表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぼくらの天使  作者: 半導体
序章
1/56

プロローグ

 瓦礫の崩れる音で、目が覚めた。

 気がついて最初に目に入ったのは、見る影もなく崩れ去った民家の列だった。抉られたような破壊の跡を晒している家や、中には単なる木とレンガの山と化しているものもある。

 遠方では黒い煙が立ち昇っており、そこで火の手が上がっていることが伺える。高く昇った煙は、空を覆う濁った雲に紛れてその姿を眩ませていた。

 一瞬にして、ぼんやりしていた頭が覚醒した。

 気を失う直前の事を思い返そうとするが、うまく思い出す事ができない。

 必死に逃げている途中で腕を掴まれ、地面に引き倒されてしまった記憶があるので、その際に意識がとんでしまったのだろう。ただ、その直前までに何があったのかは頭からすっかり抜け落ちてしまっていて、どうしても思い出す事ができなかった。

 周囲からは一切の音がしない。崩れた建築材の隙間を吹き抜ける風だけが、砂埃を巻き上げてかすかな音を残していく。ほとんど聞き取れるか否かのその音は、耳にした人間の不安を煽りたてた。

 他に生き残りはいないのか、捜しに行くことも可能な状況だ。しかし、体が思うように動かない。移動は愚か、立ち上がる事さえ叶わないのだ。無理に動き出そうと足を立てるが、バランスを崩して再びその場に倒れこんでしまった。

 相変わらず、辺りは静寂に包まれている。風も止んでしまったようで、耳が聞こえなくなったと錯覚するほどに何の音も聞こえなくなってしまった。

 虫の声も、木々のざわめきも、何も。

 絶望に、涙が溢れた。



 どのくらいそうしていただろうか。音に飢えていた耳が小さな音を聞き取り、反射的に顔を上げた。

 それは人の足音だった。距離はあるが、こちらに向かってきているようだ。音が重複していないので、一人だけだと思われる。

 体を起こそうとするが、やはり力が入らない。それでも、藁に縋るような思いで、音のする方に視線を向けた。

 目に入ったのは、見慣れた幼馴染の姿だった。

 服はボロボロに汚れていて、表情には疲労がくっきりと浮かんでいる。しかし、それは確かに毎日顔を合わせていた幼馴染だ。

 夢中で呼びかけようと喉に力を込めるものの、掠れた呻き声のようなものしか出てこない。とにかくこちらに気付いてほしい一心で、かろうじて動く腕を力の限り動かし続けた。

 やがてこちらに気付いたのか、歩くペースが速くなった。ゆっくりとした徒歩から小走りへ、そして最終的にはほとんど全力疾走となり、すぐ隣までやってきてしゃがみこんだ。

 相手の顔はよく見えない。こちらを見下ろしているのは間違いないだろうが、逆光のせいで真っ黒なシルエットとなってしまって輪郭がぼやけて見える。

 今、どんな表情なのだろう。変わり果てた幼馴染の姿を見て悲しんでいるのだろうか。

 心配をかけて申し訳なくもあるが、それでもやはり嬉しかった。

 自分の事を気にかけてくれる人が、こんなにも傍にいるのだから。


 しゃがんでいた幼馴染は、その場で地面に座り込んだ。そのままこちらをじっと見つめている。

 不思議な感覚だった。さっきまではどんなに足掻いても体が動かなかったのに、幼馴染の姿を認めた途端に力が蘇ってきたのだ。地面に手をついて力を込めると、体がゆっくりと持ち上がっていく。

 このまま死ぬなんて絶対に嫌だ。そう願えば願うほど、腕や足に力が溢れてくる。

 幼馴染の影は、流石に少し驚いたようだ。だがそんなことは気にせず、さらに体を起こしていく。ひざから上は完全に地面から離れたが、まだ足のバランスが上手くとれない。支えがないと立ち上がれそうになく、反射的に支えとなりそうなものを探す。

 不意に、目の前に掌が現れた。

 顔を上げてみると、こちらに手を差し伸べている幼馴染の姿が映った。

「……行こう」

 震えながらも、確かな希望をかみしめている声。

 突然の事で、どうしていいか分からなくなってしまう。目の前には自分の為に与えられた手があるというのに、頭の中がぐるぐる回ってしまい体を動かせない。

 そんなこちらの混乱を汲み取ったのか、同じ言葉がもう一度繰り返された。

「一緒に行こう」

 相変わらずの逆光で、顔は黒く染まって見える。

 しかし、そこに浮かんでいる笑顔が、確かにその一瞬だけ見えたのだ。

 収拾のつかなくなっていた頭に光が差し込んだ気分だった。

 微笑みを返しながら、求められるままこちらの手を重ね合わせた。


 異性の事をこれほど頼もしいと感じたのは、これが初めてかもしれない。今後、もう二度と感じることはないかもしれない。

 もしそうだとしても、この瞬間の事はずっと忘れないだろう。

 手を掴んで立ちあがると、幼馴染の顔がすぐ目の前に迫った。いつになく力強く、しかしとても儚い頼もしさ。

 最後の涙が、頬を滑り落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ