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ぼくらの天使  作者: 半導体
一章
14/56

13話 姉を探して

「会えば分かります! 実の姉なんですよ?」

「…………そうか」

 リダにテーブルを叩きながら力説され、ガルドは呆気に取られながらもとりあえず頷いた。普段はちょっとしたことですぐに泣きだすリダも、ただの泣き虫というわけではないらしい。これほどはっきりと断言するほどの自信を持っているのだろう。

「メシ冷めるぞ」

「あ、そうでした」

 リダの前に置かれた魚のフライを指さしてやると、慌てた様子で木製のフォークを手に取ってフライに突き刺した。

 そそっかしい姿が見ていられず、ガルドは隣に寄ってフォークを握り直させる。ガルドなら手づかみで済ませてしまうのだが、それではリダが落ち着かないらしい。

「ま、お前は顔を知ってるからいいとして。問題は、俺がお前の姉に関する情報をほとんど持ってないってことなんだが」

「……ええ」

 気概が見られたのは一瞬だけで、またしょんぼりと落ち込んでしまうリダ。ここまで分かりやすい性格だと今後の人生で苦労するだろう。

「名前と髪の色だけじゃなぁ。染めれば髪の色なんていくらでも変えられるし」

「染める、ですか。人間は自分の髪の色まで変えたがるんですね」

「ああ……ま、あんまり奇抜な色にはしないだろうけども」

 遠い目をするリダに、ガルドは若干の答えにくさを感じていた。『人間』とは異なる種族であるリダにとって、人間の行いは理解できない部分があるのだろう。ガルド自身に髪を染めた経験があるわけでもないので、明確な返答はどうしてもできない。

「で、結局分かるのは名前だけか。相当骨が折れそうだな、こりゃ」

「えっ……」

 何気なく呟いたのだが、リダがその言葉に敏感に反応した。

「ガルド、ひょっとして……後悔してます?」

「は? いや、そこまでは」

「こんな面倒な依頼受けるんじゃなかったって、そう思ってるんですか?」

 だんだんとリダの声が涙ぐんできている。リダの『いつもの』の予兆だ。

「またか……いや、落ち着け。俺は一度受けた依頼をキャンセルしたりはしない」

「つまり、こんな内容だって分かってたら受けなかったってことですよね……ふぇ、ふぇぇぇん……」

 ぽろぽろと涙をこぼしだしたリダを前に、ガルドはがっくりと項垂れた。


 事の発端は、ガルドが引き受けた一つの依頼だ。

 以前からギルドをよく利用していたガルドにとって、誰かを探してほしいという依頼はそれほど珍しくないものだった。依頼主自身も同行したいという旨が記されてはいたが、それが障害になるとも思えなかった。なので、『その依頼』もそこまで特別な意図があって受けたわけではない。軽く片付くだろう、程度の認識でしかなかった。

 まず始めに、依頼主として現れた人物が子供であることに度肝を抜かされた。報酬はキチンと支払えるとの事だったが、道中にかかった経費(主に食費)が既に報酬の額を超えている。

 さらに、その探したい相手というのが大陸中をあちこち飛び回る風来坊のような人物だというのだ。そのため探す範囲はシダ大陸全土に及ぶ。その話を聞いた時、ガルドは自分の受けた依頼の凶悪さに初めて気づいた。

 リダの言う通り、後悔が全くないわけではない。もし依頼を受ける段階でこの事実を知っていれば、二の足を踏んだかもしれない。

 だとしても、今のこの状況から逃げ出そうとは考えていない。

 なんだかんだいって、リダとの旅をそれなりに満喫しているのだ。やたらと食費のかかる点、そしてどうしても人目を引いてしまう点を除けば、やはり一人でいるよりも旅は明るいものになっている。


「もう泣きやんでくれって……周りから不審者に見られるのは俺なんだから」

「ぐすっ……でも」

「これでも俺はかなり楽しんでるぞ? いつもは一人旅だからな、リダといると新しい発見が色々とあったりするし」

 良くも悪くも、とは付け加えない。

「……ご迷惑を、おかけします」

 涙を拭ききったリダが頭を下げた。泣きやんだわけではないものの、ガルドの言葉が聞こえる程度に落ち着きは取り戻したらしい。

 ガルドは座ったまま椅子を引き、まだ彼を不安げに見つめるリダの頭を大雑把に撫でた。すべすべした触り心地の髪の下で、リダが目を閉じてその手の感触を確かめているようだ。

「その涙は姉に会った時にとっときな。そういうのは大事な時の為に流す物だ」

「……そう、ですね」

 さらにくしゃくしゃと撫でまわすと、さっきまで泣いていたリダの顔に少しずつ笑顔が戻ってきた。ガルドにかまってもらえているのが嬉しいのかもしれない。かなり強引に答えをはぐらかしたつもりだったが、先刻の問答はもはや気にもしていないようだ。

 本当に分かりやすい奴だ、とガルドは呆れる。だが同時に、小さな庇護欲のようなものが心に芽生えてきていることを自覚していた。

「んじゃ、そろそろ行こう。お前の姉も近くにいるかもしれないし、善は急げだ」

「姉さんにもエディカっていう立派な名前があるんですから、それで呼んでください! あと、まだご飯を食べ終わってません!」

「…………そうか」



 ガルドはレクタリアに何度か来たことがあるものの、そのほとんどは通りがかった際に宿を調達した程度だ。街全体の地理を把握しようとしたことはない。リダは初めてレクタリアに来たらしく、移動に関してはガルドにすべて任せているようだ。

「で、どこから探したもんか」

「僕に訊かないでくださいよ」

 どこから探すべきか判断がつかず、拠点としたギルドから未だに出発できていない。特にレクタリアは特徴のない地形ばかりなので、なおさら方向感覚が狂わされてしまう。街全体が遺跡の地形を利用しているということなので、どうしても似たような街並みが続いているように見えるのだ。

 考えているだけでは進展しないので、ガルドが地図を取り出しテーブル上に広げた。

「……迷い込んだら二度と帰ってこられないんじゃないか?」

 大小さまざまな通路が直角に交差し、幾何学的な模様を作り上げている。斜線や曲線はあまり見当たらない。安直に歩き回れば、曲がり角を一つ間違えただけでたちどころに自分の居場所が分からなくなってしまうのは容易に想像がつく。

「地元の人なら道は知っていると思いますけど」

「地元の人間に遭遇できれば問題ないんだけどな」

 前日に見て回った限り、話を聞いて回れるほど人が表を歩いている様子はなかった。観光を主体にした街ならば、遠方まで旅行に行く暇の無いこの時期はそれほど賑わわないのだろう。

 ギルドの利用者なので宿泊代などは考えなくていいものの、あまり長く滞在していると流石に迷惑となってしまう。

「うーん……」

 いい案が思いつかず、二人で頭を抱える。すると、後方で展開されている会話が耳に入ってきた。

「これはどう? 報酬も結構高いし」

「だから討伐依頼は無理だってば」

「なんでよ? エルクなら余裕でしょ、このくらい」

「僕じゃなくて、メフィとシューラの事を心配してるんだよ」

「エルクがいれば私は大丈夫よ!」

「わ、私も……エルクさんがいるなら、怖くはないです」

 どうやら同じギルドのメンバーらしい。十五、六歳くらいの子供で構成された、珍しいパーティだ。

 話を聞く限り、次に受ける依頼について三人で揉めているようだ。もっとも、少女二人と少年一人の対立なので既に結果が見えている気もするが。

(あれ、あいつら……どこかで会ったっけか?)

 彼らの姿に既視感を覚えたガルドだったが、上手く思い出すことができない。はっきり記憶していないのなら無理に思い出さなくていいか、と気にしないことにした。

 三人の会話はなおも続く。

「まだ依頼にだって慣れてないし……ほら、こっちの依頼なら危なくないから」

「むぅー……」

「えっと……私は、エルクさんに任せます」

 どうやら少年が自分の意見で二人を納得させたらしい。女の子二人に押し通されると予想していたガルドとしては意外な結果だ。

 錆色の髪の少女はまだ不服そうに頬を膨らませていたが、そんなことはお構いなしに少年はカウンターで手続きを済ませてしまった。彼は案外頑固な性格なのかもしれない。

「あの……気を遣わなくても、いいですよ?」

「そういうことじゃないんだってば」

 なおも騒々しく話をする彼らが外に出ていくまで、ガルドは思わず目で追ってしまっていた。

 尽きることなく会話をしていたせいか、彼らの出ていったギルドのロビーがより一層静かになったような印象を受けてしまう。

(変な奴らだったなぁ……あの少年、きっと苦労してるんだろうな)

 もしまたどこかですれ違ったりすれば、今度こそ思い出せる自信がガルドにはあった。こうも愉快な姿を見せられれば、嫌でも覚えてしまうというものだ。

 見るからに強気な少女と大人しそうな少女、そして同じく大人しそうな少年。彼の苦労がありありと目に浮かんでくる。

「そうだ!」

 突然、リダが大声を上げて立ち上がった。

「ど、どうした?」

「依頼ですよ、依頼! ここの依頼を受ければ、この街の人に会えますよ! その人からいろんなこと聞けるんじゃないですか?」

「あー……なるほど」

 考えてみれば、至極当たり前の事だ。

 わざわざ別の街まで行って依頼を出す人間はいない。つまり、このギルドでの依頼を受ければこの街の人間と接触を図ることができるのだ。

「不都合とかありますか?」

「いや、大丈夫だ」

 地図をたたんでショルダーバッグにしまいこむ。リダはまだコーヒーを飲んでくつろいでいるので、ガルド一人で掲示板の前に向かい適当な依頼を剥ぎ取った。その紙片をカウンターに差し出すと、慣れた様子で手続きを済ませる。

「もういいんですか?」

 テーブルに戻ると、空のカップを持っていたリダが立ちあがった。

 まだろくに内容も確認していない依頼を渡すと、それを受け取って熟読を始める。その間に、食べ散らかしていた食器類をまとめあげることにした。どれもギルド側が用意してくれたもので、これもカウンターに持っていけばいいらしい。

「ギルドと言うより、宿屋みたいだな」

「ガルド、早く行きましょうよ! 置いて行っちゃいますよ?」

「ああ、分かってるよ」

 入口の前でぴょんぴょん弾むリダをいなし、食器を持ちあげる。万が一落としたとしても、木製なので割れることはないだろう。

「元気な妹さんですね」

 兄妹に見えたのだろうか、食器を渡す際にカウンターの女性がそんなことを言ってきた。後ろで事務にあたっている他の人間も顔に笑みを浮かばせており、ガルドは先刻からのやりとりが筒抜けだったことに気付かされた。

「……あいつは妹じゃないですよ」

 それだけ言い残し、食器を渡してそそくさとギルドを後にした。




「ガルドさん、ですよね?」

「お?」

 地図を見ながら通りを歩いていると、後ろから急に肩をたたかれた。

 この街に知り合いはいないはず、と首を捻ったガルドは、その男の恰好を見てすぐに理解した。

「ああ……世界委員会の奴か」

「服装だけですよ。直接議会に参加するような者ではありません」

 深い青色をした、軍服のようなスーツ。ただしデザインは上層部の人間と違い、多少はシンプルにまとめられている。あくまで関係者というだけで、高い地位にいるわけではないのだろう。ガルドに対し敬語である点からもそれが分かる。

「で、何の用だ? 今は個人的な用事で忙しいんだが」

「すぐに済みます。ひとつ、お伺いしたいことがありまして」

 男は喉を軽く鳴らし、あらたまった表情でガルドの目を見つめてきた。

「ガルドさんは、キノコの帽子を被った少女を見ませんでしたか?」

「はあ?」

 真面目な顔で妙なことを聞くので、思わず声が裏返ってしまった。だが男はなおも固い表情を崩さずに言葉を続ける。

「前日、この街でその姿を見かけた者がいます。ガルドさんもこの街にいらしたのなら、どこかで見たりしませんでしたか?」

「まあ、見たには見たが」

 くだらない、と一蹴はできない。なにしろ、そのキノコ頭の少女をガルドも見ているのだ。他の二人の方が個性は際立っていたが、外見に限れば最も目立っていたと言えるだろう。

「その女の子がどうかしたのか?」

 ガルドが腑に落ちないのは、世界委員会がなぜ彼女を探しているのかだ。

 もともと世界委員会は、レダーコール崩壊の主犯とされるテロリストの対抗組織として設立されたのだ。その名前を用いるのなら、当然そのテロリストと関係していることになる。

「レダーコールの件について、彼女が関わっている可能性があります」

「そんなふうには見えなかったが」

「いえいえ、なにもテロ集団の仲間と断定したわけではありません。未だに発見されていないレダーコールの生存者……それだけでも重要な存在でしょう」

「確かにそうだが……」

 男の言うことは筋が通っている。もし彼女が事件の時にレダーコールにいたとすれば、何が起こったのか目撃している可能性もある。テロ集団がどんな手段を用いたかなど、世界委員会の欲しい情報は多いだろう。

 特に、何も残すまいという意志を感じる徹底的な破壊痕。いかなる手法を用いたのか、ガルドも気になっている点だ。

「いずれにしても、世界委員会としては彼女にアプローチを図りたいのですよ」

「そうか。悪いが、俺は本当に見かけただけだ。どこに行ったかも分からない」

「そうですか。では、また見かけた際にはよろしくお願いします」

 用件は済んだのか、男は音も立てずに小路地へと姿を消した。


 リダが何も言わずガルドのズボンを掴んできた。なぜか怯えているようで、ガルドはその頭をそっと撫でる。

「どうした?」

「凄く嫌な感じがしたんです」

「ほぉ」

 ガルドも心中で同意する。口では敬語を使っていたが、あの男は本心が別にあるように感じられたのだ。元々ガルドは世界委員会の堅い雰囲気が好きではなく、素直に言うことを聞く気になれない。

「お前もそう思うか」

「……あの」

 すると、リダがなおも不安そうな様子でズボンを引っ張ってきた。

「ガルドって、世界委員会の人だったんですか?」

 ガルドから目を逸らし、居心地が悪そうに肩を窄めている。ここまでしおらしい様をリダが見せることはこれまであまりなかったため、慣れないガルドは言葉を詰まらせてしまう。

 何が不安なのか。リダの真意がどこにあるのか分からないまま、なおも言葉が綴られていく。

「ガルドも、世界委員会の依頼には従うんですか?」

「ああ……逆らう理由が無ければそうだが」

 確かにガルドは世界委員会が好きではない。だが、この組織の活動内容はむしろ支持することができる。個人の感情とは関係なく、世界委員会については評価をしているのだ。

 後ろめたい何かがあるわけでもない。そもそも、設立が公言されてからまだ数日しか経っていない。不信感を抱く暇もないはずなのに、リダはどうして怯えているのだろうか。

「そ……そうですか……」

 しかし、理由が分からなくとも、リダが落ち込んでいるのをそのままにしてはおけない。

「よく分からないが心配するなって。確かに俺は世界委員会に協力してる立場だが、そこに所属してるわけじゃない。最終的に奴らの言うことを聞くかどうかは俺の気分次第だ。気に入らないことは突っぱねるさ」

「そっそうですか! ちょっとだけ安心しました……!」

「??? そうか……?」

 さっぱり話が掴めないが、リダの中では既に落ち着いてしまったようだ。

 今度はガルドの方が色々と尋ねたくなったが、もう何かを訊き返せる雰囲気ではなくなってしまったようだ。仕方なく、今は目の前の地図とのにらめっこに専念することにした。

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