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ぼくらの天使  作者: 半導体
一章
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5話 不穏

 もうじき次の街が見えてこようかというところで、エルクは前方から歩いてくる一団の姿を認めた。

 いずれも動きやすそうな軽装でありながら服の上からでも分かる太い筋肉を持っており、腕利きの傭兵団か街の自警団を連想させる。そこまでの大所帯というわけではなさそうだが、ある程度は統率のとれた組織のようだ。

「……これからレダーコールに行くのかな?」

 メフィが首をかしげる。

 彼らの歩いてきた道は長い一本道で、ここを歩いているのならレダーコールへ向かっていることは間違いない。目的地にしろ通過点にしろ、レダーコールと無関係とはなりえないのだ。

「教えてあげた方がいいんじゃない?」

「いいかげん隣街にくらい伝わってると思うよ。現状の調査とかに行く所かも」

 腕っ節が強そうな男ばかりなのも、何が原因なのかはっきりしないからと考えれば説明がつく。万が一の場合、少しでも体力のある人間の方が生き残りやすいという判断なのだろう。

「そういう雰囲気には見えませんけど……」

「いずれにしても、何が起こったかは知ってるんじゃないかな。わざわざ呼びとめるのも悪い――」

「おや?」

 エルクの言葉をさえぎるようにして、野太い声が三人の耳に届いた。当然、その三人の誰の声でもない。もっと離れた位置、それも件の集団の方から聞こえてきたようだ。

「すまない、ちょっと訊きたいことがあるんだが」

「え?」

 急激に近づいてきた声に振りかえると、集団のうちの一人が三人の目の前までやってきていた。

 髪は真っ白、顔にも深いしわがいくつか刻まれている。だが決して老人らしくはなく、がっしりとした体格から活力に満ち溢れている印象を受ける。かなり大柄で、向かい合うとエルクでは見上げなければならないほどだ。

 見ると、他のメンバーは少し離れた位置で待機している。どうやら目の前の男がこの集団をまとめているようだ。

「ひょっとしてお前、レダーコールから来た?」

「あ……はい」

「後ろの二人もか?」

「まぁ、そんなところです」

 妙に気さくに話しかけてくる男に、エルクは少なからず警戒をしていた。

 今にも襲ってきそうというわけでもない。むしろ友好的な態度で接してきている。しかし、この男は一般人とは確実に『何か』が違う。警戒を解いていい相手ではないと、エルクの全身が伝えてくるのだ。

「名前は?」

「訊いてどうするんですか」

「答えてくれないか」

 圧迫感こそないが、有無を言わせぬ一言だった。

「……エルク」

「あの二人は?」

「知りません。行きずりで同行しているだけですから」

 嘘をついた。

 エルクは事実であるかのように振舞い、あとの二人も否定をせずに黙っている。

 得体のしれない相手に必要以上の情報を与えるのはまずい。後ろめたいことがあるわけではないが、レダーコールの生き残りなどと称されて目立ってしまうのは避けたい事態だった。

 明らかに突き放した態度のその返答。だが男はそれを聞くと、むしろ嬉しそうにニヤリと笑って見せた。

「ほう、そうか……ま、そういうことにしといてやるよ」

「!」

「今は急ぐんでね。呼びとめてすまなかった」

 男はそのままエルクたちに返事を許さず、後方の集団へ出発の合図を送った。暇そうにしていた大勢の男たちが一斉に歩きはじめる。

 そのうち数人が、全体とは逆の方向へと歩き始めた。どうやらこの男が何か指示をしたらしい。

「じゃあな、エルク。いずれまた会うこともあるだろう」

 去り際、男はエルクの耳元でそう囁いていった。


「なんだったのよ、あれ」

 その姿が完全に見えなくなってから、メフィが頬を膨らませた。その人を食ったような言動が気に入らなかったのだろう。

 それはエルクも同じ思いだったが、それよりも気になることがあった。

「あの人、僕らの事を知ってたみたいだった」

「え?」

 メフィが意外そうに声をあげた。単なるお調子者として軽く見ていたのだろうか。

「……何者なんだろう」

 第一印象は体力自慢の傭兵の類だった。だが、エルクたちに関する何かを知っている素振りも見せていた。軽い態度も、疑念を深める材料にしかならない。

「……行こうか」

「うん」

「はい」

 考えていても答えは出ない。今の彼らにできるのは、前進することだけなのだ。

 目指す街は、もう目の前まで迫っていた。




 『古都』レクタリア。史跡を多く保有する街として知られている。

 レダーコールに近いということで、観光以外にも人の出入りは多い。ただし定住している人間はそう多くないらしく、普段は静かで穏やかな時間が流れている。

 全体的には、レダーコールよりも少し田舎町といった雰囲気だ。



「わぁ、一面だ」

 新聞を受け取るなり、メフィが目を丸くした。

「当然といえば当然だよね、街が一つ消えるなんて……」

 横から覗き込みながら、エルクも感慨深げに頷いた。記事にはレダーコールの惨状について書かれており、写真まで大きく印刷されている。誰かが現地まで行ってきたのか、内容はエルクから見ても的確かつ綿密に推敲されたように見受けられた。

「で、犯人に関する情報は……」

 記事を視線でなぞりながら、エルクが誰にともなく呟く。

 レクタリアに着いて最初に新聞を買った理由がそれだ。メフィにとっては重要な情報であり、何か手掛かりが掴めないかと期待して購入したのだ。

「何かありました?」

 シューラも興味を持ったのか、反対側から覗き込んできた。ただしメフィやエルクと違い、それほど真剣ではないようだが。

「ちょっと待って……」

「……あっ、これは?」

 少ししてから、メフィが下の方の一文を勢いよく指さした。つられて、二人の視線もそこへ向く。

「……今回の事態について、政府は大規模なテロリスト集団の存在を明示。さらなる被害を防ぐため、各国の首長による『世界委員会』を創設」

「……」

 情報量が少ないためか、記事の末尾に付け加えるようにして書かれた一文。それ以外、犯人について特筆された部分は見当たらなかった。

「一応、犯人について言及してますね」

「でもこの一文から特定は無理ね」

「それ以前に、僕ら個人で追える相手じゃないような気が……」

 国が動かなければならないほどの大きな集団を、成人もしていない子供だけでどうこうできるはずがない。そういった組織に所属すれば間接的に戦うことはできるだろうが、それも今の状況からでは難しいだろう。

「……やっぱりエルクは反対? 諦めたほうがいい?」

 むすっとした表情でメフィがエルクに視線を向ける。

「言うまでもない、けど……言ったって聞かないでしょ、メフィは」

「なんか引っかかる言い方だけど気にしたら負けね」

「気にして。頼むから」

 言っても無駄だと分かっていても、言わずにはいられなかった。そして案の定、メフィはすでにエルクの言葉など聞いていないようだ。

「じゃ、まずはこの街を巡ってみようか。エルクもそれでいい?」

「……はいはい」

 反論を諦めて頷く。やはり彼女の無鉄砲さは改善させるべきだろうか、と思わなくもないエルクだった。





 カーペットのしかれた長い廊下を、二人の男性が並んで歩いていた。どちらも立派な髭をたくわえ、年齢と品格を併せ持った雰囲気を醸し出している。

 二人の着衣はどちらも深い青の制服で統一されていた。軍服と似たデザインだが、着ている者の階級の高さを分かりやすく表している。体の寸法にぴったりあわせており、見苦しさを感じさせない。

「……『奴ら』の仕業だろうか」

 白い髪の男性が唸るように呟いた。口元に手を添え、ずっと何かを考え込んでいるようだ。

「十中八九そうだろう。他にあそこまで徹底的に滅ぼす連中など思いつかん」

 横を歩く黒い髪の男性も眉をひそめて返事をする。どちらも暗い表情をしており、現状が決して楽観視できる状態ではないことを示している。

「目的は何だ? 我らの繁栄の阻害以外に意味があるとは思えんが……」

「あまりに大規模な犯行だ。特別に理由があると見るべきなのだろうか」

 お互いに言いたいことをぶつけており、会話をしているという様子ではない。彼らはそうやって自分の考えをまとめているのであり、誰も聞いていなくとも関係ないのだ。

「タイミングが妙だ……この時期になって、なぜレダーコールを?」

「これをきっかけに『奴ら』の存在を表沙汰にできたのだから、得るものもひとまずあった……失った物の方が遥かに多いがね」

 ぶつぶつと言葉を連ねながら歩いていく二人の男。やがて彼らの足は、唐突に表れた一枚の扉の前で止まった。そして躊躇うことなく、その奥へと入って行った。

 扉の横には大きな紙が貼られており、丁寧な字体で文字が綴られている。


『世界委員会』と。





「……あのぅ」

 歩きはじめて数分。ずっと黙っていたシューラが、オドオドしながら前を歩くエルクを呼びとめた。

「すみません……なんか、すごく視線を感じるんですけど」

「視線?」

 エルクが周囲を見渡してみると、シューラの言わんとしていることがすぐさま理解できた。

 観光地や行商の中継地としてにぎわっているレクタリアだが、今はそれほど多くの人間は見当たらない。見回してみれば、通りにいる人間の数は簡単に数えることができそうだ。

 そのため、自分たちを『つけている』人間を見つけるのは容易だった。


 自分たちを監視している。

 そんな馬鹿な、と否定しようと頭を振る。しかし、エルクたちから姿を隠そうとする彼らはそれ以外に考えようがない。

 距離は保っているが、追跡に関しては素人のようだ。それだけがエルクの安心できる点だった。

 では、誰が自分たちをつけているのか。少し考えただけで、エルクの頭にすぐさま心当たりが浮かんできた。

「……まさか、あの傭兵集団?」

 レクタリアにつく少し前にすれ違った、物々しい雰囲気の集団。何人かがこちらに戻ってきているようだったので、その可能性は十分にありうる。

 だとしても、何のために?

 そんなことを考えてる場合ではなかった。尾行されている時点で、少なくとも安全な立場とはいえないだろう。相手がどんな目的であるか分からない以上おいそれと捕まるわけにはいかない。

「早く逃げましょう」

「待って、ただ走ってもすぐ追いつかれるよ。どこか人ごみに紛れられればいいんだけど……」

 無駄だとは思いつつも辺りを見回す。場所を移動したわけではないので、当然その通りは姿を隠せるほど人が多くない。

 もし走り出せば、気づかれたと知った相手も全力で追ってくるだろう。まともな食事を摂っていない三人にとってはとても振り切れるものではない。

 そうこうしているうちに、相手の方から動きを見せた。三人が立ち止まったのをチャンスと捉えたのか、物影を伝うようにして少しずつ距離を詰めてきている。隠れようとして全く隠れられていないのは滑稽な姿だったが、もちろん笑っている余裕などない。

「まずいよエルク。走り出すならもう今しかないよ」

「うぅん……とりあえずこの場から動こう。ただ、気づいてるってむこうに知られたらお終いだよ。走るのはまずい」

「でも、どっちに行くんですか? 他にも仲間がいるかもしれませんよ」

「そうだよね……」

 必死に頭をひねるが解決策が思い浮かばない。せめてこの街の土地勘だけでもあれば違ったのだろうが、あいにく三人とも以前この街に来たことはなかった。

 ゆっくりと近づいてくる敵の姿。もう走り出すしかないかとエルクが腹を決めたその時、

「おい、こっちだ」

 建物の隙間――薄暗い路地で、手招きをする人物の姿が見えた。

「!? だ、誰?」

「説明は後だ。早くしないとあたしでも振り切れなくなるよ」

 どうやらその人物は女性で、エルクたちをそちらに連れて行こうとしているようだ。

「……どうしましょう」

「他に策は……ない、よね」


 罠の可能性もある。後ろに見える追手の仲間かもしれない。

 だとしても、今のエルクたちに選択肢はないのだ。

 三人とも何も言わず、女性を追って路地の暗がりへと体を滑り込ませた。

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