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9ページ目 菫さんとアメフト部の大騒動 後編


 その日も公ヶ谷高の学校玄関には明るい朝の光が差し込んでいる。まだ生徒の数はチラホラいるかいないかといったところで、寛斗は2-3の靴箱へ歩を進めている。

 未だにアメフト部は休止中なので朝練はないけれど、今日は何となくいつもより早くに目が覚めてしまった。放課後にちょっと野暮用があるので、少しばかりは緊張してるのかと自分でも思ってしまう。


 靴箱の近くまで行くと、黒髪にピアスを着け黒いカーディガンを着た男子の後ろ姿が目に入った。寛斗は思わず駆け寄って声をかける。


「おはよう、凜」


 ちょうど、凜がローファーからスリッパに履き替えているところだった。凜はすぐに振り向いて、無表情のままだが「おはよう」と返事する。寛斗も続いてスリッパを取ろうとしたところ、凜は不意に口を開いた。


「……本当に話してくんの?」


 寛斗はほんの一瞬手が止まる。くるっと左を向くと、見慣れた切れ長の目がじっと彼を見つめている。

その言葉の意味をもちろん寛斗はわかっており、「ああ」と返してからスリッパを取り出した。左から、わかりやすくため息を吐く音が聞こえてくる。


「話して解決出来るような相手かよ」


 凜は既に靴を履き替えていたが、寛斗の隣で靴箱にもたれかかり、腕を組んで立ったまま。


「…そりゃ出来ることならそうしたいよ。安樂さんだってお世話になった先輩だから」

「つったって相手はいじめた奴だろ。しかも暴力振るうような奴だぜ?」

「まぁダメならダメで……何とかするよ」


 ローファーを靴箱にしまいながら、寛斗はそう返答した。再び左を向くと、凜はやれやれと言った表情で見ている。


「下手すりゃお前がボコられるぞ」

「すー様も同じこと言ってた」

「……宮西が?」

「うん。ほら、昨日カオルンに俺が呼び出された時な」



 昨日、保健室にて――

 

 寛斗が崇矢と話すと言い切った時……菫と悠太は唖然としていた。2人とも心配そうな表情で、冷や汗まで垂らしている。


「え……大丈夫なのかそれ」

「なんで?」

「危ないじゃない。だって殴ってくる人なのよ?」


 悠太も菫も反対するが、寛斗は2人がなぜそんな表情なのかが解せない模様。それでも菫は説得を続ける。


「もっと他にいい方法あるでしょ!そんなわざわざやられに行くようなことしなくたって。

例えば、もっと偉い立場の先生に証拠を渡すとか。それか匿名で学校に直接タレコミ送るか、それこそ新聞委員会に…」

「いや、」


 菫が咄嗟に頭に浮かんだ対処法をいくつか提案するも、寛斗は首を横に振る。


「どうしても安樂さんは菊地さんに謝って欲しくて。それに…言わないといけないこともあるから」

「言わないといけないこと?」

「…って何?」


 前者はまだ理解出来るけれど、後者については何のことやら……?菫と悠太の頭には「?」がいくつも浮かんでくる。意図が掴めない2人に、寛斗は小指を立てて言った。


「安樂さんのコレの話だよ」

「あっ…」

「菊地さんは寝取ってないって?」

「そう。それと、なんで元カノさんが安樂さんの元から去ったのか。それさえ知ったら…謝らざるを得なくなると思う」

「そう……私は何となくわかったわ、どっちも」

「ええっ!?」


 菫が大きく頷く中、悠太はまだ腑に落ちないようで、菫の顔を不思議そうにじーっと見る。


「す、すー様…ど、どういうこと!?」

「まぁヒントとしては……安樂さんて人が殴ったり蹴ったりしてたことかしら」

「…………!!」

「ええ〜〜??」


 ますます釈然としない様子で悠太は首を傾げている。一方、寛斗は一瞬だけ面食らった表情を見せた後、再び真面目な顔で顎に手を当てた。


「流石すー様……たぶんそれで合ってると思う」


 未だに首を傾げている悠太をよそに、菫は数回頷いた。が、それはそれとして直接崇矢に伝えることにはやはり賛同できなくて、ここに来ても菫は代替案を出してしまう。


「で、でもやっぱり直接言いに行くのはちょっと……やめた方がいいんじゃない?LINEとか電話とか手紙とか……」

「あっ!それよくない?」


 悠太は賛成したものの……肝心の寛斗は難しい顔をしている。


「いやー…LINEは本気度がイマイチだからな。手紙だと破られて終わるだろうし、電話も電話で安樂さんのことだから後で直接詰められそうだし」

「うっ……確かに」

「そうかもしれないけど……」

「やっぱり俺が直接話してくるよ!多少殴られたり蹴られたりするぐらいなら何とかなるから」

「ええ〜」


 改めて寛斗が宣言すると、納得いかない菫を尻目に中村は1人拍手をした。


「そこまで言うんならアタシは止めないわ。でも、くれぐれも気をつけてちょうだいね。本当に危険な目に遭ったら助けを呼びなさいよ。私も他の先生と話してみるから。もちろん杉ちゃんにもね」

「ありがとうございます。じゃあ早速明日の夜にでも……」


 中村に深々と頭を下げた後、寛斗はすぐにスマホを取り出してLINEの画面を開いた。恐らく明日の夜に会えないか、安樂に訊くためだろう。

 それでも菫と悠太は気を揉んでおり、菫は半ば呆れ混じりで最後に釘を刺した。


「もぅ……本当にどうなっても知らないわよ!ちゃんと明後日も学校来てよね!」


 こう言っても、寛斗は「ああ」と返すだけだった。それどころかよっぽど殴られない自信があるのか、笑顔すら見せている。


(全くもう……今時の子って何回言っても聞かないんだから。どこからそんな自信が湧いてくるのよ)


 そんな菫の横で、悠太は一瞬の隙を突いて寛斗のスマホ画面を覗いていた。



 こうして学校玄関で立ち話をしている間に時間は過ぎ去り、多くの生徒が行き交っていた。寛斗がふと視線を右に送ると、同じく3組の伏見羽衣が佇んでいる。咄嗟に凜のカーディガンの袖を引っ張り、廊下側へと移る。


「伏見さんおはよう。ごめん、邪魔だったよな?」

「おはよう……大丈夫」


 羽衣は少し前からいたものの、2人が邪魔で靴を履き替えられず、去っていくのを待っていたようだ。比較的陽キャの多い3組の中で一番大人しい羽衣にとっては、中々「どいて」などと言いづらいのだろう。寛斗が謝ると、羽衣は蚊の鳴くような声でそれだけ言った。


「ほら、凜も謝って」

「わりぃな」


 凜も羽衣に謝ると、寛斗と共に足早に玄関を後にした。そのまま教室へと向かいながら、まだまだ話は続く。周りからは凜のファンの黄色い声が聞こえてくるが、2人は特に気に留めない。


「それにしても凜……」

「ん?」

「こないだのアレは傷ついたわ〜」

「アレって?」

「…わかって言ってるだろ。「お前知ってたの?」って俺に訊いてたじゃん!」


 不服そうに訴える寛斗に、凜は可笑しそうにくっくっと笑い声をあげる。そのせいで寛斗は更にムッとした。


「俺マジで知らなかったんだよ、あそこまで酷いなんて」

「だろうな」

「……え?」

「まさかと思って訊いただけ。お前はそういうの放っとくような奴じゃねぇだろ」

「……何だよそれ」


 暫しの間黙った後、寛斗は吹き笑いした。本当に昔からこういう奴なんだから……と思いながら。


「まぁいじめた奴と直接対決するのもお前らしいな」

「それが一番いいかなって。菊地さんのためにも安樂さんのためにも」

「たぶん一筋縄じゃいかねぇ奴だろうけど……頑張れよ」


 そう言うと、凜は寛斗の背中をポンと軽く叩いた。



 あっという間にこの日の全ての授業が終わり、約束の時間が刻一刻と近づいてくる。寛斗は学校を後にすると、近くのショッピングセンターで時間を潰していた。たまには単独行動も悪くないな…と思いつつ、書店で立ち読みしたり、お気に入りのファストファッションの店で服を見たりと普通に過ごしてみる。

 が……どうも集中できない。これから起こることを想像すると、やはり緊張してしまってどうしても落ち着かない。


 結局、約束の公園に待ち合わせの30分も前に着いてしまった。念の為寛斗は辺りを見回したが、流石に待ち人の姿はまだない。仕方ないのでベンチに座ってスマホをいじりながら時間を潰す。


 空がどんどん薄暗くなってくるにつれて、人通りはどんどん減ってくる。約束の時間は18時。スマホを覗くともう5分前だ。寛斗はより一層落ち着かない様子で再び周りを見回した。が、やはりまだ来ていない。




(こういう時に友達皆で覗きに行くのも青春ものあるあるよね……)


「……まだ来てないっぽいな」


 植え込みに隠れている菫はふと我に帰り、慌てて「ね」と相槌を打つ。寛斗の様子を自販機の裏から覗くめぐるが呟いたからだ。


「言うてすぐだろ。もう近くまで来てんじゃね?」


 めぐると同じく自販機の裏にいる恭平も、写真の記憶を頼りにそれらしき人を探したが、姿はない。


 実はこの3人……寛斗が来た頃から公園近くの植え込み及び自販機の裏にいる。寛斗が中村に呼び出された日の夜、悠太からLINEが来た。この公園で話を付けにいくと。

 だが相手はいじめっ子、万が一暴力沙汰に発展した場合のことを考え、菫の提案でちょっと偵察に行ってみることにしたのだ。誰かいた方が通報などできると考えて。

 

 なお、残りのグループの一員である真二と沙希は部活が長引きそうなので欠席、遥と悠太も行けたら後から合流するとのことだ。もちろん前者の2人も行きたそうにはしていたが。


「めめちゃんは部活大丈夫だったの?」

「だってきよみーの方が心配じゃん。部活なんかいつでも出来るし早退したよ。きたろーもそうだよな?」


 今時の子って友達思いなのね……と菫がジーンと来ている横で、めぐるは恭平にも話を振ったが…


「いや〜、俺はそこまで……」


 こう返すものだから、めぐるは軽くコケた。菫も「ええ〜…」と少し引いている。


「じゃあなんで来たんだよ!」


 めぐるがツッコむと、恭平はベンチに座っている寛斗を眺めて少し考えてから口を開いた。


「ん〜、見ものだなって思って」

「え?」

「だって楽しみじゃん、寛斗があの先輩をどう説き伏せるのか」


 その考えはめぐるにとって思いがけないものだったらしく面喰らっていたが、菫は妙に合点がいき、「あ〜」と呟いた。確かにあの暴力男と思われる先輩にどう話して謝らせるのかが気になる。そして純太から聞いた、「言わないといけないこと」をどう伝えるのか。


「あっ!来たぞ!あの人じゃね!?」


 恭平が指差す。七分刈りほどの長さの短髪の、写真とよく似た男が公園に入ってきた。その男は寛斗がいるベンチへゆっくりと近づいてくる。菫達3人はその様子を固唾を飲んで見守っていた。



「よぉ!寛斗」

「お疲れ様です、安樂さん」


 ほぼ1週間振りに会う崇矢は、最後に会った時と何も変わらない。もしかすると、この謹慎生活で痩せているかも…と寛斗は思っていたが、そんな様子もない。そればかりか何もなかったかのようにヘラヘラ笑っている。


「久しぶりだな!いや〜、参ったぜ。まさか自宅謹慎喰らうなんてよ〜。元はと言えば菊地の奴が彼女寝取った訳で鉄拳制裁しただけなのに」


 崇矢は座るや否や、頼んでもいないのに自分からベラベラ話し始めた。隣で寛斗が何も言わないばかりか、苦笑いを浮かべていることには気付いていない。その調子で崇矢は自分の近況をまだまだ話す。


「まぁずっと家にいるのもつまんねーからゲーセンとか行ってたけどよ」

「え、外出てたんですか?」

「おう。だって俺悪くないし〜」


 寛斗は耳を疑った。そして心の底から思った。この人は全く反省していないうえ、罪の意識すらないことを。

 それは離れたところから聞いている菫達も同様で、全員もれなくドン引きしている。


「あっ、それと部活ずっと休みになってるんだろ?他の奴から聞いたぞ」

「はい」

「マジで迷惑だぜ〜。早くまたアメフトやりてぇよ。お前だって部活ないから毎日暇じゃねーか?」

「…そうですね」

「いや〜、お前らには申し訳ねぇよ〜。菊地の奴のせいで…。で、話って何だ?」


 延々と話してくるので中々切り出せなかったが、ちょうどいいことに向こうから訊いてくれた。このチャンスを逃すまいと、寛斗は深呼吸してから遂に話を始める。


「安樂さん……違いますよ。謝る相手が」


 寛斗が言った直後、崇矢はポカンと口を開けたまま言葉を失った。まるで「こいつ何言ってんの?」と言いたげに。正直予想通りだったが。


「……は?どういうこと?他に謝る奴って誰なんだよ?」

「誰って……わかんないですか?」

「もったいぶってないで早く教えろよ」

「……菊地さんですよ」

「はぁ!?」


 何を言っても理解が出来ないようなので、寛斗は遂にハッキリと告げた。が、当の崇矢の反応はというと、馬鹿にしたような顔で失笑するばかりだ。


「ふざけんなよ、なんで俺が菊地なんかに…」

「ふざけてませんよ、大真面目です」

「なっ……」


 牽制する寛斗の顔は言った通り真剣そのものだ。先輩相手だが一切怯えず視線を逸らすことなく。流石に効いたのか、崇矢は少し怯んだようで二の句が告げずにいる。それをいいことに、寛斗は崇矢にとっての衝撃事実をようやく伝えることにする。


「単刀直入に言いますけど、安樂さん……


菊地さんは元カノさんを寝取ってないですよ?」

 

「……馬鹿言え!俺はこの目で見たんだぞ!菊地とアンナが一緒にいるとこをな!」

「……それだけですよね?」

「へ?」

「それ以外に何かあるんですか?例えば……LINEで「好き」とか「愛してる」って言ってたとか。抱き合ったりキスしたりしてるとこを見たとか。ハッキリ言ってただ一緒にいただけでは……」


 再び黙り込む崇矢をよそに、やっぱりな……と思いながら寛斗は純太と会った時のことを思い出す。



数日前――


「何回もすみません。菊地さんどうしてるかなって思って……」


 実は寛斗はその日以前にも純太の家に足を運んでいたが、体調が悪いとのことで門前払いを喰らっていた。それでも諦めず、ダメ元でもう一度当たってみると……OKを貰えた。

 部屋にいた純太は部屋着姿で、膝を抱え座り込んでいた。最後に会った日よりも少しやつれており、髭も伸び切っていた。こんな純太を見るのは当然初めてだ。恐らく崇矢と違って引きこもっていたのだろう。

 

「……こっちこそごめんな。前も来てくれたのに」


 寛斗が声を掛けると、純太は弱々しい声だが思いの外しっかり答えてくれた。


「あの……ちゃんと食べてます?」

「ん〜……あんまり。まぁ座れよ…」


 純太からクッションを貰ったので、寛斗は正座しようとしたが、「足くずしていいから」と言ってくれたので体育座りをした。こんな状況なので中々話を切り出しづらかったが……勇気を出して口火を切る。


「えっと……あの……新聞のことなんですけど…」

「悪かったな。こんなことになって…」

「どうして菊地さんが謝るんですか?」


 それまで虚ろな表情をしていた純太は目を丸くする。


「なんでって……安樂が言ってただろ。お前だってそれを信じたんだろ!?」

「信じてないですよ」

「…………え?」


 「安樂が言ってた」こととは、恐らく彼女を略奪した説で間違いないだろう。それを踏まえて寛斗はそう断言した。純太は先程よりも大きく目を見開いたまま黙っている。


「菊地さんはそんなことするような人じゃないですか。俺ら後輩にはもちろん、誰にだって優しいですし、卒業した先輩達からも可愛がられてましたよね。

だいたい右も左も知らなかった俺がここまでやってこれて、キャプテンにまでなれたのも菊地さんがいつも支えてくれたおかげですよ?」

「…………」

「そんな菊地さんが人の彼女を寝取るなんて、俺には信じられないんです。絶対何かの間違いじゃないかなって」


 話を聞く純太の目がだんだん潤んでくる。


「このままじゃ菊地さんがずっと皆に誤解されたままになると思います。で、俺はどうしてもその誤解を解きたいんです!話したくないかもしれないですけど……どうしても菊地さんの言い分が聞きたくて……!!」

「…………うっ」

「大丈夫ですか?」


 真摯な態度で熱く語る寛斗に、黙って耳を傾けていた純太はいつの間か目に涙を溜めており……ポロッと1滴こぼれ落ちた。寛斗はポケットからハンカチを取り出して純太に渡す。


「っ……ありがとう。……流石キャプテンだな……」


 涙がもう一筋垂れてくるのを拭いながら、純太は言葉を詰まらせて話を続ける。


「俺は…っ、悩みを聞いてただけなんだ……。アイツのっ……アンナの……」

「……アンナさん?」

「ああ……安樂の元カノだ。俺、アンナとは……」


 純太は遂に、その「真相」について語り始めた。



 いよいよ始まり、相変わらず菫達は寛斗と崇矢を見守っている。少し時間が経ったところで、誰かがポンとめぐるの背中を叩いた。


「あっ、はるるにだぁ坊!」


 菫と恭平もめぐるに続いて振り向くと、菫の次に遥と悠太が立っていて手を振っていた。


「お待たせ〜」

「どんな感じ??」

「まだまだこれからだぜ」


 2人も遅れて菫達に加わり、悠太が訊いてくるので恭平が指を差しながら答える。その先では、真剣な様子で話す寛斗とそれに反論する崇矢がベンチに座っている。




「でっ……でも!普通に考えて怪しいし、お前だって彼女が黙って別の男と2人で会ってたら嫌だろ!?」


 証拠が弱いと指摘されても、崇矢は喰ってかかる。だが無駄だ。寛斗がその経緯を純太本人から直接聞いたからだ。


「あの時、菊地さんと元カノさんは駅で偶然会ったそうですよ。それで一緒にいました」

「なんでお前が知ってんだよ」

「直接聞いたんです。菊地さんから」


 崇矢が言い返す隙も与えず、寛斗は話を怒涛の如く続ける。


「しかも元カノさんと家が近所で幼馴染って言ってましたよ。悩みがあれば相談相手にもなってたみたいです。いや〜、納得ですよね。菊地さんって俺ら後輩にとっても頼れる存在ですから」

「……そんなこと初耳だぞ。てかお前は何が言いてぇの?」

「元カノさん、あの時も相談事があって色々聞いたと菊地さんが言ってました。

……何のことだと思います?」


 寛斗が続けて訊くと、崇矢はイライラした様子で頭を掻き始める。


「んなもん知るか!アンナに訊かねぇと…俺には何も言わねークセに菊地には話すのかよ!」

「……俺にはわかりますよ」

「はぁ!?お前如きに何がわかんだよ。アイツの彼氏でもないくせに」


 崇矢は鼻で笑った。まだわからないのか……と寛斗は呆れながら、ポケットからスマホを取り出す。


「じゃあこれ見てみます?これさえ見ればわかりますよ。元カノさんが菊地さんに何を相談してたのか。それにと何も言わずに安樂さんから去った理由も」


 寛斗がそう告げた瞬間、崇矢の目の色が変わった。後者がずっと心に引っかかっているのだろう。すぐさま必死な表情へガラリと変わり、寛斗の両肩を掴んで縋りつく。


「おっ、おい!頼む!教えてくれよ!アイツ本当に何も言わずに連絡取れなくなって会えなくなったんだ。今までずーっと心配してたんだよ!!」


 血走った目で懇願する崇矢に、寛斗は何も言わずスッとスマホの画面を見せた。




『えー、崇矢くんお久しぶり』

「あ……アンナ!!」

 

 カーディガンを着た女性の姿が画面に映るや否や、崇矢は食い入るように画面を見つめた。そればかりか「どこ行ってたんだよ!?」「心配したんだぞ」とスマホに話しかける。画面の中のアンナは笑顔だが……どこか力なく笑っているうえ目に光がない。


『いきなり会わなくなって、連絡も取らなくなってごめんね。何も言わなかったことは本当に申し訳なく思ってるの』

「おい、なんで…」

『だって、こうでもしないとあなたは別れてくれなかったから』

「はぁ!?別れたきゃハッキリ言えばいいじゃねーか!」


 崇矢が喚く間、アンナはカーディガンをゆっくり脱ぎ出す。そして中のキャミソール1枚になった彼女を見るなり、崇矢は息を飲んだ。

 露出したアンナの素肌には……いくつもの痣があった。時間が経ったのか、少し黄色っぽくなっているものもある。特に肩から上腕にかけては夥しい数だ。胸元にも少しだけ痣や傷跡のようなものがある。



 

『…覚えてるかな?崇矢くんがやったんだよ、全部』





 最初こそ笑顔だったものの、アンナの顔はどんどん暗くなっていく。アンナは腕にある数多い痣の一つを指差すと、それができた経緯について語り始めた。


『これはグーで何回も叩いたよね。確か1週間ぐらい前で、私が急用でデートをキャンセルしたからだったかな?』


 崇矢は固まったまま画面に釘付けになっているが……明らかに様子がおかしい。顔には冷や汗がダラダラと垂れ、びしょ濡れになっている。


「お…お前がドタキャンするから…」


 目が泳ぎ震える声で言い訳する崇矢をよそに、アンナは今度は別の細長い痣について語り出す。


『この肩の痣は……もうちょっと前か。私が電話に出なかった時に木刀で叩いたよね。友達と電話してて出れなかったんだけどな〜。ハッキリ覚えてるよ、すっごく痛かったんだから……。あとこれは冬休み入る前に、ご飯の味が薄いって蹴飛ばされて……』


 延々と話すうちに、アンナの目はどんどん潤んでいく。声も詰まらせている。まだまだ言い足りないようで、アンナはキャミソールの裾を少しだけ上げた。脇腹のあたりに、やはり大きく広がった痣がある。まだ新しいのか青紫色だ。


『これは……一昨日の。私が別れたいって言ったら……殴ったり蹴ったりしたよね。前も何回もあったでしょ……。いつも私が別れるのやめるって言ったら……すぐやめてくれたよね。でもそう言わない限り……』


 遂にアンナの目から涙が出て、頬を伝っていった。


『この他にも……っ!……太ももとかお尻とか…………ッ、』

『もういいよ、アンナ。よく頑張った』


 アンナが啜り泣きながら語る中、男の声が聞こえた。崇矢と寛斗にとっては聞き慣れた声である。ここで動画は終わった。


「…………」


 全て見終わった崇矢は汗だくになって呆然とスマホを眺めたまま、うわ言のように呟いた。


「……なんで?なんで寛斗がコレを?」

「菊地さんに送って貰いました。安樂さん……暴力振るったのは菊地さんだけじゃなかったんですね」


 寛斗がこの動画を入手した経緯を話すと、崇矢はガックリ項垂れた。




 菫達が潜伏している自販機及び植え込みの裏でも、寛斗と崇矢の話し声は聞こえ、耳をすませばその内容も大体は聞き取れる。


「……何コレ?安樂って人、DVしてたってこと?」


 青ざめてドン引きしながら囁くめぐるに、同じく引いた様子の遥は「そうみたいだね…」と言った。


「……どうせそんなこったろうと思ったわ」


 完全に菫が察した通りだった。寛斗も保健室で「たぶんそれで合ってると思う」と言ってくれたが、むしろここまで予想通りだったなんて。伊達に皆よりも10年長く生きてないわね……とすら菫は思う。悠太も保健室での会話を思い出し、くるりと菫の方へ首を向ける。


「すー様が言ってたのって……」

「そ。だいたいあの人部活仲間に暴力振るってたんでしょ?それじゃ彼女にも……って思ってたのよ」


 腑に落ちたようで、後の4人は「あ〜」と舌を巻いた。


「で、そういう人とは別れたくても中々別れられないんじゃない?別れ話したらボコボコにされるから。だから黙って相手の元を去ることしか出来なかったんでしょ」

「なるほど……すげぇなすー様。こんなん見抜くなんて。大人並みに鋭いじゃねーか……」


 腕を組み顔をしかめて唸る恭平に、菫は思わず苦笑いする。


「怖っ……」

「控えめに言ってもクズ野郎じゃん…」


 両手で口を押さえて怯える遥と、不快そうに顔を歪めているめぐるが思わず呟く。怯えているのは悠太も同じで……


「ねぇ…本当に大丈夫なのかな……きよみー……」


 当の寛斗は大丈夫と言ったものの……崇矢のあまりの凶悪性に改めて心配が募る。恐怖で震えている悠太に、菫は冷静にアドバイスを送る。


「……とりあえずいつでも警察呼べるようにしといた方がいいわね。私は動画を撮るわ!」


 悠太は言われた通り、震える両手で自分のスマホを握り締める。一方、菫はバレないように植え込みの中からスマホをかざし、動画の撮影ボタンを押す。



 暫くの間俯いていた崇矢だったが……膝に置いた手でいつの間にか握り拳を作っている。それは徐々に震えてくる。そのまま崇矢は絞り出すような声で呟いた。


「……アンナはどこだ?」

「…………」


 寛斗は答えない。崇矢は痺れを切らし、顔を上げ声を荒げて問い詰める。


「どこだって聞いてんだよ!!アンナの居場所はどこなんだよ!!」

「……俺からは言えないです」

「なんでだよ!?」

「逆に何で知りたいんですか?」

「決まってんだろ……思い知らせてやるんだよ!!アンナの奴言いがかりつけて被害者ぶりやがって!俺を悪者にしやがって!」

「思い知らせるって…また殴るんですよね?」

「あ?」


 怒り狂う崇矢だったが、未だ冷静な寛斗に指摘され一瞬だけ黙る。


「それなら尚更言えません。元カノさんの話聞いてました?そもそもこの動画、安樂さんと連絡を断つ直前に菊地さんに撮ってもらったものみたいですよ。もし何かあればコレを見せるように頼んだんですって」


 寛斗は更に続け、崇矢が身に覚えのある真実を次々と突きつける。


「菊地さん、最初に疑われた時この動画を見せるつもりだったって言ってました。でも話も聞かずに寝取ったと決めつけて…1発蹴りを入れたんですよね?で、菊地さんがよろけて倒れた後に二の腕を何回も踏みつけたんですよね?」

「…………」

「違う日には校舎裏に菊地さんを呼び出してボコボコにしてたでしょう?「この間男が!」「裏切り者は殺すぞ!」って言って。この時のですかね、新聞に載った写真って」

「…………」

「あの後菊地さんに会ったんですけど、脇腹のあたりにデカい痣作ってましたよ。それにカオルンも痛そうにさすってたって言ってました。菊地さんはダンベル落としたって言ってましたけど、違いますよね?」

「…………」

「また別の日には、「女寝取れるほどいいモノ持ってるんだろ」ってズボンとパンツ脱がしましたよね?菊地さん抵抗したのに蹴られて無理矢理脱がされて写真まで撮られたって……。菊地さんしっかり日記に書いてましたよ」


 寛斗の口からは、苛烈かつ凄惨な内容が次々と出てくる。聞いている菫達もドン引きしているのは無論言うまでもない。菫と悠太以外の3人は全くの初耳で特に引いていた。めぐるは汚物を見るような目で安樂を睨んでいるし、遥は両手で口を覆ったまま涙目になっていて、恭平は「あり得ねぇ……」とだけ呟いた。

 

「あと……コレも見覚えない訳ないですよね?」

「……!!」


 再びスマホの画面を見せつけられた崇矢は、明らかに動揺した表情を見せた。


「コレは……俺が撮りました」



 映っているのは……ゴミ箱の写真だ。一見何の変哲もなく、運動部の部室らしくゴミが溢れている。が、よく見ると純太の名前と、マジックで「バーカ」だの「死ね」だの書いたあるものが捨てられている。


「このノート……菊地さんのですよね?しっかり名前書いてるし、菊地さん、部活ノートがないって言ってましたよ。しかも俺がコレを見つけた日、菊地さん早く部室に来て探すつもりだったみたいです。まさかこんなとこにあるなんてねぇ……後で菊地さんに返しましたけど」


 恐らく崇矢はそのノートを勝手に盗んで落書きした挙句、ゴミ箱に捨てたのは想像に難くない。心当たりがあるのか、崇矢は顔を赤くして険しい顔で歯を食いしばっている。

 それでも寛斗はまだまだ崇矢を追い詰める。今度は別の画像を出して、それも見せる。


「コレも覚えてますよね?」

「!!」


 次の画像は……スクリーンショットだ。LINEでの投稿が映っており、問題の純太とアンナのツーショット写真と共にメッセージが書いてある。投稿者の名前は「T」で、寛斗も見覚えのあるアイコンだ。


『コイツマジ最悪

人の彼女寝取りやがった』


「この写真……ばら撒いてたんですね。3年生のグループLINEに。そのせいで菊地さん、クラスでも孤立してたみたいですよ。それもあって最近よく胃が痛くて保健室によく行ってたそうです。そしてあの新聞が出た日以来…」

「やめろ!」


 もう聞きたくない!と言わんばかりに、崇矢は話をやめさせた。その声はドスの聞いた声でいつもよりも低く、表情も相変わらず険しく両手も握って震えたまま。どう見ても……反省したり純太に申し訳なく思っているようには到底思えない。それでも寛斗は目的を果たすべく、一番言いたいことを崇矢に告げる。


「さぁ、もう十分ご理解できましたよね?安樂さんがただ誤解してただけってこと。菊地さんに謝っ…」

「うるせぇ!!」


 一縷の望みをかけたものの……寛斗が言い終わるのを待たずして崇矢は突っぱねた。それどころか今にも怒りが爆発寸前なのか全身がガクガク震えている。寛斗は当然耳を疑い、先輩相手なのについ「は?」と口走ってしまう。


「…俺が黙ってるからってさっきから好き勝手言いやがって!」

「…………」

「だいたい俺は悪くねぇ!!仕方ねーだろ、疑われるようなことしやがったんだ。ほら、火のないところに煙は立たないって言うだろ?

それ以前に俺は菊地なんか元々大っ嫌いなんだよ!俺よりパス下手くそだし足も遅いくせに先輩からも後輩からも好かれるし…」

「…………」

「アンナもアンナだよ!俺を最優先にしねぇからだろ!もっともっと俺を大事にしてくれたら怪我することもなかったのによ」


 今までの態度からして反省の色が見えないどころか……崇矢は責任転嫁するだけだ。心底ガッカリしたのを通り越して、寛斗は悲しくなってくる。これまで何も問題なく付き合ってきた先輩がこんな人だったなんて……。

 ガックリと項垂れ重苦しい表情でため息をついた後、寛斗は力無く呟いた。


「そうですか……。俺が今日安樂さんに会ったのは、菊地さんに謝って欲しかったからなんですけど……仕方ないですね」

「あ?」


 その直後、寛斗はパッと顔を上げ鋭い視線を崇矢にぶつけ、再びスマホを彼に見せた。そこに写るのは、ボイスレコーダーのアプリ画面だ。

 

「今の会話、全部録音させてもらってますよ」

「!!!」

「これを頼れる先生に聞いてもらいます。それと今話したことも全部…」

「黙れぇ!!!」


 遂に崇矢がベンチから立ち上がって寛斗に飛びかかり、スマホを奪おうとした。寛斗はよけるが、崇矢が再びかかり、その弾みでスマホが地面に落ちた。しかし崇矢はスマホには目もくれず、その代わりに寛斗の胸ぐらをギリギリと掴んでくる。


「おめぇも目障りでウゼェんだよ!

2年でまだ1年ばかりしかやってない初心者のくせにキャプテンになりやがって!

キャプテンに選ばれたからってチヤホヤされて調子に乗ってエラそうな口叩きやがって!お前の家大金持ちだしどうせ金に物を言わせたんだろ?

あと何で俺が菊地とアンナの画像を部活のグループLINEに送らなかったのかわかるか?お前が邪魔してくるだろうと思ったからだよ!」


 大声で勢いのまま罵倒し、そのせいで崇矢は最後にはハァハァと息を弾ませていた。落ちているスマホのボイスレコーダーは未だに録音中だ。当然、この発言もガッツリ録音されている。目の前にいる崇矢は恐ろしい目つきで睨みつけているが、寛斗は毅然とした態度で彼を糾弾する。


「でも全然意味ないじゃないですか!

こうして俺にバレてるしコソコソやったって無駄です!自分は悪くないって言うなんて……正真正銘のクズですよ!」

「お前!!!」


 カッとなった崇矢は胸ぐらを掴んでいた片手を離し、大きく振り上げた。




「「キャーーーー!!」」

「危ない!!」


 めぐるが悲鳴を上げ、遥も顔を背けて目を覆う。悠太はスマホの電話の画面に「110」と打ち込み、菫もスマホを構えたまま思わず叫ぶ。こっそり見守っていることなんかすっかり忘れて。



「お前だけは一発殴らねえと気が済ま…………!?」


 振り下ろそうとした崇矢の右手は動かない。不思議に思った崇矢がそこに視線を送ると……片手でガッチリと掴まれている。


「え……え??」


 イマイチ状況を飲み込めない崇矢に、今度は寛斗がクスリと笑った。よくよく考えると、さっきから胸ぐらを掴まれ今にも殴られようとしているのに、寛斗の肝の据わった態度は一切変わらない。アンナに純太と今まで崇矢が叩きのめした者は怯えた目をしていたのに……。


「…それはこっちの台詞ですよ!」


 手も足も言葉も出ない崇矢がその台詞を聞いた刹那、彼の鳩尾に大きな衝撃が走った。


「ぐはあっ!!」


 崇矢は悲鳴を上げてよろけ、その場に倒れ込んだ。鳩尾を抑え、苦痛な表情で咳き込みながらうずくまっている。一方、寛斗はというとケロッとした表情で右膝を立てている。直前まで殴られそうになっていたとはとても思えない。




「え?」

「どゆこと?」


 菫、めぐる、遥、悠太も何が起こったのかイマイチ理解出来ず呆然としている。唯一、恭平だけは「おぉ〜」と感嘆の声を上げて拍手までする。


「……きたろー、なんで拍手してるの?」

「え、だって皆見たろ?寛斗があの人に膝蹴り喰らわせてたの」


 めぐるが恭平に訊いても、恭平はあっけらかんとそう答えるだけだ。


「き、清宮くんって…そんなに強いの?」


 菫も目を丸くして思わず恭平に訊く。あの一撃から暫く経ったが、崇矢は相変わらず痛そうにうずくまって立つこともままならない。寛斗がひ弱に見える訳では毛頭ないが、まさかあんなDV男に一撃で大ダメージを負わせられる程強いなんて……。


「おう。寛斗は高校入るまで空手習ってたからな〜。確か……段取ってたっけ」

「えええ!!」

「そうだったの!?」

「ってことは黒帯!?」


 悠太と遥とめぐるも驚く。どうやら、同じグループでも恭平以外はその事実を知らなかったようだ。


(だからあんなに自信満々だったって訳ね…。それに、清宮くんと北山くんは同じ中学って言ってたかしら)


 菫は保健室での寛斗との会話と、宿泊研修の時に話したことを思い出した。

 それに寛斗が殴られそうになった時も、恭平だけ唯一冷静に見守っていた。そう考えると腑に落ちてくる。

 

 そうこうしているうちに痛みが和らいできたのか、崇矢はゆっくりと立ち上がっている。


「…よくもやりやがったなテメー!!」


 再び眉毛を吊り上げ怒りに任せ、崇矢は寛斗に飛びかかったが……無駄だ。今度は見事な刻み突きが崇矢の顔に命中する。ボカッと鈍い音が鳴ると同時に、崇矢は再びその場に崩れ落ちた。寛斗は指の関節をポキポキ鳴らしながらゆっくりと距離を詰める。


「残念ですよ、安樂さん。俺だって正直話し合いで解決したかったですし、殴りたくなんかなかったです。でも安樂さんの方からかかってくるから……」

「黙れっつってんだよっ!!」


 往生際の悪いことに、崇矢はまだ観念していなかった。拳を喰らって赤くなった顔をさすりながらカッと目を見開き、体勢を直している。こんなに力の差があるというのに。


(安樂さん昔から負けず嫌いでプライド高いもんな〜。試合で負けたらほぼ毎回相手に言いがかりつけて……ん!?)


 最早怒りや悲しみを通り越して呆れの境地に立ち、寛斗は妙に冷静になって考えていたが…ふと気が付いた。崇矢がポケットから何かを出そうとしているのに。

 

「畜生……ボコボコにしやがって。これでも喰らいやがれー!!」

「!!!」


 崇矢がそれを出した瞬間――


「ちょっとそこの君、何やってる!?」


 崇矢の背後から男性の声がした。寛斗はその人を見て心から安堵した。反対に、崇矢はゆっくり振り向いたと同時に一気に顔面蒼白になる。



「あ……あ……」


 弱々しい声でそれだけ言った後、崇矢は持っていた物をその場に落とした。カツンと地面に落ちる音が鳴ると同時に、その男性は「ん、これは……」と言いながらそれを拾う。


「何だ、スタンガンじゃないか。……どうしてこんなものを?」


 制服姿で制帽を被ったその男性…もとい警官は落ち着いた態度で崇矢に問い詰める。


「こっ、これは……身を守るために……。あのっ、コイツが殴ってきたんで……」


 しどろもどろになりながら弁解する崇矢だったが、寛斗は警官に真実を伝える。


「いえ、この人が先に襲いかかってきたんですけど」

「はぁ!?お前は殴られてねぇ…」


「違います!」

「あっちの人の言ってること、嘘でーす」

「明らかにあの人が先に殴りかかってましたけど?」

「それにガッツリ胸ぐら掴んでました」

「俺ら見てましたー」


 ずっと陰から見守っていた遥、めぐる、菫、悠太、恭平は、ここで表に出て証言した。菫は警官に撮った動画も見せている。

 

 「ほう…」と呟いて厳しい視線を送る警官に、崇矢は震えながら汗をダラダラ流している。一方、寛斗は手で口を隠しながら笑みを浮かべている。


(……あれ?清宮君もしかして……)


 菫がそう思っている間にも、警官は崇矢の肩をポンと叩き、あえて優しい口調でこう言った。


「いくら身を守るためでもスタンガンなんか持ち歩いちゃダメだよ。それと…君、安樂崇矢君だよね?」

「……へぇぇ!?」


 まさか警官に名前まで呼ばれるとは思わず、崇矢は愕然とした。もちろん、寛斗や菫達も「ん?」と思った。そんな状況に、警官はしっかりと説明を行う。


「君が前から暴力沙汰を起こしてるって通報があってね。少し前から君を捜してたんだ。とりあえず色々聞きたいことがあるから場所を変えようか。

ほら、こっちに来なさい」

「えっ!ちょっ……ちょっと待っ……」


 反論の余地も与えず、警官は崇矢をどこかに連れて行った。




 崇矢と警官の姿が見えなくなってから、5人は一斉に寛斗へと駆け寄った。「大丈夫?」「お疲れ様」「よくやったね!」とそれぞれ声を掛けて。


「大丈夫だよ。安樂さん案外大したことなかったし。警官さんも来てくれたけど、これは前から元カノさんのことで通報されてたっぽいな〜。

……まぁスタンガンだけは正直危なっ!て思ったけど」


 寛斗は笑顔を見せながらそう言ってのけた。最後の一言の時だけ苦笑いを浮かべたが。「よかった……」と漏らしながらめぐると遥は目を潤ませる。悠太は「きよみーって本当凄い!」と拍手し、恭平は「お前マジで強えーな」と寛斗の肩を叩いて褒め称えた。そして菫もそんな光景を見て笑みがこぼれる。


(今時の子らって……素晴らしいわね!みんな友達思いで優しくて……いい子じゃない)


 そんな菫達をよそに、寛斗はニヤリと笑い……


「で、皆いつからいたの?」


 と訊いてきたので、菫達5人はドキッとした。他の4人が焦って何も言えないので、菫は上手く誤魔化そうと口火を切る。


「うーん、ちょっと前かしらね〜」

「ちょっと前?結構前に声聞こえたけど……」

(あっ、私「危ない!」って言っちゃってたわね…)


 菫は思い出してつい苦笑いするも、当の寛斗もあまり気にしておらず、それ以上詮索することはなかった。そして寛斗は揉み合った際に落っこちた自分のスマホを拾うと……


「すー様、折り入って頼みがあるんだけど……」

「ええ、わかったわ」


 もちろん何のことかはわかっており、菫は二つ返事で快諾した。



 それから3日後。公ヶ谷タイムズ異例の号外が製作され、いつもの掲示板に貼り出された。

 タイトルは「号外!アメフト部いじめ事件の真相 元彼女にDVも!」。いじめの全容はもちろん、事の発端が元々誤解であったことや元彼女にも手を上げていた事実と、一切包み隠さず記されている。そして証拠写真もたくさん載っている。

 なお菫がこれを持ち込んだ際、委員長の暁は即時にOKを出し、新聞委員総動員の急ピッチで記事を仕上げ発行に至った。


 一方、崇矢はというと……自宅謹慎から改めて退学処分になったという。またアメフト部は今日からめでたく活動再開となり、寛斗達部員は腕を鳴らしている。




「…で、あのいじめられてた先輩はどうしてるんだ?」


 

 貼られた新聞を眺めながら、凜は横にいる寛斗に訊いた。あの第一報が貼られた日と同様に、掲示板前には生徒が大勢集まりごった返している。ところどころで「うわ〜」「サイテー」と、ドン引きしている声も聞こえてくる。


「あぁ、菊地さん?まだ休んでるけど、ゆくゆくは学校行けるようになりたいって言ってた。たぶん最初は保健室登校になるかも。

カオルンが「いつでも待ってるわよ〜」って」

「まぁそうなるか。でもお前がいれば大丈夫だろ」

「だったらいいんだけどな〜」


 凜が涼しい顔で言うと、寛斗は空を見上げながらそう返した。引退前までには帰ってきて欲しいな〜と思いながら。もちろんその時が来たら、アメフト部員一同で歓迎するつもりだ。

 目の前の新聞を眺めながら、凜は何か思い出したように「あっ…そうだ」と呟く。


「杉谷の奴、どの面下げて学校行くんだ?あんだけ喧嘩だってほざいてたし」

「あ〜…」


 それだけ言った後、寛斗は苦笑いした。


「なんかこってり絞られたらしいよ〜。教頭にも校長にも理事長にも」

「だろうな」

「それよりもさぁ、凜……」


 納得する凜をチラ見して、寛斗はまた別の話題を切り出した。「ん?」と訊きながら凜が振り向くと……


「あの時……凜も見てたよな?」

「…あの時?」

「…やっぱりわかって言ってるだろ。俺が安樂さんと話してた時だよ。いただろ?あの公園の前のダリーズに!」


 実はあの時、寛斗はまた別の視線にも気が付いていた。崇矢との対峙が終わって菫達が駆け寄ってきた時のこと。公園のすぐ前にある、前に菫達が女子会をしたダリーズの窓際の席にポツンと人影が見えた。それがどう見ても……凜にそっくりだったのだ。

 凜は思い出したように「あぁ、」と言った後、答えた。


「ちょっとコーヒー飲みたくって。遅くまで自習室で勉強してたから」

「……何だよそれ」

「まぁよく頑張ったな」


 まさかの理由に、寛斗は思わず吹き出したのだった。そんな寛斗に凜は少しだけ口角を上げ、改めて労いの言葉をかけた。





 

(あら、中々レアな組み合わせね…)


 寛斗と凜の後ろ姿を菫は正門前から眺めていた。何の話をしているのかまでは聞き取れないが。この2人が一緒にいるのを菫は見たことがない。強いて言えば宿泊研修の飯盒炊爨で、一緒に薪割りをしていたことぐらい。それも同じ班だからと思っていた。


(あの2人、仲良いのかしら?普段は一緒に行動しないけど……)

「あっ、宮西さーん!」


 彼らについて色々考えていたところ、背後から呼ばれ、菫はビックリしたのと同時に我に帰った。


「上川畑君、おはよう」

「おはようございます!宮西さん、見ましたよあの記事。あんな柄の猫ちゃん本当にいるんですね〜」

「え?」

「宮西さん前この辺で写真撮ってて内緒ねって言ってたじゃないですか。あの猫ちゃんを撮ったんでしょう?」

「……あ!」


 そういえば、あの新聞に自分の記事が載ったことを菫は今頃になって思い出した。アメフト部いじめ疑惑が大きな衝撃を与えたことと、新聞の隅っこに載せられていたため、ここで直に言われるまで話題にすらならなかったのだ。菫本人ですら失念していた程である。


「あはははは……そんなこと書いてたのもすっかり忘れてたわ」

「無理もないですよ。僕、ずっと宮西さんにあの猫ちゃんのこと話したかったんですけど、皆いじめの話題で持ちきりでしたから言い辛くて…」

「ちゃんと覚えてくれててありがと…上川畑君」


 確かに別の記事の話が出来る空気じゃなかったわよね……と思い、菫は苦笑いしながら直に礼を言った。それに対し、直はずっと言いたくて仕方なかったのか、満足げに微笑むのであった。


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