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ぼくらの天使  作者: 半導体
一章
20/56

19話 覚り

「さあ、どうぞ」

 女性に付き添われながらシューラはゆっくりと部屋に入った。

 部屋の中に余計な装飾や家具は置かれておらず、奥に置かれたベッド以外に目に留まるものと言えば、窓を覆う白いレースのカーテンとドアの前の赤いラグくらいしかない。シンプルというより、殺風景な印象を受ける個室だ。

「突然ごめんなさい」

 女性が突然謝った。どうやらベッドに横になっている人物へと語りかけているようだ。

 がっしりした体格から男性であることが分かる。鮮やかなブロンドのショートヘアが一番に目に入り、一切の感情を見せない無表情で天井を見つめている。周囲に対して――女性に対しても、どこか気を許していない節があるようだ。

「…………」

 彼の様子を確認し、シューラは自分の予想が正しかったと確信する。

「今の調子はどう? 体は大丈夫?」

 静かに、包み込むように語りかける女性。対する男性は口を固く閉ざしたまま何も言わず、一瞬だけ女性と目を合わせた。

「……それはよかったわ。薬が効いてきたのかしら」

 女性は嬉しそうに頬を緩ませるが、その言葉を本心から言っているわけではないようだ。これまでもこうした小康状態を何度も繰り返してきたのだろう。男性もまたそれを分かっているらしく、女性の言葉にも反応せず視線を天井から動かさない。

 気まずい沈黙がしばらく続いた後、不意に女性がシューラの手を取ってきた。

「調子がいいところ申し訳ないんだけど、少しこの子の勉強に協力してほしいの」

 女性の言葉に男性がピクリと反応をする。過敏とも取れるその態度は、まるで何かを恐れているかのようだ。場の空気が重く、今のシューラにそれを気にする余裕はなかった。

「ほらシューラさん」

「え、あ」

 背中に手を添えられ、シューラはベッドのすぐ横まで押し出されてしまう。そして二人を対面させてから、女性は扉の方向へ踵を返した。『二人きり』という約束をしっかり遵守しようとしてくれているらしい。

「あなたの病状が診たいそうよ。詳しい説明はその子がしてくれるから、何かあったらすぐに呼んで」

 最後に一言付け加え、女性は静かに退室した。


「…………」

 望み通り男性と二人きりになり、シューラは戸惑っていた。

 シューラには、女性があまりにもあっさりと自分たちを信じたことが理解できなかった。言い出したのは彼女自身だが、立場が逆ならシューラは絶対にこの面会を承認しなかっただろう。結果として自身の予想を確かめる機会を得られたものの、彼女の中には大きなわだかまりが残ることとなってしまった。

 人を信じるというのは簡単ではない。今でこそシューラが気を許しているエルクたちも、出会った当初は疑うことから始まっていたのだ。彼らが『奴ら』と無関係だと分かってからはそれもほとんどなくなったが。

「……あ。すみません、ぼーっとしてしまって」

 考えて答えの見える疑問ではないので、シューラはまず目の前の現状に集中することにした。

 この状態はエルクやメフィが協力して用意してくれたシチュエーションであり、彼らの行為を無駄にするわけにはいかない。単なる好奇心としてではなく、今回の依頼やエルクたちの今後、そしてシューラ自身のことを鑑みても、聞いておいたほうがいい事項はいくつもあるのだ。

 男性は訝しげな表情でシューラを見つめている。二人きりである現状も含めて、そうやすやすとシューラのことを信用はできないのだろう。シューラもそれは当然だと考え、明らかな疑いの眼差しも気にしないことにした。

「あの……最初に、謝らせてください。ごめんなさい」

 男性と若干の距離を残してシューラは頭を下げた。

「あの女の人が言ってたこと……ホントじゃ、ないんです。私は、あなたの病状を診たいわけじゃありません」

 男性の目がわずかに見開かれる。彼は内容よりも、『嘘をついていた』という事実のほうが気になったようだ。

 彼の意識が『不審』から『警戒』に変わったのを感じ取り、シューラは次の言葉に躊躇いを覚えてしまった。

 どうしても確かめておきたいこととはいえ、病床の男性には大きなストレスとなるだろう。おそらく彼と同じ『体験』をしているシューラには、その言葉の持つ重みが身に染みてよく分かっている。思い出すだけでも胸を刺し貫くような苦痛がそのころの恐怖を呼び覚ますのだ。

 だが、ここまで来てもう後戻りはできない。

「そ、その……。あなたは……人間じゃ……ないです、よね?」

「!!」

 男性の変化は目に見えて明らかだった。

 シューラをあからさまに警戒し、体を無理やり起こして既に戦闘の構えに入っている。シューラが距離を残しておいたのでそれで済んでいるが、近くにいれば彼はシューラに対して危害を加えていただろう。

「お、驚かせてすみません……あの、私は敵じゃないんです」

 慌てて両手を挙げて敵意がないことをアピールする。それでも警戒を解かない男性に、シューラはますます自分の行動が正しかったのか分からなくなってしまった。

 何よりまずは和解するのが先決である。シューラはそう判断し、とにかく彼を安心させられそうな言葉をぶつけてみることにした。

「し、信じてもらえるかわかりませんけど……その、私も『奴ら』に捕まっていたんです」

「……!?」

 男性の目が驚愕に見開かれる。シューラはそれに気づかず、説得のための言葉を重ねて羅列していく。

「この頭のキノコも帽子じゃなくて、私の体の一部なんです」

「……っ!」

「う、嘘じゃないですよ? ち、ちょっとくらいなら、触っても……って、あれ?」

 男性が混乱していることを認め、シューラもようやく口を休めた。

 男性はシューラの全身をじっと見つめている。そうして言葉の信憑性を吟味しているかのようだ。


 瞬間、沈黙する。


『なるほど。確かに君は人とは違うようだ』

 次に語り出したのは男性だった。シューラの話を受け入れたのか、瞳の中に暗く輝いていた憎悪の炎はひとまず影を潜めている。

『分かった、君を信じてみよう。先ほどは不躾な態度をとって申し訳なかった』

「あ……」

 男性は言葉を発している間、全く口を開いていなかった。シューラと向き合い、いかにも会話をしているといった雰囲気なのだが、今しがたの声は彼の口から聞こえたものではない。

 シューラは一瞬だけ驚いたものの、それが『過去の知人』と同じ特徴だと気付くと逆に安心して胸をなでおろした。

「あ、ありがとうございます。嬉しいです、信じてもらえて」

『しかし、ひとつ確認しておきたい』

 ピシ、と空気に亀裂が入ったかのようだった。

 男性はシューラの話を疑っているわけではない。しかし、彼女に対する警戒を完全に解いたわけでもないようだ。会話はしても、仲間として捉えたりはしないということだろう。まるでそれを体現するかのように、男性の言葉にはシューラに向けられた冷酷な感情が滲み出ている。

『なぜあの女性を騙してまで私と会おうとした?』

 心の奥底まで覗き込もうとするかのような鋭く冷え切った視線。シューラはビクリと体を震わせ、耐え切れずに男性から目をそらした。

『君にとっても相当のリスクがあったはずだ』

 そこへ男性の言葉が続く。追い詰めるような気迫にあふれ、ただでさえ気圧され気味だったシューラはますます縮こまってしまう。

 男性の言葉は間違っていない。彼の言うとおり、かなりのリスクを覚悟して二人きりでの面会を所望したのだ。

 もし自分の思い違いで、彼がただの人間だった場合。加えて、彼が『奴ら』と関係のある人物だった場合。シューラだけでなく、エルクやメフィにまで迷惑をかけることとなっていたかもしれない。

「あの……ご病気、なんですよね?」

 自分が彼と会おうと思い立った理由を顧みる。

 女性から彼の症状らしきものを聞いた時から、男性が人間でない可能性を疑い始めていた。そして、今の治療が彼に対して効果がないことをシューラは知っていた。その症状は奇しくも『過去の知人』と同じものだったのだ。

 彼を助けたい。その気持ちに他意はなかった。

「私、たぶん……その病気の治し方、知ってるんです」

 顔をまともに合わせられないまま自信なさげにそう呟いた。

「それで、助けたいって、思ったんです」

 ほとんど説明にもなっていない稚拙なものだったが、男性はその言葉を正面から受け止めてくれたようだ。天井を見つめたまま再び沈黙して何かを考え始めた。

「あ、あの……?」

『質問はやめておくとしよう』

 シューラの心情を察したのか、男性はまずそう前置きをした。その事情の裏に何があったのか詮索すべきでないと勘づいたのだろう。

『君の言うとおり、私は病気だ。あの女性が考えているものとは別物のようだが』

「……あの人は、何も知らないだけです」

『だろうな。だからといって信じたわけでもない』

 突き放したような言葉に、シューラは男性へ顔を向ける。

「どうしてですか? あの人はあなたを助けようとしてくれているのに」

 女性もまた、彼を助けようと尽力していた。疲労を滲ませていたり身嗜みが整っていないのも彼の身を憂慮しているからだと推測できる。

 そんな彼女の努力を否定されたような気がして、シューラはどうしても今しがたの発言を看過することができなかった。

「あの人は優しい人です。私たちのこと知っても……受け入れてくれる気がするんです」

『君は人を恐れていないのか?』

 全てを見透かそうとする男性の瞳がシューラを貫く。

 彼は人間を信用していないようだ。シューラと同様過去に何かあったのだろうが、シューラもそこを詮索するつもりはない。もとより、訊かなくともおよその見当はついてしまう。

「全く、ではないです……でも、人間ってだけでみんな嫌いになるわけじゃないです」

『君も被害者のはず。それでもなお人間を信じるというのか』

 男性がどれだけ人間を嫌悪しているかが垣間見える。その気持ちもシューラは理解ができてしまい、やりきれなさに胸をおさえた。

「……人間にも、いい人はたくさんいます。私は……それを知ることができた」

 エルクとメフィの顔が脳裏に浮かぶ。

 シューラが植物族と知ってなお親しく接してくれている彼らの存在は、確実に彼女の人間観を大きく変えた。全ての人間を信頼することこそまだできないものの、人間というだけで完全に拒絶することはもうないだろう。

 それを男性に押し付けるつもりはない。あくまでシューラ一人の意見に過ぎず、正当性は全く証明されていないのだ。男性の立ち位置にも同時に立っているシューラとしては、彼の意見もまた否定することができない。

「人間を信じて、とは言わないです。ただ、あの人が本気であなたを助けようとしているのは分かってください」

 必死に懇願したシューラに対し、男性はそれ以後何も話そうとしなかった。




「どのくらいこの街にいるの?」

「別にいつ出発してもいいんだけど。目的地がないし、どこに行くかの目安くらいは欲しいね」

 メフィの問いかけに対し、エルクはお茶を飲みながら淡々と答えた。そこに『自分の意思』と呼べるものは含まれておらず、他者の決定に従うという気持ちだけが表れている。

「じゃあ、この依頼が終わってすぐ出発したりもできるのね」

「話聞いてた? せめて目安が欲しいって言ったじゃないか」

「…………北で!」

「それを目安とは呼ばない」

 荒唐無稽にもほどがある、とエルクは嘆息した。もっとも責めるつもりがあるわけではなく、心の奥ではそれでもいいかもしれないとさえ感じている。

「じゃあ何を目安にすればいいのよ?」

「それをメフィが訊くんだ……」

「何?」

「なんでもないよ」

 もう一度深くため息をつくと、エルクはのんびりとした様子のメフィをまじまじと見つめた。

 彼女の目的は、レダーコールを滅ぼしたテロ集団を追いかけること。その割には執着した様子が見られず、彼女もまた状況に流されて行動している節が強い。エルクが消極的な発言をすると怒り出すので仇討ちを意識はしているようだが。

 ふと、エルクは疑問に思う。

 彼女は本心からテロ集団を追いかけようとはしていないのではないかと。

「……ねえ、メフィ」

「ん?」

「レダーコールを滅ぼしたのって、本当にあのテロ集団なのかな?」

 ストレートに「テロ集団を追う気あるの?」などと訊けばドロップキックをお見舞いされるので、少し間接的な質問をぶつけた。

「メフィも直接見たわけじゃないんだし、犯人が他にいる可能性もあるんじゃないかな」

「……私の勘違いってこと?」

「分からない。本当にテロ集団の仕業かもしれないし……確信を持つには早いってだけだよ」

 エルクの指摘にメフィは難しそうな顔をして黙り込んだ。安直に反抗するのではなく、冷静に自分の記憶を掘り起こしているようだ。それでもすっきりしない表情なのは、事件の際の記憶がはっきりしていないからだろうか。

「……もし、エルクの言うとおりだったとしたら」

 エルクから顔を逸らしながらメフィが言葉を紡ぐ。

「私はその真犯人を追いかけるよ。きっとその答えも、この旅の中で見つかると思うの」

「……そっか」

 彼女の返答に、エルクは安堵を覚えた。

 彼女は全てを諦めたわけでも、自暴自棄になったわけでもない。真面目に自分たちの今後を見据え、そして出した結論をその胸中に持っているのだ。それはちょっとした言葉で覆したりできない固い決心として、今の彼女を支えているのだろう。

「エルク、その時は一緒に来てよね?」

 何かを期待するような微笑みがメフィの顔に浮かんでいる。

「うん、もちろん」

 そう返すのに、躊躇いは微塵もなかった。


「お待たせしました」

 幾分か軽い足取りでシューラが二人の元へと戻ってきた。知りたいことが確認できたのか、表情も隣の部屋へ向かう前より明るくなっているようだ。

「シューラ、どうだった?」

「あ、はい。やっぱり――」

 メフィに向けて何かを言いかけたシューラは、すぐ後ろにいる女性を気にして言葉を止めた。少しの間シューラの口元で言葉が右往左往し、ややあってそれらしい嘘が紡がれる。

「……とても勉強になりました」

「それはよかったわ。彼も喜んでいるでしょうね」

 女性が薄く微笑んで見せた。虚ろげに目を細めている姿は蠱惑的に映り、彼女の本心を覆い隠してしまっている。本当はシューラの嘘に気付いているのではないか、そんな懐疑を抱いてしまう。

「何か分かったことはあった?」

「あ、あの、そのことなんですけど」

 特に期待した様子のなかった女性の問いに、シューラは慌てつつも懸命に答えた。

「私……あの病気に効く薬草、知ってるんです」

「えっ?」

 瞬時に女性の態度が豹変する。余裕を感じさせた微笑は消え去り、珍しいものでも見つけたかのような顔色でシューラに視線を注ぎ始めた。

「……お医者さんでも分からなかったのに?」

「えっと、珍しい病気で……まだあまり知られていないのかもしれないです」

 シューラの態度はお世辞にも信憑性のある姿とは言えなかったが、気の動転している女性は気にした様子がない。シューラの言葉をそのまま信じたようで、眉根を顰めて黙り込んでしまった。

 病気の人物と会う前のシューラの態度を思い返す限り、これ以上は詮索されないほうがいいだろうと察しがつく。そう考えたエルクは、先手を打って口を開くことにした。

「僕もその病気については詳しくありませんが、どうしますか?」

「え?」

 熟考していた女性は、エルクが何を言っているのかすぐに理解できないようだ。

「依頼である以上、僕たちはあなたに指示された通りに動きます。今のところ依頼書にあった品物を調達するつもりでいますが」

「あ、ああ、そうね……」

 ようやくエルクの言わんとしていることを把握したらしい。

 つまり、当初の予定に沿った品を頼むのか、シューラの助言にしたがって彼女の言う薬草に変更するのか、それを決めてほしいのだ。

 両方頼まれればエルクはどちらも持ってくるつもりでいるが、それを厚かましいお願いだと感じる人も多いだろう。どちらにしても、エルクの私情を挟む必要はない。

「じゃあ……その子の言う通りにしてくれる?」

「分かりました」

 エルクの予想よりも素直に、女性はシューラの言葉を受け入れたようだ。

 当初頼まれていた材料で作る薬では効果が無かったのかもしれない。レダーコール崩壊後に会ったのならそれほど時間は経っていないが、献身的に介護を続けてきたのは彼女の姿を見るだけで分かる。

「ごめんなさい、勝手に依頼内容を変えてしまって」

「とんでもないです。こちらが言い出したことですし」

 頭を下げる女性に断りをいれながら立ち上がる。することが決まったのであれば、いつまでもここで微睡(まどろ)んではいられない。

「よし、じゃあ早速出発しよう」

「んー、もう行くの?」

 だがメフィだけはソファに座り、まだ名残惜しそうにお茶をすすっている。先刻の出立に対する気概はどこへ消えてしまったのだろうか。

「もう行くの。仕事なんだからきびきび行動しないと」

「しょーがないなぁ。エルクってばせっかちなんだから」

「それは違うと思うなぁ……?」

 渋々立ち上がったメフィの文句に、エルクは苦笑をもって返した。


 昼が近くなり、通りの人数も少しずつ目につくようになってきている。賑わっていると称するほどは多くないところが、史跡のような街の独特な雰囲気を際立たせているのだろう。

 今回はシューラを先頭にしてメフィ、エルクが続く形で歩いている。彼女の言う薬草がどんなものでどこで手に入るのかまだ聞いていない二人は、ひとまずシューラについて歩くことにしたのだ。

「シューラ、ひとつだけ確認させて」

「はい」

 最後尾からエルクが声をかけた。呼ばれたシューラは足を止めないまま振り返る。

「その人……人間じゃなかったんでしょ?」

「…………」

 シューラが突然、それも二人きりで誰かと面会しようとしたことを、エルクは疑問に思っていた。迫害の事実から考えて、彼女が誰かと積極的に会いたがる理由はかなり限られてくる。

 それを踏まえると、エルクがこの結論に至るのにそう時間はかからなかった。

 すぐには返事をせず、シューラは訪ねてきたエルクの顔をじっと見つめてきた。特に驚いた様子がないので、この質問をされることを予想できていたのかもしれない。

 間を歩くメフィも口を挟まずにシューラの返答を待っている。シューラが席を外している間の会話で、メフィもエルクの予想を聞いているのだ。

「……はい、そうです」

 彼女の返事は、開き直ったかのように淡白だった。

「確かに、あの人は人間じゃありませんでした」

「それを確かめたかったのね」

「あの女の人が最初に頼んでいたものだと、彼には効果がないんだと思います」

「なるほど……それが最初に疑いだした理由か」

 種族が違えば効果のある薬も違ってくるのだろう。人間の医者に診せても分からないのは仕方がないと言える。

 ただ、なぜシューラがその薬草のことを知っていたのかという疑問は残るが。

「女の人に教えたほうがよかったでしょうか」

「え?」

「あの人が人間じゃないって……」

 シューラが不安そうな様子で後ろを振り返ってきた。

 同居している女性のことも気がかりなのだろう。女性はその人物が人間であると思っていたはずであり、一緒に暮らしていけば何か弊害が表れてもおかしくはない。病気の件についても、人間でないと知れば違う治療法を探し始めただろうと予想できる。

「いや、それは」

「それは違うと思う。植物族は迫害されてるって話だし、あの女の人の不安を増やしてもいいことないよ。植物族って存在自体信じるか分かんないし」

 エルクに代わってメフィがその懸念を否定した。内容もエルクとほとんど同じ意見である。

「時機を見て自分から話す気なのよ。今はまだ早すぎるって判断したのかも」

「……そう、ですよね」

「どのみち、僕らの介入できる問題じゃないと思うな。迫害については別にしても」

 エルクが続いて進言すると、シューラもようやく安心できたようだ。二人に向けてニコリと微笑み、再び前を向いて歩き始めた。

「まずは依頼をこなさないとね。それが僕らにできる一番のことだよ」

「はいっ」

 エルクの激励に、シューラは元気よく返事をして応えた。


「あの人は、植物族じゃないんですけど……ね?」

 最後にシューラの呟いた一言はあまりに小さく、二人が聞き取ることはできなかった。

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