フィッシングのちファイアフライ(15)
「じゃあ、今日はここでお別れだな」
「……もうちょっと、長く遊んでいたかったですね~」
「気持ちは分かる。でも、そろそろ戻らないと崎田さんが心配してしまうよ。ただでさえ長い時間引っ張り回しちゃったし……ここいらで帰しとかないと、次はこんな風に夜遅くまで遊ばせてもらえないかもしれないぞ? そうなったら嫌だろう?」
「それは、嫌です」
「こうして時間をきっちり守る人間だってことをアピールし信頼を勝ち取ることができれば、いずれ普通に長い時間遊んでも大丈夫になる。秀吾ならば、絵玖を任せておける、という風にな。今はそれを実現するためのミッションの最中なんだよ」
「秀吾くん、そんな深いところまで考えていたんですね」
「半分以上、今思いついた。残り半分は俺の願望。俺だって長い時間遊んでいたいからな」
「よかった。早く帰らせて一人になりたい~とか思ってないんですね?」
「俺がそんなこと思うわけがなかろう。そんなことを思えるような人間じゃない」
「ふふ、そうでしたね」
「今日はお別れだけど、また明日以降たくさん遊べばいい。夏休みはまだ始まってもないんだ。時間はたっぷりあるさ」
「たっぷりか……そうですね」
「夏休みの課題は、早いうちに終わしておくんだぞ? 後半までほったらかしにして後に追われるほど、つまらないことはないからな。理想は夏休み始まって10日前後だ」
「そんなにすぐに終わるものなんでしょうか?」
「普通のペースだったら、20日前後かかるかもしれない。でも、そこは気合いでカバーだ。終わらせたいという強い思いがあればきっと早く終わらせられるはずだ」
「気合い……便利な言葉ですね」
「でも、あながち間違いではないぞ。人間やろうと思えばできるんだから」
「そうですね。最初につまらないものを終わらせてからのほうが、気持ちが楽ですもんね。あたし、やってみます」
「ああ、やってやろうぞ。……まあ、分からないことあったら俺が教えてやるから。頼れるものにはなるべく頼ったほうがいい」
「はい、いっぱい頼らせてもらいますね」
「うむ、いつでも頼るといい。……じゃあ、またな」
「はい、また連絡しますね。……さようなら~」
――暗がりで、絵玖の顔ははっきりと見えなかったけど、きっと笑顔で帰っていっただろう。
……一瞬だけ、寂しげな表情を浮かべたような気がしたけど、深く考えなくても大丈夫だろう。きっと、どんな顔を作っていいか分からなくなっただけだ。誰だって、そういう時はあるものだからな。
何にしても、今日も楽しむことができた。また、近いうちに遊びたいものだ。
……すげぇ今更だけど、ここ最近ずっと絵玖と行動を共にしてる実感がある。それだけ一緒にいる時間が心地良いってことだろう。
もちろん、佑香と亮と一緒にいることに飽きたとかそういうわけではない。あいつらとは子供の頃からの付き合いだから、無理に毎日会う必要がないんだ。
多分、夏休み中も半分以上は会ってるだろうな。絵玖とだったら、それも大歓迎だ。
夏休み半分以上会うって、ほとんどカップル並みの会う頻度の高さだな。
……まあ、それも悪くない。
絵玖が俺の彼女なら……俺は喜んで付き合うだろうし。むしろ……俺からお願いしたいくらいかもしれない。
今日だって、結構ドキドキしていたんだよ、俺。話で誤魔化してはいたが、内心は結構焦っていた。
女の子と手をつなぐことに、まだ慣れていないからな。そんな風に心が揺れるのは、絵玖にそういう感情を抱いているからだろう、きっと。
絵玖は、俺のことをどう思ってるんだろうな。手をつないでくるってことは、嫌悪感はないと捉えて大丈夫だろうか?
毎日のように遊んでるからそれは大丈夫か。でも、俺を男として認識してるかって言われると……正直まだ分からない。
好きにも二通りの捉え方があるからな。友達としての好きと、大切な人としての好き。絵玖は、果たしてどっちの捉え方として俺と接しているんだろうか?
……俺が考えたところで結論は出ないよな。どっちにしても、嫌いじゃなければひとまずはそれでOKだろう。
結論を急ぎたいわけでもないし、それを強いて仲が悪くなっては元も子もない。今の現状が楽しいならそれが一番大事なことだ。
……そういう類の答えは、いつか時間と共に現れてくるだろう。
俺が絵玖に抱いている感情、これを忘れないで覚えてだけいよう。
……こうして、今日も一日が過ぎていく。
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……。