EP1-2 暑苦しい親子
規則正しい電子音だけが響く白い部屋。
病院側が設置した綺麗かつ高級なベッドに眠る男性の口には呼吸器が付けられていて、未だに目覚める様子が無いことを暗示させるかのように机に置かれた有名ブランドの腕時計の秒針は止まったままだった。
英雄機関専用の医療館にはたくさんの部屋が存在するが、現在この部屋のみが使用されている。
元々このようなケースを想定した部屋なのだが、近年怪人率いる組織“暗闇機関”とのキューブ争奪戦で勝ち越しているのと比例し、軽度の怪我程度で済むばかりだったのでここに留まる患者が少ない。
それ故に第二千三号作戦の失敗による唯一の被害者の存在は英雄機関としては見落とせない“動かぬ証拠”となってしまった。
病室の壁は隣の小部屋側から見えるようになっているが、それは常駐医師や看護師を筆頭に経過を見守るためだ。
彼らは今は居らず、仕事仲間しか存在していない。
「……宮河は未だに安静のまま、か」
「そりゃそうですよ。内臓の一部が破裂。いくらここの医療レベルが高いと言っても数週間の入院です」
「…………………………」
隣で拳をきつく握る高校生程度の少年を二人はげんなりとした顔で見る。
早かったんじゃね、と顎鬚を弄びながら渋い刑事のような雰囲気をもつおっさん寄りの青年と、そうかも知れませんね、とアイコンタクトを受け取った秘書の若い女性は頷く。
「……俺にもっとガッツが足りていれば!!」
強化ガラスに右拳を叩きつける少年の突然の怒号に二人は背筋を硬直させ、悔しそうに奥歯を噛み締める熱血少年を一瞥してから「来させるべきじゃなかった」と呟き相槌し合う。
熱血少年こと海堂猛は昨夜のキューブ回収班の一人であり、自分の父たるワイルドレッドの席の後釜の人物である。無駄に発言力があるに加え、熱血な思考回路から飛び出す「ガッツのある」発言を有言実行せねば居られない暑苦しい信条を胸に抱くエース。
そのアホの補佐としてワイルドレッドの旧友シャドーウルフこと兼山吾郎と彼の幼馴染であり秘書の麗仙美也子は頭を悩ませていた。
ーー悪ぃ、アホ息子頼むわ。
と親友から酒の会で頭を下げられた吾郎は「仕方ねぇな」と安請け合いしなきゃ良かったと後悔し始める。常識を知り得ている筈なのにそれに逐一ガッツを組み込む猛に二人は食傷気味だった。
「あー……坊主。あんま気ぃ病むな」
「そ、そうよ猛君。彼の単独行動が原因なんだから」
そうベッドに寝込む宮河というヒーローは、担当する地区に猛が応援として来たために狼狽し、“ヒーローの先輩”として威厳溢れる自分を見せつけようと空回りしたのだ。
目当ての場所に自分を、猛を隣のポイントへ追いやり「どうだ、これが先輩の力だ!」と声高らかに合流するという予定……だったのだが、付き添いに居た大先輩たる吾郎を見てビビった宮河が先行してしまい、注意力散漫状態で見付け出す物も見落とした挙句、怪人に蹴飛ばされ撃沈。
ワゴン車が破砕した音で三人は彼を見つけた、というのが失敗の経緯だった。
何とも馬鹿馬鹿しい宮河の失態なのだが、猛は「自分にもっとガッツがあれば追いついていた筈だ!」と根性論を語り出す始末。
(だが、腑に落ちねぇな。宮河は三流とはいえヒーロー資格を持つ正式なヒーロー。怪人が現れれば変身し迎撃が出来るはずだ)
吾郎が納得出来ない点は二つ。
一つは宮河に変身した形跡がないこと。
もう一つは、“正面”から蹴られていること。
(まさか、十七年振りの復活を果たしたというのか? )
十七年前、親友海堂達也が相打ちにより深手を負わせたという噂の怪人史上最強と呼ばれるワイルドレッドのライバルーー“怪人二号”の名を吾郎は脳裏に掠めた。
知られている怪人の中で唯一変異化後“人型”へ戻れる奴ならば、どうだろうか。意識が戻らぬ宮河の証言さえあれば、と吾郎は歯痒い気持ちを抑え込む。
(だが、それは……。いや、重傷を負ったとして、怪人に十七年も長い年月を必要とするか? ……こりゃあ彼奴に改めて聞いてみるしかねぇな)
吾郎の脳裏ににアホ息子を頼んだ親友の顔が浮かぶ。「ガッツが足りんなぁ」と発破をかけた親友へ久しぶりの酒の会を申し込むのも悪くない。
だが、彼の心内環境は暴風が吹き荒れていた。
自分に何も告げずに抱え込んだ親友への怒りと寂しさもあるが、葛藤するは己の迂闊さと単楽な思考回路。今更後悔しても時既に遅過ぎる。
リターンや行動を迅速に、と吾郎は意気込む。
(無駄足でも構わん。後手に回るより先手の空回りだ)
先手必勝の精神で吾郎は一人決意する。
隣の美也子は「先手必勝だ、とか思ってるんだろうなぁ」と勝手知ったる愛しい幼馴染の思考を見越して顔を緩める。
シャドーウルフの実績の裏には甲斐甲斐しい美也子のサポートが存在する。吾郎もまたそんな美也子のサポートを完全に信じて行動をしている。
信頼し合う強い絆で二人は結ばれており、ダブルファングと呼ばれる名高いパートナー名で二人の名は今も轟いている。
……現在はアホの子守だが。
すまない、と一言残して吾郎は病室を出て非常階段に躍り出る。
英雄機関故に秘密保持に徹底されており、白い壁が存在し、青い空は見えやしない。
電話帳を使わぬ主義である吾郎が手慣れた様子で親友の電話番号を叩き込む。
数コールした後にプツッと繋がる音が聞こえた。
「よう、俺だ。久し振りだな、達也」
『おお、確かに二ヶ月振りってとこだな吾郎』
力強い“ガッツ”のある声が電話越しに響く。
「さて、早速だが本題に入るぞ」
『ーーああ、分かってる。……実はな』
正直に言えば吾郎は親友が素直に喋るとは思っていなかった。それ故に“何故か”溜められた間に違和感を感じた。
そう、嫌な予感を感じた。
『俺の娘がよお! 好きな人ができたって言ってーー』
……ああ、やっぱりか、と吾郎は呆れる。
この後、吾郎が真相の話題に辿り着くまで数時間を要し、その間暑苦しい親馬鹿の愚痴を聞く羽目になったのは言うまでもないだろう。