快な奴だよ。ガッツっていう根性論が好きな奴でな。俺に向かってくる理由が殺し合いじゃなくて喧嘩だって抜かした時には腹がよじれるかと思ったぜ」
楽しそうに語る仁郷の姿が、無邪気な子供のように見えた小百合は微笑む。
笑っている方がいいな、と思ってしまうから。
「……で、それから戦争は紛争に路地裏の喧嘩、早い者勝ちの競争に移り変わって行った。俺たちはお互いに約束を守り、部下に当たる後輩に指導し、やっとここまで平和にさせた。十七年の努力は伊達じゃないぜ」
「……あれ? 仁郷さんって今歳はおいくつですか?」
んー、と唸りながら指を折る仁郷。
三本程曲げてから、三十ちょいくらいかな、と答えた。
「えぇぇぇ!?」
「あー、驚くのも当たり前か。怪人は常に高水準に保つから老化し辛いんだ。だいたい年齢の二分の一くらいが精神年齢と身体の成長率だな」
「へー……、ってことは肉体的には同い年くらいなんですね」
「ま、そういうこと。だから冗談でも女性の怪人に歳を聞くなよ。確実に怒鳴られるからな」
「……経験談ですか?」
「……ああ。どれだけ強固な装甲殻があっても精神的なダメージは避けれんからな。宥めるのに大変だった」
「あ、あはは……」
遠い目をした仁郷の姿に小百合は苦笑しかできなかった。