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ぼくらの天使  作者: 半導体
二章
26/56

25話 山麓にて

 集落と呼ばれてはいるものの、村とも呼びにくいほどその規模は小さい。

 道に沿って数軒の小屋が立ち並び、その周辺に露店のようなものが繰り広げられている。旅装の人物が何人もたむろしており、物々交換や売買などで長旅での消費を補給しているらしい。お互いに言葉を交わして情報をやり取りしている様子もあり、生活の場ではなく旅人の中継所であると割り切ってしまえる。


 エルクたちの横を旅装でまとまった三人組がすれ違っていった。それぞれが体格に見合わないほど巨大な荷物をかついでいるが、全て背負ったまま出発するつもりではないようだ。集落のはずれに荷車が数台停めてあるので、それによって運搬をするのだろう。

「けっこう賑わってるね」

 狭いながらも活気に満ちている様相を見たメフィの感想がそれだった。

「は、はい。確かに賑やかだとは思います。でも……なんでしょう、少し、怖いような……」

 対して、シューラの意見は徹底的に慎重を貫いている。常に近くにたむろする人間の一人一人に気を配っており、絶えずキョロキョロと周囲を警戒している姿はかなり目立つ。

「そこまで過剰に意識する必要はないんじゃない? みんながみんなシューラの敵じゃないと思うよ」

「それはそうなんですけど……」

「ずっと神経を尖らせてると山に行く前に疲れちゃうよ。僕たちも怪しい人がいないか警戒はしてるから、あんまり気負いすぎないで」

 彼女の負担を軽くするよう忠言するが、エルクもまた彼女の不安が考えすぎだとは捉えていなかった。

 その原因は、売買を行っている人間に抱いた違和感だ。

 ヒューク山の近くであるせいか、純粋な旅人以外にも登山装備の人間がちらほらと見受けられる。彼らは明らかに他の旅人とは違った装備をしていて、露店で求めている物資も専門性の高いものが多い。登山靴や丈夫なロープなど、ヒューク山へ向かおうとしている登山家も丁度いい商売相手なのだろう。

 問題は、彼らが単なる登山装備以外にも意識的に買い集めている部類の品があるという点である。

「これなんてどうだ? 少々値は張るが、切れ味は保障するぞ」

「持ち歩くには少し重いが……このくらいでなければ危険かもしれないな」

 アウトドアナイフとは明らかに一線を画する短剣(ダガー)。外見だけでも物騒なそれを巡るやり取りがエルクたちの前方で行われているのだ。普通に考えれば無駄に労力を増すだけの重量の刃物を、購入者である男性は真剣な面持ちで検討している。

「うん……やはり買っておこう。ついでに、包帯や消毒薬は扱ってないか?」

「悪いがそういう類のは置いてないな。他をあたってくれ」

 医療品はないと聞かされ、購入者は途端に顔色が真っ青になる。そして商人の男性に軽く会釈をすると、せわしない様子で別の露店へと向かって行った。

「……準備をするついでに、ヒューク山について情報を集めておこうか」

「というか、何も知らないままで行こうとする方がダメじゃない?」

「それはそうなんだけど、どうも僕らが思ってるほど簡単な事情じゃないみたい」

 もともと人のほとんど立ち入らない未開の土地であるため、有益な情報はそれほど得られていない。それだけでも入山を躊躇するには十分な理由であり、更に妙な噂が立っているのであればなおさら警戒して然るべきだろう。

「んー、とりあえずそこの男の人に訊いてみようよ。さっきの話でも事情は知ってるみたいだったし」

「そうだね」

 周囲にめぼしい客足が見えなくなったためか、男性はパイプを取り出してふかし始めている。自分たちが商売の対象になっていないのだと感じつつ、ひとまずエルクは近寄って声をかけることにした。

「あの、すみません」

「あん? 何か用かい」

 相手が子供だと気付いても男性の対応に蔑んだ態度は見られない。どこかぶっきらぼうになってしまうのは職業上仕方ないのだろう。

 これなら話も聞きやすい。そう安心しながら、エルクは早速本題を切り出した。

「ヒューク山について、お話をお聞かせ願えませんか」

「……お前らもあの山に行くつもりなのか?」

 ヒューク山の名前を聞いた途端、それまで朗らかだった男性が鋭い目つきに変わった。

「悪いことは言わん、やめときな。大の大人だって手に余るような場所だ、無事じゃ帰ってこれないぞ」

 脅迫じみた物言いだったが、彼がエルクたちの身を案じてくれているというのはよく伝わってくる。きつい口調も、彼なりの優しさの裏返しなのだろう。

「そんなに厳しい環境なんですか。山頂まで向かうつもりは無いのですが」

「いや、道らしい道が無い以外はそこまで苛酷な場所じゃない。ただ、中腹あたりにバケモノみたいな奴が出るらしくてよ……」

「猛獣でも生息しているんですか?」

「……俺も詳しくは知らん。山登ってた奴らがみんな、『何か』に襲われてるんだ。ろくに姿を見た奴もいない、どうやって襲われたかも覚えていない。詳しい情報の無いまま、被害者だけがいたずらに増えていく。そのおかげでこんな場所でも武具の需要が生まれるようになったが、それでも山頂まで辿り着けた奴はまだ一人もいないって話だ」

「だからさっきの人も短剣を……」

「俺だってこんな商売をしちゃいるが、無意味に怪我人が増えるのを望んでる訳じゃない。できるなら無茶はしないでもらいたいもんだ」

 短剣を購入した男性の消えていった方向へ、武器商人である男性は遠くを見つめるような視線を送った。


「ねえ……どうしようか」

 まずは丈夫な靴を探そうと歩きだしたところで、後ろを歩いていたメフィが不安そうにエルクの袖を引っ張ってきた。

「どうしようって?」

「だって、山にバケモノが出るって言ってたじゃない」

「ああ、うん」

 彼女が言わんとしていることをそこで理解する。恐がっている姿は女の子らしいのだが、メフィらしくはない。それをうっかり口走れば頭部を鷲掴みにされるので、エルクは指摘をせずに会話を続ける。

「そうは言っても、今さら約束を反故にする訳にもいかないし」

「それはそうだけど……うう、うううー」

 多少は語り手の主観も入っていただろうが、メフィは全てを事実であると信じて聞いていたのだろう。

 普段ならもう少し彼女をからかっているところだ。まだ彼女に後ろめたさを感じているエルクは、余計なことは言わずに自身の意見を言って聞かせることにした。

「たぶん、凶暴な動物がいるとかそういう訳じゃないと思うんだ」

「そうなんですか? 私もてっきり、大きな熊か虎でもいるんだって思ってました」

 シューラもエルクの推測に興味を抱いたようだ。

「誰も襲ってきた相手の姿を見てないっていうのが引っかかってね。僕の予想だと……」

 そこで一度言葉を区切り、周囲を気にしながらメフィとシューラの耳に口を寄せて小声で続ける。

「……蜘蛛族の人が自衛のために人間を襲ったんじゃないかって」

「!」

 それを聞くなり、メフィとシューラの顔色が変わった。誰かに聞かれてはいないか視線をめぐらせ、それから小声でエルクに質問を返す。

「でも、別に蜘蛛族の人たちのことを知ってる訳じゃないんでしょ?」

「そ、そうですよ。襲われる理由がありません」

「人間を敵視しているなら、近くを通りがかっただけの人も警戒はして当然だと思うよ。外との交流を絶っているならこっちの事情なんて知らないだろうし」

 単純に考えれば、山を登ろうとしている人たちも異種族のことは何も知らないだろう。たまたま蜘蛛族の集落の近くを通ってしまったとしても、彼らにそんな自覚はない。

「なるほど……それなら姿を見せようとしない理由も分かりますね」

「もちろん、凶暴な生き物が潜んでいるのかもしれないよ。いずれにしても、入念に準備しておかないと命が危ないっていうのは間違いないね」

 商人から聞いた話だけですべてを判断することはできない。さらに正確な情報となると、実際に襲われた人間を訪ねる必要がでてくるだろう。男性から預かっている物を踏まえると、そんな人を探している余裕はないように思えた。

「それなら、私たちも武器を持っておいた方がいいんじゃない?」

「……それはそうだろうけど……僕はあんまり持ちたくないなあ」

「え、どうしてですか?」

 武装に消極的なエルクにシューラは首をかしげ、メフィはムッとした様子で眉をひそめた。

「しっかり準備した人でも襲われてるのよ? まさかエルク、私たちは襲われるはずないとか考えてるんじゃないでしょうね」

 腰に手を当てて、呆れた表情でエルクを睨みつけるメフィ。彼女の言い分も理解できるだけ、そんな視線を向けられるのはいたたまれなくなる。

「その……好きじゃないんだ、誰かを傷つけるための道具を持つっていうのが。まあ、ただのワガママなんだけどさ」

「その考えは立派だと思うけど、状況も考えてよね。そのこだわりのせいで私たちが死んじゃったら何の意味もないんだから」

「う、うん……そうだよね」

 自分でも分かっていたことを改めて指摘され、エルクも反論せずにそれを受け入れた。自分たちはそんな生温い思想に拘ってはいられない立ち位置にいるのだと再確認する。

「それじゃ、武器も買うってことでオッケー? なら早速買い出しに行こ!」

「ん。いるだろうなって思ったものがあったらとりあえず言ってね。メフィもシューラも」

「もちろん!」

「わかりました」

 やけに威勢のいいメフィの返事は不安が残るが、ここで訝しんでも仕方がないだろう。

 脳内の購入リストに『武器』の項目を加え、エルクはメフィに腕を引かれる形で歩き出した。


 できれば、身の丈に合った小さなものがあってほしいと願いながら。




「エルク、これなんてどうかな」

「どれどれ?」

 メフィがエルクに見せてきたのは茶色い革製の手袋だ。かなり頑丈な作りのようで、農作業や土木工事を想定したデザインだと分かる。

 その強度は当然、山を覆う森林を進む際にも重宝するだろう。トゲのある枝に引っかかったり、鋭い葉で切ったりして怪我をするのを防ぐことができる。それほど重量もなく、あまり力のないメフィやシューラにも扱いやすい逸品だ。

「うん……これは、すごくいいよ。今の僕らにはぴったりだと思う」

 お世辞でも気遣いでもない、正直な賞賛がエルクの口から洩れた。

「メフィって物を見る目があるよね。ビックリしたよ」

「えへへ、ありがとっ」

 褒められて嬉しくなったのか、メフィがニッコリと微笑む。親に褒められた時の子供のような、どこかあどけない幼げな笑顔だ。

 幼少時代から見慣れているはずのエルクでさえ、その笑顔に心を揺さぶられずにはいられなかった。

「い、いや、こっちこそありがとう。おかげでずいぶん早く準備が整いそうだ」

「……私には、どれがどう違うのかよく分からないんですけど」

 それとは対照的に、メフィの隣でシューラがしょんぼりとしている。

 彼女にとっては、目の前に並ぶ多種多様な手袋がどれも同じものに見えてしまうようだ。植物族に手袋の文化はないのか、『手を覆う』という概念自体を新鮮に感じている節がある。

 彼女がへこんでいるのは、メフィのように最適な道具を見つけることができないもどかしさに起因しているらしい。

「気にすることないよ、初めて見る物なんだから。そういう慣れない物をすんなり受け入れただけでもすごいことなんじゃないかな」

「お役に立てなくて申し訳ないです」

 シューラの生真面目な性格はこういった場面で災いする。いくら他人から励まされても、本人が納得するまではどうしても気持ちが臆してしまう。

「でも、蜘蛛族の人の時はシューラが大活躍だったじゃない」

 割って入ったメフィが快活な態度でシューラの肩を叩いた。

「シューラがいなかったら、あの人は今でも病気に苦しんでたよ? 自分の子供の誕生日プレゼントだって渡せないままになっちゃってたかもしれないし」

「……お二人の旅の邪魔になっていませんか?」

「ないない。どうせどこに行っていいか分からなかったんだもん」

もともと辿り着けるかどうかも怪しい目的地であり、多少寄り道したところでエルクたちに不都合はない。この道中で新しい情報を期待できると考えれば、この旅路も単なるおせっかいの枠には留まらないだろう。

「ちょっとだけ……ほっと、しました」

 シューラが鬱状態から脱出したのを認め、エルクは懐から財布を取り出して手袋の精算を始めた。やや割高にも感じられたが、安全性を考慮すれば悪い買い物ではないだろう。

「ちょっと早いけど、今日はもう宿をとって休もう。これから山に向かうのはいくらなんでも危ないからね」

「うん、私も賛成。あちこち見て回ってさすがに疲れちゃった」

「いろいろ買いましたからね。でも、今回のためだけにこんなに奮発してよかったんですか?」

「んー、確かにこの先持ち歩くには面倒なものもあるけどね」

買い集めた品を整理しながらシューラの懸念に返事をする。

「この手袋とかもそうだけど、山でしか使えないわけじゃないからね。最大限に有効活用しようと思ってるよ。将来、他の山に登らなきゃいけない時が来るかもしれないし」

「あるかなぁ?」

「今後も依頼を受ける以上は充分あり得るよ。受けられる依頼の範囲が広がったって考えることもできるでしょ」

靴や手袋は身に着ける品のため、それほど荷物にはならない。それまでの装備品の処理は難しいところでもあるが、今回の件のためだけに購入したものはほとんどない。

「けっこう色んなこと考えて行動してるのねー、意外」

「まあ、不安定な生活だしね。……意外?」

 まだ日は高く、普通の旅人は先を急ぐようにして街道を歩いている。早々に拠点を確保しようとしているのは、エルクたちと同じくヒューク山を目指している人間くらいだろう。

「とりあえずみんなで一度宿に行って、そのあとは自由行動にしよっか。あんまり余計なものを買う余裕はないけど」

「エルク、なんだかお母さんみたいだね」

「おかげさまで、ね」

 若干の皮肉を込めて笑って見せる。その意図に気づかなかったらしいメフィは同じように笑顔を返し、それから上機嫌でエルクの手を掴んできた。

「ね、早く行こう。泊まれるところならさっき見つけたよ」

「わ、そんな引っ張らないで」

「あぅあ、待ってくださいよぅ」

 メフィに手を引かれ、シューラもそれに遅れまいと駆け出す。その際に反対側の手をシューラに掴まれてしまい、エルクの自由はほとんど奪われてしまった。

 殺伐とした風景の中、いささか場違いなほど賑やかに三人は道を歩いて行く。

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