4ページ目 菫さんの宿泊研修 後編
凜が見せた画面には、数年前の自分がいた。今よりもずっと明るくて綺麗に巻いた茶髪に、とっくの昔にフリマアプリで売ったはずだった濃いピンク色の華やかなワンピース。横にいるのはこれまで相手をしてきた数多い客の中の1人である。
どうして……彼はこんな写真を持っているのだろうか?菫は驚愕と動揺のあまり固まって黙り込んでしまった。
「………………」
もし違うのであれば、普通は「違う」と間髪入れずに否定するだろう。しかし…こんなリアクションをしてしまっては「その通り」と認めてしまったも同然だろう。チラリと彼の表情を伺うと、「やっぱりな…」とでも言っているような気がしてならない。
腹を括った菫は大きくため息をついて、念のため本当に周りに誰もいないか再確認して沈黙を破る。
「……そう、これ……私よ」
弱々しい声で打ち明けると、凜は表情を変えないまま数回頷く。それどころかまだまだ追及をやめようとしない。
「宮西の顔見て…なんか見たことあるなって思ったんだよ。で、こんな仕事やってたってことは…俺らと同い年じゃねーよな?年誤魔化すにしてもアンタみたいな容姿じゃ無理だろうし」
まさかまさか…たったの数日でバレてしまうなんて。それも過去の写真からだなんて菫にとっては全くの想定外だった。確かに身バレを防ぐために髪を暗く染めてほぼノーメイクに近い薄化粧にし、わざわざ遠方の学校に通うようにはしてはいた。
ただ、元勤務先の近くから通学している生徒がいる可能性までは正直考えてもいなかった。
菫はもう一度再びキョロキョロ見回してから、仕方なしにポケットから財布を取り出し、あるものを凜に見せる。
「…あなたの言った通り、私皆と同い年じゃないわよ。ほら」
それは…運転免許証だ。菫のそれには18歳を過ぎていないと取れないはずの「普通」の記載がある。それに生年月日も…「1998年4月7日」とある。
「1998年って…27歳ってこと?」
「……そうよ」
「なんでまた?アラサーにもなって制服着るとかなかなかメンタルつえーなアンタ」
「………幸い私よく未成年に間違えられるし、クラスの皆もあなた以外気付いてなさそうだし〜」
「自慢かよ」
何とか作り笑いをして冗談っぽく話すと、思いの外しっかりツッコんでくれた。が、凜はまだまだ話を続ける。
「俺らを騙してまで、そこまで高校生になりたかったのか?」
そう訊かれると……やはり心苦しいくなり口篭ってしまう。しかも昨日の夜は菫の実年齢を知らず、自分達と同い年と思っている皆とトランプして遊んでいたのだ。そう思うと、尚更隠し通さねばと思わざるを得ない……が、今こうして凜にはバレてしまっている。
「……まぁそういうことになるわね。年齢バレたら無理でしょ?普通にクラスメイトとして関わるのは」
「まぁそうだな。俺らぐらいの時に高校行ってねぇってこと?」
「辞めたのよ、2年に上がる前に」
「だから高校に行きたかったのか?つーか高卒認定とか定時制とかあるの知らねーの?」
やっぱりちょっとキツい言い方だなぁと思いながら……菫は27歳にもなって全日制高校に行くことになった理由を包み隠さず話した。
★
「……へぇ。アラサーにもなって俺らと一緒に青春を謳歌?
……なかなかキモいことするぜ。まさか俺らと同じぐらい年下奴と付き合いてーとか?」
「……………………」
「キモい」の一言で片付けられ、流石にカチンときた菫は……俯いたまま握った両手を震わせて呟いた。
「……生田目君、私の何がわかるの?」
それを皮切りに……菫は今まで青春を楽しむことができなかった不満が止まらず、喧嘩腰で凜にぶつけてしまう。周りに他に誰かがいる危険も顧みずに。
「どうせ苦労もしないで何不自由なく高校に行かせてもらえたあなたにはわからないわよ!
朝から晩まであくせく働いて、青春を謳歌するのを諦めた人の気持ちなんか!私だって…………高校行って青春して楽しい時間を過ごしたかったわよ。だから今やり直してるの!
でも私、流石に恋愛だけは今は諦めてるから。いい大人が高校生と付き合うなんてどう考えてもアウトでしょ。友達として付き合いたいだけ!」
もちろん、菫は頭の中ではわかっていた。こんなことをクラスメイトにぶつけてもどうしようもないことに。しかも最終的には自分が選んだので、それを指摘されるとそれまでだ。
それでも……言い出したら止まらなかった。それと菫は同時に改めて実感する。やはり自分は葵が羨ましかった。葵と同じように高校で友達に囲まれて遊びに行ったり一緒に勉強したりお弁当を食べたり、部活に全力投球したり……と。
そんな菫にいきなり怒り出され、捲し立てられる羽目になった凜だが……今までと変わらず無表情のまま黙って話を聞いている。それをいいことに、菫はつい余計な一言まで……
「とりあえずもうちょっと人の気持ち考えた方がいいんじゃないかしら?そんなんだから振った相手にいつまでも粘着されるんでしょ?」
……しまった!菫が思ったのは言ってしまった後。スーッと血の気が引いてくるのが自分でもわかり、外に出た時よりもずっと寒さを感じる。いくら何でもこんなこと言われたら……流石に怒っているに違いない。怖くて怖くて凜の顔すら見れなかった。
「っ!ごめん……」
居た堪れなくなった菫は……凜と目を合わせないままそれだけ言い、彼の顔を見ずに一目散に走り出した。菫は足も遅いのでとにかく一生懸命走った。
(……あー!もう!こんなこと言っちゃダメだって……人の気持ち考えてないのはどっちなのよ……)
青年の家の宿泊棟の裏に行き着いた菫は、ハアハアと息を荒げる。少しばかり息が整ってから、後悔に苛まれながらその場に三角座りをし、膝の上に頭を突っ伏す。ただた自分を責めることしかできない。
(もうちょっと落ち着いて……営業スマイル見せて、私の秘密守ってね。ってお願いすればよかっただけのことじゃない……。
何やってんのよ私……いい大人のクセに……)
悔恨と共に……菫は諦めの境地に入ってしまう。
(これは……年齢バレるわよね。あんなこと言われたら腹いせに皆に暴露するとか……)
「あっ、菫ちゃーん」
悶々としていた菫の耳に、普段通りの明るい声が入ってきた。ふっと顔を上げると、数メートル先で琴葉が手を振っていた。
★
どうやら琴葉も他の皆より早く目覚めたらしく、菫にLINEを送ったが返信が来ないため、外に捜しに行っていたらしい。明らかに何かがあった様子の菫を見かねて、琴葉は横に座って凜との話に耳を傾けてくれた。
「あらら……バレちゃったのね」
「まさかあの店の近所の子がいるなんて……」
相変わらず暗い顔の菫に、琴葉はポンと肩を叩く。
「……まだバレたのが生田目君でよかったんじゃない?生田目君友達いないし」
「……えっ、いないの?」
思わず菫は聞き返すが、よくよく考えると凜が他のクラスメイトとつるんだり親しげにしているところを見たことがない。
「私生田目君って前同じ委員会だったし、クラスは違うけどある程度知ってるのよね。1年の時も委員会の時も誰かと絡んでるの見なかったもん」
「そうなのね……」
そう言うと、琴葉は笑顔を見せ……
「それなら誰にも言わないんじゃない?そもそも誰ともあまり話さないんなら」
「……そうかしら」
「それに……主人公に秘密があってもそれを知ってる人がいる。それも陽キャというよりもクールな奴に。青春ものじゃ王道の展開じゃない?」
そう言われると……確かに王道な展開で菫は思わず吹き出した。凜に余計な一言を言ったのは心が晴れないが。
「性別偽って高校入るやつとか?……確かにそうかもね」
「そーそー!」
「……で、その秘密を知ってる奴と恋愛関係になるって?流石に高校生はそういう対象じゃないわよ?」
「それもフィクションだけの展開だし、そこまで言ってないじゃない。……生田目君かぁ」
今度は琴葉がため息をつく。いつも明るく天真爛漫な琴葉が珍しい……と思い、菫は気になってしまう。
「……生田目君がどうしたの?」
琴葉は先程よりも大きなため息を吐き出してから、小声で呟いた。
「……前告白したのよ。凄いカッコいいから一目惚れしてて」
「……あらまぁ!」
「もちろん、振られたけどね……まぁもういいのよ。私今別の人が好きだから」
「……琴ちゃんだってしっかり青春してるじゃない」
そう言う琴葉の目はうっとりしていた。もう凜への未練はないらしく、新しい恋に夢中のようだった。
★
やがて他の生徒達も次々と起床し2日目が始まった。朝食を食べた後、3組の本日最初のレクリエーションのラフティングが行われていたが……その間、菫は当然凜と目を合わせないようにしていた。幸い班も違うのでそもそも絡むこともなく、菫がホッとしたのは言うまでもない。
その後、一行は屋外にある炊事棟へと移動し、班ごとで行う飯盒炊爨とカレー作りが始まった。
カレー作りの途中、同じ班のめぐるが腕を組んでまたも怒号を放っている。
「いい加減にしろよよっしー!」
怒られているのは…やはり和馬だ。案の定、1人だけサボっているうえ近くの椅子に座って眠たそうにコクリと首を揺らしている。6班では和馬と佳之の男子2名がかまどの火加減の調整をやっていたはずだが…かまどにいるのは佳之だけ。当の和馬はというと…何とも眠たそうにあくびをしている。
「うるせーなぁ、ねみいんだよ」
「うちらだってさっきまでボート漕いでたんだし疲れてんのにやってんだよ」
「だって昨日遅くまで正座させられてたんだよ…ずっと女子の部屋行っててさぁ…」
どうやらやらかした人物に正座のペナルティがある噂は本当だったようだ。よく見てみると、和馬と同じグループの貴大、龍星も目が少し腫れていたり眠たそうな目つきで作業を行っている。
(あらら……女子部屋に忍び込むのも青春……いやダメよね。吉田君達のグループ、皆女子部屋行って正座させられてたのかしら?あっ、でも…)
しかし、例外が1人だけいる。またも青春っぽさを感じながらも、菫は知輝だけは普段と特段変わりなく元気なことに気付く。彩矢音もそれに気付いたのか素朴な疑問を彼に投げかける。
「てかホリトモ、なんでアンタだけ元気なの?ターちんもカネリュウ(龍星)もよっしーもめちゃくちゃ眠そうなのに」
そう訊かれると、知輝はガックリと肩を落とす。
「……俺だって女子部屋で過ごしたかったしタカらと一緒に部屋行ったんだよ。行ったけど………門前払いされちまった」
そういう訳で知輝は正座から逃れたのだろうが、喜ぶどころか当事者の3人よりもずっと落ち込んでおり、火の玉が彼の周りに浮かんでいそうだ。そんな知輝をよそに、めぐると彩矢音はそれを聞いてすぐに可笑しそうに笑い出した。
「笑うな!『アンタ来なくていいから帰って』って酷すぎるだろ〜。トモちゃん泣いちゃう」
「トモちゃんて。キモいわ」
「てかよっしーの奴また寝てるんだけど」
「またぁ?ったく、しゃーないなー」
嘘泣きする知輝の横で和馬は座ったまま再び寝落ちしていた。そういえば先程から彼の声が聞こえないと思ったら案の定。あれほどめぐるに怒られたというのに全く効いていない。めぐるはやれやれと言いたげな表情で首を横に振ると、別の班の人物とアイコンタクトを取って手招きをする。
その人物はこちらへ近付き、居眠りしている和馬の肩をポンポンと軽く叩く。
「吉田君、起きて」
「んぅ……?……っ!!すっ、杉浦ぁ!?」
思いもよらない人物に起こされ、和馬は飛び起きた。いつの間にか彼の横にいたのは……杉浦優香子だ。クールビューティーで大人っぽい雰囲気の彼女は、男子にとっては高嶺の花と言った存在だ。
「ちゃんと手伝いなよ、めぐる達皆困ってるんだけど」
「わ、わりい…」
(あれ?案外素直に言うこと聞いてる。山﨑さんが言っても聞かなかったのに)
そんな優香子に注意されると……和馬は即座にシャキッと起きて立ち上がった。数分前までの眠たそうな顔はどこへやら。なぜかめぐるに叱られた時と態度が全然違うため、菫は一瞬不思議に思ったが、その理由を勝手に推察し肉を切りながらニヤリと笑みを浮かべた。
(吉田君もしかして……杉浦さんのこと……うふふ!)
「あ、よっしー。起きるんなら薪割りやって。私とバヤシで火見てるから」
「…はーい」
「寝ぼけてたら手ぇ切るぞ〜」
めぐるに交代を命じられ和馬はすごすごと少し離れた薪割り台のところへと向かった。すると今度は知輝まで鼻の下を伸ばし……
「杉浦ぁ〜、俺も寝てたら起こしてくれよ〜」
「「…………」」
どさくさに紛れてニヤニヤ笑いながらおねだりする知輝に、女子3人はただただ閉口した。どうやら昨日の騎馬戦のイカサマで、優香子が顔に出るほどドン引きしていたのを知輝は知らないようだ。
「ゆかちゃーん!ちょっと手伝って!」
ちょうどその時、優香子と仲良しの阪口千穂に呼ばれ、優香子は知輝に何も言わずすぐに去って行った。「オイ無視かよ〜」と捨て台詞を吐く彼を尻目に。めぐると彩矢音が手を振り知輝が嘆く中、入れ違いにある女子が彼に接近してくる。気怠げな声で「ホリトモ〜」と呼びながら。
「な〜にサボってんのよ」
「みっ、水谷…」
知輝と同じ班で、色っぽい雰囲気の水谷英玲奈が彼に声を掛けた。恐らくダベっている知輝を連れ戻しに来たのだろう。
「えれにゃじゃん。ホリトモ連れて帰って」
「さっきからずっとサボってんの」
「さ、サボってなんか…」
「ねぇホリトモ、サボってる暇があるんならお肉切って?お願い」
めぐると彩矢音が愚痴るので、「えれにゃ」こと英玲奈がしなをつくっておねだりすると、知輝は顔を赤らめニヤニヤデレデレしながら「しょうがねぇな〜」と言う。英玲奈は美人な上バストも大きいので知輝のタイプドンピシャらしい。なのであっさりと自分の班のところへと帰っていった。
知輝達が帰った後も、めぐると彩矢音は手を動かしながらも愚痴が止まらない。
「はぁ、どいつもこいつも…」
「なんでこうサボる奴がいる訳?ただでさえ人数少なくて大変なのに」
「マジでそれ!」
「ゆか姉(優香子)の班はサクサク進んでるんだろな〜。誰もサボらんだろうし」
(確かに杉浦さんのところは楽だろうなぁ…清宮君がいるだけでもサクサク進みそう)
具材の入った鍋をかまどに持って行きながら、菫は寛斗や優香子のいる班の様子を見る。実際に彼らの班の方が進んでおり、もうカレーの鍋に水を入れている。しかし、この班には……
(あ……生田目君もあっちの班か)
一馬や他の生徒達に混じって、凜は寛斗と共に薪割り台で手際よく薪を割っている。こちらに背を向けている凜だが、菫はギクっとして視線をパッと逸らした。
(やっぱ今の班でいいかしら……)
そう思いながら、菫は切った具材を持ってかまどへと向かった。
★
色々あった飯盒炊爨だったが、皆で作ったカレーライスは思っていたよりも美味で、どの班も美味しそうに食べていた。菫達の班も例外ではなく、あの一馬ですら「自分達で作るカレーって美味えよな〜」と言わしめる程だ。めぐるがアンタほぼ作ってないでしょとツッコんだのは言うまでもない。
これで青年の家でのレクリエーションは全て終わり、残るは博物館見学のみ。博物館では古い街並みが再現されているほか考古物が多数展示されており、歴史好きには堪らない場所らしい。ただ、朝からハードスケジュールをこなしたため、歴史好きな一部の生徒を除きほぼ眠たそうにしていた。
館内を全て見終わり、博物館を出る前に菫は入口近くのトイレに寄る。個室から出て手を洗うべく洗面台へ向かうと、見覚えのあるお団子頭にピンクのパーカーの後ろ姿が見えた。「あ!」と小さな声で呟いてからその隣へと向かう。
「…や、山﨑さん!」
「……すー様ぁ?」
「えっ!?」
返事をしてくれたのはいいが…振り向いためぐるはどこか不服そうな表情と声で、菫はビックリする。私何か嫌なことした?まさか「秘密」がバレた!?と怯えるが……
「いい加減名前で呼んでくれん?」
「へ?」
思ってもみなかったことを言われ、菫は拍子抜けした。確かに昨日から「すー様」と呼ばれているけれど、菫はまだ「山﨑さん」のままだった。
「だって苗字にさん付けじゃ距離感じるってゆーか…友達じゃなくてただの知り合いみたいじゃん?」
(えっ、それって……私のこと友達って思ってくれてるってことよね?)
少しばかり照れくさそうにしているその表情からして本心のようだ。菫も思わず頬を緩めながら、めぐるが昨日のトランプで遥に「ちょっとめめちゃん」と言われていたのを思い出して……
「…そうよね。じゃあめめちゃん、かしら?」
「なぁに〜?」
初めてあだ名で呼ばれ、めぐるは満足そうに口角を上げた。続いてめぐるは菫に2-3のことを訊く。
「どうよ、うちのクラスは?楽しんでる?」
「え?」
「まぁすー様もすぐ馴染むよ。ほぼ皆イケてる連中だしね。まぁホリトモとかよっしーとかしゃーない奴は一部いるけど……」
2年3組の一員になってからまだ数日。菫にとってこのクラスは普段は和気藹々やっているが、締めるところは締めるという印象だ。あのクラス対抗戦も知輝らのグループ以外は真面目に取り組み、ほぼ全員熱血するほど頑張っていた。菫は琴葉が言っていたことを思い出す。
(こうしてめめちゃん達クラスの中心グループがいて皆でワイワイやってて、中にはチャラい奴やサボる問題児もいて……本当に青春ドラマの1クラスって感じね!)
いつの間にか菫は目を輝かせながら、菫はつい口走った。
「……ありがとう。でも……いいじゃない。サボる奴とか問題児って絶対いるでしょ?で、河原とかで殴り合って「お前つえーな」とか言って仲良く……」
「菫ちゃ〜ん」
名前を呼ばれて振り向くと……ニッコリ笑みを浮かべている琴葉がすぐ後ろに立っていた。
「こ……琴ちゃんいつの間に!!」
「私もトイレだもん。てかそういうの最近のドラマでもなかなかないわよ?」
狼狽する菫に、琴葉はいつものように笑いながらツッコミにかかる。一方、菫と琴葉の関係を知らないめぐるは面食らっている。
「あれ、5組の有薗さんじゃん。すー様知り合い?」
「まぁ昔から知ってて……」
「いつも菫ちゃんと仲良くしてくれてありがと。……びっくりしたでしょ?変なこと言ってきて」
うっかりめぐるにも自分の思い描く「青春」の話をしてしまって琴葉にツッコまれ、菫は赤面する。
が、めぐるは「いえいえ」と言った後……思いの外う〜んと唸っている。
「いや〜、1発ぐらい殴った方がいいかもな。あの体たらくで言うこと聞かねぇし……」
今度は菫と琴葉が面食らう番だった。
★
かくして全日程が滞りなく終了し、菫達2年生と教員達は無事に高校の最寄駅へと帰ってきた。
菫はめぐる達や琴葉と別れ、いつもの放課後と同じように電車に乗って家に帰る。乗り換え駅に着きトイレに寄って出たところ……
(……げっ!!)
菫は絶句し、顔面蒼白になった。暑くもないのに汗までダラダラと垂れてくる。
(生田目君……どうしてここに……)
トイレのすぐ近くの通路に壁にもたれ、スマホを覗きながら佇んでいるのは……凜だ。ここまでなんとか目を合わせずにやり過ごしたものの、まさかこんなところにいるなんて……。
あまりの気まずさに菫はその場で固まり、足がすくむ。他に改札まで行く道がないか探すも、残念ながらこの通路以外にない。走って目を合わせずにそのまま通り過ぎることも考えたが……キツい一言を言ってしまったのだから、やはり謝りたい。
散々悩んだ挙句、菫は腹を括って歩を進め……
「な……生田目君!!」
名前を呼ばれた凜はスマホから視線を外し、くるりと菫の方を向く。久しぶりに視線がぶつかり、凜が少し目を大きく開いたところで、菫は深々と頭を下げた。
「ご……ごめんなさい!……あんなこと言ってしまって……生田目君は何も関係ないのに……」
どうしてもバツが悪くて上手く言えないが……菫は朝のことを謝罪する。「秘密」については今のところ誰も触れないので、凜は口外していないと思われるが、流石に絶対怒っているだろう。
……と思ったものの、凜は普段と変わらない声で「ああ」と言うだけだった。菫も「え?」と呟いて思わず顔を上げる。今朝振りにまともに見た凜の顔は、普段と変わらず無表情のままだ。
「……俺にアンタの気持ちなんかわかる訳ねーんだよ。いい大人ならそれぐらいわかんだろ」
「…………」
「それにぶっちゃけ俺に当たられても困るし」
「……………」
凜の言っていることは正しい。それも10歳も年下の者に言われ、ぐうの音も出ずに黙る菫だったが……
「でも……確かに俺はアンタほど苦労してねぇだろな。
それに……
アンタが青春やりたくて仕方ねーのは十分伝わった」
「!!!」
全く想像もしていなかったことを言われ……菫は目を見張る。確かにあの時は夢中で青春らしいことをしたいと主張してしまったが……。今度は別の意味で二の句が告げない菫に、凜は話を続ける。
「……別に皆に黙ってやってもいいぜ?それが言いたくて俺、ここにいんだけど」
「……え?」
「まぁ今も誰にも言ってねーけど」
「……本当?」
「ああ。アンタおもしれー奴だし」
「お……面白いのぉ!?」
少々上から目線なのが鼻につくが……黙っててくれるのなら何だっていい。と菫が思ったところで、更にまさかの「おもしれー」発言に思わず聞き返した。
「だって……あの騎馬戦の時、大人の威厳でビシッと注意したろ?」
「っ!それはっ……生田目くんだって……」
「俺は別に注意までしようとは思わなかったけど?それに結構ハッキリ言うじゃねーか。流石俺らよりねーちゃんだなって思ったぜ。つーかいい年して制服着て普通の高校行くこと自体おもしれーだろ」
大人の威厳やら、ねーちゃんやら、いい年やら言われ、菫は苦笑いしながら思わず周りをキョロキョロ見回す。幸い、2人がいる通路にはクラスメイトはおろか高校生の姿すらない。時々トイレに寄る人が1人2人行き交うだけで。
「……生田目君、怒ってないの?私結構キツいこと言ったのに?」
「いや〜、一理あると思うぜ?俺はそういう奴だし粘着されることも確かにある」
「じゃあもっと…」
「別に直す気はねーけどな」
(あ、笑った…。生田目君も笑うのね…って当たり前か)
そう言った後で凜はくくっと笑った。普段無表情でいることが多い凜が笑うのを見たのは初めてだ。どうやら凜自身もそういう性格は自覚しているらしく、菫が思っていたほど怒ってはいなかったようだ。
こうして気まずさがどんどん薄れてきたところで、菫は一つ胸に使えることがあり……思い切って凜に訊いてみた。
「……ありがと、生田目君。黙っててくれて。
……で、なんであの写真撮ってたの?」
★
なぜ過去の写真を撮っていたのか訊かれた凜は、再びスマホに目をやり暫くしてあの写真をもう一度菫に見せる。菫が息を呑む中、なぜか凜は一緒にいる男性の方を指差す。
「俺の叔父さんなんだよ、この人」
「……そうだったのね!この人……あんまりよく覚えてないけど……」
あの写真は恐らく数年前、正確に何年前だったかまでは覚えていない。ましてや客についてはよっぽどの常連客や太客、固定客の顔は今でも簡単に思い浮かぶが、この客は記憶にない。恐らく1、2回接客してそれっきりのはずだ。
「で、コレ見せたら小遣いもらった」
「……ゆすったのね。というよりそのために撮った感じかしら?」
「そーゆーこと」
そもそもこの写真は菫の過去を暴くためでなく、あくまで臨時収入のために撮ったものらしい。それなら運が悪かっただけだし、諦めがつく。幸い凜は秘密を守ると約束してくれたし、次からは誰にもバレないように気をつけるしかないだろう。
菫が気を引き締めたところで、凜は画面の下の方にあるゴミ箱の絵をタップし、続いて「写真を削除」のところに触れた。あっという間に写真が消え、別の画像に切り替わる。
「えっ、消してくれたの?」
「ああ。これでアンタがお水やってた証拠は消えたぜ」
「……消してよかったの?」
「もう叔父さんから口止め料貰ったからな。だからもういらねーよ。それに証拠がなけりゃ誰も信じねぇだろ。宮西が10個年上でお水やってたって俺が何回言おうと」
「あ……ありがとう」
礼を言った後で、菫は別の写真へと切り替わったスマホ画面を覗き、思わず呟く。
「…………何これ凄い辛そう」
「は?」
そこに写っていたのは……真っ赤っかなカレーライスだ。ただただルーが真っ赤なだけでなく、唐辛子も丸ごと3本入っている。凜はスマホを確認して「あぁコレか」と呟いた。
「…近所のカレー屋であったんだよ。バリ辛地獄カレーってのが」
「で、食べたの?生田目くんが?」
「……おう」
「本当!?ねぇどれぐらい辛かったの?」
「…何年か前のやつだから覚えてねーよ」
「バリ辛なのに??そんな訳ないでしょー」
「…電車に間に合わねぇから帰るわ」
「あっ、待っ…」
引き止めようとしたが、凜はUターンをして一度も振り向かずにそのまま去って行った。まぁ特段大事な話でもないので追いかけることもなく、菫は大きな背中を目で追いながら軽く手を振る。
最初は気まずくて仕方なく、早く帰りたく思ったものの……菫は今となってはホッとしている。ちゃんと話せて謝ることができたうえ、秘密を守ってくれると約束してくれたから。それに凜の新たな一面も発見し……
(……生田目君て結構いい人なのね。最初は嫌な奴!って思ったけど。まさかあの写真消すまでしてくれるなんて…。
それにしても……激辛好きってすっごく意外なんだけど〜!あんな辛そうなカレー食べる時も無表情で黙々と食べるのかしら。
こうしてクールな男子に意外な一面があるなんて……青春漫画とかドラマあるあるよね〜!)
なぜか面白く思えてきて、口を両手で隠して笑いながら菫もホームへと歩き出した。




