EP1-4 怪人最強とヒーロー見習い。
指摘がありましたのでリテイクしました。
英雄論。→怪人最強とヒーロー見習い。
また失敗しちゃったなー、とやや虚ろな瞳の白セーラーの少女はふらふら歩いていた。
鳴海が着ている黒セーラーは中学生の証であり、白セーラーは高校生の証であるのが高町市立高校生徒の常識である。
つまりは「見回り中」と書かれた腕章を右腕につける少女ーー音無小百合は高校生である。
しかしながら、買い物や昼休憩等で大通りを歩く人々の、主に男性の視線は彼女へと突き刺さる。
制服を圧迫する歳に見合わぬ豊かな胸へと。
(あー……、何でかなー。何であそこで失敗しちゃうかなー。あれが無ければ先輩に声かけれたのになー……)
英雄機関に所属するヒーローには、見習いの分類がありそこに小百合は分類されている。学校関係者にも連絡がいっているためにパトロールは公欠扱いとされ、最悪テスト免除まで優遇がされる。
なので授業中であっても英雄機関から任務としてパトロールが申し付けられた小百合には罪は無い。
小百合には憧れる人物がおり、その人の背を追いたいがためにヒーローを志した根っからの素人。
英雄機関と言えど万年人出が足りないためバイトや見習い大歓迎なのであった。
財布を家に忘れるというミスをしてしまったために、同じ高校に通うヒーロー界のエースに「お昼ご飯ご一緒どうですか?」と言えなかった小百合は、項垂れながら追撃のように発生したパトロール任務で渋々と大通りを歩いているのだった。
不幸体質と言えようか、小百合は屡々このような凡ミスにより多くのチャンスを逃していた。
小百合は一度だけ大事故に巻き込まれ死にかけたことがあるが、それは黒い装甲を身に纏ったヒーローに救われた。
その日を境に小百合は「不幸」という単語を口に出さないように心掛け、今や遅かった幸運が不幸を帳消しにしているのか大事に至る不幸は無い。
「……あ、鳩のお兄さんだ」
春風と共に揺れる桜並木が街道を引き立てる街並みを慣れた様子で一瞥し、小百合は小さな公園でベンチに座る男性を見つける。
たまにだが、ベンチに座って無心に鳩へ千切ったパンを配っている青年に出会う。
最初は、項垂れる青年を元気付けるために声をかける程度だったが、今は苦労話で華を咲かせる程にフレンドリーな友人関係。
携帯のアドレスも交換しており、英雄機関の見習いという不甲斐ない素姓を隠して本音で相談事ができる仲だった。
「仁郷さん!」
今回も愚痴を聞いて貰おうと隣に座った小百合に、数時間鳩にパンをやってようやく本調子の仁郷が「おう、久しぶりだね」と言葉を返す。
少しやつれているように見えた小百合は愚痴を聞くために「どうしたんですか?」と定例文を持ち掛ける。
数秒してから溜息を吐いた仁郷が前置き無しで口を開いた。
「ちょっと友人とトラブルでね。約束を破られてしまったんだよ」
優しい口調の仁郷は続ける。
「そいつとは長い付き合いでね、縦横無尽に遣り尽くした苦くて美味い思い出がある。そいつが病に臥せたと本人から聞いた時には、驚きを通り越して焦った。そん時に口約束だが大切な約束をした訳だが……それが最近破られちまったのさ」
軽く聞いてみたらとんでもなく重い話で小百合は息を飲む。十五年生きた小百合だが、仁郷が話すような心の友と書いた心友は居ない。
それ故に沈黙した仁郷にかける言葉が無かった。慰めるにも余計のことだと感じ、ただ懺悔にも聞こえる仁郷の言葉に口を出さない。
そんな小百合に仁郷は感心をする。
今時心の底まで優しい人間が存在したとは、と口に出さずに苦笑する。
「……まぁ、手違いだとは思いたいが如何せん発覚したのが俺の知り合いでね。真偽は覆らないみたいでーー」
小百合は突然語るのを止めた仁郷に疑問を感じ、視線を追えば彼が見つめていたのが自分の“腕章”だと知る。
ーー最悪な気分だぜ。
仁郷の口から漏れた私怨が孕む怒気に小百合は呆気取られて、口をポカンと開いたまた硬直する。
(もしかして、英雄機関に何か恨みがあるのかな)
実際、英雄機関は怪人たちや災害などの緊急事態の際に国や政府に止められず、救助を行う“善”の団体だと世間一般に知られている。
小百合もその一人である。
だからこそアンチ英雄機関側の人間が存在することを耳は痛いが知ってしまっている。
鳩に餌をやっている青年が怪人だと誰が知ろうか。
「なぁーー“嬢ちゃん”。君はヒーローってのをどう思っている」
小百合ちゃん、といつも呼ぶ仁郷の自分の呼び方に悲しみを覚えながらも、今自分は試されているのだと自覚した小百合は数秒思考をフル回転し、自分の意見を口に出すことを決めた。
「……ヒーローが何たるか、そんな哲学的な話はおバカなわたしには分かりません。だけど、良い人のことを指すんだと思います。わたしを助けてくれたヒーローは格好良かったです。自分を犠牲にしてまでもわたしを、皆を救おうとしてくれました。そんなとびっきり格好良い人をヒーローとわたしは呼びたいです」
普段のぽやっとした顔が真剣なそれに変わっていて、たどたどしい様子も無くはっきりと口に出した姿は、仁郷からしても爽快で格好良いと感じた。
だからこそ、仁郷は惜しいと思う。
「……そうか。“小百合ちゃん”、君はとびっきり優しい良い子だ。俺もヒーローってのはそんな風にあって欲しいと切望してる」
肯定的ながら何処か沈んでいる仁郷に小百合はもどかしい気分になる。
言いたいことは口に出さないと伝わらないと知っているから。
だから言ってしまった。
「仁郷さんはヒーローがお嫌いなんですか?」
「…………殺したい程に恋い焦がれてるさ」
「……え?」
仁郷の答えが肯定でないことに驚いた小百合だが、ぱぁっとその顔に笑みが充電される。
「だからこそ俺は今のヒーローが大嫌いだ」
小百合の顔は一瞬で凍りつく。
「ヒーローってのはそうあるべきだが、今のヒーローに“ガッツ”が見えねぇんだよ。一般人を守ることは確かに“善だ”。ああ、善だ」
ーー偽善だ。
仁郷はそう躊躇いも無く斬り捨てる。
ヒーローを語る全てが気に入らないと態度で口調で雰囲気で顕著に現した。
「守られるのは一般人と呼ばれる“普通の人間”だけ、馬鹿馬鹿しいことかも知れんが、その区別が俺には気に入らない。“怪人最強”として気に入らない」
怪人という単語に小百合は背筋を凍らせ、視線も固まった。目の前の青年が怪人だと知って、絶句した。
「ふ……“普通”の人間って、どういうことですか」
小百合の震える声に仁郷は慈愛を感じた。
彼女は真実を知りたいと、非現実と切り捨てず、現実をしっかりと見ている。
だからこそ、仁郷は後に引けなくなった。
「……小百合ちゃんみたいな良い子に現実を見させるのは正直気持ちが良い訳じゃねぇ。それでもーー踏み込むか?」
ーー決して逃げ出せぬ世界と向き合うか?
仁郷は正直に言えば小百合をただの優しい子だと高を括り、泣き出すか逃げ出すだろうと思っていた。
しっかりと頷いた彼女に見惚れていた。
かつて自分が憧れたヒーローの存在がブレる。
懐かしい顔を思い出してしまった。
溜息を吐き、仁郷は覚悟を決める。
彼女を巻き込むと。
「……分かった。これは恐らく英雄機関の奴らは知らない……いや、上が隠し抱えているかも知れねぇ情報だ。正直に言えば、俺は小百合ちゃんには教えたくはない。単純に、君がまだ一般人の分類に収まっているからだ」
「教えてください、仁郷さん。わたしはきっと知らなきゃだめなんです。ヒーローも怪人にも収まってないからこそ、わたしは一般人代表として聞かなきゃいけないんです」
呵々ッと仁郷はつい笑い声を上げてしまった。それはもう盛大に笑ってしまった。
もしも、自分が大法螺吹きの馬鹿だったらどうするんだと考えてしまう。
だが、目の前の“ヒーロー見習い”はきっと信じて真剣に考えてくれるんだろうな、と期待してしまう。
(今、最高に格好良いぜ……小百合ちゃん)
「ど、どういうことですかー!?」
突然笑われた小百合は「からかわれてただけ!?」と若干人間不信に陥りかけていた。
だが、問題は無いだろう。
何せ小百合の目の前の青年は。
「……暗闇機関所属第二被験者ーー怪人二号が保証してやる。君は俺が認めた“ヒーロー見習い”だ!」
人間であることを捨てた男だからだ。