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ぼくらの天使  作者: 半導体
一章
21/56

20話 歪み

 片手でレースのカーテンを開くと、窓の向こうに広がる澄みきった群青色の空が映った。ちぎった綿のような雲がゆるやかに流れていき、安穏とした午後の時間を演出している。音も何も聞こえず、一秒が非常に長く感じられてしまう。

 そのためか、男性は何の気なしに午前の訪問者について考えを巡らせていた。


 自分が人間でないと言った植物族の少女。大人しい性格のように見えるが、危険を冒してまで見ず知らずの自分を助けようとする大胆な面も併せ持っているようだ。人間の迫害を受けた影響か、人間以外の種族に固執しているような印象だった。

 ただ、そんなことはさして気にすることでもない。彼女の善意について他人が口出しするのも無粋というものだろう。

 何より気になったのは、少女の持つ人間観だ。

 これほど人里に近い場所にいるのだから、彼女も当然『奴ら』に捕まっていたのだろうと推測できる。ならば何もされなかったはずはなく、自分のように人間を警戒ないしは嫌悪するのが普通の反応だ。

 彼女は人間のことも信用している様子だった。むしろ、人間を擁護しようとする姿勢もあったように思える。

 彼女の中で人間の評価を改めさせるほどの『誰か』と会ったのだろう。彼女の発言を踏まえると、今もその人物と行動を共にしていると見ていい。

 そこまで考えた男性の心中に芽生えたのは、少女に対する疑念だった。

 頭では理解できている。しかし、心がそれを受け入れない。

 かつて人間から受けた蛮行の記憶が人間の許容を拒絶するのだ。それに従い、人間を庇いたてる少女のこともどうしても信用しきれない。信じてやりたいという気持ちと、実際に信じられるかは別問題なのである。

 ――私も汚れたな。以前ならばこれほど他人を疑うこともなかった。ましてや、娘と同年代の子供を信じられないとは……。


 故郷で待つ我が子の顔を思い出し、男性は憂いと共に窓から視線を落とした。




 レクタリアから郊外に向かうと、古い時代のものである低い石垣が散在する平原に出る。地質の影響なのか、長い年月を経ても背の高い植物はほとんど育たないようだ。石垣の隙間から意欲的に伸びる雑草も大きく成長する気配はない。

「こんなところに薬草があるの?」

 草地に膝をつきながらエルクが疑問を口にする。地表を這うように視線を動かし、無数の植物を一つ一つ確認していく。

「人間とは違うんでしょ。文句言ってないでちゃんと探してよ」

 素っ気なく答えたのはメフィだ。こちらは石垣に手をつき、やや高い視点から平野を眺め回している。

「す、すみません……お手数おかけします」

 そんな二人からやや離れた位置で、しゃがみこんでいるシューラが申し訳なさそうにそう謝った。他の二人とは違い、彼女の手には既に数株の草が握られている。それらはどれも同じ種類らしく、三人がその草を探し回っているのは誰が見てもすぐに分かるだろう。


 男性の病気に効く薬草が道端に生えているというシューラの話を、エルクもメフィもすぐに信じることができなかった。

 とはいえ、男性が人間でないことを知っている以上は否定することもできない。少なくとも彼女のほうが異種族について詳しいことを考えれば、疑うべきは自分たちの常識の方なのだ。

 さすがにシューラのように効率よく探す事はできない。手探り状態であるエルクとメフィの収穫が彼女と比べて芳しくないのは目に見えて明らかだ。

「できるだけ、たくさん……すぐには治らないので、いっぱい必要になると思います」

 シューラがそう言うほどなのだから、彼女一人で十分な量を確保するのは難しいだろう。少しでも多く見つけなければ、という焦りがエルクの捜索の手を早める。

「あとどのくらい必要なの?」

 なかなか成果を上げられない苛立ちを紛らわせるようにメフィが振り返った。

「そ、そうですね……このくらい、でしょうか?」

 片手に薬草を持ったまま、シューラが両手でワイン瓶ほどの円筒を形作って見せた。いくらか首をかしげながらそのサイズを拡縮させる。

「うわぁ全然分かんない」

「ふえぇ、すみません」

 その大きさの瓶いっぱい、ということだろう。それにしても目安にならない説明である。液体でないものを容器いっぱいと言われても想像するのが難しい。

「終わりが見えないよー」

「まぁ多くて困ることはないんだし、できる限りは探そう」

 すっかり萎えてしまったらしいメフィを励ましながら、エルクは該当の草を見つけて手早く抜き取った。

「……僕は僕で気になってるんだけど」

 抜き取った薬草を目の高さに上げ、その外観を改めて確認する。

 どう見てもただの雑草――それが、件の薬草を前にしたエルクの印象だった。

 シューラを疑ってはいない。おそらく人間にとって役に立たないだけできちんと効果が表れるのだろう。

 しかし、いくら異種族にとっての薬草であったとしても人間には雑草に過ぎないのだ。看病をしていた女性が再び不安を感じるのは間違いないだろう。洗って泥こそ落としたものの、『その辺の適当な草を採ってきた』感が漂っていることは否めない。

「あの人、絶対に怪訝そうな顔するよ」

「そうですか……でも、これがよく効くんです。間違いありません」

「僕らは疑ってないけどさ、あの人も信じてくれるかはちょっと難しいかも」

 口にするとなれば一層神経を尖らせるだろう。エルクも、前知識なしにこの草を飲めと言われれば間違いなく拒否する。

「見た目をなんとかすれば説得まではなんとかなるかな……」

「そう、ですね。すぐに塗れる状態にしておけば外観は薬らしくなりますし」

「うん……ん?」

 さりげないシューラの一言がやたらと気にかかり、エルクは思わず彼女を二度見してしまった。

「今、塗るって言った?」

「え? あ、はい。この草をきれいな水に溶かして、それを背中に塗るとよく効くんです」 

「あ……そう、なんだ」

 言われてみれば、シューラは一度もこの薬草を飲み薬とは言っていない。女性の頼もうとしていた品が飲み薬の材料だったこともあり、エルクは早合点してしまっていたようだ。

 抵抗が完全になくなったりはしないだろうが、飲み薬よりは了承を得られるような気がしてくる。こちらで加工して持っていけばなお良い。

「それなら……大丈夫そうかな。分かったよ、ありがとう」

 気を引き締めなおしたエルクは、会話を中断して再び視線を草地へと落とした。

 少しずつ傾き始めた太陽が、広い大地を(たお)やかな茜色に染め上げていく。






「疲れた……」

 ソファに乱暴に腰かけるなり、白髪の男性は短くそう言い放った。後ろに体重を預け、だらしなく両足を投げ出して自身の発言を体現している。

「相変わらずだねー、アンタは」

 反対側の椅子に前後逆に座っている女性が呆れ顔で男に微笑みかけた。馬鹿にしている風というわけではなく、お互いに相手への遠慮や気配りを必要としていないといった雰囲気だ。

「今日は取り巻きナシ?」

「今はプライベートだからな。大半の奴はレダーコールに置いてきたし」

「何の組織か知らないけど、ずいぶん偉くなったみたいで」

 女性が重心を前後に振るたびに椅子が軋んだ音を出す。リズミカルに繰り返されるそれは、ほぼ無音のこの室内でどこか不気味な空気を醸し出している。

「これからどうすんの?」

「明日の朝一で出発する。やることはまだたくさん残ってるしな」

「せっかちだねぇ……ま、そんな余裕もないってことなんだろうけど」

 具体性のほとんどない会話だったが、二人の間ではしっかりと意思の疎通ができているようだ。必要以上に知り過ぎないようにして、決して相手の暗部に踏み込まないようにしている。

「お前こそ、ずいぶんレクタリアを出発するのが早かったみたいじゃないか。久しぶりだったんだろ? もう少しゆっくりしたってバチは当たらなかっただろうさ」

 ソファから体を起こし、男性が南の方角――レクタリアのあるであろう方向に視線を向けた。

 そちらに部屋を仕切る壁はなく、彼らの歩いて来た街道が真っ直ぐ見えなくなっていく様子をはっきり捉えることができる。部屋が三階なので遠くまで見渡せるのだが、それでもレクタリアの街並みは遥か水平線の彼方のようだ。

「そりゃ、確かにもっといるつもりだったよ。ただ」

 男性の言葉に対し、女性が初めて笑顔を曇らせた。

「……ちょっと変な感じがしてさ。背中のあたりがムズムズするっていうか」

「変な感じ、ねえ。お前の勘はよく当たるけども」

「それで長居したくなくなっちゃったんだよね。知り合いに挨拶はできたんだけど、それだけ」

 女性も男性に合わせて名残惜しそうに南へ顔を向ける。郷愁の念を思わせる顔立ちだが、それでも顔に浮かべる微笑は崩さない。

「ま、いいんだけどね。面白い子たちにも会ったし、退屈はしなかったから」

「自由だなぁ……組織がなければ俺も旅に出たいよ」

「私はいつでも待ってるよ。その時はパンをごちそうしてあげよーか」

「そりゃいいな」

 堂々とサムズアップをする女性に、男性は彼女の挙動も含めて可笑しそうに苦笑をにじませた。

 周囲は夕焼けですっかり紅に染まっており、太陽を見送った空はわずかに夜の闇色を含み始めている。






「これがその薬です」

 女性と向かい合い、エルクは薄緑色の液体の入った瓶を机に置いた。その衝撃で水面がゆらぎ、まるで劇薬であるかのように演出されている。実際人間にとっては劇薬になり得る気がしてしまう。

「……これを、飲むの?」

「飲み薬じゃないらしいですよ。詳しい使い方はシューラが教えますので」

 女性の誤解をすぐさま訂正し、エルクはシューラに詳細説明を促す。間違いを期待していたわけではないが、自分と同じ勘違いをした人の存在はエルクにささやかな安堵を覚えさせた。

「正直、ちょっと安心したわ。他人とはいえ、これを人に飲ませるのはちょっとね」

「同感です」

 女性が差し出された瓶を持ち上げて軽くゆする。粘性は全くない液体のようで、それだけすればただの水と変わらない。そのため、色だけがその毒々しさを演出しているというのがよく分かる。

「えっと……もう、いいでしょうか」

 シューラが待ちきれないといった様子で消極的にせかした。本物の医学生ではなくとも、一度面会した人物の容体は気になるのだろう。

「そうね。すぐに準備するから一緒に行きましょう」

「あの……本当に、申し訳ないんですけど……」

「ん?」

「できれば、その……また、二人きりで……」

 言葉とともにシューラ自身まで縮こまり、末尾は誰も聞き取ることができなかった。それでも、彼女が何を望んでいるのかは少し聞き取っただけでよく分かる。

 女性は呆れたような顔をして溜息をついたが、すぐにニッコリと笑って優しげにシューラのカサを撫でた。

「実はね……あの男の人、あなたに診てもらった後から様子が変わったのよ。何か色々と考え事を始めたみたい。前はそんなこともなくてボーっとしてるだけだったのに、今はなんていうか……『生きてる』って感じがするの」

「そ、そう……なんですか?」

「あなたなら彼を助けられるんじゃないかって……私の勝手な想像だけどね」

 シューラを見つめる女性の瞳には、彼女に向けた期待の色が表れている。男性の変化がよほど嬉しかったのだろう。

「あなたを信じるわ。二人きりになりたいのね?」

「は、はいっ」

 どうやら女性はシューラの要望を了解してくれたようだ。それを理解したシューラは表情を引き締めて頷く。

「ありがとうございます」

「いいのよ。私はこの二人とここで待ってるから」

 どれほどシューラのことを信頼したのだろう。これが彼女の懊悩(おうのう)の反動だとしたら、よほど看病に行き詰まっていたのだろうか。

「じゃ、あの、失礼します」

「彼のことよろしくね」

 部屋を出ていくシューラを、女性は印象的な笑顔で見送った。



「お姉さんの研究の話が聞きたいな」

 女性が向かいに座ったのを認めると、間髪を入れずにメフィがそんなことを言い出した。その申し出が意外だったらしい女性が目を丸くしてメフィを見つめる。

「……急にどうしたの?」

「待ってる間ヒマでしょ? せっかくだし、色々聞いてみようかなーって」

「私は構わないけど……あなた期待しているほど面白くはないと思うわよ?」

「ううん、興味があるから大丈夫。エルクもいいでしょ?」

「ん? うん、僕はいいよ」

 彼女のことなので、絶対に嫌とは言わせないだろう。条件反射で彼女の思考回路に則した行動がとれるのも防衛本能と呼ぶのだろうか、などとエルクは考えていた。

「それじゃ、彼女が戻ってくるまでの間だけね。ちょっと待ってて」

 自分の研究分野に興味を持ってもらったのが嬉しいのだろう、女性は少し柔和な表情になって立ち上がった。

 病気の人物の様子が変わったと言っていたが、彼女もだいぶ雰囲気が明るくなったように思える。自分の行動が彼女たちの手助けになったと実感すると、エルクの胸中に温かいものが込み上げてきた。

 単なる達成感とも違う、自分が拡がっていくような感覚。その正体こそ分からないものの、決して悪い気分ではない。

「おまちどうさま」

 戻ってきて再び席に着いた女性は、ボロボロの冊子をテーブルに置いた。

 ハードカバーのしっかりしたものではなく、サイズがバラバラの紙を集めて片側を紐でまとめただけの簡素なものだ。女性が自ら収集した資料を一つにまとめたのだろう。

 さっそく目を輝かせるメフィの前で、女性が冊子のページをめくり始めた。そうやって大まかに内容を確かめているようだ。

「それはどういう資料なんですか?」

 エルクも内容が気になって質問をする。遠目から見た限りでは短い文章が乱雑に書き記されており、正式な書類というわけではないらしい。見やすいように多少書き方を工夫しているものの、やはりメモ書きという印象が否めない。

 その質問に反応して手の動きを止め、女性が顔を上げる。

「君たちは、かつて人間以外にも文明を持った種族がいたって言ったら信じる?」

 不敵に笑うその姿は、彼女がこれまで見せたことがないほど生命力に満ち溢れていた。


「私はね、各地に散らばる民間伝承の中に登場する『異種族』の人々に興味があって調べているの」

 女性の言葉を受けながらエルクとメフィが顔を寄せ合って本を眺める。じっくり読んでみると、さまざまな文献から異種族に関する記述を抜粋してまとめ上げていることが分かった。どれも彼女が自分で書き写したというのが型崩れした文字から窺える。

「異種族……ですか」

「そう。色々な記述を読んでいくと、確かにその異種族の人々は実在していたみたいなのよ」

 ちょっとした好奇心で始めた話題だったが、エルクの考えていた以上に重要な情報を含んでいるようだ。

 女性の言う『異種族』とはおそらく、シューラたち植物族のことを指しているのだろう。女性が植物族の伝承を調べているのであれば、彼女は知らず知らずのうちに異種族の存在を確認していることになる。

 もちろん彼女の研究内容には、今のエルクたちにとって知っておくべき情報も多いはずだ。

「彼らがどんな生活をして、どんな文化を持っていたのか。それを世界各地の文献から探して明らかにするのが私の研究よ」

「それって、体に植物の生えた人たちのこと?」

「ちょっと!?」

 メフィが驚いた勢いでほぼ核心をつく質問をぶつけた。エルクが慌ててメフィの口を塞ぐがもう遅い。

 いきなりピンポイントな質問をされたので、女性も度肝を抜かれたようだ。まさかシューラがそうだとまでは思わないだろうが、さすがに不審に思ったかもしれない。

「……あなたたち、本当に不思議なことを言うのね……」

 女性は目を白黒させながら二人をじっと見つめてきた。査定するかのような視線を受け、エルクの背中を冷たい汗が流れていく。メフィも口を滑べらせたと自覚したらしく、エルクが手を離しても口を堅く噤んで黙り込んだ。

 迫害の存在を鑑みても、彼女に事実を伝えるのはかなりのリスクを背負うことになる。それはエルクたちというよりもむしろ、今後の女性の方が当てはまるだろう。

 何にしても、ここで彼女に植物族のことを明かすのはまずい。

「…………そういう種族も確かにいたみたいね」

 彼女の胸中でどんな結論を出したのか、女性は何事もなかったかのような口調で優しく質問に答えた。ひとまず追及されないとわかり、エルクもメフィもひとまず肩をなでおろす。

「でも、それだけじゃないわ。私の知っている限り、そういう種族は他にもたくさんあった」

「えっ……」

 淡々とした女性の言葉が二人の余裕を一瞬で打ち砕いた。

「私が確認できたのは、人間を除いて四つ」

「そ、そんなに?」

 今度は二人の方が驚きを隠しきれずに声に出してしまった。

 異種族という存在は一般に認知されておらず、一つ存在するだけでもかなり衝撃的であると言える。それが四つも存在するとなれば、聞いて驚かない者はいないだろう。

「四つ……他には、どんな種族が?」

「その資料にまとめてあるから、そっちを読んだ方が分かりやすいと思うわ」

 そう言って女性は、先刻持ち出した冊子を指差した。表紙などはなく、一枚目から異種族に関する文章が記録されている。

 女性に促されるまま、二人は冊子を手にとってページをめくっていく。そしてすぐに女性の説明となる記述のあるページを発見した。


『異種族の分類について


 人と異なる生態を持ち、なおかつ高度な文化を育んでいたとされる種族の記録は数多く存在している。だがその大半は自然現象などの原因として過去の人間が創作したものであり、実在した形跡はない。そのため、実在したと確認のとれた種族のみを研究対象とする。

 現在その存在を確認している種族をここに列挙する。確証を得られたものも随時追加していく。

・土の民

・糸の民

・色の民

・力の民』


 すでに記されている種族名の下には余白があり、追記できるようにしてある。

 ページを一枚めくると、そこから数ページにまたがってそれぞれの種族の詳しい特徴や考察などがまとめられていた。かなり詳しく書かれているようで、時間が許すのであれば全てに目を通しておいても損はないだろう。

「あなたたちが言ったのは、そこに書かれている『土の民』のことだと思うわ」

 二人がひとしきり読み終えたのを見計らって女性が説明を再開した。それに反応し、冊子の中の『土の民』に関するページを開く。


『ある特定の生物的特徴を身体に有する。大半は陸地に自生する植物であるが、生活環境によっては海藻や菌類、無生物である岩石に酷似するという記述も存在。人間に次いで確認された文献が多く、生活圏が広大であったと推測される。大陸の西部に最大規模の都市が存在した模様であるが、具体的な都市の情報は未確認であり、人間が想像で書き加えた可能性も――』


「……なるほど」

 さらに読み進めたくなるところをなんとか堪えてページを閉じる。情報量の多さから見て、読みふけってしまうといつまでたっても話が進まなくなるのは間違いないだろう。

 冒頭数行に限っても、書かれている内容はシューラのことを機械的に解釈したような説明である。エルクたちの知らない事柄も色々と載っているようだ。

「植物族以外にもこんなにいたんだ……」

 感慨深そうにメフィが呟く。やはり彼女にとってもショッキングな事実だったのだろう。

「あなたたちは植物族って呼んでるの?」

「えっ……あ、はい」

「あなたたちはどこでその話を聞いたの? 呼び方も初めて聞くものだし、色々と詳しく教えてもらえないかしら」

 研究者魂に火がついてしまったのか、まるで別人のように積極的になった女性がメフィへと迫ってきた。呼び方のちょっとした差も彼女にとっては重要な手がかりになり得るのだろう。

 だが、その探究心が今のメフィにとっては厄介なことこの上ない。

「え、いやその……えーと」

 事実をそのまま話してしまうとリオナやニールに迷惑をかける可能性もある。

 メフィもそれは分かっているようで、代わりとなる嘘を懸命に捻り出そうとしているようだ。だが目を逸らすばかりで言葉が出てこない。普段は自分に正直に生きているので嘘は苦手なのだろう。

「あの――」

「あのっ」

 また助け船を出す必要があると判断したエルクが割り込もうとしたところ、第三者によってさらに割り込まれてしまった。誰にとっても予想外であり、三人そろって声のした方へ視線を向ける。

「あ……お取込み中すみません」

 シューラが申し訳なさそうに扉から顔をのぞかせていた。こちら側で騒がしく会話をしていたので、エルクたちの邪魔をしてしまったと思ったようだ。

「シューラ、そっちはもう終わったの?」

「い、いえ、そのことなんですけど」

 慌てた様子で否定するシューラ。逼迫(ひっぱく)した状態というわけでもなさそうだが、エルクたちの手を借りたがっているのも間違いない。

「エルクさん、メフィさんも……ちょっと、来てもらっていいですか?」

「え?」

 突然指名されて首をかしげるエルク。人間が会うと相手を不安がらせる可能性もあるのだが、それを踏まえたうえでシューラは二人を呼んでいるのかもしれない。

「急にどうしたの?」

「あの、ですね……私もよく分からないんですけど」

 エルクの問いかけを受け、シューラはオロオロしながら後ろを何度も見返す。隣の部屋の男性が気になっているようだ。

「あの人が、会いたがってるんです」

「会いたがってる……私たちと?」

 不思議そうに聞き返すメフィ。シューラはコクコクと頷きながら、彼女が聞いてきたままの言葉を二人に伝えた。

「エルクさんたちを見定めるって、言ってました」

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