ほんとのほんと(2)
――キッチンは既に良い匂いが立ち込めていた。ナスの煮びたしの匂いだ。
「うーん、えげつない程食欲をそそる良い匂いがしているな」
「うふふ、そうですよね? もちろん匂いだけじゃなくて、味も最高でしたよ。……でも、カレーもえげつない程美味しそうな匂いがしてますけどね」
「匂いはな。味も市販のルーだから失敗してないはずだ。後は、俺の盛り付け技術に全てがかかってると思われる」
「うふふ、頑張ってください」
絵玖は煮びたしをお皿に盛りつけた後、テーブルに腰を下ろした。後は主食をよろしく
お願いしますってことだろう。
俺は蓋を開けてカレーをかき混ぜる。一晩寝かせたほうが美味しいという言葉をよく聞く。もしそれが本当なのだとすれば、一晩寝たこのカレーは昨日よりも美味しい状態になってるということになる。
……舌が貧相な俺には全く違いが分からないんだが、味が良くなってるならそれに越したことはないな。
炊き上がっていた米を器に装い、後はカレーをかけるだけの状態にしておく。
「…………」
カレーをおたまで掬い、ポタポタと落ちない時を狙って――カレーをライスの脇にかける。一杯では少ないからもう一杯。
……うん、そこまで悪くない、ネットとかで見た盛り付けとそこまで見紛わない。後は自分のも盛り付けて……絵玖が座るテーブルに持っていく。
「お、お待たせ。……こんな感じなんだが、どうかな?」
「うわ~、すごい。美味しそうです~」
絵玖はパチパチと手を叩いて喜んだ。
「野菜をたくさん入れたかったから、肉は挽肉にしてルーに溶け込ませることにした。ナス、ニンジン、トマト、ジャガイモ、玉ねぎ……6種類の野菜を使って作りました」
「なるほど~、じゃあこれ一杯で栄養はバッチリですね。……ホントに美味しそう~」
「何度もありがとよ」
「食べていいですか?」
「ああ、じゃあ食べようか」
「――いただきまーす!」
絵玖はカレーライス、俺は煮びたしにそれぞれスプーンと箸を伸ばす。
「あーん……もぐもぐ……」
「もぐもぐ……」
…………。
「美味しい!」 「美味い!」
声がハモった。
「美味しいですよ秀吾くん。野菜がすっごく良い味を出してます」
「煮びたし、すげぇ美味いな。味がしっかり染みこんでて……これは病み付きになる味だ」
「……何でこんなに美味しいのに、自信持たなかったんですか?」
「やっぱり、人に食ってもらうってことがほとんどなかったからな。味がどんなものか分かっていても、言いようのない不安ってのがあるんだよ」
「気持ちは分かりますけど、こんなに美味しいのに自信を持たないなんてもったいないですよ」
「う、うん……この歳になって初めて、食べてもらう側の感覚を知った気がする。いつも絵玖はこんな感じだったのか?」
「昔はそうだったんですけど、今は食べてもらうのが楽しみって感じですね。一度成功したものを食べてもらってますから」
「なるほど。……頭良いな」
「これは頭が良いといっていいのでしょうか?」
「心配ない、俺は嘘をつかない」
「じゃあ、素直に受け取っておきますね。……あむ……もぐもぐ……」
パクパクカレーを口に運ぶ絵玖。どうやら本当に美味しいと思ってくれてるらしい。……結構嬉しいものだな。料理が上手になりたいって思うのも、分かる気がする。