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ぼくらの天使  作者: 半導体
二章
42/56

40話・裏 新幕を前に

「行ってきまーす!」

「ああっ、待ってくださいよぅ」

 出発の支度を終えると、メフィははやる気持ちを抑えきれずに外へ向かって駆け出した。一緒に連れて行くシューラも一瞬遅れてついてくる。体力のない彼女には悪いと思いつつも、早く出かけたくて一分一秒が惜しく感じられてしまう。

 急ごしらえの階段を駆け下り、数人の蜘蛛族がたむろする広間を横断し、正面の大扉から里の中心部目指してひた走る。ここまではすっかり慣れた道順であり、いくらか引き離してもシューラはついてきてくれるだろう。そんな甘い計算もあり、メフィは休むことなく外へと飛び出していった。



 蜘蛛の里に滞在して数日が過ぎた。

 相変わらずエルクは部屋から出られないものの、傷の具合はだいぶ良くなっているらしい。驚異的な回復速度であるのは、やはり丁寧な治療を受けてきたからだろうか。渾身的に治療にあたってくれたキプリには感謝しつつ、できればもう少しだけ待ってくれないかとメフィは内心ヒヤヒヤしていた。

 というのも、まだまだこの里にはやってみたいことや行ってみたい場所がたくさんあるのだ。さすがに明日や明後日で出発することにはならないだろうが、もう少しだけこの里に留まっておきたいというのが本音だった。

 この里にはメフィの好奇心を刺激するものがまだまだ溢れ返っている。それらを放置したまま里を後にするなど、そんな勿体ないことはできない。

「シューラ、早く! のんびりしてたらあっという間に日が暮れちゃうよ」

「だ、だから……待ってくださいってば……はふぁ」

 なのでこうして、毎日シューラを連れて里のあちこちを探険して回っているのだ。どこもかしこも新しい発見の連続で、一瞬であってもメフィを退屈させない。

『おう、メフィちゃんじゃねえか』

「ほえ?」

 通り慣れた木組みの足場にさしかかったところで、シューラを急かしていたメフィに背中側から声がかけられる。

 特に警戒もせずに振り返ると、そこには一昨日知り合ったばかりの蜘蛛族の男性が手を振っていた。やや日焼けした肌に切りそろえられた短髪、筋肉によって浮かび上がる腕や首回りの影はメフィの印象に強く残っている。

『今日も冒険かい?』

「ん、そんなとこかな。今日はもっと南の方まで足を延ばしてみるつもり」

 朗らかな笑みを浮かべる男性に、メフィも満面の笑みを浮かべて見せる。そこに相手を疑ったり警戒したりといった後ろ向きの感情は無く、純粋に仲の良い友人同士のような雰囲気に包まれていた。

「や、やっと追いつきました……あ、こんにちは」

『シューラちゃんも一緒か。はは、またメフィちゃんに引っ張りまわされてんのか』

 息も絶え絶えな状態で追いついてきたシューラを見て男性が苦笑する。こちらに対しても後ろめたい態度を見せることはなく、肩ほどの高さにあるメフィの頭をポンポンと軽く叩く。

『メフィちゃんも、もうちょっとシューラちゃんのこと考えてやんなよ』

「分かってるって。で、おじさんはこっちの方に用事?」

 口先ばかりだと聞くだけで分かる返事に、男性は更に失笑を見せる。初対面時にも似たようなやり取りがあり、彼もだいぶ二人の関係を把握できているのだろう。

『ああ、美味い果実酒ができあがったんでな、エルク君とやらに少し飲ませてやろうと思って持ってきたんだ。こいつなんだけどな』

 見ると、男性は小ぶりな樽を一つ抱えている。男性の体格と並べるとさほど大きく感じないが、容器いっぱいに果実酒が詰まっているとすればとてもメフィやシューラには持ち上げられないほどの重量だろう。

『こいつはここ数年で会心の出来だ。きっと精がつくぜ』

「わあ、ありがと! あー、私も飲んでみたいなー、なんて」

『心配すんなって。これを一人で飲みきれる訳ないだろ。帰ってから一緒に飲めばいいさ』

「でも、お、お酒って……私たち、まだ子供ですよ?」

『なに、酒っつってもアルコールは入ってねえよ。濃いジュースみたいなもんだ』

 暢気に味を想像して嬉しそうにするメフィと、アルコールの悪影響を心配するシューラ。そしてそれを豪傑に笑い飛ばす男性と、のどかに語り合うその姿は長年の付き合いがあると説明されても違和感がないほどだ。

 まだ知り合って日は浅いが、お互いに何の気兼ねもなく言葉を交わしている。男性は人間であるメフィを嫌悪する素振りなど微塵も見せず、メフィも彼に対して旧来の友人のように接していた。

「メフィさん、どんな人ともすぐに仲良しになれるんですね……」

「うん? 何か言った?」

「い、いえ」

 何か呟かれたのを聞いたメフィが首を向けると、シューラが手をパタパタ振って否定する。

 大した用事ではなかったのだろうとメフィは納得し、それ以上詮索せずに再び男性へ意識を戻した。


「それじゃー」

『おう。気を付けてな』

 さほど会話に時間を使わずに男性は自分の用事へと戻っていく。メフィもすぐに反対方向へと歩きはじめ、反応の遅れたらしいシューラが慌ててそれについてきた。

「メフィさん、待ってくださいってば」

「シューラももっと自分から話しに行っていいと思うよ? オドオドしてるところとか抱きしめたくなるくらいカワイイし、話しかけられて嫌な気分になる人はいないでしょ」

「そ、そんなこと……」

 半分茶化すつもりでの発言だったが、真に受けたらしいシューラが顔を真っ赤にしてもじもじしてしまう。これから悪い人に騙されたりしなければいいが、とメフィはやや不安を覚える。

 そして茶化したお詫びもかねて、先刻の独り言に対して補足を加えることにした。

「……私だって、昔からこんなに積極的だったわけじゃないよ」

「え?」

「ちっちゃい頃はね、もうホントに人見知りがひどかったの。同年代の子たちにいじめられてたりしててね、誰のことも自分を痛めつけるんじゃないかって怖がるようになっちゃってた」

「え……」

「一緒に暮らしてたおじいちゃんおばあちゃんくらいかな、心を許してたのは。でもその二人も厳しい人たちでさ、安心して傍にいられる人っていうのはいなかったと思う」

 努めて明るく話しているつもりではいるのだが、やはりシューラの顔からは血の気が引いていた。聞いていて愉快になる話ではないので仕方がないだろう。

 一方で、メフィも自分自身の行動に疑問符を抱いていた。

 当時のことはあまり思い出したくないはずなのに、なぜ自分からシューラに話して聞かせようとしているのだろうか。当時のことをよく知っているエルクでさえひどく躊躇いを覚えるというのに、シューラに対してはその抵抗感がほとんどないのだ。

「で、ね。そんな私を見かねて――ってことはないか。あの年頃の子供にそんな気遣いできるとは思えないし……まあとにかく、そうしていっつも一人ぼっちでいた私に、いきなりエルクが声かけてきたのよ」

 ここまで気を引いておいて話さずにいるのは悪いと思い、シューラにはいろいろ打ち明けてしまおうとメフィは決心する。旅の仲間なのだから意固地になって隠してもしょうがない、という思いも強く浮かび出てきていた。

「それは……どういうきっかけだったんでしょう」

「んー、覚えてはいるけど、恥ずかしいから伏せさせて。それでさ、まだろくに仲良くもなってない頃に言われたの。もっと自分から仲良くなりに行こうって。そうしないと相手も怖がっちゃって、いつまでも一緒に遊べるようにはならないからって」

 自分の口から放たれる声と同時に、記憶に残るエルクの言葉が重なって聞こえてくる。

 少しずつ、しかし確実に、その言葉はメフィの心の染み込んでいった。これまで暗闇の中、というよりも濃い霧の中を彷徨っていたような彼女は、まるで道筋を明るく照らす灯火を得たような気分になり、そして――

「――っ!」

「ふひゃっ!?」

「あ、ご、ごめん」

 その後のことを思い出して動揺してしまい、またしてもシューラをビックリさせてしまった。

 当時のメフィはそうして手を差し伸べられたことに感極まり、その場で号泣し始めてしまったのだ。励ましたつもりだったエルクが大慌てになったり、お世話をしてくれていた老夫妻がメフィを泣かせたと聞いてエルクをこっぴどく叱りつけたことはよく覚えている。

 ――それでもエルクは、私のこと嫌いにならないでくれたのよね……。

 善意のつもりが突然泣き出され、しかもその保護者から叱責を受けたとなれば普通は関わろうとしなくなるだろう。エルクがそういう人物でないと今では分かっていても、当時まだ幼かった彼がそこまで気を回してくれたことには素直に感謝している。

 同時に、そうした彼の優しさをメフィも危惧しているのだ。

 どこかで無理をしているのではないか。本人に確認することもできないその疑問は、旅に同行する上で常にメフィの気がかりとなっている点だ。なので怪我が完治するまでの間は、本当にゆっくり休んでもらいたいと考えている。

「だからその、つまりね? 自分しだいで人付き合いはすっごく楽しくなるんだから、初対面の人でも話す前からそんなビクビクしてないほうがいいよ。そうすればきっと相手も応えてくれるからね。私が言いたかったのはそういうこと」

 自分の恥ずかしい部分をあえて語る必要もないだろう。むしろ話したくないという羞恥心の下、やや性急ではあるがメフィは話をそう纏めた。

「メフィさんの仲良くなるスピードはそういう域を超えてる気がしますけど……」

「アハハ、細かいことは気にしない」

 なおも腑に落ちない様子のシューラを前に人差し指で頬を掻く。そんな指摘をされてもどう返せばいいのか分からないが、結果としてこの蜘蛛族の里でも多くの友人を築けたので問題はないだろうと考えている。

「ほら、そんなことより急ごう! 今日はヤマトとリンがとっておきの場所を教えてくれるって待ってるんだから」

「……ホントにすごいですね、メフィさん」

 感心というよりも呆れ顔になっているシューラの手を取り、彼女に合わせて小走りで駆け出す。この二人は自分たちと同年代の姉弟なので、初めて会った際にシューラも気兼ねなく会話できていたと記憶している。それを期待しているわけではないが、メフィの足取りは自然と軽いものになっていた。

 シューラに、かつての自分のようにあってほしくはない。だからあの頃の話を聞かせようと思ったのかもしれない……自分の行動について、メフィはそう結論付けることにした。






「あ、あの……何かご用でしょうか?」

 巨大な岩石によって地形が形成される地域の一角。大きなポニーテールが特徴的な子供――リダが、恐怖で震えながらも恐る恐る口を開いた。怯えているというのは傍目にもよく分かったが、それでもリダの言葉は聞き取りやすいようにはっきりと述べられていた。

 その周りを囲っているのは、粗雑な服装に屈強な肉体を兼ね備えた男たち。いずれも動きやすそうな軽装と何らかの武器を携えており、一目で荒くれ者の集団であることが分かる。巨石に背を預けている彼の周囲をそうした男たちが取り囲んでおり、逃げ場のない状況を作り出されてしまっているようだ。

「……なんか、本気で怖がってないか?」

「あ、当たり前でしょ? あんなの、いくら分かってても怖いわよ」

 体を縮こまらせているリダを遠巻きに眺めながらガルドが嘆息する。リオナのひきつった声色もほとんど気にせず、伏せていた姿勢からゆっくりと立ち上がった。

 一般人の視力ではまず気づかれない距離にいることもあり、どうやら男たちの間でガルドとリオナに気付いている者はいないようだ。人数が多いだけが強みの集団であり、相応の実力者がいるわけではないらしい。

「さて、そろそろ助け舟でも出してやるか」

「あ、ちょっと待ってよ!」

 いつまでも傍観していても退屈なので、早々にカタをつけるべく岩から飛び降りる。ガルドにとっては大したこともない高低差だったのだが、リオナは縁に手をかけて恐る恐るといった様子で慎重に降りてきた。

「大丈夫か?」

「私は平気。……それより、あなたがなんでそんな平気そうなのか不思議でならないんだけど」

「なんでと言われても。一応体鍛えてるわけだし、このくらいで折れてたら何のために鍛えてるのか分からないからな。リオナの下り方の方が一般的に見れば普通だと思うから、そこは気にしなくていいと思うぞ」

「いや、そういうことじゃなくて」

 複雑そうなリオナの視線の先を追い、そして彼女が何を思っているのかを理解した。

 ガルドが現在握っているのは、リダの愛用する鉄斧だ。本来ならばリダが肌身離さず持ち歩いている得物なのだが、今回は囮として不審に思われないよう事前に彼から預けられている。

 薪割りなどに用いられる『道具』としての斧とは違い、圧倒的なサイズと殺傷力を誇る『武器』。刃の部分はガルドの胴体ほどに大きく、あまりに現実離れした外見のせいで逆にその重さを想像しにくい。

そんな桁外れの逸品を片手に握ったまま、ガルドはこともなげに岩から飛び降りて平然としているのだ。引きずってしまえば音が出て気づかれてしまうかもしれないので、常に金属部分は浮かせている。

 そんな物を持ったまま十メートル弱ほどもある高低差を飛び降りたのだから、彼女の困惑も当然といえるだろう。

「……まあ、それくらい鍛えてるってことだ。つーか、リダだって普段から持ち歩いてるだろ。むしろそっちの方が驚くべきことじゃないのか」

「あの子は『力の民』でしょ? だったら不思議じゃないじゃない……って、それより早く助けに行かないと」

 話題に上がったことでリダの現状を思い出したのだろう。力量を理解しつつも慌てて助けに向かおうとするあたり、どこか矛盾していない気がしないでもない。

 あまり放置するとさすがに危険だろう。そう判断し、斧を握る手に力を込める。

「そうだな。じゃあリダがどうするか、拝見させてもらうと――するか!」

 そしてガルドは、何の躊躇いもなく集団目がけて巨斧を投げ放った。

「え」

 素っ頓狂な声を上げたのはリオナだ。ガルドの行動に頭の処理が追いついていないのか、唖然とした表情のまま投擲された斧を見送る。

 高速で回転して円盤のように見えるそれは、まるで吸い込まれるように集団の輪の方向へと吸い込まれていき――

 リダのすぐ横の岩肌に轟音と共に突き刺さった。

「ほら、助けに行くんだろ? 行くぞ」

「……あ……え、ええ……ってええぇ!?」

 そこでようやく驚愕の声を上げたが色々ともう遅い。あちらはガルドたちの存在を認識するであろうし、これ以上隠れている必要も理由もないのだ。

 何より、あまり放置しておくのは本当に危険なのだ。

 放っておけば、あの荒くれ集団の方が『リダによって』どんな危険に晒されるかわかったものではないのだから。


「……あー、間に合ったみたいでなによりだ」

「も、もうちょっと穏便に事を運ぶって考えはないの!?」

 リオナの批難は華麗にスルーし、荒くれ集団の警戒する眼差しを一身に受けながら登場する。リダが斧を手にするまで注目を集めておくのが狙いなので、これは計算通りの結果だ。しかしいくらリダのことを『抵抗もできないか弱い少女』と見ていたとしても、全員がガルド一人に意識を傾けるというのは不注意が過ぎると言える。

 どのみち、彼らは所詮その程度の経験しか積んでいないということだ。ならばますますもってガルドが手を出す必要はない。

「……なんだ? このガキの保護者ってことか? だとしたら、こんな状況になるほどガキから目を離してちゃ保護者失格だろう」

 リーダーらしき男が冷静を装って皮肉を吐いた。本人は動揺を隠しているつもりのようだが、それが虚勢であることは誰の目で見てもとても分かりやすい。

 ――というか、それをお前が言うのか。

 自分の行動を顧みない発言に思わず突っ込みを入れそうになり、すんでのところで押しとどめる。相手の神経を無駄に逆撫でし、逆上していきなりガルドに突っ込んでこられてはここまで回りくどい手を使った意味がなくなってしまう。

 ガルドは現在のリダの実力を見てみたいと考えていた。そのため、今回は手を出さずにリダ一人に任せることにしたのだ。

「なるほど、確かに道理だ。そのガキが本当に保護しなければならないほどに軟弱だったならな」

「……何?」

 男の気を引きそうな独尊的な物言いの間に、リダがゆっくりと斧の柄に手をかけている。未だに荒くれ集団の誰一人としてその動きに気付いておらず、思わず吹き出しそうになってしまうのを堪えるのでガルドは精いっぱいになっていた。

 そして頃合を見計らい、初めて男たちに背後への注意を呼びかける。

「あー、言っとくが俺らは手を出さないから。だから俺らより、後ろに気を付けた方がいいぞ?」

「何を……言っている?」

 隠しきれないほどに混乱し始めてきたようだ。もとより真意が伝わるようには話していないので、その反応はむしろ当然だろう。

 その背後でリダは斧を両手でしっかりと構えており、いつでも戦闘に移行できる準備が整ったようだ。俯きがちになっているせいで表情は窺えず、今何を考えているのかは推察のしようがない。

 するとリダは何を思ったか、その斧を高々と振り上げて最上段で構えた。

 そして一瞬の間を置き、手近にあった小岩を思い切り叩き割ってしまった。

「う!?」

 突然の破砕音に荒くれ男たちは揃って狼狽を始める。唯一リーダー格の男だけが緊張感を持った様子でゆっくりとリダの方へと振り返った。

「お、嬢、ちゃん……?」

 リダの口から可愛らしい、しかし怒りに満ちた言葉が紡がれる。無関係であるガルドにしてみれば滑稽にすら聞こえるそれも、実際に自分へと向けられればとてつもないプレッシャーとなるだろう。実際、荒くれ集団はリダの迫力に気圧されつつあるようだ。

「誰が、お嬢ちゃんですか……?」

 恨みの籠った一言を聞き、ガルドはリダが妙に機嫌の悪い訳を理解した。

「なるほど……どうやらあいつらの誰かがリダのこと『お嬢ちゃん』とか呼んだらしい」

「それだけでこんなに怒ってるの? そんなに気にしてたのね……」

「状況が状況だから遠慮なくキレることにしたのかもな。日ごろのうっぷん晴らしまでするつもりかもしれない」

 声を潜めてリオナと雑談を交わす。彼女もまた手を出す必要がないと判断したのか、すでに男たちへの戦意は持っていないようだ。

「やっ……やっちまえ!」

 リーダー格の男が叫び、それを皮切りにして荒くれ男たちがまとめてリダに襲いかかっていく。リダのことを『ターゲット』ではなく完全な『敵』として扱うことにしたようだ。

「でも、こりゃ無理だな。やっぱり数があるだけの素人集団だったか」

 ある程度統率は取れているものの、せっかくの人数差をまるで活かしきれていない。これならばリダに敵うということはないだろう、というのがガルドの予想だ。

「僕は……僕は男ですっ!」

 そしてどうやら、ガルドのその読みは当たっているらしかった。



「はぁっ!」

 まるで木刀でも振り回すように巨大な斧が一閃する。それに合わせて、最後に残っていた数人がまとめて吹き飛ばされた。激昂していたのは間違いないが、それでも荒くれ者たちに過度の重傷を負わせない配慮はしているようだ。

「すごい……これが『力の民』の力なのね……」

「そんなにすごいか? まあ、確かにすごいかもな」

 リダの演舞をリオナが感動に息を呑んでいる。何度か見る経験があったガルドは慣れているので特に感慨もないが、初めて見る者にとっては異様でありながら目を見張るほどの光景として映るのだろう。

「……ふぅっ。まったく、失礼な話ですよね」

 一息ついたリダが斧をついて悪態をついた。『お嬢ちゃん』と呼ばれたことがどの程度腹に据えかねているのか定かではないが、苛立ちが戦闘スタイルに影響していたのは間違いない。

「えへへっ、どうでしたか? 僕もけっこう強いでしょ?」

「駄々こねて暴れる子供みたいだったな」

「ふぎゅうぅぅぅ……」

 正直な感想をありのままに伝えたところ、明るい笑顔から一気に落胆した表情へと染まりきってしまった。可哀想だっただろうかと思いつつ、その評価について何かしら言い繕うつもりもない。

 自分の感情に振り回されてしまうのは、年齢を考えるとまだ仕方がないことだろう。だが、戦いの場面において『仕方がない』の一言で済まされることではない。

 今回の相手は頭に血が上ったリダでもどうにかできる実力だったが、その戦い方はまさしく子供が木の枝でも振り回している程度の幼稚なものだった。その道に精通しているガルドから言わせれば、もはや『戦い』ですらない。

「うぅぅ……」

「そ、そんなことないわよ。一人であんなにたくさんいた大の男をみんなやっつけちゃうなんて、やっぱりすごいわよ、リダは」

 落ち込ませまいとするリオナの激励はかえってリダの空虚心を掻き立てているようだ。そろそろ泣き出す頃合いかとも思われたが、すんでのところでその感情を押しとどめることに成功したらしい。

「っ……ありがとうございます」

「ん、むやみに泣き出したりはしなかったか。リダなりに進歩はしてるみたいだな」

 すぐに泣き出したりしなくなるのはガルドとしても助かるので素直に称賛を贈る。しかしリダはそれでも不服だったようで、あまり喜ぶ仕草を見せることはなかった。

 これまでの一連の立ち回りは、通りかかった街で受けた『近隣に出没する強盗団を退治してほしい』という依頼によるものだ。初めはガルドが一人でさっさと済ませようとしていたのだが、リダが興味深そうにしているのを見て、思い切って彼に任せてみることにしたのだ。現在のリダの実力を見ておこうという思惑もその決定を後押ししている。

 依頼の成果としてみれば完璧な働きをこなしたと言えるだろう。戦う姿はともかく、結果だけに目を向ければ彼の活躍は充分に評価できる。そうした観点で褒めようとしてもすっかりひねてしまって受け入れる耳を持っていないようだが。

「……とりあえず、あとはこの人たちを連れて行けば依頼は完了ですか」

「そうなるな。全員生きたまま拘束できたわけだし、仕事としては申し分ないレベルか」

 依頼を受けた町の自治体に彼らを引き渡せば晴れて依頼は達成となる。かなりの人数がいるので連行に骨が折れるかもしれないというのが唯一懸念すべき点だろうか。

「……さすがにちょっと多いな。リオナ、手伝ってくれるか」

「ええ、もちろん」

 自由な状態のまま目を覚まされては面倒なので、リオナの手も借りて縛り上げていく。似たような依頼を何度も受けたことがあり、相手を束縛する手順もすっかり慣れてしまった。この数を全員が目を覚ます前に縛り終えるかどうかはいささか不安であるが。

「あの、僕も」

「いや、リオナも手伝ってくれてるしすぐ終わる。制圧はお前一人に任せたわけだし、このくらいは仕事しないとな」

「……そうですか」

 無茶苦茶に暴れた直後で疲れているだろうと考えてリダの申し出は断る。妙な解釈でますますへそを曲げてしまわないか危惧したが、どうやら本来の意図で汲み取ってくれたようで大人しく引き下がってくれた。


「さて、と」

 全員を縛り終わり、さらに彼らを一本の長いロープで繋ぐ。これで連れて行く作業も少しは楽になるだろう。連れて行く道中が蟻の行列のようになってしまうのは我慢する他ない。

「言ってくれれば私が町から人を呼んで来たのに」

「こいつら程度なら俺ら三人で充分だと思うぞ。植物族のリオナを単身で向かわせるのはちょっと不安もあったしな」

 強盗団の何人かは目を覚まし始めているが、状況を理解したようで抵抗の意志は見せていない。彼らの使用していた武器の回収や根城の探索などの面倒なことは、彼らを引き渡した後に町の方に任せてしまえばいいのだ。


「……ん?」

 放置していたリダを見ると、なにやら一冊の本を手にしてじっと眺めている。どこでそんなものを見つけたのか、なかなか高価そうな外見の立派な本だ。

(何やってんだ?)

 なにやら嫌な予感がしたがそれ以上気に掛けることはせず、すぐに効率の良い移送の方法へと思案をシフトした。

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