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鯉のぼり

作者: 双月 奏

 ダンッダンッダンッ…………

 鼓動とボールが断続的に跳ねる音、周りの「がんばれ~」と言う黄色い声援、前に立ちはだかる名前も知らない女の子の動き、どれもが頭の中でグルグル渦巻いていた。

 スコアボードに書かれた点数は四十五対四十六。残り時間は二十秒を切っていた。

 目に見える仲間は皆ディフェンスに張り付かれて身動きが取れない。わたしがどうにかするしかないと足に力を込め目の前の女の子を強引にすり抜けようとする。

 左にワンステップ。後は右に全力で抜けてシュートこれで完璧なはず。そう信じて一気に身体を動かす。

 左、動きに合わせて目の前の子も身体を動かす。この瞬間だ、ここを抜ければ良い。

 自分に言い聞かせボールを一気に前に押し出しながら、駆け出す。

 身体が軽くぶつかるが笛は鳴らない、いける! そう確信してシュートを放つ。

 ボールはゆるい放物線を描いて、自分の身長の二倍は高さのあるであろう、ゴールネットへ向かう。

 その瞬間は声援も、自分の鼓動も、他人の息遣いも、全てが消えた様に感じた。

 ガコォン

 ボールはネットの枠に当たり、大きな音を立てる。「入って!」心の中で叫んだ。

 だけど、祈りは空しく、ボールは淵を二回転程して、枠の外に転げ落ちた。それと同時に笛が鳴る。

 時はゴールデンウィーク真只中、わたしのデビュー戦である新人戦は、特に良い所も無く、あっけなく幕を閉じた。



「はぁ……最後のシュート、決まっていればなぁ」

 夜、ベッドに横たわっても、いまだ昼間の熱が冷めていなかった。

「結構自信あったんだけどなぁ……」

 バスケ部に入部してまだ一ヶ月、だけど小学生の頃から運動神経も良く、男子に混じっても負けず劣らず、であった自分からすればショックな結果だった。

「最後惜しかったねー」「どんまい! まだまだこれからだって」「もう少しだったのにね~」

 仲間達の言葉が蘇る。どんなに励まされても悔しいのは変わらなかった。

 そうこう考えているうちに、昼間の疲れからか瞼が重くなってくる。こんなに悔しくても眠くなるものなんだな……そんな事を考えながらわたしは眠りに落ちた。



 わたしはよく夢を見る。小さい頃懸命に逆上がりを練習した夢。運動会のかけっこで二番だったときの夢。リズム感が無くてダンスが上手く踊れない夢。どれも上手くいかなかったときの夢ばかりだ。

 でもわたしは、その度に練習してきた。何も最初から運動神経が良かったわけじゃない。一所懸命練習したから男子ともやり合えるほどバスケも出来るようになったのだ。

 案の定、わたしは今日の出来事を夢で見た。寝起きは最悪だったが、朝からバスケットボールを持ってジョギングに出る。

 しばらく走った後近くのバスケットゴールのある公園で早速練習を開始した。天気は曇り。最初は涼しかったが、次第に湿気が汗を生み服が身体に纏わり付くように重くなる。

 ある程度練習しているとポツリポツリと雨が降って来た。まだまだ練習したりない気がして気分も晴れない。

 そのまま駆け足で家まで戻りシャワーを浴びて居間でテレビを見る。

 テレビでは近くに迫っている子供の日の為か鯉のぼりを中継していた。正直女のわたしには関係の無い話だった。

 翌日も雨……この時期の雨は長くじっとりとしていて、憂鬱な気分になる。五月雨と言う奴だ。

 練習がしたい。わたしの心はそれでいっぱいだった。

 ゴールデンウィークも後半五月五日。子供の日、この日もはっきりしない天気でじっとりとした雨が降っていた。

 しかしいい加減居ても立っても居られなくなったわたしはジョギングだけでも、と外を走る事にした。

 しばらくいつものコースを走っていると小さな男の子が玄関先で黄色い傘を差しながらじっと立っているのが見えた。

「ぼく? 何しているの?」

 思わず声をかける、その子の真剣な眼差しが気になったからだ。

「あのね~鯉のぼりが泳ぐのを待っているの!」

 男の子の見上げる先には小さな、小さな、おもちゃの様な鯉のぼりがあった。

 あんな小さな鯉のぼりでも泳ぐ姿を見たいものなのだろうか? 子供の考えはいまいちわからなかった。

 わたしのジョギングコースは同じ道を行って帰るため、帰りも同じ所を通る。なんとなくそんな気はしていた。男の子はまだ泳がない鯉のぼりを見つめていた。わたしはじれったくなって思わずまた声をかける。

「ねぇ、ぼく? 今日は風が無いからいくら待っても無駄だと思うよ」

 ところが声をかけても男の子はそこから動こうとしなかった。

「おばあちゃんが言っていた。鯉のぼりが泳ぐと元気になるって、だからおばあちゃんの代わりに鯉のぼりが泳ぐのを見るんだ! おばあちゃん最近元気無いから……」

 この子は……優しい子なんだな。でも風は吹かない。五月の嫌な雨だけがじとじとと降り続いていた。

 ああ、もうじれったい!

「ぼく? あの鯉のぼり取って来られる?」

 わたしはそう提案していた。

 男の子は家に入ってしばらくするとベランダから顔を出し、鯉のぼりをつたない手つきで外し、わたしの元へ持ってきた。

「ありがとう。ちょっと借りるね」

 そう言って鯉のぼりを受け取り男の子から距離を取る。わたし傍から見たら怪しいなぁ……そう思いながらもそうせずには居られなかった。ただ待っているのは性に合わない。

 わたしは鯉のぼりをしっかり持つと思い切り駆け出した。男の子の前を颯爽と翔ける。

「はぁはぁ……どう? 泳いだでしょ? こんな雨の中でもこんなに元気に泳いだんだからおばあちゃんもきっと元気になるよ!」

 男の子はしばらく呆気に取られていたけれど、にっこり笑ってわたしから鯉のぼりを受け取ると傘を落として同じように走り出した。

「ちょ、ちょっと君。濡れちゃうよ!」

「だって、お姉ちゃんも元気無さそうだったから! ほら、泳ぐのを見て!」

 男の子は一所懸命わたしの前を行ったり着たりする。その姿が可愛くて微笑ましくて、勇気が沸いて来た。

「そっか、わたしも落ち込んでいたのか」

 今になって五月の雨にイライラしていたのも、居ても立っても居られなかったのも、理解出来た。

「はい、お姉ちゃんにこれあげる!」

 そういって男の子は小さな、小さな、鯉のぼりを差し出してくれた。

 わたしは少し躊躇ったけれど、この子の優しさに負けてその鯉のぼりをもらってしまった。



 夜、机の上に飾った鯉のぼりはもう泳いでは居ない。だけど……今日はいつもと違う夢が見られる気がした。雄大に五月の雨上がりの青空を泳ぐ大きな鯉のぼりに虹のイメージ。それを男の子と二人で見上げる夢。きっとあの子のおばあちゃんも大丈夫だろう。なんの確信も無いけれど、机の上でしなだれた鯉のぼりを見ると、きっと大丈夫だと思った。

「おやすみなさい」

 机の鯉のぼりにこう呟く事で、わたしの夢は素敵な夢が多くなった。




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