EP1-5 蛇と不良少女。
「へぇ、怪人って元々人間なんだー」
そうあっさりと棒読み気味に内容を要約した鳴海はくるくると空の皿にフォークを回す。
隣の三毛も楽しそうにくるくるしていて、それを微笑みながら壹姫は「そうなのよー」と仁郷を慕う少女にぶっちゃける。
正直に言えば鳴海はそれを父から聞いているために特段驚かない。
大英雄の娘らしく怪人討伐に対し乗り気……では無くむしろめんどくさいと嫌うし、仁郷に素で惚れたりしているのだ。
そうとは梅雨知らず壹姫は「あらあら」と嬉しそうに微笑む。
「昔からにーちゃんは格好が良くてねー。私が怪人になるのも最後まで反対していたし、みーちゃんが怪人デビューしないように片っ端から仕事を奪ってたりと中々の家族思いの良い子だったりするのよー?」
「うーん、その話十二回目だけどどうして三毛っちも怪人に? そこまで過保護ならさせないと思うんだけど……」
鳴海は壹姫の微笑みが“自然”じゃないことに気付くと「あ、地雷踏んだかな」と内心焦る。
「私たちね、実は血が繋がってないのよ」
間延びした口調がするりと抜ける。
その雰囲気はまるで脱皮をした蛇。妖艶な風貌からチロリと唇を艶めかしく先が二つに分かれた舌が撫でる。
それに見惚れていた鳴海はまるで蛙のように無防備だった。
「私たちは孤児院出身でね、唯一って言うのも可笑しいけれど引取先が無いまま身寄りの教会が潰れて寒い外に追い出されちゃったのよ。私は十五歳でにーちゃんが十三歳にみーちゃんが四歳だったかしら。身寄りの無い私たちをこれ幸いと暗闇機関の上司さんが拾ってくれたから生きていられるの」
ーーだから寒空に出されないために協力しなくちゃいけなかったのよ。
悲痛そうながら何処か懐かしそうな顔で壹姫はカウンターの特等席で眠る三毛の白い髪を撫でる。
「今思えばその頃から“仁”は何処か生き急いでたわね」
仁郷さんのことだろうな、と鳴海は察する。
(怪人として付けられた偽名だろうとおもっていたけど……、もしかすると二人の名にも一文字ずつ入っているのかな)
そんな鳴海の頭を壹姫は優しい手つきで撫でる。
きっと仁郷さんもこうやって撫でられたんだろう、と鳴海は心地良い雰囲気に呑まれて欠伸を噛み締める。
「仁は私たちに施される大半の実験を引き受けたわ。あの子は見てて痛々しくなる程に優し過ぎた。だからだろうな……、初めてレッドと引き分けて帰ってきた時のあの子の楽しそうな顔に救われた気分になったのは……」
懺悔、と呼ぶべきだろうか。
自分たちを守ることで、生きる意味を感じていた若かりし仁郷の姿を壹姫は未だに思い出せる。
狼のように誇り高く、ハイエナのようにギラギラと自分たちを守る仁郷の背が離れて行く気がして、不意に抱き締めた夜もあった。
だから、あんなにも無邪気な笑顔でレッドの悪態をつく仁郷が可愛くて仕方が無かった。
それ故に先程の仁郷の様子が今更に心配になる。
また一人で離れて行ったりしないかと、血の繋がらない姉は気になるのだ。
「……ふふっ、今頃何をしてるのかしらね」
鳩に無心で餌でもやってるのかな、と壹姫は撫でる手を止めて奥を見やる。
(……やっばいなぁ。壹姫さんの横顔、夫を待つ健気な妻のそれだよ。こりゃ強力なライバルが居たもんだ)
鳴海はうへぇと心の中で予期せぬ伏兵の出現に呻く。ただでさえ隣にアドバンテージを稼がれているというのに、新たに発見した恋敵は女房系の血の繋がらないお姉さん。
倍率というかマニアック過ぎないか、と愛しい仁郷の人徳に苦笑を浮かべざる得ない。
仁郷の顔を浮かべてにへらと顔を緩めてから、喉に刺さる小骨のような違和感について思考を切り替える。
(……ヒーローが怪人を殺した、ねぇ。幹部であるあたしに話が来てないし、なーんか怪しいなぁ)
壹姫から聞いた、仁郷に聞かされたという“同僚の死”の出処が、英雄機関のバンクを常に監視している鳴海の記憶からそれが“見つけられない”ことに嫌な予感がしていた。
高町市を含めて世界には英雄機関と暗闇機関を筆頭に数有る暗躍組織が存在し、アルカナキューブの回収に様々な思惑を孕ませている。
そう、それは“英雄機関”にも当てはまる。
まるで別の何かを怪人との闘争で隠しているように鳴海は感覚の嗅覚で感じ取るのだ。
(もしかすると仁郷さんを巻き込むために誰かが暗躍をして、怪人を殺しているのかもしれないな)
英雄機関大英雄ワイルドレッドの大号令は“未だに守られ続けている”筈なのだ。
何せ鳴海が生意気な新人を“躾け”たり、猛の暑苦しいガッツのある合同訓練などでガッツを“叩き”込んだり、色んな方法で矯正し続けているからだ。
加えてワイルドレッドの名前は非常に重く、逆らうには恐れ多過ぎるし、強気に出る馬鹿は海堂兄妹に打たれる。
丁度良い機会だと鳴海は考える。
出る杭を打ち続けるのに飽きたら、次は曲がった錆びた釘を抜きに行けば良いのだ。
(……それに、お父さんの顔に泥塗るばかりか仁郷さんに迷惑かけやがった誰かさんを潰さなきゃ気が済まない)
鳴海はすでに本気でキレ始めていて収まりが付かず、苛々し始めていた。暴走しないのは偏に“愛”だ。
仁郷には暗闇機関と純度の高いアルカナキューブを隠密に回収した任務以外に新人研修という名の“首輪”をされている。
上司と関わりを持たぬ生活だからこそ、優しい彼は情報を“鵜呑み”にしてしまっている状況なのだと鳴海は先程の昔話を思い出して察する。
二人を、仲間を守るために一人で暴走しかけている。
(あちゃー……、正体バラすタイミング悪過ぎたなぁ。今のあたしに説得できるカードは……無い。…………詰んだ)
再び鳴海はカウンターに突っ伏し、アイデア出ろ、と少し遅い昼寝を開始した。
世界の歯車は未だに空回りし続ける。