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8ページ目 菫さんとアメフト部の大騒動 中編


 その日の公ヶ谷高の話題は例のアメフト部いじめ疑惑のことで持ちきりだった。加害者と被害者いずれもいないはずの2年3組はいつも通り和気藹々……という訳にもいかず、どこか重苦しい雰囲気になってしまっている。

 中でもキャプテンである寛斗は頬杖をついて何か考え込んでいる様子だ。いつもピンと真っ直ぐな彼の背筋が珍しく丸くなっている。


「寛斗……大丈夫かよ?」


 流石に居ても立っても居られなかったのか、恭平が寛斗の席まで来て声を掛けた。するとすぐにいつもの笑顔に戻るも……どこか憂いを帯びているようにも見える。


「ああ……菊地さんと安樂さんあんまり仲良くなかったからな〜」


 ため息をついてから愚痴るように話すと、恭平よりも先に別のクラスメイトが口を挟んできた。


「お前知ってたの?そんなことがあったって」

「……」


 口を挟んだのは……凜だ。一見いじめなど興味なさそうなうえ、全くの部外者の彼がまさか首を突っ込むとは思わず、クラス全員一斉に彼の方を向く。ただ言い方のせいで、キャプテンという立場なのに黙認していたと疑っているようにも聞こえる。寛斗もそう捉えたようで、苦々しい表情で重い口を開いた。


「いや、仲が悪そうなのはわかってたけど、ここまでとは……。殴ったり蹴ったりまでは見たことなかったし」


「ちょっとナバちゃん!きよみーがいじめを放っとく訳ないじゃん!」

「そうだよ!知ってたらちゃんと何とかするって」


 ここでめぐるがわざわざ席から起立してまで凜に食ってかかる。悠太も同調して立ち上がる。それでも凜は例によってたじろぐことなく言い返す。


「別にそんなこと言ってねーよ。知ってるのか知らなかったのか聞いただけ」

「「…………」」


 めぐると悠太は何も言い返せず、ほぼ同時に席に座った。その直後、今度は莉麻が口を挟んできた。


「てゆうか…その安樂さんって人、彼女取られたから殴ったとか言ってたよね?それって本当なの?」

「うーん……。確かに彼女と別れたとは聞いてたけど…」


 寛斗によると、崇矢と元彼女が別れたのは去年の冬休み明けあたり。その彼女はある日を境にLIMEも電話も来なくなったという。もちろん心配した崇矢からも連絡を取ったが繋がらず。更にはSNSまで非公開になったうえフォローを外されたのだとか。

 

 ここからは崇矢が朝に弁明していた内容である。その後も諦めずに連絡し続けていたが、暫く経った後……見てしまったという。純太が元彼女の腕を取りながら一緒に歩いているところを。後日純太に直接確認したところ、のらりくらりと交わされたため崇矢は「クロ」だと判断し……暴力を振るってしまったということなのだとか。

 ただこれはあくまで崇矢の言い分であり、被害者である純太は帰ってしまい、事実上ダンマリを決め込んでいる状態だ。


 この後も2-3では「いくら略奪されたからといっていじめてはならない」、はたまた「彼女を奪われだんだから殴りたくなるのもわかる」と様々な意見が飛び交った。その後で優香子がまた別の話を切り出す。


「それより……顧問の先生は何やってるの?」


 やはり教室中から「あ〜」、「確かに」と声が上がる。


「うちも前いろいろあったけど、先生が1人ずつ呼び出して何があったのか訊いてたわ。で、嫌がらせしてた子は即刻辞めさせられてたし」

「なんか問題あれば普通顧問が立ち上がるよね?」


 優香子が続いて吹奏楽部の事情を話すと、サッカー部マネージャーの遥も同調する。というより、普通はどの部活も何か問題が起こればすぐに対処するだろう。

 

 しかし……寛斗は更に曇った顔で首を横に振る。今のところ顧問が何も手を打っていないのは想像に難くない。もちろん菫もそんなこったろうと思っており、全くの予想通りだ。


「で、アメフト部の顧問って誰だ?」


 肝心のアメフト部顧問が誰なのか恭平が訊くと、それまでずっと黙っていた菫がここで初めて口を開く。寛斗よりも先に。


「……杉谷先生、よね?……清宮君」


 


 

 その頃、杉谷はというと……


(はぁ……何とか終わった〜)


 まだ午前中だというのにかなり疲れ果て、ゲッソリした様子で校長室を後にした。杉谷はSHRの後、すぐに校長に呼び出されていた。もちろん、例の件で。


(ったく、勘弁してよ〜。教頭先生と校長だけかと思ってたらまさかの理事長まで来てるし。その分話が長くなって1時間丸々潰れて自習になったし。

まぁ「僕は知りませんでした」とか「ただの喧嘩です」って言っといたしもう大丈夫だろ。だいたい俺だって色々忙しいんだよっ!)


「杉谷先生、ちょっと…」


 頭の中で散々愚痴りながら職員室に帰っていたところ……杉谷は廊下である生徒に呼び止められた。


「清宮じゃないか、どうした?」

(……まさか例の件か!?でも俺だって忙しいし次の空き時間でテストの採点やらなきゃいけねぇし……)


 杉谷はしっかり返事こそしているものの、目が泳いでいるうえ眉毛もピクピク動いている。挙動不審であるのは誰が見てもわかるだろう。


「朝貼ってあった新聞の件ですけど…」


 来たーーー!とでも思ったのか、杉谷はビクッと反応した。動揺したのかと思いきやすぐに態勢を整え、寛斗が話し終わる前に笑顔を見せた。


 ちょうどその頃、菫と琴葉が廊下を通りかかり……


「ああ、もうそれは大丈夫だぞ!」

「へ??」


 唖然とする寛斗を気に留めず、杉谷は一方的に話を続ける。


「あれはただの喧嘩だよ、ケ・ン・カ!」

「け……喧嘩……?」

「そうそうそう!ただ喧嘩しただけなのに新聞委員の連中が盛って書くんだから……。それにお前だって聞いただろ?そもそも菊地の方が安樂の彼女取ったんじゃないか。自業自得、因果応報だよ」


 寛斗は暫く黙った後、軽くため息をついてから吐き出すように言った。


「……それ、菊地さんにも話聞きましたか?」

「菊地?いや聞いてないけど……」

「えっ!?」


 あっさりと否定し、寛斗は愕然とする。


(嘘だろ!?安樂さんからしか話聞いてないってことだよな?)


 そう思っている寛斗をよそに、杉谷は話を続ける。


「いや、正確に言うと聞いていないんじゃなくて聞けないんだよ。菊地は今日欠席してるから。……本当は聞きたいところなんだけどなァ〜」


 最後の一言のみ、杉谷は目を逸らしながら言った。恐らく本当は……聞く気すらないのだろう。寛斗にはそうにしか見えない。


「さぁ、この話はもう終わりな。校長や理事長には喧嘩って報告しといたし。じゃあ早く教室戻れよ!」

「………………」


 寛斗が苦虫を噛み潰したような顔をしているのもどこ吹く風、杉谷はさっさと職員室に帰ってしまった。

当然、寛斗はガックリ項垂れ、大きなため息をつく。


 偶然その近くで話を聞いていた菫と琴葉も、もちろんドン引きしている。


「あーあ……顧問のくせに何やってんのよ」

「ね!」

「あれじゃ……教師失格ね。そもそも顧問ならちゃんと対応して、いじめた奴にはしっかり制裁しないと!ズボン脱がせてお尻に落書きするとか。どこぞのグレートティーチャーみたいに!」

「……それ本当にやったらクビよ、菫ちゃん」


 こんな時でも青春マンガの話をする菫に、やはり琴葉は笑顔でツッコむのだった。


 

 杉谷はああ言ったものの、結局崇矢には自宅謹慎の処分が下された。あくまでいじめではなく喧嘩と処理されたが、暴力を振るったことに変わりはないので、このような措置が取られたと思われる。また、この余波でアメフト部はそれ以降活動休止となっている。

 そして、純太への処分は今のところないが……あの日以来一度も学校に登校していない。

 

 あの新聞が貼られてから土日を挟み2日が経過した。杉谷は相変わらずのらりくらりと授業を進めていた。今のところ上の者から事件について詰められることもなければ、生徒達から訊かれることもないので一件落着したものと勝手に認識している。 

 

 2時間目の授業が終わって職員室に戻り、スマホをふと見るなり彼はギョッとした。着信が5件、立て続けにあったからだ。杉谷は急いで廊下へ向かうと、直ちに電話をかけ直す。


「……もしもし」

「あっ、源太!何で出てくれないのよ」

「授業中だからだよ!何だよこんな時間に?もうすぐ次の授業が…」

「ぃたたたた…」

「どうした?母さん!」

「さっきお父さんをトイレに連れて行こうとしたら、足……ぐねっちゃって」

「は!?マジかよ〜」


 耳にスマホをつけたまま、杉谷は頭を抱え歯を食いしばる。父だけでも手一杯だというのに今度は母まで……と。


「だからその……早く帰ってきて欲しいの」

「……わかったよ」


 杉谷は電話を切るなりがっくり項垂れた。今日だって授業以外にもやることが山のようにある。なのに早く帰らなければならず、いわゆる風呂敷残業になるだろう。家だとなかなか集中出来ないのに……とついイライラしてしまう。杉谷は頭をゴシゴシ掻きながらせっせと職員室へ戻る。


 席に戻って準備をささっと済ませて教室に向かおうとした時だった。日頃ここではあまり見かけない教諭が職員室にいるので、思わず二度見して立ち止まってしまう。


「中村先生じゃないっすか」

「あら杉ちゃん。お疲れさま」

「保健室にいないなんて珍しいっすね」

「まぁちょっとね〜。今誰もいないし。ねぇ見てよこの写真。よく撮れてるでしょ〜?」


 養護教諭の中村は普段は保健室にいるのだが、この時は珍しく職員室にいた。そもそも彼も教職員なので、職員室に席は当然あるのだが。そんな中村はというと、机いっぱいにたくさんの写真を並べている。


「あ〜、こないだの宿泊研修のやつっすね」


 こうして見てみると…どの生徒も楽しげに笑顔を見せている。きっと皆にとって楽しい宿泊研修になったんだろうなぁ、と杉谷も感慨深くなる。中村は怪我人や体調を崩した生徒がいない時、ほぼずっとカメラを構えていたのだ。


「全部アタシが撮ったのよ。あっ、2年3組のもあるわよ〜」

「おっ!じゃあ後で見せてくださいよ。俺これから授業なんで」

「あら〜、頑張ってね〜」


 中村が2年3組の写真も見せようとしたが、杉谷は一旦断って次の授業へと足早に去っていった。




「…………」


 杉谷が行った後も、中村は2年3組の写真を机に広げたまま。この宿泊研修では病人も怪我人もほとんど出なかったので、ほぼ終始撮影に集中出来ていた。そのため1クラスの写真だけでも20枚ぐらいはある。


(えーっと…………いた!この子ね!あっ、ここにも写ってるじゃな〜い)


 中村は徐に3枚の写真を続けて手に取った。1枚目は飯盒炊爨の時の写真で、作ったカレーと一緒に笑顔で写るとある班。2枚目は騎馬戦の写真で騎手の悠太が相手に今にも飛び掛かろうとしているところ。3枚目はキャンプファイヤーでワイワイしているめぐる達のグループの写真。


(この子ね……清宮君は。髪型はちょっとパーマのかかった茶髪で前髪はセンター分け。あとは制服着てる写真があったらいいんだけど……)


 今まで見た写真の中の寛斗は全て体操服姿なので、制服姿の写真を探す。この高校の制服の規則は緩く、普段どんな着こなしをしているかさえ判明すれば、特定しやすい。暫くの間写真と睨めっこしていると、中村は思わず「あったわ!」と口走った。


(腕に白いラインの入った紺のカーディガンに、ネクタイはしてる、と。これでどの子が清宮くんなのかわかったわ。あとは呼び出すだけね……)



 4時間目終了のチャイムが鳴った。程なくしてどのクラスも生徒が教室から出て、購買部や食堂へと向かっていく。中村がいる保健室の前もバタバタと足音がうるさく聞こえてくる。中村が保健室にいるのはいつものことだが、今日はある人物を待っている。先に昼食を済ませるべく、中村が弁当を取りに冷蔵庫へと向かったところで、ノックの音が3回響いた。急いで戸へと向かう。


「…あら、いらっしゃい!お昼食べてからでよかったのに〜」






 中村に言われるがまま、寛斗は保健室の長いソファに腰掛けた。テーブルを挟んだ向かい側に中村は自分の椅子を持ってきて、そこに座る。


「急に呼び出してごめんね〜」

「いえ、大丈夫です」

「今日はちょっとお話ししたいことがあったから呼んだのよ。まぁ何の話なのかはわかってると思うけど」

「……あの新聞のことですよね」

「ピンポ〜ン!流石清宮君ね」


 中村はそう言いながら、まずは何から話そうか頭をフル回転させ考える。目の前にいる寛斗は花粉症で部活もないためかマスクをつけている。奥二重の少し垂れ目がちな目は若干伏し目になっていて、どこか神妙な面持ちだ。まぁ自分がキャプテンを務める部活であんなことがあっては無理もない。


「…実はアタシも思い当たる節があってねぇ」

「……えっ??」


 とりあえず中村は自分が前々から気になっていたことから話すことにした。もちろん寛斗に聞きたいこともあるのだけれど、自分から話した方が彼も話しやすいだろう。その作戦が効いたのか、寛斗は早速目を丸くして前のめりになっている。


「実はねぇ、最近よく来てくれたのよここに……菊地君が」

「……本当ですか!?」

「ええ」

「それは…怪我で?」

「いや、お腹痛いって言ってたわよ。確か先週も何回か来てくれたわね。で、「あら、またなの?」ってアタシ言った記憶あるの」

「!!」


 中村が思い出しているのは、最後に純太が来た日のこと。その日は金曜日の5時間目だっただろうか。誰も来ない保健室で、暇なので軽く掃除をしていた時に、またしても純太はここに来た。前と同じで顔色が悪く、胃の辺りを手で押さえながら。


「あら、アナタまた来たの?」

「またお腹痛くなっちゃって……」


 そんなやりとりをしたのも数日振りだ。こう頻繁に来てくれるものだから、中村はつい純太にこう訊いた。


 「それにしても最近よく来るじゃない。しかも胃が痛いんでしょう?もしかして何か悩みがあるの?」


 あの時はこんなことがあったと知らず、軽い気持ちで訊いたのだが、純太は苦笑いして答えた。


「あ〜、ちょっと最近勉強が上手くいかなくて……」

「あら〜、そぉなの〜」


 これを間に受けた中村は普通に勉強によるストレスと認識し、アドバイスを送った。


「一緒懸命頑張るのもいいけど少しは休まなきゃね。あまり無理しちゃダメよ」


 その後、純太はベッドに入って1時間だけ休み、6時間目と部活は普段通り出席していた。


 


 寛斗にとって、そんな話は全くの初耳だ。最近保健室よく行くことも、勉強での悩みも純太本人から全く聞かされていなかった。


「それって勉強のせいじゃなくて……」

「その可能性が高いわね。それに……」

「まだ何かあるんですか?」

「痛そうなのはお腹だけじゃなかったような気がするのよ」


 中村が違和感を覚えたのは、純太が頻繁に保健室に来ることだけではなかった。あの時、ベッドへと向かう純太のある仕草が……中村にはどうしても心に引っ掛かる。正直今まで忘れかけていたが、あの新聞が出て、脳裏に蘇った。

 それを中村の口から聞いて、寛斗もはっとした。


「実は俺も……」



その頃、保健室前では――


「「…………」」


 貼られた掲示物を眺めている…フリをしている人物が2名。昼休憩真っ只中だからか、保健室の前は人通りが少なく2人とも小柄だからか、誰も気付いていない様子だ。もちろん、中にいる中村と寛斗も。


「……やっぱりガチのいじめっぽいな〜」


 その1人である、外にはねた無造作ヘアに白いカーディガンと赤白のネクタイの男子がそう呟いた。もう1人のロングヘアにブレザーを着て赤いリボンを着けている女子が彼を睨みつけ、黙って唇に人差し指を当てる。それから女子の方は持っているスマホを数回指差した。男子は慌てて「ごめん」と言わんばかりに手を合わせる。

 

 この2人は寛斗のクラスメイトの……悠太と菫である。実は寛斗が保健室に来てから程なくして、彼らもここにいるのだ。

 

 4時間目が始まる前のこと、寛斗が中村に呼び出しを喰らっていると3組で噂になっていた。恐らく例の件のことで何か聞かれるのかと皆で心配し、菫と悠太が代表で盗み聞き…もとい様子を見に行くことにしたのだ。尤も、中村のキャラから寛斗が獲物にされているのではないかと疑う者もいたが。


 菫も悠太も小柄でいざという時に隠れやすいので、この2人が行くことになったのだが……悠太は見かけによらず声が大きい。先程はうっかり口走られたため菫はヒヤヒヤしたが、気付かれていない模様。なので、ここからはスマホを使って話すことにする。


『胃が痛くてしょっちゅう保健室来てたらしいけど、いじめられてストレス溜めてたのかな?』


 菫はすぐに返信を送る。


『間違いないわね。ストレスって結構胃に来るから』

『てゆーか、あの新聞のやつ以外にも色々あったみたいだね』

『そうね。あれの前から日常的にあったんじゃない』


 保健室での会話を聞きながら、菫と悠太はやり取りを続けている。そのうちに叩けば埃が出るかの如く、色々な話が出てきて……菫と悠太は思った。これは杉谷が言う「喧嘩」などでは到底ないと。




 しかし、暫くして……


グゥゥ〜〜〜


「ちょっと!池田君!!」


 菫はつい口を滑らせてしまい咄嗟に口を押さえた。隣では悠太が真っ赤な顔を両手で隠している。


(いかにも漫画みたいな展開ね……って!そう言う問題じゃなくて!なんでこんな時にお腹の音が鳴っちゃうの〜!つい口が滑ったじゃない!)


 悠太の腹の虫の鳴き声も菫の声も……なかなか大きく響いていて少なくとも保健室には聞こえているだろう。2人とも呆然と立ち尽くしているが、今更逃げたとてもう後の祭りだ。それから間もなく保健室の戸がガラッと開いた。

 一方、寛斗はくっくっと笑い出していた。声の主はもちろん、腹の虫の主にも心当たりがある。



「きよみーごめん……盗み聞きしちゃって」

「ごめんなさい、清宮君。言い訳になっちゃうけど、皆心配してたから…」


 結局自分達も保健室に入れて貰うことになったが……まず2人とも寛斗に深々と頭を下げ謝った。怒られるかと思いきや、寛斗は案外気にしていないようで首を横に振る。


「全然いいよ。むしろ関係ないのに心配かけてこっちこそごめん。というより……お腹空いてんの?」


 寛斗が悠太を見てニヤニヤ笑いながら訊くと、図星だったようで彼は再び赤面した。


「だって……まだお昼食べてなくて」

「あの音聞いた時点でだぁ坊だろなって思ったんだよ!去年なんか授業中…」

「やめてー!!すー様もいるのにー!」


 つい先程とは打って変わって笑顔になる寛斗と、やめさせようと大慌てする悠太。気心知れた2人のやり取りを菫はにこやかに見守る。


「だぁ坊は食いしん坊だからな〜。2人ともとりあえず座れば?」


 ひとしきり笑ってからソファのすぐ横をポンポン叩く寛斗に言われるがまま、悠太と菫も座った。今保健室にいるのは寛斗、悠太、菫の3人だ。中村は購買で3人分のパンを買いに行ってくれている。なんだか珍しいメンバーで昼食を食べることになったが、そういう機会も中々ないのでまぁいいやと菫は思った。


「まぁそりゃ心配しちゃうわよ。アイツが頼りないし……」

「「アイツ」って……杉谷先生のこと?」


 腰を下ろしてから話を戻す菫に、悠太が苦笑いしながら訊く。菫はうんうんと何回も頷き、話を続ける。


「まさかここまで無能だなんて思わなかったわ!……何がただの喧嘩で大丈夫なのよ!」

「もしかしてすー様……前聞いてた?俺と先生で話してんの」

「あっ!たまたま近くを通りかかったから……」


 菫はギクっとした。また盗み聞きを疑われるかと菫は思ったが、やはり寛斗はそこまで怒っていない模様。というよりも不満そうに頭を抱えている。


「えっ、杉谷先生何も動いてないってこと?」


 悠太が訊くと、寛斗は更に顔を曇らせて頷く。当然、菫も悠太も絶句した。

 と、ちょうどいいところに戸がガラッと開き、中村が帰ってきた。





「んもぉ〜〜〜!何やってんのよ杉ちゃん!!これのどこが「喧嘩」なのよぉ!後でとっちめてやんないと!」


 中村は心底ガッカリして杉谷を非難する。顧問であるはずの杉谷はこの件を「喧嘩」と処理したうえ、崇矢の話を鵜呑みにし、肝心の純太からは話を聞いてすらいない。そんな杜撰な対応を包み隠さず寛斗から聞いた中村は、案の定このリアクションだ。

 当然、菫と悠太も心からドン引きしている。杉谷の人となりは昔から知っているが、まさかここまで酷いとは……と菫は思い知らされる。


 一方、杉谷の対応について話していた寛斗はもう怒りや悲しみを通り越し、呆れ果てたのか遠い目をしていた。それでも寛斗は瞬きをした後、真剣な顔である事を打ち明ける。


「まぁ先生が頼りにならないんで……俺、こないだ直接話聞いたんですよ。菊地さんに」


 「えっ!」と他の3人は目を丸くした。まさか顧問よりもキャプテンの方が仕事が早いうえ、怠慢せずに職務を全うするなんて誰が思っただろうか。


「えっ、菊地さん……って確か殴られてた人よね?」

「そう」


 菫が訊くと、寛斗はあっさりと頷く。続いて悠太も寛斗に質問を投げかける。


「お家まで行ったの?わざわざ?」

「うん、寄せてもらった」


 寛斗がまたもあっさり答えたと同時に、菫と中村は再びガックリ項垂れる。悠太も大きなため息をつく。


「……本っ当に何もしてないのね!本来なら顧問がやるべきことでしょ!なんで清宮君にやらせるの!?」

「ええ!宮西さんの言う通りよ!」

「いやー、俺が勝手にやったことだから…」


 遂に怒り出した菫に、中村は腕を組みながら何回も頷く。一方、悠太は何を話したのかが気になるようで……


「で、何か色々話聞けたの?」

「……ああ」


 寛斗は大きく頷いた。



 こうして話しているうちに、昼休憩の時間は残り半分になった。菫達3人は中村が買ってくれたパンをようやく食べ始める。

 中村は全部でパンを9個買ってくれたのだが、寛斗が3個、悠太が4個、菫が2個という分け方になった。唯一運動部でなくアラサーである菫にとって3個は多かったので、大飯食らいの悠太が1個多く食べることに。ちなみに悠太は中村の大きな弁当にも興味を持っており、食べたそうにじーっと眺めていた。


 パンを食べながら、菫は寛斗に何気なく聞く。


「その菊地さんって人、どんな人なの?」


 寛斗は少し考え込んでから、質問に答える。


「……普通に頼りになるし、面倒見のいい人だよ。1年の時から凄くお世話になってて……」


 これを皮切りに、寛斗は足下を見つめながら純太について思いの丈を語り出す。


「俺、部活入るまでアメフトのことなんか全然知らなくて。アメリカのドラマ見ててカッコいいなって思って入ったから。ルールすらイマイチよくわかんなかったけど、菊地さんが一からしっかり教えてくれたし、上手くいかない時は相談に乗ってくれたし、キャプテンになった時も「お前ならできる」って言ってくれたし……」


 だんだん語気を強め、膝の上に置いた両手を強く握りながら話すのを、3人は黙って話を聞いていた。寛斗にとって純太は良い兄貴分のような先輩で、何とかしてでも今の状況から助けたいという気持ちが菫達にひしひしと伝わってくる。聞いているうちに……菫にはある疑問が湧いてきた。


「菊地さんってとても後輩思いな人なのね。……そんな人が略奪なんてするかしら?ましてや同じ部活の人なんでしょう?」

「……確かに!そう言われても信じられないよ」


 菫が口に出すと、悠太もはっとした様子で同調した。寛斗はパッと顔を上げ、ハッキリと断言する。


「それ菊地さんから直接聞いたけど……嘘だよ」

「マジか!」

「やっぱりね…安樂さんってそんな悪い人なの?」


 菫と悠太は納得する。寛斗から聞いた限りでは、そんなことをする人とは到底思えないからだ。菫はついでに崇矢の人となりも訊くことにした。


「うーん、安樂さんは自分にも他人にも厳しい人かな。確かに怒られてる後輩とかもいたけど、誰よりも練習頑張ってたからな……。まさか……」


 寛斗は再び少し考え込んでから、そう答えた。少なくとも崇矢がいじめをするなんて思ってもみなかったようだ。再び寛斗は悲しそうに目を伏せるので、菫は同情を禁じ得ない。


(そりゃあショックよね……加害者被害者どちらも日頃お世話になってる先輩なんだから)



 しんみりした空気になりかけたが……中村はその空気を変える。


「それにしても良いクラスね〜。こう大変な時に心配して様子見してくれるなんて……まぁ担任はアレだけど」


 強面に似合わない優しい笑顔を浮かべながら、中村は重箱のような箱に入った弁当をかき込んでいる。

 菫は中村が入れてくれたコーヒーを流し込んでから、チラリと横を眺める。


「そりゃあ……清宮君がちゃんと学級委員やってくれてるから」


 マスクをずらして焼きそばパンに齧り付いている寛斗は、何も言わず「俺?」と視線を隣に送る。悠太もムシャムシャ食べながら首を縦に振っている。驚いているのは中村だけだ。


「ええ?アナタ学級委員もやってるの!?」

「はい」

「大変でしょ?学級委員もキャプテンもやって、おまけに顧問の仕事までさせられて…」


 中村がそこまで言ったところで、寛斗は食べ終わってコーヒーを飲んでから、ふふっと笑みを浮かべる。


「まぁ確かに忙しいですし疲れますけど…楽しいですよ。学級委員もキャプテンも色んな人と絡んだり喋ったりする機会があるじゃないですか。それが楽しいですし、友達も増えますし勉強になることだってありますよ。なのでどっちも皆から選んでもらえて嬉しかったです」

「きよみーは去年も学級委員やってたもんな〜」


 あっけらかんと話す寛斗に悠太もニヤッと歯を見せる。一方、菫は黙ったまま目を輝かせている。まるで目から鱗が落ちたかのように。


(この子……凄くない!?所謂コミュ力お化けってやつ!?そりゃ学級委員にもキャプテンにも選ばれる訳よ……私も投票したし。まるで青春ものに出てくるリーダー格の子そのものね……)

 

 菫だけでなく中村も感心した様子で目を見張っている。それでも養護教諭らしく、寛斗を気遣うのを忘れない。

 

「まぁ!偉いわねぇ。でも少しは気楽にやらないとね。休みもしっかり取らなきゃ」

「そうよ、私も皆も心配してるんだから。清宮君が頑張りすぎて倒れないか」


 中村に同調し、すかさず両手で軽くガッツポーズしながらそう言う菫に、寛斗は声に出して笑った。


「ははっ、そう簡単には倒れないから大丈夫だよ。いつも鍛えてるから。それに菊地さんのためならこんなことぐらい…」

「…さっすが清宮君ね!」


 再び彼の言葉に心を打たれた菫は、いつしか尊敬の眼差しで寛斗を眺めていた。ここまで年下の人物にそんな感情を抱くのは菫にとって初めてだ。


「で、清宮君。これからどうするつもり?」


 ぎっしり入っていたはずの弁当を、いつしか完食していた中村が寛斗に訊く。すると寛斗は…


「いや、俺が直接話してきます。安樂さんと」


 再び真剣な眼差しを中村に向けて、よく通る声で言い切った。


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