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コンスタンティノーポリの陥落  作者:


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5/7

平和

その後、宰相の下で可決されたイタリアーナの対応は迅速かつ巧みだった。


 すぐさま臨時の戦時予算を組み、大艦隊を港に集結。万一の備えを万全にしてからトルティーアへの使者を派遣。


 これ以上の戦闘を避けるため、コンスタンティノーポリ防衛のために参加した騎士団は各人が自発的に集まっただけでありイタリアーナ本国とは何の関係もないと主張。


 同時に、これまで通りの交易が再開できるならば破壊されたコンスタンティノーポリのイタリアーナ人の居住区や財産について一切の賠償を求めないことも伝えた。


 奴隷とされた多くの住民にも、引き渡すならば多額の金で買い取ると。


 条件だけを見れば完全に屈服した形である。


 だがコンスタンティノーポリを落としたのは陸軍であり、海軍力においてはイタリアーナに分があった。


 さらに脅しのためにずらりと並べられた大艦隊の威容は、「侮りがたし」とトルティーアに思わせ、彼らの強硬論を封じるのに大きな役割を果たしたのだ。


 イタリアーナの和平案は一応の締結を見る。


戦争は、避けられたのである。


各国も追従する形で和平案に乗っかったが、いち早く戦争でなく和平を提案したイタリアーナとのしこりは長く続くことになった。




和平が締結され、一年が経った。


十七になったクリスティーナの肉体は更に成熟した。重ねられたレース越しにうっすらと透けて見える体のラインが雄弁に語ってくれる。


顔つきも女らしくなっているが、どこか憂いを帯びて玉座に座っていてもここではないどこかを見ているようだ。


 暖かみのある色合いの金髪を風になびかせながら、クリスティーナは宮殿の庭にしつらえた錬弓場で弓を引いていた。


 コンスタンティノーポリの陥落後、庭に植えられていた木々の一部を切り倒してスペースを作った。矢が的を外れても探しやすいよう、弓を構え立つ位置と的の間の草は綺麗に刈り取られている。


 幼いころには毎日練習していたが、父母が他界してからは遠ざかっていた弓。


 だが一年前からはふたたび毎日引くようになった。


 心地よい弦音の音から一瞬遅れ、矢が的の中心を射抜く。


 草を刈ったスペースの向こうに備えられた、麦わらをより合わせ円形にした的。


それらに突き刺さった矢はすべて中心を射抜いていた。


「お見事です、女王陛下」


 控えていた付き人のヨハンネが矢を拾いに行こうとするが、クリスティーナは手でそれを制し自ら回収に向かった。


 弓を引き始めたころは的まで矢が届かなかったり、周囲を囲む網に矢が突き刺さったりと散々だった。




『ほらクリスティーナ、泣かないの』

『弓は左手のしわが持ち手と重なるように。矢を引くときは、左右の手を均等に引き分けるの。そうそう』

『めいいっぱい引いて、耐えきれなくなったら右手から矢を離して……』

『ほら、さっきより的に近づいたでしょ?』



 でもあの頃は両親がいた。今はいない。


 的に刺さった矢を丁寧に引き抜きながら、彼女は思う。


 確かに今は百発百中だ。風が吹いても夜でも、目をつむっても外すことはない。


 でもそれは、的だからだ。トルティーア兵じゃない。


 そんな主の心境を知ってか知らずか、メイド服姿のヨハンネは口をはさむことなく黙って見ていた。


心騒ぐ二人とは裏腹に、宮殿を囲む木々の隙間から吹いてくる風は今日も穏やかだ。小高い丘の上に建てられた宮殿の庭にある練弓場からは、周囲を囲む網越しに眼下の街が一望できた。


 煉瓦を積み上げて作られた赤味ががった家々。練弓場からでは点にしか見えない人々の笑い声が、ここまで届いてくるようだ。


街は彼女の瞳と同じ色の海に囲まれ、港からは帆船とガレー船がさかんに出入りしている。今日も和平が成ったコンスタンティノーポリからの積み荷を満載しているのだろう。


潮の香が混じる風に、クリスティーナの暖かい色合いの金髪がたなびく。弓を引くための衣装である狩衣の裾が風でひるがえった。


「ねえ、ヨハンネ」

「なんでしょう、女王陛下?」

「わたくし、この街が好き。暖かな潮風も、街の活気も、行き交う人々の笑顔も」

 ヨハンネはおべっかを使わず、クリスティーナと同じように街を眺めていた。

「でもこの美しい景色は、守らなくては色あせてしまう。一年前のコンスタンティノーポリのように」


 心得たかのように、ヨハンネはクリスティーナに一本の矢を渡した。


 今までの矢と違い矢羽の色が深紅に塗られている。


 再び練弓場に立ったクリスティーナは、深紅の矢を番えた弓をゆっくりと引き絞っていく。麦わらを束ねた的を見据え、弓矢が自分とひとつになるような感覚と共に、


 この世界から自分以外の存在が消えてしまったような気がした。


 弓を引いていると、時々起こる状態。精神を張り詰めているはずなのにひどく穏やかで。矢を射るというのに心が落ち着いて、それが心地いい。


 この状態になれば決して外すことはない。


イタリアーナ王国女王、クリスティーナ・ファルネーゼは矢からゆっくりと手を離した。


力ある言霊と共に。


「フォーコ・フリーチャ」


その言葉と共に、深紅に塗られた矢羽が輝き始めた。深紅の光の線を後方に描きながら、矢は寸分たがわず的の中心に突き刺さる。


同時に矢羽の輝きはさらに増す。眼が眩むほどの輝きが、錬弓場を包み込む。


輝きがおさまった時、的は一瞬で炎に包まれていた。


 成人男性でさえ一抱えするほどの大きさの的。ごうごうという音ともに炎が燃え上がるがそれもほぼ一瞬のこと。炎が消えた後には、矢ごと燃え尽きた真っ白な灰が残っているだけだった。


「ヨハンネ。急ぎ、議場へ。服も替えを大至急用意」

「え? どうしたんすか、女王陛下……?」


 弓を引くための狩衣から袖を抜き、胸当てをはずし、身の丈ほどもある弓から弦を外しながら付き人に指示を出す。


「深紅の旗を掲げた船は一年ぶりね」


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