ほんとのほんと(4)
「――絵玖から見て、頭が良いというのはどれくらいのことを指すんだ?」
「えーっと……上から三番目に入るか入らないか、くらいでしょうか?」
「三番目以内か。だとすれば、それは5年前からってことになるな」
「5年前ですか? 随分前からですね」
「八割方この村の人口が少ないってことに助けられてるけどな。後はガキの時は成績順位が公表されなかったから明確に分からなかったこと。ずっと前から、絵玖が転校してくる前のメンツだったし……自然と順位も固定になってくるってもんよ。……そう考えると、昔は奇跡だったな」
「? 奇跡?」
「ああ、佑香いるだろ? 今はあいつが俺たちの学年のナンバー1のインテリってことは知ってるだろ?」
「はい、しかとこの目で御目文字したので」
「そうなんだけど……実は5年前までは、あいつは一位ではなかったんだよ。いつも二位か三位の常連だったんだ。今の俺みたいにな」
「え!? そうだったんですか? じゃあ一体誰が――」
「ふっふっふっふ」
「ひ、ひょっとして――!?」
「そう、その通り。当時一位に輝いてたのはこの俺なんだよ」
「おお~!? そうだったんですね!」
「まあ、とは言っても僅差だけどな。一点か二点、かろうじて俺が勝ってたくらいさ」
「それでも一位は一位ですから」
「ありがとよ。……だがその後、奴は覚醒した。まるで眠っていた力を解放したかのように……その次のテスト以来、俺は奴に勝つことができなくなったんだよ」
「な、何か佑香さんを変えるきっかけがあったんでしょうか?」
「ああ、あった。俺たちはこれが九分九厘間違いではないと思ってる」
「そ、その理由は?」
「――メガネだ。メガネが、あいつの真の力を目覚めさせたんだ」
「…………メガネ、ですか?」
「そう、メガネ。今でこそ目が悪いあいつだが、昔はメガネじゃなくて裸眼で過ごしてたんだよ。だが、歳をとるにつれ視力が弱り、今はメガネをかけるようになった。たまにコンタクトレンズを使うこともあるけど、基本はメガネみたいだな」
「それと、佑香さんの覚醒は関係があるんですか?」
「もちろん、大有りだ。オオアリクイだ」
「全然違う動物が出てきましたね……」
「かわいいよな、子供が背中に乗ってる姿」
「それは、そうですね」
「何の話だよ! 絵玖!」
「な、何であたしが怒られたんですか!?」
「うん、素晴らしい反応の良さだ、これからも精進するように」
「お褒めに預かり光栄です」
「話を戻すと――俺がテストであいつに勝ってた時、あいつはまだ裸眼だったんだ。しかし、俺から初勝利を捥ぎ取った時――あいつはメガネをかけていたんだ。それ以来、あいつは俺にテストで負けたことがなくなった。これはもう、あいつがメガネで覚醒したとしか言えないだろ」
「そ、そういうものでしょうか? ただ単に努力を日々続けたからでは? 佑香さん、真面目ですし」
「だが、それはそれで視力を落とすことになってるから、やはりメガネが絡んでくるだろ」
「そ、そういうことなんですか?」
「俺たちの間では、レジェンド・オブ・メガネと表している」
「随分と壮大な題名ですね」
「近日上映開始予定だ」
「映画化されていたんですか?」
「しかも殺人事件の話だ」
「題名の割にジャンルが……」
「やっぱりメガネって言うと……なぁ?」
「い、言いたいことはすごく分かりますけども……」
「まあそんなわけで、俺もゴールドメダリストだった時期があったのよ。今ではすっかりシルバーコレクターになってしまったけどな」
「でも、それだって努力してきたから保っていられるんですよ? あたしはすごいと思いますけどね」
「そうか~? ずっと二位っていうのも……結構苦痛だぜ? ほら、あいついつも二位の五十沢だぜ~? みたいに言われるんだぜ? むしろ狙ってただろ? みたいなこと言われるんだぜ?」
「言われてないでしょう? あたし以外全員幼馴染なんですから……」
「的なことを言われるってことよ。特に女子にはからかわれる、芸術的だって」
「芸術的ならいいじゃないですか? アーティストですよ? 秀吾くん」
「……絵玖、それはフォローなのか? それとも馬鹿にしてるか?」
「ば、馬鹿にしてなんてないです。至極真面目に言いました」
「アーティストて……絶対言葉尻に笑の文字がついてそうだ」
「アーティスト(笑)? ……ふふ」
「お前、今笑ったな? 極刑だ!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ~! あたしが笑ったのは言葉の響きが面白かったから――」
「問答無用! 笑ったことに変わりはない! 必殺――ほっぺ引っ張り!」
「んむう~~~~!」
左右からほっぺたを横に引っ張ってやる。
「ごめんにゃさい~! 謝りまふから、手をはにゃしてくだしゃい」
「ダメだ、俺の心は深く傷ついた。……もう少しほっぺの感触を楽しませろ」
「しぇいしゃいっていっへるのに、たのしませろってきじゅちゅいてないじゃないれすか~」
俺の翻訳が正しければ、制裁って言ってるのに楽しませろって傷ついてないじゃないですか~と言ってると思われる。しかし俺は――
「あ~? 何て言ったんだ? 聞こえないぞ?」
「だったら、この手をはにゃしてくだしゃい~!」
「いや、このモチ肌からはなかなか手を離せないぞ。お肌の手入れバッチリなんだな絵玖は」
「これでも、おんにゃのこでしゅから……お肌にはちゃんと気をちゅかってまうよ」
「真面目に答えてくれてるのに、全てが不真面目に聞こえるからこれは辛いな」
「分かってるなら、この手をはにゃしてくだしゃい」
「仕方あるまい。……もう笑うんじゃないぞ?」
「(こくこく)」
整ってる顔が大崩れしたら大変だからな……絵玖にはこのままでいてほしいし、名残り惜しかったが手を放してやった。
「あう~……極刑を受けてしまいました」
「受けたくなかったら、悔い改めるがよい。俺に対してはどんなことでも褒めるがよいぞ」
「……ただの現実逃避じゃ」
「何か言ったかい? 須貝絵玖くん」
「いえ、何も。――あたし、勉強を再開したいと思います」
「うむ、少々盛り上がってしまったな。気を引き締め直そう。……よし、気持ち作り完了」
「は、早いですね……」
「慣れてるからな。どこぞのメガネ娘に叩き込まれた」
「あははは……一人しかいませんね。その人物は」
「もう少し頑張ったら、また休憩入れるか。それまで、お互いファイトだ」
「はぁい」
……………………。