須貝絵玖という女の子(13)
――というわけで、絵玖はこの村に転校することになり、ゆっくりとした生活を送ることに決めたのでした。…………内容、伝わってるかしら?」
「はい、ちゃんと伝わってます。……そんな深い理由があったとは、正直思ってませんでした」
「そう言うってことは、あの子、自分の過去をほとんどしゃべってないのね?」
「そうですね。あんまり触れられたくないんだろうなって、そんな感じは受けてました。だから、みんなもその部分は触れないように努めてます」
「迷惑かけちゃってごめんなさいね」
「いえ、とんでもないです。自分が同じ立場だったら、俺もそうしてると思いますから」
「……秀吾くんは本当に、優しくて良い子なのね」
「そ、そうでしょうか? これくらいは当たり前のことだと思ってます」
「ふふ、そう。……結構早口でしゃべっちゃったけど、他に何か聞きたいことはある? 何でもいいわよ?」
「……何でも、ですか?」
「ええ、秀吾くんになら、教えてあげる」
「……お母さんは、どうして絵玖と一緒に住んでいないんでしょうか? 絵玖の体が悪いのなら、一緒に居てあげたほうが絵玖のためにもなるんじゃないかなと思って……何か理由があって、一緒に住めないんでしょうか?」
「ああ、それね。……自分で言うのも何だけど、あたし、結構偉い人間でね。毎日多忙な日々を送ってたりするのよ。朝早くから夜遅くまで仕事しなきゃいけない毎日……本当ならこの村から通いたいところなんだけど、勤務地がここからだととっても遠くてね。朝早くに出ても間に合わないのよ。だから、一緒に住むには利便性が悪いのよね。……まあ、これは本当の理由とは違う理由なんだけどね」
「本当の理由?」
「そう。単純よ……あの子、あたしのこと嫌いなの」
「嫌い? 仲が悪いんですか?」
「そうね。ちょっと、すれ違いがあってね……あたしは絵玖のことが大好きなんだけど、上手くそれを伝えることができなくて……あの子が叶えたい願いの中には、あたしっていう存在はいなくても大丈夫なのよ。だから、別々に生活を送っているの。あの子の幸せが、あたしの一番の幸せだからね」
「……俺は部外者なので、それに関して口出しする権利はないので何も言えません。でも……お母さんはそれで大丈夫なんですか? 会いたいけど会えないって、辛くないですか?」
「それは、もちろん辛いわよ。今だってここまで来て、後ちょっとで会える距離まで来てるのに会えないわけだからね。でも、それが原因で絵玖の気分を損ねるくらいなら、我慢することはできるわ。……会うことができない分、こうして学校に顔を出して、絵玖の情報を教えてもらってるのよ。楽しい生活を送ってるって教えてもらえたら、多少は落ち着くからね」
「そう、ですか……」
「これもしょうがないのよ、自分で蒔いた種だから。……あたしのことよりも、絵玖のことを心配してあげて? ……他に、何か聞きたいことはある?」
「あ、もう一つだけいいですか?」
「うん、いいわよ」
「……絵玖の持ってる病気というのは、軽いほうなんですか? それとも……重いほうなんですか?」
「……今の二択に答えるだけでいいのかしら? それとも、詳しく教えたほうがいいかしら?」
「二択のほうだけで、結構です」
「分かったわ。……結論からいうと、決して軽いものではないわね。昔から体が弱くて、今もそれが続いてるってことが、その証拠になるわ」
「そうですか……分かりました」
「本当に、それだけでいいの?」
「今は、これだけで十分です。……今度お会いすることがあるなら、聞くことがあるかもしれません」
「そう、分かったわ。……他に、聞きたいことはない?」
「はい、大丈夫です。絵玖について、理解を深めることができてよかったです」
「よかった、か……絵玖の過去を聞いて、そう言ってくれた人は秀吾くんが初めてだわ」
「お母さんも、辛いながらに話してくれてたのが分かりましたから。教えてもらえたことは、絶対に忘れません」
「……秀吾くんは、将来絶対良い男になるわね。あたし、分かるわ」
「そ、そうですか?」
「ええ、あたしの勘はほぼ間違いなく当たるから」
「言ってもらえて、光栄です」
「ふふ、どういたしまして。……秀吾くん、今回の話を聞いても、絵玖とは友達のままで居てくれるかしら?」
「もちろんです。さっきも言いましたけど、どんな事情があっても絵玖は絵玖です。俺の大切な友達ですから。向こうが断っても、執拗に絡んでやるくらいの気持ちはあります」
「おお、それなら安心だわ。じゃあ、秀吾くんにも頼んでおかなくちゃ。……絵玖のこと、よろしく頼むわね」
「はい。……お母さんも、絵玖と仲直りができるといいですね」
「……そうね。機会があったら、見逃さないようにするわ」
…………。