みんな――友達(8)
――そして、夏休みの登校日が終わる。絵玖にとっては、最期の学校生活が。
絵玖は、少し名残り惜しそうに自分の机を撫でていた。
「短い間だったけど、この机には愛着がありますね。初めて生徒として頂いた机だったから」
「こいつも、絵玖に座ってもらえて本望だっただろうよ。真面目に勉強してもらえたわけだからな」
「そうでしょうか? あーあ、持って帰りたいな~」
「俺は構わないんだが、貧乏なこの学校としては、それはかなりの痛手になってしまうだろうよ」
「ふふ、分かってますよ。ここで窃盗罪を起こしちゃったら、何の意味もないですもん。……またいつか、ここに帰ってきて、その時にもう一度座らせてもらいます」
「うん、それがいい」
「待っててくださいね。…………処分されたりしませんよね?」
「多分、ないとは思うぞ?」
確かにかなーり耐久に期待は持てないが、この学校の財政を考えれば、交換は簡単にはできないはず。重傷を負わない限り、しばらくは居続けるだろう。
「されないことを願いましょう」
「うん、それがいい」
「ふふ、この短い会話の間に、うん、それがいいを二回も使いましたね」
「別に使いたいと思って使ってるわけではないんだが、使ったほうがよろしいのではないかという状況だと感じたのでうん、それがいいを使用することにしたんだ」
「……意図的に使用って単語を混ぜた上、それとなくうん、それがいいも含めてしまうなんて……」
「いつものことだが、くだらないことに関しては頭の回る性格だ」
「ある種の才能といってもいいと思いますよ? 自信持ってください」
「場所をわきまえなかったら、何発かぶん殴られる気がするな……」
「大丈夫ですよ、秀吾くんは空気もそれなりに読めますから」
「……まあな」
「これからも、そのスキルを磨いてってくださいね」
「お、おう」
「――じゃあ、そろそろ出ましょうか」
「何か、悪いな。この場所の最後が、こんなくだらない話で」
「ふふ、むしろ良かったですよ。いつも通りの会話を、この教室でできたから。胸に、しっかり焼き付けておきます」
そう言って、教室扉の前で止まってぐるりと一瞥。
「――短い間だったけど、お世話になりました」
そして、扉をゆっくりと閉めた。
「忘れ物はないか?」
「はい、全部持ってます」
「教科書類は、持っていくのか? 向こうに」
「はい。思い出になりますし、時々読み返しておさらいしておきますよ」
「おお、何て殊勝な心がけだ」
「これも、秀吾くんに学んだことですよ。秀吾くんは、これから受験も控えてるんですから、少しでも手伝いたいですし」
「そうだな~、そう言えば受験があるんだった」
「……何か、忘れちゃってた~みたいな台詞ですね……」
「いや、実際そんな感じ。あるんだよな~っては思ってたけど、本当にあるのかな? っても思っちゃったり」
「ありますよ、あります。……進学するんでしょう? 秀吾くんは」
「ああ、大学に進んだ方が、就職するのに良い環境だからな。ただ……」
「ただ、なんです?」
「今、ちょっと悩んでるんだよ。行きたい大学のことで」
「行きたい大学のこと?」
「ああ。……ちょっと、方向転換するかもしれない」
「そうなんですか?」
「まあ、もう少ししたら話す時が来るだろう。今は、置いておくとするさ」
「いいんですか?」
「ああ、いいんだ。正直、こればっかりは自分との相談になるしな。――それより、この後はどうする? せっかくだし、アイスでも食いに行くか?」
「あ、いいですね~。行きましょう、あの味も忘れないために食べておきたいです」
「OK。じゃあ、行こうか」
「はい」
――俺も同じように、日向村で絵玖と過ごした日々を忘れないように胸に焼き付けておこう。そしていつか、ここでこんなことをしたんだな~って、絵玖と一緒に振り返りたいものだ。
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