これがあたしの忘れられない夏の日々(2)
「玖美子、夕ご飯ができましたよ~」
「ご飯? 今日は何を作ったの~?」
「今日はね、玖美子の好きな冷やしうどんですよ? まだまだ暑い日が続くから、涼しい食べ物のほうがいいでしょう?」
「うん、冷やしうどん大好き~♪」
「けほ……よかった……じゃあ、一緒に……けほ、ご飯を食べる準備を手伝って……げほっ!?」
「ママ? どうしたの?」
「けほ……げほっ……!?」
「ママ! ママ! どうしたの? どうしちゃったの!?」
「大丈夫、ですよ……いつも、お母さん咳するでしょ? それがちょっと、大きいだけで……げほっ!?」
「じゃあ、お薬持ってくるよ!」
「だい、じょうぶよ……それより、ちょっとお父さん呼んできてくれるかな? お母さんが呼んでたって言って……お願い、できる?」
「で、でも……」
「ほら、急いで?」
「う、うん!」
…………。
――よかった、玖美子がお父さんを呼びに行ってくれて……やっぱり、たくさんの血を吐き出した自分のみっともない姿を見られるのは、良い気分がしないもんね。
「げほっ……おほぉ……!?」
う……血が止まらない……こんなに吐き出したのは……秀吾くんの家で、倒れた時以来かな……いや、それ以上かもしれない……さすがに今回は、厳しいかも、しれない……。
――神様、あたしって、もう生きられないんですか?
――あ、別に恨んだりはしませんよ? だって、余命が一年もなかったあたしをここまで生かしてくれていたんですから。蜜月な時間を過ごさせてくれたことは、本当に感謝しています。
…………そうですか、分かりました。だとしたら、仕方が、ありませんね……。
「ごほっ………………………………ありがとうございました、秀吾、くん………………………………………………」
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…………。
……。
「お父さん~~!」
「おお、玖美子か。どうした? そろそろ夕ご飯だから呼びに来てくれたのか? ありがとう――」
「お母さんが、倒れちゃったの!」
「――っ!?」
…………。
「絵玖……………………」
「お父さん、お母さんは……?」
「玖美子、隣のおばちゃんの家に行って、救急車呼んでもらってきてくれないか?」
「救急車?」
「ほら、早く走れ!」
「う、うん。分かった!」
……………………。
「絵、玖…………」
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…………。
……。
――ありがとうございました、秀吾くん。秀吾くんと過ごしたこの10年間、あたしは、とっても幸せでした。
秀吾くんに見せてもらったたくさんの物を、あたしは死んでも忘れません。
――丘の上で一緒に見た綺麗な景色。
――澄んだ川で見た、たくさんのホタルたち。
――むせ返るほどの、大自然。
――そんな景色を見ている時、いつも側に、秀吾くんはいてくれていた。
それが、とても嬉しくて……とても幸せで……。
だから、死んでも忘れることはありません。
――心配しないでください、もう少し生きたかったとは思うけど、それでも、あたしは十分に生きました。
あたしは、あたしの人生を精一杯生きることができたと思います。……素敵な時間を、あたしに与えてくれて、本当にありがとう。
ありがとう……ございました……。
――――8月24日、午後18時02分、五十沢絵玖、永眠。
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