39話 これから
「……いくらなんでも早すぎるよね」
軽い寝癖のついた頭を掻きながら、エルクは自虐的に溜息をついた。
窓の外を確認してみるが真っ暗で何も見えない。その時点でまだ朝日の欠片も顔を見せていないことが確定した。どうやら、普段にも増して早くに目が覚めてしまったらしい。
健康的といえばそうかもしれないが、睡魔も退散して時間を持て余しているこの状況は素直に喜べなかった。贅沢な悩みであることはエルク自身も理解しているが。
「普通は全然寝れなくて悩むところだよね、これ。旅してるんだからなおさら」
独り言を呟いてみるものの、それで膨大な時間を消費できるわけではない。
部屋中をあてもなく見回した後、ふと思い出して横の方向へ視線を向ける。
「……、……」
少し間を開けて置かれたもう一脚のベッドでシオリがすうすうと寝息を立てていた。
この休息の時をしっかりと活かせているようで、初対面時のように疲弊した様子はほとんど見受けられない。エルクの方は物理的な上に重傷のため、シオリほどすぐに快復とはいかないようだ。
ぐっすりと眠る寝顔に他人を追い払うような刺々しさは無く、歳相応な子供らしい気配を漂わせている。野宿の際はもっと緊張を残したまま浅い眠りについている印象だったのが、今はすっかり安心しきって深く寝入っている顔だ。
それは、安全な場所としっかりした寝具で眠れるからだけではないだろう。
昨晩、彼女が号泣しているところをエルクは目撃している。
一瞬体調でも崩したのかと慌てかけたが、胸に抱きしめた手紙の存在に気付いてすんでのところで声をかけるのを踏みとどまった。
その手紙は間違いなく彼女の父親からのものだと推測できる。それを彼女に渡してほしいとキプリに頼んだのはエルクなのだ。夕食の最中という微妙なタイミングで渡すとは予想していなかったのだが。
いったいどんなことが書かれていたのか、探ろうとするのは邪推というものだろう。
――とにかく、少しでも役に立てたのならよかった。
彼女の様子を見る限り、エルクの果たした役割は二人を喜ばせられたのだろう。シオリを助けることができた点も含め、はるばるやってきた甲斐があったというものだ。それと同時に、自分たちがお節介を焼けるのはこの辺りまでだということも理解している。
エルクが完治した後は、まずレクタリアに戻ってシオリの父親に報告しに行くことになるだろう。その際シオリを連れて行くかどうかは彼女自身の決断に委ねることにしている。
そしてその後――あるいはシオリを里の近辺まで送り届けた後にどうするか、エルクはぼんやりと想像を巡らせていく。
レクタリアから西には街道がのびており、そちらに進むというのが最も可能性の高い未来だ。西端の海岸線までの道のりは整備されて歩きやすい街道が続き、比較的楽な旅路になる。だがテロ集団を追うという本来の目的から多少外れることになるため、メフィが良い顔をしないだろう。
北東の渓谷を通って都市部へ抜けるルートや南下して航路を目指すことも可能ではあるが、どれもいまいちピンとこない。
人の多い場所を目指すのならば北東の都市地域へ。大陸の北側へ抜けるのならば西の山道へ、それぞれ目指すことになるだろうか。
「まあ、メフィが行きたい所ならどこでもいいけど」
意味もなく口に出してから、それが自分らしくない考えだと気づいて眉をひそめた。
それはまるで、彼女の従者か何かのようではないか。むしろ彼女の無鉄砲な暴走を抑えるべき……そう頭では理解しているのに、気持ちがそれについていこうとしない。
彼女本人が今の言葉を聞いたら、からかう理由ができたと喜ぶか、逆に激昂するかのどちらかだ。怒りだす理由はよく分からないが、どういうときに機嫌を損ねるかはなんとなく掴んできている。
――それなら、僕だけで考えてもしかたないか。
一人では結論が出そうにないと気づき、今度こそエルクは莫大な時間を無意味に過ごすことになった。
エルクがそうして怠惰に時間を潰しているその同時刻。
「……ふぅ」
エルクたちとは別室に通されているメフィもまた、ベッドからその身を起こしていた。
縁に腰かけ、足をぷらぷらと振ってそれをじっと見つめている。単調に繰り返されるその動作で少しは眠気も蘇るだろうと考えての行動だったが、欠伸の一つも出てこない。
「エルクのこと、あんまり言えないわね」
エルクの異様に早い起床時間を指摘したことを思い出し、まるごと自分に返ってきたという事実に苦笑いをこぼす。そこで動かし続けていた足を休め、ベッドにばふっと倒れこんだ。
昨日は日中ずっと外を駆け回っていたにもかかわらず、体に疲労は全く残っていない。日が昇っていればすぐにでも遊びに行きたいほどに元気で溢れ返っている。そんな状態で横になっても、うずうずと体を動かしたい衝動が大きくなるだけだ。
「うー、うぅー……うぅぅーっ」
ゴロゴロと転がり、頭を抱えて悶絶する。
何もせずじっとしているなど、メフィにとってはとても耐えられるものではない。かといって真っ暗な外に出ていく勇気があるわけでもなく、こうして静かに暴れることしかできないのだ。
「メ、メフィさん……? 何やってるんですか?」
騒音で目を覚ましてしまったらしいシューラが驚いた様子で声をかけてきた。こちらはまだ明らかに眠そうにしており、瞳は半開きのままだ。
自分がシューラを起こしてしまったと気付き、メフィは落ち着かない気分を抑え込んで大人しくなる。
「あ、ゴメン。起こしちゃったね」
「い、いえ、いいんですけど……どうしたんですか? まだ真っ暗ですよ」
騒がしくしていたメフィを批難するでもなく事情を聞いてくるところから、彼女の優しさを窺い知ることができる。
「なんか目が冴えちゃったのよね。全然眠くないの」
「ホントに元気ですね……何か眠れなくなるようなことでもあったんですか?」
「さぁ」
首を傾げて見せたが、メフィはその原因に心当たりがあった。
今後の旅路について、メフィは真剣に悩んでいる。
どこへ向かえばいいか分からないから、というのは少し違う。テロ集団を追いかける『ついで』に色々な土地を見て回れるのは想像以上に楽しく、手がかりがないことにそれほど焦りは感じていない。
だが今後は今回のように、いつ死んでもおかしくない状況に見舞われることが多くなるだろう。自分たちから危険に近づいているようなものなので、これは確信を持つことができる。
そうした『危機』に直面した時、またエルク一人に全てを任せてしまっていいのだろうか。その結果としてエルクが死んでしまったとしたら、自分はひどく後悔するのではないだろうか。
彼だけに荷を負わせたくはない。しかし、彼の助けになれる力がメフィには無いのだ。
今のままではダメだと、メフィの心が告げてきている。
「……ねえ、シューラ」
一旦ははぐらかしたものの、不安が言葉となって漏れ出していた。
「は、はい……?」
緊張した雰囲気を察したのか、シューラが表情を引き締めてメフィに向き直る。まだ眠そうに目元をこすってはいるが、真剣にメフィの言葉に耳を傾けようとしてくれているようだ。
「私たちって……何ができるのかな」
「え? えと、それはどういう」
突然沈んだ声色で語りかけられ困惑を露わにするシューラ。メフィは申し訳なく思いつつも、それ以上心中の燻りを秘めたままにしておくことはできなかった。
「エルク、一人であの黒い奴らと戦って怪我をしたでしょ」
「は、はい」
「このまま喧嘩みたいな荒事をを全部エルクに任せてたら、いつかエルクが大変なことになっちゃう気がするの。今回みたいに、ただ見ているだけでいたら……」
想像したくもない未来に、言葉の最後はほとんど立ち消えてしまう。
メフィの思いつめた心情を感じたようで、シューラも口を噤んで俯いてしまった。ここで改めて指摘されるまでもなく、彼女もそのことについては気にしていたようだ。
「……少なくとも、私は」
彼女が自身の意見を紡ぎ始めるまでに長い時間を要した。
「エルクさんみたいに喧嘩ができるようにはならないと思います。体力に自信ないですし、そんな勇気だってありません……でも、私やメフィさんにもできることはあるって思ってます」
「うん」
「それが何なのかはまだ分かりませんけど……私たち、独りじゃないですから。エルクさんだけに辛い思いさせたくないのは、私も一緒です」
様々な思いが交錯しているようで、両手をパタパタとせわしなく動かしながら考えを述べていく。慌てたまま力説する様というのは奇妙な違和感があったが、本人はいたって真剣な面持ちだ。
「何かしなきゃって思いつめるのが、一番よくないんじゃないでしょうか。エルクさんに余計な心配かけてしまいますし、ゆっくりと見つけられればいいなって……あ、私は、ですけど」
「……シューラも、実は色々考えてたのね」
一通り演説を聞き終え、メフィはほふうと息を吐く。
そこにはある種の安堵と――同時に、一抹ほどの寂寥が含まれていた。
「羨ましいなぁ」
「えっ?」
心の声が漏れてしまい、それを聞いたシューラが目を見開く。唐突にそんなことを呟いたのがよほど意外だったらしい。
「あっぅ……う、羨ましいのよ、シューラのこと」
「え……えと」
状況を呑み込めないシューラが首をかしげる。話の前後が繋がっていないので当然の反応だろう。
なおも話しづらさを感じているメフィは、胸の前で指をつつき合わせながら目線を逸らす。
「わ……私だって、エルクの力になりたいって思ってるよ? その、エルクがついてる嘘っていうのも、気になってるし」
以前シューラが話していた『エルクの嘘』のことを思い返す。その時のショックを思い出すと、胸の辺りがモヤモヤとスッキリしない感じになってしまう。
「だから……シューラがそれに気付けたっていうのが、いいな、って……」
「は、はい?」
どんどん声が小さくなるメフィに対し、何とか聞き取ろうとするためにシューラもどんどん顔を近づけてくる。
「……ううー! なんでもないっ!」
「ひゃう!?」
複雑な心境を誤魔化すように大声を張り上げてしまい、耳を研ぎ澄ませていたシューラは後ろにひっくりかえってしまった。
「とっ、とにかく! 私だってエルクに無理させたくないのは一緒なんだから、その、シューラだけじゃないの! ちゃんと考えてるんだからね?」
「は、はいぃ……でも、いきなりひどいですよメフィさん」
半泣きの言葉は聞こえないフリをして、メフィは逃げるように毛布の中へもぐりこむ。羞恥で顔が熱く火照っていて一層眠れる気がしない状態だが、今はこれ以上シューラと顔を合わせていられない。
いつのまにか、外がうっすらと明るみ始めていた。
「これがシダ大陸。細かい地形は省略するぞ」
土の上に棒を滑らせ、ガルドが横長の長方形を描いた。リダとリオナは肩をくっつけてそれを覗き込んでいる。
「で、俺たちが今いるのは大体このあたり」
中心からやや下に棒をずらして点を打つ。中心と下辺のちょうど中間あたりだ。
「だいぶ南に来てるんですね。もっと大陸の真ん中くらいかと思ってました」
「大陸中部は植物が自生できないレベルの高山地帯だ。いずれ踏破する奴も出てくるだろうが……今のところ、そのあたりに人は住んでいないはず」
「つまり、北西に向かうのなら大きく回り込まなきゃいけないってことね」
山頂はおろか、中腹あたりから夏でも雪が解けないという苛酷な環境だ。通常の登山とは比べものにならないほどの準備と鍛錬が求められるだろう。もちろんそんな準備をしてまで登る理由がないため、ガルドは最初からこの地域を通ろうとは考えていない。
「だが、それに加えて……大陸を二分するように、こうして高い山脈がずっと連なっている」
問題は簡単ではないと言わんばかりに、右上から左下にかけて対角線を引いてみせる。それまでなんともなさそうに話を聞いていた二人が、初めて言葉を途切らせた。
「さすがに年中雪と氷の世界ってわけじゃないが、ほとんど壁みたいな山ばっかだからまともに越えられるとは思わないほうがいい」
「じゃ、じゃあ向こう側へはどうやって行くの? ホントにこんな山脈があったらとても行けそうにないじゃない」
「大丈夫だ、さすがに分断された状態のまま人間がいつまでも放置したりはしないさ」
不安そうにするリオナを窘め、対角線の中に一つの切れ込みを入れた。場所は現在位置である点よりやや左上、北西の方角だ。
「山と山の境……わずかに低くなっているいくつかの場所に、通り抜けられる山道を設けているところがある。詳しいことは俺もよく知らんが」
ガルドはあくまで地理情報として知っていただけであり、具体的な土地の特徴を把握しているわけではない。どんな場所であったとしても、今の彼らに必要なルートであることには相違ないのだ。
「そのうちの一つがここにあるの?」
「ああ。エディカが北西に向かったって言うなら、おそらく山脈を越えて向こう側に行ってるんだろう。レクタリアから出発したなら、彼女もここを通った可能性が高い」
「ホントですか!」
「さすがに今も滞在してるとは考えにくいが、何かしらの手掛かりは得られるかもしれん。仮に情報が得られなくても、後を追うなら大陸の向こう側に抜ける必要があるからな」
「そういうことですか……! あー、なんだかワクワクしてきました」
姉の情報と聞いてリダが嬉しそうにはにかむ。以前よりも姉に近づいてきていると感じるのか、その喜びようは以前よりも幾分か増しているようだ。無邪気にはしゃぐリダをリオナも微笑みながら見つめている。
兄を探しているという彼女もリダと似た境遇であり、共感できる部分が多いのだろう。穏やかな光を瞳に灯しつつ、しかし寂しげな感情が隠しきれずににじみ出ている。
「悪いな」
「えっ?」
唐突に頭を下げられて困惑するリオナ。
「いや、あいつの要件を優先して移動してるからな……後回しになってすまないと思って」
「あ……ううん、いいのよ別に。兄さんはどこにいるか全く分からないんだし、それにそっちが先に受けた依頼なんだから、先に探すのは当然でしょ?」
「そういってもらえると確かに助かるが……」
「リダのお姉さんを探してる時に兄さんも見つかるかもしれないし。ホントに気にしなくていいから」
気丈に笑って見せてはいるが、無理をしているのはありありだった。本心では一刻も早く兄に会いたくて仕方がないのにその気持ちを抑え込んでいるというのが、張り付けられた表層ばかりの笑顔から窺える。
リオナの兄――ニールについては、エディカ以上に足跡の情報が少ないためにほとんど手探りの状態だ。リオナが加わってから全く進展がないと言ってもいい。彼女がもどかしく感じていても不思議ではないだろう。
それを表面に出さずに振る舞おうとできるのは、彼女自身の芯の強さからだろうか。
とはいえ手掛かりのない方ばかり思案しても始まらないので、ガルドはもう一度リオナに「すまん」と謝り、現状の分析へと思考を戻した。
「しかし、ここを通ることになるとはな……」
周囲よりも低くなっているとはいえ、このルートもかなり険しい道のりであることが予想される。大陸両地域の交流はそれほど盛んに行われておらず、道の整備もまだまだ充分ではない。
それに加えて、ガルドにはこのルートの利用を渋る理由があった。
「マルトーリ、か」
「マルトーリ?」
怪訝そうな表情に気付いたリダが鸚鵡返しに呟く。
「この山道にある……かつては『関所』の役割も果たしてた街だ。だから、街全体の構造が道を塞ぐようにできてる。別に通行人を逐一チェックなんてしてないし、そもそもやましいことしてる訳じゃないからそこは気にならないんだが……」
「じゃあ問題ない、って思っちゃダメなんですね、その様子だと」
「ああ。いや、ほとんど俺の個人的な感情に近いか? とにかくあの街は、まあ何つーか」
「何か不安なことでもあるの?」
言葉を濁すガルドにリオナも不信感を抱いたようだ。異種族迫害やテロ集団の件もあり、ちょっとした違和感にも敏感に反応してしまうのだろう。
「不安、じゃあない。正直に言うと、どうもあの街は苦手でな」
「苦手? ガルドはここに行ったことがあるの?」
「少し前になるが、一応ある。首長都市ばりに世界委員会がガッチリ管理してる街でな。あの必要以上にかしこまった雰囲気とかが好きになれない。嫌いだと断言してもいい」
それは、世界委員会の堅い雰囲気を苦手とするガルドならではの感想だと言えた。
山脈の北側は未だに確立した交流経路が存在していない。人間が住んでいることは確かなのだが、どこの国にも属さない未開の地として南側の人間からは敬遠されている。
そしてこの両者を結ぶポイントのひとつであるマルトーリは、北側の開拓の足掛かりのために積極的に開発が進められていた。その結果として街全体が世界委員会の影響を色濃く受けてしまっている。
「だから、あそこはどうにも馴染めなくてな……住んでる奴らも世界委員会の一員みたいなお堅い雰囲気だし」
現状どれほど北側に世界委員会が進出しているのか定かではないが、本腰を入れて開拓を進めている以上その拠点であるマルトーリがどれだけ『世界委員会色』をしているか大体の予想はつく。
「あー……僕も、世界委員会はあんまり好きじゃないかも、です」
「ま、あくまで俺個人の好き嫌いの問題だからな。行動の障害にはならないとは付け加えておく」
「なんだ、それだけなのね……あれ、ちょっと待って」
納得しかけたリオナが手をかざして制止をかけてきた。
「そのマルトーリって街、世界委員会が管理してるって言ったわね?」
「ああ。北側に行く人間はほとんどいないが、その世界委員会の関係で人は結構多いはずだぞ」
「世界委員会って、この前創設されたばっかりじゃない? それなのに街一つを管理してるなんて……いくらなんでも早すぎじゃないかしら」
レダーコール崩壊や、それに伴う世界委員会の創設についてはリオナもある程度は把握しているらしい。かなり大きな騒動になっているので隠れ住んでいた彼女の耳にも届いたのだろう。
「まあ、表向きは『連邦都市』って呼称だけどな。実際の管理は今の世界委員会が取り仕切ってきたようなもんだ。だからまあ、現地の人間も世界委員会の管理下って自覚はないだろう」
「えーと、つまり?」
「要するに、この間の創設云々はあくまで『公的』な発足に過ぎないってことさ。世間に知らされなかっただけで、世界委員会はずっと前から存在していたわけだ」
正確には世界委員会に所属してるわけではないガルドも、関わりの深い人物としてその存在を知らされていた。口外してはいけないと暗に言われている気がしたために誰かに教えたことはなく、人に話すのはこれが初めてである。
(もう世間に公表したんだし、今さら黙ってる必要もあるまい)
そうした考えもあり、説明を簡略化する意味でもリダとリオナには伝えてしまおうと踏み切ったのだ。
「へえ……でも街の管理をするくらいなら、もっと早くに公表してもよさそうなものだけど」
「そのころはテロ集団そのものが存在してなかったとか、民衆の不安をあおりたくなかったとか、そんなところだろう。……ってかそもそも、今考えるべきはそこじゃない」
論点がズレてきていることに気付いたガルドが慌てて話題を修正する。
「しばらくは急勾配の道のりが続くからな、準備はしっかりしておけよ。途中で小さな町にいくつか立ち寄るつもりでいるから」
「りょーかいですっ!」
「分かったわ」
威勢のいい二人の返事を受け、ガルドは安堵を覚えて小さく息を吐いた。あらかじめ様々な準備を施しておけば、道中で大きなアクシデントには見舞われないだろうと思えてくる。
(だが、なんだ……? 妙な胸騒ぎがする)
それでもなおいくらかの不安が胸中に渦巻き、完全に安心することができない。ごく小さく朧げではあるが、かすかな違和感が確かに存在している。
異種族を二人も連れていて気を張りすぎているのだろうと、ガルドは頭を振ってその懸念を振り払った。