須貝絵玖という女の子(14)
「――それじゃあ、今日はありがとね」
「いえ、こちらこそ。わざわざ家まで送ってもらっちゃって……絵玖のことは、俺に任せてください」
「ふふ、まるで恋人みたいな台詞ね、秀吾くん。まあ、秀吾くんが恋人になるのなら、あたしは大賛成だけどね」
「あ、あはは……今日だけで色々褒めてもらっちゃったな……」
「それだけあたしが気に入ったってことよ。この機会に自分に自信を持つといいわ、もっと磨きがかかるから」
「か、考えておきます」
「――じゃあ、行くわね」
「はい、お気を付けて」
「うん、ありがと。またね」
絵玖のお母さんは、窓を閉め、最後にもう一度俺に向かって手を振り自分の住む街に帰っていった。どうやら自分の家までは、ここから3時間かかるらしい。行きと帰りだけで6時間……ここまで来るのにどれだけ大変かを物語っているな。
俺は家の鍵を開け、帰宅した。
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――夜、夕食を終え、いつものように勉強に励む。励んでいるんだが……
「うーん、今日はあんまり進まないな……」
その原因はもちろん、絵玖の事情を知ったからだろう。
ついに知ることになった、絵玖がこの村に転校してきた理由。絵玖がこの村に転校したいと思った理由、そして……放課後激しく咳き込んでいた理由。今日一日だけで、色んなことを体験したな。
正直、絵玖の事情について知れたのはよかったと思う。その辺について知らないでいて、大変な状況の時にそれを知れば、何をすればいいか分からず対処が遅れてしまうだろうからな。
それに、絵玖と本当の友達になるステップを、絵玖のお母さんに踏ませてもらったわけだ。そんな風に認めてもらえたのは、俺にとってすごく大きな進歩だ。
だがその反面……これからの絵玖に対する接し方をどうするべきか、悩むところでもあった。今までは、絵玖が俺たちと同じ不自由ない人だと思っていたから、俺と同じ目線で接することができた。
今日だってそうだ、一緒にエビやサワガニを採ったり……これは健康であるからできることだ。
しかし今日、絵玖の体が弱いという事実を知った。それを知った上で、普段のように遊びに引っ張り回すことは、絵玖にとって良いことなんだろうか?
もちろん、俺は絵玖とこれからも遊びたいと思ってる。絵玖もきっと、同じ気持ちを持ってると思う。
でも、それが原因で症状を悪化することになるとしたら……考えたくない状況に出くわしてしまうかもしれない。
「どっちがいいんだろうな」
非常に難しいところだ。
…………。
「ん?」
携帯のバイブレーション音が聞こえた。メールボックスを確認してみる。
「絵玖だ」
今正に考えている人物からのメールだ。
「こんばんは。起きてますか? やることがなかったので、ついメールしちゃいました。今秀吾くんは何をしてるんですか?」
文面が何とも絵玖らしい、かわいいメールだ。メールでありながら、本当に口走ってるかのようだ。
「起きてるよ。用件のないメール程、男は喜んでしまうものだから絵玖の行動は間違ってない。今は勉強……してたんだけどちょうど休憩してるところだ」
俺はそう打ち込み、メールを返した。基本的に、俺はメールでも、普段の話口調のように接するようにしている。
メールはすぐに帰ってきた。
「喜んでくれてるんですか? なら送って正解でしたね。ちょうど休憩に入ったんですね……あたし、勉強妨げちゃったりしてないですか?」
……本当に、メールでも一切変わらないな、絵玖は。
「うむ、正解だ。妨げになってたとしたらメール返さないだろ? むしろ勉強が俺と絵玖の時間を妨げてるんだ」
――それからしばらく、メールのやりとりは続いた。
「今日はありがとうございました。またメールしますね、じゃあ、お休みなさい」
「おう、お休み」
……つくづく思う。何でこんなに良い子が、病弱な体に生まれてこなければいけなかったんだろうかと。神様は不公平だよ、ホントに。
でも、今のメールのおかげで、これからの接し方は分かったかもしれない。
「いつも通りに接したほうが、きっと絵玖は喜んでくれるよな」
確かに、絵玖をあちらこちらに引っ張り回していいのかという不安はある。でも、絵玖が望むものを提供することのほうが、あいつにとってプラスの方向に働くはずだ。
あいつが今望んでいるのは、この村での楽しい生活。それを叶えてやれるのは、きっと俺なんだ。
それに何より――俺は絵玖の笑顔が好きだ。あいつには、ずっと笑っててほしい。仏頂面は見たくないしな。
「――よし、いつも通りだ。今回聞いた話は、とりあえず置いておこう」
何事もポジティブだ。そうすればきっと、良い方向に物事は傾いてくる。
「休憩終了、勉強再開しよう!」
俺は気持ちを引き締めるように机に向かい直した。
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