ほんとのほんと(6)
「絵玖、小さい鍋だと入りきらないから大きな鍋を使って――」
「げほ、げほっ、げほ…………っ!」
「え、絵玖?」
「かはっ……げほ、しゅ、秀吾くん……はぁっ!?」
「絵玖、絵玖!? 大丈夫か、絵玖!?」
絵玖はキッチンの洗い場のところで倒れていた。そしてその下には……絵玖が吐き出した赤黒い血が散乱していた。
「はぁ、はぁ……ごめん、なさい……お家、汚してしまって……」
「そんなこと言ってる場合じゃない! また、あの時と同じように血を……」
「あの、時……? げほ、えほっ……」
「今はしゃべるな。俺に、俺にできることはないのか?」
「げほっ……鎮静剤を打てば、良くなります……げほ……はぁ、はぁ」
「分かった。じゃあ俺が打ってあげるよ。それは、何処にある?」
「あたしの……カバンの中に、入って、ます……」
「分かった、取ってくる!」
俺はカバンを取ってくるために急いで上に駆けあがる。
…………。
「持ってきたぞ」
「ありがとう、ございます。……カバンの中に入ってる、ポシェットの中に……注射針が入ってます。それを……」
「分かった」
俺が取りに行っている間も、絵玖は血を吐いたのか、血の散乱する範囲が広がっているような気がした。
カバンから注射針を取り出す。それを掴む俺の手は……プルプルと震えていた。
「あたしの、腕の……げほ、注射針の跡が残ってるところに……刺して、注入してください。はぁ……」
「分かった」
絵玖の差し出す腕……そこには今まで刺したであろう大量の注射針の跡が残っていた。俺は今更になって、絵玖が腕にいつもリストバンドを付けていたのを理解した。
「じゃあ、いくぞ」
「お願い、します……」
注射針を覆うストッパーを外し、針先を手首に向ける。そして……針を刺し、薬を注入した。
「……………………」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
「…………これで、大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます。……10分もすれば、また元に戻りますから」
「そんなにすぐ、元に戻るのか?」
「はい。……いつも、そうですから、はぁ、はぁ……」
「そうか。でも……ちょっと待ってろ」
俺は隣の部屋から座布団を4枚持ってきて、それを整列させて並べた。
「ここに、横になれ」
「ありがとう、ございます……」
絵玖の体を抱き寄せ、ゆっくりと座布団の上に横たえる。
焦りやすい状況だとは、思うが、焦るな俺。こういう時こそ冷静になるんだ。今の俺にできることを全てやるんだ。まずは……。
俺は洗面所からタオルを持ってきて、絵玖の口元の血を拭ってやった。そして、それが終わったら散乱した血を濡れ雑巾で拭いていく。これが全部、絵玖の口から出てきたのか?
……信じがたいが、正にその光景を見てしまったから嘘ではない。まじまじとなんて見ていられないから、俺は素早く拭き取り、素早く雑巾を洗った。
そして次は……着替えだ。俺は自室に戻り、絵玖が着れそうな服を二着ほど選別してきた。
「後でこれに着替えな。血だらけの服じゃ、居心地悪いだろ」
「あはは、ありがとうございます。……やっぱり、秀吾くんは優しいですね」
こんな状況でも、絵玖は笑顔を見せていた。確実に笑っていられる状況じゃないはずなのに……それは、この状況になれてしまっているということなのか?
「……大分、落ち着いてきました」
「苦しくないか?」
「はい、今は平気です。……すごく、良く効くお薬ですから、落ち着くのも早いんです」
「安定したと捉えて大丈夫か?」
「はい、大丈夫ですよ」
「よかった……本当によかった……」