↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

1話 日常?から

窓の外から吹き込む生ぬるい風と、遠くでカラスが鳴く声。それらが子守唄みたいに気持ちよくて、気づけば俺は夢の中にいたんだと思う。


高い声が、どこか甲高く耳に突き刺さる。


『——忘れないから』


誰の声かも分からない。ただ、その一言だけが妙に鮮明で、胸の奥がざわつく。続いて、別の男の人の声がした。静かで、でも妙に威圧感のある声。何かを告げられている気がする。大切なことのはずなのに、輪郭がぼやけて掴めない。手を伸ばせば伸ばすほど、するりと逃げていく感覚——こんな夢、生まれて初めてだ。


「——計。ねえ、計ってば!」


頬に何かが押し当てられる感触で、意識が現実に引き戻された。目を開ける。飛び込んできた金髪が、寝ぼけた頭にやけに眩しい。


「んーー俺、も」


まだ寝たいが故に俺は寝ぼけたフリをする。


「何寝ぼけてんの?」


「ん?」


「授業、もう終わったわよ」


………


「うおっ!……て、陽葵かよ。山先だと思って焦ったわ」


適当な嘘を言っておく。


「寝てる顔はそこそこいいのに、起きるとほんと顔も声もうるさいんだから。てか、山先は禿げてるじゃん。私が金髪ハゲだと言いたい訳?」


呆れたようにそう言いながら、陽葵は机の上に広げっぱなしだった俺の教科書を勝手にまとめ始める。


こいつの名前は涼風陽葵(すずかぜ ひまり)。俺の幼馴染で、家が隣同士、物心つく前からの付き合いだ。世話焼きで、俺のことになるとやけに口うるさい。


「じゃ、今はどうかな?」


机に肘をついて、ちょっと格好つけてみせる。


「はいはい、かっこいいかっこいい」


棒読みで軽くあしらわれる。……じゃあ、これならどうだ。


俺は陽葵の顔にぐっと近づき、その顎を軽く指先で持ち上げた。


「お前、よく見たら可愛いな」


「なっ……」


一瞬で、陽葵の顔が真っ赤に染まる。


「ふん、なかなかやるじゃない。……ってもう、そういうのはいいから」


平静を装ってそう言い返してくるものの、声が少し上ずっているのがバレバレだった。


こいつ、いじりがいがあるな。


「だろ。まぁ、こういうのには慣れてるからな」


「まさか……こんなこと、他の女子にもやってるんじ  ゃ、ないわよね」


真っ赤だった顔が一瞬で元に戻る。


「やってないって」


嘘ではない。妄想でならあるからな。ま、すでに色々とシュミレーション済みだ。例えば教室に刃物を持った不審者が侵入した時に俺がみんなを救うみたいなのとかな。一応これは女子にモテる妄想の一つだ。と俺は思っている。


「……なら、いいけど」


ぷいと視線を逸らしながら、そう呟く陽葵。……なんだよ、その反応。俺らはただの幼馴染のはずなんだけどな。


ちなみに、俺の名前は氷坂計(ひさか けい)。この学校じゃ「よく喋る」より「よく寝てる」で有名な、ごくごく平凡な高校生だ。いや、有名なのには別の理由がある。それは俺がこの学校のサッカー部で1年からレギュラー、ちなみにこの学校は公立で部員数が100は超える強豪校。なのにすでに全国にも出た…からだろう。もちろん自慢じゃないぞ。合コンで使えるネタが一個増えただけだ。……って、俺は高校生じゃねぇか。どちらかというと、他校との合同打ち上げとか、合コンっぽい何かで使えるネタだな。……何考えてんだ俺?


「もう次、移動教室だよ」


俺が自己語りを心の中でしている時に陽葵がテンション低く言う。


「移動かー、だりぃー」


………


「てかさ、聞いて」


「いきなりなに?」


「……なんか、変な夢見た気がする」


俺は思い出したかの様に言う。


「へえ、どんな夢?」


「それが、全然覚えてねぇんだ。でも、あんな夢初めてだったわ。すげえ大事なこと言われてた気がするんだけど」


言葉にした瞬間、頭の奥がずきりと痛んだ。夢の内容は覚えていないのに、"何か大事なものを見た"という感覚だけが、薄皮のように残っている。


「いってーー」


「…って計?私の話聞いてた?」


「悪りぃ、何か言ってた?」


急に頭痛がし、何も聞いてなかった。


「はーー、計はいつも大事な話は聞いてないもんね」


ため息と、からかうような口調のあと、教室のあちこちから人が集まってくる。


「授業中もガン寝だったしなー」


そう言いながら椅子を引きずってこっちに来たのは颯場大輝(そうば たいき)。がっしりとした体つきが、椅子越しにもよく分かる。こいつも陽葵と同じ、俺の幼馴染だ。ノリが軽く、誰かをいじって笑いを取るのが生きがいみたいなところがある。


「昨日の小テストも爆睡してたじゃん」


蒼太も便乗するように、机に肘をついて覗き込んでくる。ついでとばかりに肩に腕を回してきて、顔の距離がやたら近い。整えたウルフカットが、視界いっぱいに揺れる。


「な、近い近い」


蒼太が俺に近づいてき、顔を寄せてきた。


「え、なんで照れてんの」


「照れてねぇ」


「ふーーん」


悪びれもせず、さらに顔を寄せてくる蒼太。茶化してんのか?気持ち悪りぃ。が、いつもこいつはこんな感じだ。前だって俺の膝の上に乗って俺の——いや、この話はやめておこう。


だってこいつは……多分だが…ゲイだ。


風槻蒼太(かざつき そうた)はサッカー部の同期。ボールを蹴ってる時以外はだいたいこんな調子だ。


気づけば俺の席の周りは、クラスでよく喋るメンツで埋まっていた。そこへ、廊下からひょっこり顔を出したのは神崎だった。ふと目が合うと、こちらを見て睨(・)ん(・)で(・)い(・)る(・)様(・)だ(・)っ(・)た(・)。片方だけ白く透き通ったオッドアイと視線がぶつかる。生まれつきだと本人は言っていたが、正直未だに見慣れない感じがする。


神崎亮也(かんざき りょうや)。同じサッカー部だが、クラスは別。物腰は軽くて誰とでもすぐ打ち解けるタイプで、特別目立つやつじゃない。それが逆に、どこにでも溶け込める強みになっている。


「なになに、なんの騒ぎ?」


「珍しいじゃん、神崎がこっちの教室来るの」


蒼太がそう言いながら椅子を空ける。神崎は軽い足取りで輪に加わってきた。他クラスなのに、こういう時だけやけに嗅覚が鋭い。


陽葵が、その輪の中で誰にも聞こえないくらいの声でぽつりと呟いた。


「……もうちょっとだけ、2人でいたかったのに」


「ん?なんか言った?」


大輝が身を乗り出して割り込んでくる。


「べ、別に!大輝には関係ないでしょ!」


「いや、なんか言ったろ?」


「お、なんだなんだ、2人の世界?計は俺のなのに」


便乗して茶化してきたのは蒼太だった。


ちなみ俺は蒼太ものではない。


「ち、ちがうし!」


「おで、悲ちーよ。俺もお前と一緒の幼馴染なのに2人で、」


からかうように大輝が言う。


「だから、ちがうって!」


顔を赤くして食ってかかる陽葵に、教室がどっと沸く。そこへ、机の間を縫ってやってきた朝陽井が、蒼太の頭を軽くはたいた。胸元を強調した着崩しが、いかにもギャルらしい。俺も思わず釘付けになる。


朝陽井結菜(あさひい ゆいな)。俺と陽葵の中学から一緒で、陽葵とは親友。明るくノリはいいが、こういう時だけは妙に頼りになる。が、一番の特徴は胸!クラスのみんなが一度、いやニ度はそれを見ただろう。大きな山々を。てっぺんに一度は登ってみたいと、男なら思うだろう。俺も久しぶりに見たせいでか、そこから目が離せないでいた。が、


「!?」


いきなり視線を感じ…いや、これは殺気だ。殺気を感じたのだ。俺は恐る恐る視線のある方向へと首を動かす。そこには


「むむむむ」


「って陽葵か。」


そこにはほっぺたに木の実を詰め込んだリスの様な陽葵がいた。


「なんだよ」


「別に」


きっと自分には朝陽井のような膨らみがないから、ほっぺでも膨らませて対抗しているつもりでいるのだろう。可哀想に。

まぁこいつのおかげで俺は朝陽井トラップから抜け出せたから感謝しよう。


そう思っていると、


「はい、蒼太くんそこまで。ひまりが本気で困ってるでしょ」


朝陽井がそう仲裁に入る様に言い、なぜか蒼太だけを詰めた。何かをさしてさ(・)し(・)て(・)。


「痛っ……いや、そんなガチで怒んなよ」


「怒ってないけど?釘は刺してる」


「いやいや、シャーペン刺さってるって」


「本当だ!ごめん」


「色んな意味で釘付けだな。ははは」


朝陽井の山々を見ながら、大輝が調子に乗って言う。


「颯場、あんたは容赦しないよ」


 朝陽井の目つきが変わる


「ひえっ」


「もちろん嘘だけど」


「だ、だよな」


にっこり笑いながらも有無を言わせない朝陽井に、大輝がたじたじになる。陽葵は「結菜ぁ……」と、拗ねたような、ひえっとしたような、それでいてどこかほっとしたような、なんとも言えない顔で親友の背中に隠れた。


「計、人の話はちゃんと聞けよ。鈴風、いっつも苦労してんだろ」


何でこいつ俺が陽葵の話を聞いていなかったのを知ってんだよ。さては聞き耳を立てていたな。


輪の端でそれを眺めていた神崎が、肩をすくめて笑う。


さすがは学年に1人はいる、誰と誰が付き合っている情報を知っているやつなだけあるな。だがな、神崎、お前は言っちまったんだよ。この俺に言っちゃいけねぇことをな。くくく


「おめでとう神崎、お前に言われたくないランキング第2位の人(・)の(・)話(・)は(・)聞(・)け(・)が出ました。もう一度言おう。おめでとう!」


「は?」


「神崎くんは試合前のミーティング、いつも聞いてないもんね」


俺がそう茶々を入れると、神崎も軽く笑って返す。


「うるせ、それとこれとは別」


軽口を叩き合いながら、俺はぐっと伸びをする。


「つーか、俺の席、窓際の一番後ろだろ?これもう主人公の特等席じゃん。寝るのも様式美ってやつ。つか寝てもバレねぇし。」


「その理屈だと、赤点も様式美になるけど」


すかさず横から茶々を入れてきたのは、クラス委員長の蒼生野だった。染めた茶髪のボブと、その落ち着いた喋り方が、妙にちぐはぐで面白い。


蒼生野真央(あおいの まお)、あだ名は「あおまお」。委員長らしくしっかり者だが、こういう時のノリの良さは誰にも負けない。


「さすがあおまお!計にもっと言ってやれ!」


神崎が後押しをする。


「神崎はだまっておけ」


すかさず俺も言い返す。


「いいじゃん別に」


神崎も言い返す。


「俺と蒼生野との一種のコミュニケーションだ。お前には関係ない」


「何を!」


どっと沸く教室に、予鈴のチャイムが割り込んでくる。


「あ、やば、次移動教室じゃん」


誰かの声をきっかけに、輪になっていたメンツがそれぞれの荷物を抱えて散っていく。神崎も「クソッ、んじゃまたな。計」と軽く手を振って、来た時と同じくらい唐突に教室を出ていった。


アイツ変わってんな。


次の時間に使う荷物をまとめる。その時、ふと夢のことが気になった。


「さっきの夢、なんだろう」


「まだ言ってたの?すぐに忘れるよ」


俺が独り言を言ってると陽葵がそう言った。


「…だな」


そう言い俺らは教室を出た。



さっきの夢の意味を、何も知らずに。






   





学校が終わり、放課後になった。荷物をまとめていると、蒼太が「一緒行こうぜ」と声をかけてくる。部室までの道のり、部活の人の愚痴やら昨日見たネット動画の話やらで、他愛のない時間が過ぎていく。


グラウンドに着替えて出てくる頃には、もう他の部員がボールを蹴り始めていた。怒られる気がする。そう思いながらボールをこっそり取ろうとすると…


「おせーぞ、氷坂、風槻」


思った通りだったが、声にわずかに苛立ちが滲んでいて、俺は思わずびくっとする。……まさか、さっきの蒼太との話がバレたのか?なんて、柄にもなく身構えてしまう。


ボールを止めながら声をかけてきたのは、サッカー部のキャプテンだ。夏の選手権が終わって3年生が引退した今、部内で一番上の学年は2年生——つまり、この人が実質的な最上級生になる。


「すみません、教科書忘れて取りに戻ってて」


本当は、教科書なんて口実に過ぎない。さっきまで蒼太と2人、部活に向かう道中でちょっとアダルトな話に花を咲かせていて、時間を忘れていただけだ。俺は真顔でそれっぽい嘘をつきながら、軽く頭を下げつつ、ウォーミングアップの輪に加わる。


少し離れたところで、蒼太がストレッチをしながらこっちに手を振ってきた。距離感がバグってるのはグラウンドでも変わらない。


ストレッチが終わり監督から集合の合図。円陣を組んだ部員たちの前で、監督が軽く声を張った。


「3年生が引退した今、お前らの目標は一つだ。全国ベスト16で散った先輩たちの背中を、さらに追い越すこと。分かってるな」


誰からともなく「はい」という声が揃う。柄にもなく、少しだけ背筋が伸びる感覚があった。


「よーし、もうすぐ冬、県別の予選も終わり、選手権も近い。なので今日は紅白戦。試合形式でいくぞ」


キャプテンの号令で、部員たちがざわつく。俺は軽く首を回しながら、少しだけスカす。


「よっしゃ、気合い入れていくぞー!」


キャプテンがそう言うと、誰かが円陣の中心で、変身時間が3分のあいつの様に拳を突き上げると、「おー!」という声が揃って響いた。俺も遅れないようにシュワッチ?と拳を突き上げる。


すると、


「計、俺と同じチームだな」


いつの間にか隣にいた神崎が、ボールを足元で弄びながらそう言った。


「珍しいこともあるもんだな、お前とチームだなん

 て」


俺と神崎は一年の中でも上手い方だか何だか知らないが、よく別々に組まれることが多い。


「まあ、たまにはいいんじゃね?」


その笑い方は、いつもと変わらない。軽くて、飄々としていて、何を考えているのか読めそうで読めない。俺はそれを深く気にすることもなく、「よろしくな」とだけ返して、グラウンドに散らばっていく仲間たちを追いかけた。


各々ポジションに移動し、作戦を考える、そしてホイッスルが鳴る。ボールが転がる。汗と土の匂い、「氷坂君頑張ってー!」遠くで響く女子たちの声援。きっと俺をからかっているだろう。でもまぁ——それは、俺が誰よりも好きだった時間だ。


その日の俺は、なんだか妙に冴(・)え(・)て(・)い(・)た(・)。ボールがどこに転がってくるのか、誰にパスを出せばいいのか——考えるより先に、体の方が勝手に分かっている感覚があった。まるで、数秒先の展開だけが透けて見えているみたいに。


神崎がパスを出してくる。……が、狙いよりだいぶ手前に逸れて、俺の足元まで届かない。慌てて追いかけて、なんとか収めようとしたが、ラインから外れ、相手のスローインに。


「らしくないパスだな、今の」


「……悪い。今日あ(・)の(・)日(・)だ」


「あの日?」


あの日?………ってまさか!


「あの日って、お前女だったのか!」


「違ぇよ。片目のせいで、距離感がちょっと狂ってるだけだ」


流石にか。でも俺はらしくない、と思った。だってあいつのパスは、いつもは驚くほど正確なはずだった。まぁ、逆に言えば、片目が不自由な状態でいつもあれだけ上手いってことの方が、普通にすごいんだよな。…つかまだ完治していなかったのか。初めてあんなパスミスを見たからわからなかったな。


「そうか、次はねぇぞ」


「りょ。まぁ今のはお前の足が遅かっただけだけど 

 な」


「なにをー」


「おいお前ら!もう試合始まってるぞ!」


そう監督が言って気づいた。


「あ、すみません!」


途端に言葉が出る。気づけば神崎はすでに守備に戻っていた。俺はすぐにボールを追いかける。


「計、視野を広めよーぜ!ストライカーなんだからよー!」


「うるせぇ!お前のせいで相手ボーになったんだからな!ボランチらしくいいパス出しやがれ!」


「あ?ふざけんな!」


「お前がな!」


「お前ら次の選手権ベンチ外にすんぞ!」


軽口を言い合っていると監督が激怒しながらそう言った。


「オケ。とりあえず計、ボール追いかけろ」


「オケ」


俺は我に帰ったかの様に全力でプレスをした。神崎もまた、守備に戻った。


これから起きる悲劇を何も知らないまま。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。