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愛人を連れ帰った夫に離れへ追放されました。ですが、私はずっとこの日を待っていました。

作者: よみなぎ
掲載日:2026/10/24

「お前は今日から離れに移れ。そこで今までどおり仕事だけしていろ」


結婚して二年。


久しぶりに帰宅した夫は、見知らぬ女性を連れていた。


「紹介しよう。リリアだ。今日からこの屋敷で暮らす」


夫の腕に絡みついた金髪の令嬢が、勝ち誇った笑みを浮かべる。


「初めまして、奥様。あら、もう奥様ではなくなるのかしら?」


「リリアが新しい女主人だ。お前には領地の帳簿を任せる。今までと何も変わらん」


「……私たちは夫婦ではありませんか」


私は胸に手を当てた。


「形式だけだろう。白い結婚だったことを忘れたのか? お前を愛したことなど一度もない」


「ですが、私は……」


「うるさい! お前は仕事だけしていればいい!」


私はうつむき、ハンカチで目元を押さえた。


背後で侍女長が息をのむ。


笑いをこらえているのだろう。


困ったものだ。ここで笑われては、一年間の準備が台無しになる。


「……承知しました。最後に、お義父様とお義母様にご挨拶をさせてください」


「好きにしろ。父上たちも、いつまでもお前を甘やかすまい」


夫はリリアの腰を抱き、階段を上がっていった。


私は二人を見送った。


ようやく帰ってきてくれた。


しかも、愛人を連れて。


これ以上ないほど、理想的な帰宅だった。


◇


二年前、私が嫁いだ伯爵家は破産寸前だった。


領地収入は減り、商会への借金は膨らみ、使用人の給金まで滞っていた。


現役の伯爵であるお義父様は病に倒れ、お義母様は看病に追われていた。


一人息子の夫は王都で遊び暮らし、領地には見向きもしない。


私は伯爵家の分家にあたる子爵家の娘で、夫とは又従兄妹だ。


実家が商家と親しかったため、幼い頃から帳簿や商売を学んでいた。


困窮する伯爵家への援助を申し出たところ、お義父様から縁談を持ちかけられたのである。


結婚初夜、夫は言った。


「お前を愛するつもりはない。妻としての義務だけ果たせ」


「承知しました。では、領地経営に専念いたします」


夫はそのまま王都へ戻り、ほとんど帰ってこなかった。


おかげで仕事は順調だった。


使われていない倉庫を貸し出し、赤字事業を整理し、商人との契約を見直す。領内で生産される良質な羊毛の販路も広げた。


農民の税は上げなかった。無理に取り立てれば、翌年の収穫が減るだけだからだ。


半年で使用人への未払い給金を解消。一年で借金を半減。二年目には領地収入が以前の倍近くになった。


お義父様は泣いて喜び、お義母様は私を抱きしめてくれた。


使用人たちも、今では私を信頼してくれている。


ただ一人、夫だけは何も知らなかった。


毎月送る生活費は、領地の収入が増えても据え置いた。


「もっと寄越せ」と催促されるたび、「借金の返済がございますので」と答えた。


夫は怒ったが、帳簿を確認しようとはしなかった。


そんな折、王都から報告が届いた。


夫が隣領の男爵令嬢リリアと交際しているという。


調べてみると、男爵家は多額の借金を抱え、娘を伯爵家の跡取りに嫁がせて返済するつもりらしい。


夫はリリアに「いずれ伯爵家の財産はすべて君のものだ」と約束していた。


私は報告書を閉じ、隣の男爵領の地図を広げた。


肥沃な農地、領内を流れる川、王都へ続く街道。


立地は申し分ない。


ところが男爵は無理な課税を繰り返し、道路も修繕せず、商人が寄りつかなくなっていた。


以前から惜しいと思っていた土地だ。


しかし、他家の領地に勝手に手は出せない。


そこで、私は一つの可能性に気づいた。


◇


「隣の男爵領を手に入れたい?」


お義父様は目を丸くした。


私は男爵家の借入契約書の写しを広げた。


「男爵家は複数の商会から借金をしております。その担保には、王家の承認を条件とする領地の譲渡権が含まれています」


「……なんと無茶な契約を」


「返済期限は一年後。そこで、商会から債権を買い取ります」


「男爵家が返済できなければ、我々が領地を取得できるということか」


「王家の承認が必要ですが、交渉する権利は得られます。返済された場合も、利息を受け取れます」


お義母様が尋ねた。


「でも、息子とリリアさんが結婚すれば、伯爵家のお金で返済するつもりなのでしょう?」


「はい。ですが、夫が私と離縁すれば、私の管理する資金には手を出せません」


「……あの子、それを理解しているのかしら」


「おそらく、しておりません」


お義父様は額を押さえた。


「息子が謝罪して戻ってきたら、どうする?」


「離縁いたします。債権は投資として保有を続けます」


「許す気はないのだな」


「はい。私は一度も愛されませんでしたので」


お義母様が私の手を握った。


「ごめんなさいね。あなたには苦労ばかりかけて」


「いいえ。私はこの家が好きです。お二人も、領民も、使用人たちも」


だから守りたい。


お義父様は長く考え、やがてうなずいた。


「わかった。息子が最後の一線を越えたら、伯爵として決断しよう」


それから一年。


私は男爵家の債権を買い集め、領地の再建計画を練りながら待った。


夫が、自分の足で破滅の入口まで歩いてくる日を。


◇


そして昨日。


夫は愛人を連れ帰り、私を離れへ追い出すと宣言した。


私はその夜、お義父様の執務室を訪ねた。


お義母様と侍女長も待っていた。


「聞いたよ。……最後まで愚かな息子だったな」


お義父様は、机に用意していた書類を見つめた。


「明日の朝、決着をつけよう。ただし、使用人たちに嘘の証言はさせないでくれ」


「もちろんです。事実だけで十分ですから」


二年間の妻への放置。


一年間の不貞。


愛人を本宅に連れ込み、妻を追い出そうとしたこと。


すべて事実だ。


侍女長が深く頭を下げる。


「私どもは、見聞きしたことをそのまま証言いたします」


「ありがとうございます。それでは、少し練習を」


私はハンカチを取り出した。


「私は……ただ、夫に愛していただきたかっただけなのに……」


侍女長が横を向いた。


肩が震えている。


お義父様が額を押さえた。


「……お前という子は」


「いかがでしょう?」


「見事だよ。見事すぎる」


準備は整った。


◇


翌朝。


夫とリリアが朝食の席に現れた。


「父上、母上。紹介します。リリアです」


お義父様は黙って紅茶を飲んでいる。


お義母様は私の隣に座っていた。


夫が眉をひそめる。


「おい。なぜお前がまだここにいる」


「最後に、お義父様とお義母様にご挨拶を……」


「もういい。早く離れへ行け」


リリアが笑った。


「かわいそう。でも安心してください。お仕事は今までどおりお願いするつもりですから」


「……ありがとうございます」


「私は帳簿なんて苦手なの。伯爵夫人は美しく着飾って、社交界で輝くものですもの」


「そのとおりだ」


夫が満足そうにうなずいた。


お義父様がカップを置く。


「お前は、その娘をどうするつもりだ」


「正式な妻にします」


「今の妻は?」


「離縁すればいいでしょう」


「慰謝料は?」


「白い結婚ですよ? 必要ありません」


私はハンカチを握りしめた。


お義母様が静かに尋ねる。


「リリアさんとは、いつから関係を持っていたの?」


「一年ほど前からですが。それが何か?」


「そう。聞いたわね?」


扉の横で侍女長が頭を下げた。


「はい。確かに承りました」


夫が怪訝な顔をした。


「何の話です?」


「証言の確認よ」


お義父様が手を叩く。


執事が扉を開け、王都から招いた法務官を案内した。


「なっ……何ですか、これは!」


「最後の機会を与える」


お義父様は息子を見つめた。


「その娘との関係を断ち、妻に謝罪しろ。妻が離縁を望むなら受け入れろ」


「何を馬鹿な! 父上はあんな女の味方をするのですか!」


「……そうか。ならば決まりだ」


法務官が書類を広げた。


「嫡男殿。現在の奥方と離縁し、こちらの令嬢を迎えるご意思に変わりはありませんね?」


「当然だ!」


「承知しました。不貞行為、妻への退去命令、離縁に関する申し立てを受理いたします」


夫の顔が固まった。


私はそっと目元を押さえる。


「私は……二年間、夫を信じておりました。いつか帰ってきてくださると……」


お義母様が私を抱きしめた。


「もういいのよ。あなたは十分頑張ったわ」


侍女長も涙声になる。


「奥様は毎日、旦那様のお帰りをお待ちでした」


そのとおり。


この日のために。


執事が続けた。


「奥様は、旦那様の生活費も欠かさずお送りしておりました」


「茶番だ! こんなのは茶番だ!」


夫が叫んだ。


私は涙をぬぐった。


「……そう思われるのですね。では、もう何も申し上げることはございません」


法務官が記録を続ける。


お義父様が口を開いた。


「お前には、もう伯爵家を継がせられん」


「……は?」


「廃嫡する。王家への申請書類も用意してある」


「私は実の息子だぞ!」


「だから二年間も待った。だが、お前は何一つ変わらなかった」


お義父様は首を振った。


「この家は、二年間で見違えるほど豊かになった。借金を減らし、領民の暮らしを立て直したのは、ここにいる妻だ」


夫が私を見た。


「……お前が?」


「はい」


「そんなはずはない! お前は帳簿をつけていただけだろう!」


「その帳簿に、領地の収入も支出も、すべて書いてございました」


お義父様がため息をついた。


「次の後継者には、この子を推す。血縁もあり、実績もある。王家にはすでに相談している」


「そんな……!」


夫が椅子に崩れ落ちた。


リリアが慌てて腕をつかむ。


「ちょっと待って! じゃあ私は伯爵夫人になれないの?」


「仕方ないだろう! 父上が廃嫡すると言っているんだ!」


「私を幸せにするって約束したじゃない!」


「お前こそ、男爵家の財産があると言っただろう!」


「うちには借金しかないわよ!」


二人が同時に黙った。


私は書類を一枚取り出した。


「その男爵家の借金ですが、現在の債権者は私です」


リリアの顔から血の気が引く。


「……え?」


「返済期限は来月。返済できなければ、担保の領地を手放していただくことになります」


「ま、待って! お金なら……!」


「返済していただいても構いませんよ。ですが、無理をなさらなくても結構です」


私は微笑んだ。


「私が欲しかったのは、最初からお隣の領地ですもの」


リリアが絶句した。


夫も口を開けたまま動かない。


「さて、あなた」


私は夫に向き直った。


「次は、私への慰謝料のお話です」


「……慰謝料?」


「はい。不貞と一方的な離縁要求について、正式な裁定を求めます」


「金などないぞ! 父上が廃嫡するなら、私は無一文だ!」


「存じております。ですから、返済のために働いていただくことになるでしょう」


私は求人票を差し出した。


「王都の職業紹介所に、鉱山管理会社の住み込み求人がございました。給金から少しずつ返済できます」


「鉱山だと!? 私に働けと言うのか!」


「はい。私も二年間、働いておりましたので」


夫は求人票を握りつぶした。


私はリリアへ向き直る。


「リリア様にも、不貞の当事者として慰謝料を請求いたします」


「わ、私は男爵令嬢よ!」


「存じております。ただ、男爵家は来月の返済が難しいご様子。ご実家から援助を受けるのは困難でしょうね」


「じゃあ、私はどうすればいいのよ!」


「お仕事を探されてはいかがでしょう」


「働いたことなんてないわ!」


「それは困りましたね。王都には未経験者を受け入れる住み込みの職場もございますが」


私は別の求人票を置いた。


高級娼館の募集案内だった。


「……娼館?」


「もちろん、どこで働くかはご自由です。ただ、伯爵家のお金で暮らすことは、もうできません」


「いや……そんなの、嫌……!」


リリアが泣き崩れた。


夫も椅子に座り込んだまま、何も言わない。


私はハンカチをたたんだ。


もう、涙を拭く必要はなかった。


◇


その後のことは、ほぼ予定どおりに進んだ。


離縁と廃嫡が認められ、私は王家の承認を得て伯爵家の後継者となった。


男爵家は借金を返済できず、隣領も王家の承認を経て伯爵家のものになった。


元夫は鉱山の管理会社へ。リリアは実家の破産後、王都の娼館で働き始めたそうだ。


「息子は失ったが、娘と領地が増えたな」


お義父様が地図を眺めて笑った。


「あなた、そんな言い方は……」


お義母様がたしなめる。


「いや、息子は最初から何の役にも立っておらんかった」


私は思わず吹き出した。


お義母様も笑い、お義父様まで声を上げる。


二年前、夫は私に仕事だけしていろと言った。


おかげさまで、仕事は増えた。


けれど今度は、私が望んで手に入れた仕事だ。


そして、この家には私を愛してくれる家族がいる。


私は今日も、幸せに暮らしている。

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何度言っても、どう諭しても、左耳から右耳に抜ける奴っていますからね……ご両親も息子を教えるのに疲れ果ててそうです。 とてもお疲れ様でしたな。
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