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ぼくらの天使  作者: 半導体
二章
32/56

31話 消えない壁

 平地が少ないという立地条件のせいだろう、エルクたちの連れてこられた建物は半分が山に埋め込まれる形で建てられていた。地形を崩さない工夫らしい曲線的な内装など、目新しい発見には事欠かない。

「すごーい……まさに異世界って感じ」

 極端に高い天井を見上げてメフィが呟く。

 エルクたちのいるフロアより更に上を臨むと、山側の壁に造られたいくつもの巨大な段差が確認できた。そこから覗くカーペットの端らしきものから察するに、それら一つ一が別々のフロアなのだろう。

 上の階層にいくにつれて小さくなっていく階段のようなフロア構成。エルクたちを連れてきた男たちは、その最上段の辺りまで登って見えなくなってしまった。

「何階建てなんだろ? こんな高い建物、初めて見たよ」

 吹き抜けのこの部屋からフロア間を移動できるようになっているらしいのだが、糸の利用が前提となっているようで階段などは見当たらない。糸のための突起物がいくつか散見できる程度だ。

「僕らだけじゃ上には行けそうにないね」

「ここで待てって言われたじゃない。なんで上に行かなきゃいけないの?」

「それはそうだけど」

 人間を想定していない造りから、エルクは自分たちが招かれざる客であることを感じずにはいられなかった。


「あの……私たち、なんで手を縛られたんでしょう」

 シオリが傍にいるためか、申し訳なさそうにシューラが口を開いた。

 建物に連れられる際、エルクたち三人は両腕を後ろで拘束されてしまっている。連れてきた男たちから一応の確認はあったものの、ほとんど否応なしに従わされたような形だ。

 里に入るまではあくまで同行者の形式であったものから一転、この扱いには捕虜のようだという感想を抱いてしまう。

「なんか騙されたって感じよね。もっと友好的だと思ってたのに」

『長に会うんだから、当然』

 納得していないらしいメフィをシオリが戒めた。当たり前だが彼女は手の自由を奪われておらず、胸の前で腕を組んで訝しげに三人を睨み付けている。怪我の痛みが少しずつ引いてきたらしく、ゆっくりなら独力で歩く程度は可能なようだ。

「信用がないのは分かってたことだから。そりゃあ、いきなりやって来た異邦人と自分たちの代表者を対等に会わせたりはしないでしょ」

「もう縛られるの飽きちゃった」

「誰も好きで縛られたりはしないと思いますけど……」

 緊張感のないメフィの苦言にシューラが苦笑を持って返す。現状をどこまで理解しているのか測れず、エルクは思わず眉をひそめた。

 シオリや男たちの態度で忘れがちだが、今もエルクたちの命運は蜘蛛族側の掌の上にある。彼らがその気になれば最期、今のエルクたちに対抗する術は一つもないのだ。

 彼らの糸に従わざるを得ない操り人形のような気分で、エルクは言葉で表現できない不安がのしかかってくるのを感じていた。そうした意味では、エルクもまた蜘蛛族の事を心から信用はできていないのかもしれない。

「時々、二人の事が無性に羨ましくなるよ」

 メフィやシューラのように人を素直に信じることができれば。そんな諦観の混じった羨望から、意識せずそんなことを呟いてしまう。

「えっ? あ、いやあ、それほどでも」

「えっと、何についてかは分かりませんけど、ありがとうございます」

 エルクの心内など知る由もない二人が微妙な喜びを表す。どこまでも二人らしい振る舞いに少しだけ安堵を覚えつつ、エルクは思案をやめて場の流れに身を委ねることにした。

 誰もが彼女たちのように他人と接することができれば差別などなくなるかもしれない。

 そんな現実味のない空想を胸に隠しながら。


 屋内に張り巡らされた糸には無数の鳴子が提げられている。シオリの家まで来た男たちの身に着けていたものと同じ、木片の形を整えただけの簡素な品だ。

 風が吹き込むだけでもいくつかが触れあって渇いた木音を響かせていたのだが、耳に障るほどの騒音を醸し出すには至っていなかった。不定期に発せられるかすかな単音は、蜘蛛族流の装飾の一種なのだろう。

 その鳴子たちが、何の前触れもなく一斉に鳴り始めた。

「へ? な、なに?」

 突然の事で呆気にとられたメフィの声は一瞬でかき消されてしまう。頭を揺さぶられたような感覚に陥り、三人は訳の分からないまま音の降り注ぐ上方へと視線を向けた。

 少しずつ音程の違う数えきれない鳴子たちが、メロディを奏でるでもなく音の洪水を叩きつけてきている。耳を塞ぐほどのものではないものの、何かの前触れであるかのように不自然に震え続ける様は不気味なことこの上ない。

「ねえ、これ、何が始まったの?」

 声を張り上げてシオリに問いかける。シオリの全く動じていない様子を見る限り、彼女はこれから起こることを知っているのだろう。

『長が来る。その合図』

「長って、里長さんのことですか?」

 シューラが続いて問いかけると、シオリは無表情のまま小さく頷いた。その視線は遥か上階へと向けられており、そちらから『里長』がやって来るというのが分かる。

『来た』

「!」

 わずかに高揚したシオリの言葉につられ、三人の視線が最上階まで向けられた。



『とうっ!』

 キレのいい掛け声とともに一つの人影が飛び出す。

「!?」

 驚愕する三人をよそに、その影は空中で体を丸めて前転しながら落下運動を始めた。それはただ落ちているというよりも、宙を泳いでいるかのような優雅な姿だ。

「ああ、ぶつかる!」

 重力に従って回転しながら落下していく影。階下のフロアとの距離が一気に縮まり、激突を想像したメフィがたまらず目を逸らす。

 しかし、フロアの直前まで接近したところで影の落下速度が一気に減退した。弾力のある見えない膜に乗ったかのように勢いが凝縮され、弾かれたかのごとく飛び出してエルクたちのいるフロアに向かってくる。

 その後の動きはもはや落ちて来ているのではなく、空間を自在に飛び回っていると表現できるほどのものだった。上へ下へ右へ左へ、不規則に跳ね回るボールのような軌道を描きながらエルクたちのもとへ降りてきている。

「これ……糸?」

 不可解な移動の正体に気付いたエルクが声を上げた。だがその言葉に気持ちはこもっておらず、頭上で繰り広げられている演舞に心を奪われてしまっている。

 目に見えないほど細い糸が部屋の上部に張り巡らされているようだ。降りて来ている影はその位置を的確に把握し、あるいは自身で新たな糸の足場を作り出し、まるで手品のように宙を闊歩して見せたのだろう。

 みるみる近づいてくる影に、三人は釘付けになっていた。勢いよく接近してくる様は自らとの衝突を思わせる圧迫感があるが、三人のうち誰もその場から動こうとしない。

『はっ!』

「!」

 会話をできるほどの距離まで肉薄した影に目を丸くする三人。いつの間に、などと驚く暇もなく、影が三人の目の前の空中に着地をする。

『ようこそ、私たち蜘蛛族の里へ』

 着地姿勢でゆっくりと立ち上がったのは、ライトブラウンのショートヘアが印象的な一人の女性。

『私が里長のキプリだ。よろしく頼む』

 そう言い、女性――蜘蛛族の長であるキプリは腕を組んで微笑を浮かべた。


 言葉を失う三人の隣で、シオリが無表情のままキプリに拍手を贈る。

 それを受けたキプリは満足そうに頷き、直立していた糸から地面へと降りた。

『シオリ、見た? 今のはキマってたと思うけど』

『うん。キマってた』

『ホントに? うわー嬉しいなぁ』

 シオリが言葉少なに肯定すると、キプリの顔に一層明るい笑顔が生れまる。褒められて嬉しいのか、それとも思い描いた通りに登場できたことを喜んでいるのか。どちらにせよ、子供のようにはしゃぐその姿に威厳があるとは言い難い。

「なんていうか、ちょっと変わった人ね」

 こっそりと耳打ちしてきたメフィの言葉にエルクも無言で頷く。

「……カッコイイです」

「え、あ、そう」

 シューラが目をキラキラ輝かせてキプリを見つめている。エルクとメフィには無い、異種族同士で通ずる感性のようなものがあるのだろうか。悪いわけではないのでもちろん否定はしないが。

「あのー」

『おっと、ゴメンね。外からお客さんが来るのなんて初めてで、つい張り切っちゃって』

「……そうですか」

『ねえ、どうだった? あの登場キマってた?』

「ええ、まあ」

 わざわざ掛け声を糸で伝えてまで登場の仕方にこだわったのだ。その意気込みを非難するのは無粋というものだろう。

「すごくかっこよかったですよ! 私感動しました!」

『えっ、そんなに? うわぁ、私も頑張ったかいがあったよ』

「羨ましいです。私もあんなことやってみたいです」

 シューラもキプリにすっかり同調してしまっているので、どちらかというとエルクの方が疎外感を覚えてしまう。彼女たち二人だけで盛り上がってきており、エルクたちの存在が視野から外れつつあるようだ。

 そんな現状を見兼ねたのか、熱論を展開するキプリにシオリが声をかけた。

『長』

『あっ、ゴメン。本題に入らないといけないね』

 本気で忘れていたのか、うっかりしたというような表情になって自身の頭をコツンと叩く。いかにも愛嬌があり、見ている者に好感を抱かせる仕草だ。

 それまでの会話に区切りをつけるかのようにキプリが咳払いを一つした。そして表情を引き締め、いくらか里長らしい雰囲気を取り戻して改めてエルクたちと対峙する。

『それじゃあ、大事な話に入るよ。落ち着かないかもしれないけど、ちょっとだけ我慢してね』

「は、はい」

 どこか緊張感の欠ける心境のまま――エルクは、蜘蛛族の代表者との会談の席に着いた。



「腕は解放してもらえないんですね」

『そうしないと他のみんなが不安がっちゃって。あんまり人間っていう存在に免疫がなくてね』

「なるほど」

 未だに腕が後ろで縛られたままだが、それだけで済んでいる分まだマシな待遇と言えるだろう。キプリの陰日向のない態度も含め、想定したほど緊迫した空気になっていないためにエルクの感じるプレッシャーも少ない。

 ただし、だからといってキプリが自分たちを信用しているとも考えていないのだが。

『その様子じゃ、私たちの現状についてもある程度は把握してるのかな?』

「……まあ、この待遇で納得する程度には」

『じゃあその説明は省くとしようか。無駄に時間を消費するのは賢い選択じゃない』

 ひらひらと手を振るキプリの提案をエルクたちも承諾する。

 時間が惜しいというのは彼女と同意見だ。だがそれ以上に、彼女の口から『その事実』を語らせることがはばかられたというのもある。

 決して愉快な記憶ではない、異種族迫害の現実。キプリが説明を省略したのも、それを想起したくないという意志が無意識の内に働いたのかもしれない。

「その上で僕らを呼び寄せたのは、そうせざるを得ないほどの理由があるからでしょうか」

『どうしてもって訳ではないかな。都合がよかった、くらいの気持ちだったよ』

 軽い調子のキプリの言葉に、黙って聞いていたメフィが眉をひそめた。

「そう言われちゃうと……なんかここまで来た甲斐がないね」

「メフィさん、それは思っても口に出さない方が……」

『なんか、ごめん』

「あ、ううん。こっちこそゴメン」

 あまり感情の表れないシオリの謝罪に首を振るメフィ。シオリの態度が幾らか柔らかくなっているのは、どうやらキプリの存在が大きいようだ。

「人間である僕たちを呼び出すだけの理由があるかと思ったんですが……」

『いや、人間じゃなきゃいけないのは本当だよ。実際には外から来たなら誰でもよかったんだけどね』

「?」

 エルクが疑問符を浮かべたのは、その奇妙な言い回しが耳にとまったからではない。

 その言葉を発したキプリが、シオリの挙動をやたら意識しているのに気付いたのだ。当のシオリは特に感情を動かされた様子もなく、ただじっとキプリの話に耳を傾けている。

 懸念するようなことがあるのか訊ねようとも考えたが、それよりも優先すべき事柄を思い出して口には出さなかった。その代わり、自分たちが呼び込まれた理由として思い当たる事項を投げかけてみる。

「おそらく……僕たちがここに至るまでに得た情報を知りたいといったところでしょうか」

「情報?」

「里の中だけじゃ耳に届かない話もあるってこと。里長ともなればなおさら意識することだろうし」

 不思議そうにするメフィに解説を挟んで聞かせる。

 シオリの手助けがあったとはいえ、蜘蛛族だけが立ち入ることの許される土地に人間が入り込んだのだ。里の存在や位置を知った理由であれ、現在のヒューク山を取り巻く状況であれ、蜘蛛族の欲する情報はいくらでもあるだろう。

 そして実際、キプリはそうした情報を必要としているらしかった。

『察しがいいね、その通りだよ』

 話が早くて助かると言うようにキプリが両手を合わせる。

『知っている通り、この里は外界とほとんど交流がない。他の種族の立ち入れない環境に頼り切って、充分な防衛設備も整っていない。それだけが原因じゃないだろうけど、一族のほとんどは里に引きこもってしまってね』

「確かに、ここでは自然が最大の砦の役割を果たしていますからね。そうして隔離した分、外に対する恐怖心はより増しているのかもしれません」

「自然に守られているから安心じゃないんですか?」

『自然の防御力にも限度があるからね。もし人間がこの里の存在を知って、本気で私たちを皆殺しにしようと考えたら。その時、自然環境だけで守り切れると思う?』

「……」

 キプリの言葉で最悪の光景を想像したのか、シューラが背筋を震わせた。

『ね? そういう意味でも、里の危機を把握することが私の重要な仕事なの。何か事が起きてからじゃ遅いでしょ?』

「確かにそうだけど……そのために私たち人間を呼ぶのって、なんか矛盾してない?」

『里の中だけだとどうしようもないことだからね。それに、シオリが自分の家に招き入れるくらいの人間なら大丈夫だって確信があったし』

「……」

 今度はシオリが、何も言わないまま目を細めてそっぽを向いてしまった。うっすら紅潮した頬を見るに、単に恥ずかしがっているだけのようだ。

 しかしエルクは、その言葉の示唆するところに気付いて表情を曇らせた。

 キプリの言い回しは、シオリに人を見る目があると評価している場合のそれとは違う。わざわざ強調できるほど彼女が人間を嫌悪しているからこそ、キプリはエルクたちを信用していいと判断したのだろう。

「そんなに、シオリは人間を嫌っているんですか?」

『まあ、そう、だね。それについては、今はちょっと、ね』

 歯切れの悪いキプリの言葉に続き、シオリが鋭い視線をエルクに投げかけてきた。あからさまな非難の意図に、エルクは踏み込むべきでない領域に入りかけたことを自覚する。

 配慮が足りなかったことを申し訳なく思いつつ、すぐに話を本題の方へ移すことにした。

「……しかし、切迫していた訳ではないにしてもずいぶん受動的ですね。現状の把握だけなら、そちらから外に出て情報収集をした方が良い気がしますが」

『そう思うのも当然だろうね。ただ――』

『簡単に言わないで!』

「!」

 キプリの言葉を遮ってシオリが怒声をあげた。突然の事に驚き、一同はそろって言葉を失う。

『何も、何も知らないくせに!』

「シオリ……?」

「…………」

 全員の視線が集まる中、シオリは真っ直ぐエルクの事を見据えている。

 それまで感情の乏しかった表情が一変、どす黒い焔のような憤怒を宿らせた瞳でエルクを睨み付けてきている。肩を震わせて息を荒くしている様からは、殺意にも似た憎悪を感じ取れるほどだ。

 目にはうっすらと涙が溜まっており、困惑したエルクは咄嗟に反応することができなかった。

「……っ」

 シオリはすぐに平静を取り戻したが、今しがたの行為を弁明することなく口を閉ざしてしまう。あくまで自分の行動に後悔はないという意志表示のつもりらしい。

 全員が、場が静寂に沈む。


 時間を再び動かし始めたのはキプリだった。

『シオリ。席を外してもらえるかな』

 静かに、しかし力のある一言。

「……」

 シオリは不満そうに眉を吊り上げたが、同時にそう言われることを予想していたようだ。ショックを受けた様子は無く、冷静にキプリに対して反論をする。

『あたしも話が聞きたい』

『ダメだ、認められない。ここから先は私と彼らだけの話でないといけないんだよ』

『連れてきたのは、あたし。聞く権利くらい』

『もう一度だけ言うよ、シオリ』

 なおも食い下がるシオリに向けられたキプリの態度は、先刻の子供らしさが嘘のように冷たく突き放されたものだった。

『今すぐこの部屋から出ていきなさい。これは里長としての命令だ』

「……っ」

 有無を言わせぬ言葉に歯向かうことができず、シオリは唇を噛みしめる。

 そこからじわりと滲み出た血が彼女の悔しさを如実に表していた。

 しばらく立ち尽くして拳を震わせていたシオリだったが、不意に全身の力を抜いてキプリに背中を向けた。

『見回りに行ってくる』

 そう言い残し、未だにふらつく足取りで部屋の外へ向かおうとするシオリ。ただ怪我のせいという訳ではなく、キプリに従わざるを得ないことへの失望感が彼女の足取りを重くしているようだ。

「ちょ、ちょっと待って!」

 そんな彼女を呼び留めたのは、これまでの事の変遷をずっと黙って見守っていたメフィだった。

「まだ怪我もちゃんと治ってないのよ? 無理しすぎたらまた途中で倒れちゃうよ。これが終わったら手紙とペンダントも渡すから、そんなにガッカリしないで外で待ってて。ね?」

「…………」

 必死に励まそうとするメフィにもシオリは反応を示さない。その場で立ち止まり、何かを考え込むように俯いてしまう。

 メフィの呼びかけがどのように受け取られたかは分からない。

 しばらく静止した後、振り返ることなく再び外に向かって歩き始める。

『あたしの義務、だから』

 ただ、その一言だけがメフィに向けて返された唯一の反応だった。

「義務って……死んじゃったら何にもならないよ? ねえ、待ってってば!」

 メフィがなおも語りかけるが、シオリの足は止まらない。

 そうしてメフィの伸ばした手は届くこと無く――

 孤独な蜘蛛族の少女は、扉をくぐって外へ消えていった。


「どうしてあんなことを……」

 シオリの足音が聞こえなくなってからエルクが疑問を投げかける。シオリの出て行った辺りを見つめていたキプリは、悲しげに目を細めてどこか遠くを見つめているようだった。

『あの子は小さい頃に、人間によって父親と引き離されてしまったんだよ。それ以来、もともと人間を良く思っていない蜘蛛族の中でも特に人間を憎むようになっちゃってね』

「父親……」

『そんなあの子に、これからする話はまだちょっと辛いかもしれないからね。酷いことをしたっていうのは分かってるよ』

 明るく振る舞おうとしているようだが、キプリの声のトーンが先刻よりも落ちている。

 彼女にとっても、シオリを冷たくあしらうというのは心の痛む行為だったのだろう。

「……何なんですか、そこまでして彼女に聞かれたくないような話というのは?」

 肝心な部分が見えて来ず、本気で理解の追いつかなくなったエルクがストレートに疑問をぶつける。

『いや、まあ、言ってしまえば簡単な事なんだけどね』

 恥ずかしそうに頬を掻くキプリ。その軽い仕草はむしろ、これから語ろうとしている『本題』が重く不気味なものであるように感じさせる。

 そして、そんなエルクのことなど全く気にかけず――キプリは実にあっさりと『本題』を切り出した。

『里の近くからでいい。蜘蛛族と人間の間に新しい交流関係を築きたいと考えていてね』

「交流、ですか」

『そ。もっと簡単に言えば――人間と仲良くなれる方法を知りたいんだよ、私は』

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