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34ページ目 菫さんの調理実習


 調理実習当日の朝……目が覚めた菫は枕元のスマホを見るなり、ベッドから飛び起きた。

 普段通り5時に起きるはずが……時計の時刻は6時過ぎ。大寝坊もいいところだ。菫は急ピッチで顔を洗って制服に着替え、身支度をする。夏場なのでシャツを着てスカートを穿き、リボンさえ着けたらいいのがまだ不幸中の幸いだ。そして必要最小限のメイクをする。


 バタバタと慌てる音のせいで……葵も目を覚ました。葵が自室を出ると、制服姿の姉がちょうど靴を履いているところだった。


「あ!お姉ちゃん……」


「おはよ葵、もう行かないと……」


「ちょっと待って!朝ごはん朝ごはん!」


「ありがと!早く!」


 菫は玄関で足踏みしながら葵を待つ。すぐにリビングのドアが開き、葵が飛んできた。コンビニの袋を持って。


「はいコレ!電車か駅で食べてって!」


「ありがと!行ってきまーす!」


 葵から袋を受け取るや否や、菫はドアを開け一目散に走って行った。バタンと音を立ててドアが閉まると同時に、葵は安堵のため息をついた。それから忘れずに鍵を閉める。


「珍しいなぁ……お姉ちゃんが寝坊だなんて」


 ここまで派手に寝坊するなんて……と思った葵はつい独り言を言う。よくよく思い出してみると、菫の二度目の高校生活では初めてかもしれない。葵は珍しがる反面、昨日の夜のことを思い出すと何となく腑に落ちる。確かに昨日の菫は夜遅くまで起きていた。なんでも昨日は宿題に介護体験の事前学習と、かなり忙しかったらしい。


(それにしても公ヶ谷高は介護体験とかあるのか〜。楽しそうじゃない。私の学校はそんなのなかったな〜)


 そんなことを考えながら、葵はキッチンへと向かう。菫と違って出勤まではまだ時間があるので、テレビを見ながらゆっくり朝食を摂るつもりだ。棚から食パンを2枚取り出してトースターに入れようとしたところで……葵は手が止まる。


(……あれ?なんでこんなとこに入りゴマなんか置いてあるの?)


 トースターの上にゴマの入った袋が置かれていたので、葵はそれを手に取って不思議そうに眺めた。











(あ〜……間に合ったわ……)


 駅まで必死に走って電車に飛び乗ったおかげで、何とか間に合いそうだ。ハァハァと息を切らせながら電車に揺られていると、しばらくして途中の駅から琴葉が乗ってきた。


「おはよう、菫ちゃん」


「はぁはぁ……おはよ……琴ちゃ……」


「朝からえらいバテてるじゃない、どうしたの?」


「寝坊しちゃったのよ。朝起きたら6時過ぎでね。飛ばし過ぎてパン咥えて走ってる人とぶつからないか心配だったけど大丈夫だったわ……」


「……菫ちゃん、現実世界でそんな人見たことある?」






 何とか無事に校門をくぐって教室に到着し、菫がスクールバッグの中の教科書を机の中に入れている最中に、チャイムが鳴った。それとほぼ同時にガラッと教室のドアが開き、杉谷が入ってきた。


「皆おはよう!今日も出席取るぞー」




 こうして杉谷はいつも通り出席を取り始めたが……菫は未だに鞄の中をゴソゴソと探している。


(………………)


「細野ー」


「はい」


「堀ー」


「へーい!」


(………………あれ?)


「松本ー」


「へい」


「水谷ー」


「はーい」


(…………え?…………ない!?)


「宮西ー」


「…………」


 名前を呼ばれたことに気付かず、菫は未だに鞄の中に手を入れくまなく探し続けている。


「みーやーにーしー!」


「すー様、呼ばれてるって!」


「ん!?」


 杉谷から更に大きな声で呼ばれたのと、めぐるから背中を小突かれ、菫は漸く気が付いた。


「もー!あと1回無視したら欠席にするとこだったぞ。自分の番じゃなくてもちゃんと聞いてなさい」


「は……はい、すみません……」


 珍しく……というよりも初めて杉谷から注意され、菫は思わず素直に謝った。


(ここ最近でだいぶ先生らしくなってきたわね杉谷君…………って!そういう問題じゃなくて!!)


 言われた通り、菫は鞄の中を探し回るのをやめたが……血の気の引いた顔で俯く。まるでこの世の終わりとでも言いたげに。




(…………どうしよう!!!


 ……………入りゴマ忘れちゃった!!)





「えっ……すー様ゴマ忘れたの!?」


「ええ!?」


「うそ〜!」


「マジかよ」


 1時間目が生物であるため、菫は教室移動の合間に廊下で4班の面々に集まってもらい……潔く頭を下げた。寛斗と千穂は驚き、他の面々は不満そうに声を上げる。


「ごめんなさい……鞄に入れたつもりだけど入ってなくて……」


 平謝りする菫だったが……言い出しっぺの聡太郎はもちろん、龍星もブーブー文句を垂れる。


「何だよそれ……胡麻団子食べたかったのに!」


「あっさんの言う通りだぜ。俺だって胡麻団子の口になってたのに〜」


「ほ……本当にごめんなさい!」


 菫はもう一度頭を下げるも……2人の怒りは収まるはずもなく、今度は英玲奈まで菫を責める。


「本当あり得ないんだけど〜。私達皆材料忘れずに持ってきたのになんで班長だけ忘れちゃうわけ?」


「なぁ。胡麻団子なのにゴマ忘れるなんてありえね〜」


「しっかりしろよ、班長だろ?」


「…………」


 班員達から吊し上げられた菫は返す言葉がなく、俯いて口篭ってしまう。

 もちろん寝坊した挙句に入りゴマを忘れた自分が悪い。しかも実は皆よりも10歳年上と、いい大人のくせに。それは重々承知だが……英玲奈、龍星、聡太郎からの非難が菫の心にグサグサと突き刺さる。


(やっぱり……班長なんて私には無理かも……


 それにしても清宮君……こんな緊迫してる時にスマホいじる!?)


 槍玉に挙げられた菫の心が折れそうになっている一方、こういう時に率先して意見を言いそうな寛斗は、なぜか黙ったままずっとスマホを眺めている。

 班の中でただ一人、千穂だけは菫を見るに見かね……。


「3人ともやめて!班長かどうかなんて関係ないよ。そういう皆は今まで忘れ物したことないの!?」


(阪口さん……!)


 庇ってくれた千穂に、菫の心は一瞬ふっと軽くなったが……それでも聡太郎達は菫を睨んだままだ。


「そう言われても……タチが悪すぎるだろ。胡麻団子作るのにゴマ忘れるって」


「そ・れ・な!ゴマのない胡麻団子ってただのあん団子じゃん」


 聡太郎と英玲奈は尚も菫を非難し、龍星はトドメの一言を浴びせる。


「てかやっぱきよみーが班長やればよかったんじゃね。肝心なもの忘れる奴に班長なんか……」


「そーそー!ねぇきよみー、今からでも……」


「ちょっと待った!」


 菫を班長から降ろそうとした龍星と英玲奈に、それまで黙ってスマホを見ていた寛斗がここで待ったをかける。


「残念だけど胡麻団子は諦めて……コレ作ろうぜ」


 そう提案し、寛斗は自分のスマホの画面を班員達に見せる。そこに写っているのは、とある和菓子のレシピだ。


「……焼き餅?」


「うん。今皆が持ってる材料でできるかなって」


 菫が思わず聞き返した通り、レシピのタイトルは「白玉粉で簡単!もっちもち焼き餅」というものだ。材料を見てみると……寛斗の言う通り、確かにゴマ以外の材料は胡麻団子とほぼ同じである。すると、千穂の顔がパッと明るくなる。


「いいじゃん!美味しそう。コレにしようよ!」


 真っ先に賛成する千穂だが、聡太郎は難しい顔をする。


「いやでも「思い出のおやつ」じゃないと……」


「俺にとってはそうだけど?」


「え?」


 テーマにそぐわないと聡太郎は反対しかけるが、寛斗にとっては「思い出のおやつ」の一つらしい。寛斗はカリカリ君の話をした時と同様に、懐かしそうな表情で語り始める。


「中学の修学旅行が京都だったんだけど……こういう餅食べたんだよな〜。このレシピ見るまで忘れてたけど」


 それを聞いて、千穂は笑い飛ばす。


「そっちの方がいかにも思い出って感じじゃな〜い!好きなキャラの好きなおやつよりも!」


「っ!!」


 今度は聡太郎の方が返す言葉がなくなり、黙り込む。みるみるうちに顔を赤く染めて。

 そして英玲奈も「それならそれでいいんじゃな〜い?」と空返事をする。龍星だけはまだ納得いかないらしく、まだ愚痴を吐いている。


「あーあ……せっかくこの俺が重たい油を持ってきてやったのによ」


「油なら焼く時に使うぜ?」


 寛斗がそう言えども龍星はやはり渋い顔だ。その理由は……


「だって俺……こういうのは粒あんで食べてえし……」


「はぁ?!」


 今度は英玲奈が龍星を睨みつける。あんこを持ってきたのは英玲奈で、いかんせん胡麻団子を作るつもりだったので、こしあんを持ってきていた。


「ワガママ言わないでよ!こしあんしかないんだから仕方ないじゃん!文句言うんならアンタ食べなくていいから」


「わ、わーったよ!」


 またも英玲奈と龍星が口論になりそうなところで、

寛斗は「じゃ!焼き餅で決まりな!」と締め、事態はひとまず収束した。


(あ、明らかに私が悪いのに……助け舟出してくれたの……?)


 この一部始終を見て、思わずうるっときた菫は寛斗と千穂に感謝の気持ちを伝えた。


「あ……ありがとう!」


「いいよすー様、皆で美味しい焼き餅作ろうぜ!」


「私も楽しみー!」

 

 寛斗と千穂は早速胡麻団子から焼き餅に切り替え、意気込みを見せている。そして4班の面々が理科室に向かう中、菫は寛斗の横にそっと近づく。


「清宮君、もしかしてさ……」


「ん?」


「別のお菓子作れるか調べてくれてたの?私が怒られてる間……」

 

 どうしても気になっていたので訊くと、寛斗は笑いながら「そうだよ」と言った。


「胡麻団子は無理でも、白玉粉とあんこがあるんなら何かできそうかなって。で、スマホで検索したら焼き餅が出てきて、京都で食べたのを思い出したんだよ」


「流石ね、清宮君。私とは器が違うわ……」


 まとめ役としての力量の差を感じた菫は思わずため息をついて俯く。が、寛斗はあまり気にしていないようだ。


「いや〜、こういう時はさっさと切り替えないとなー。胡麻団子如きでうだうだ言うのもな〜って思うし。あっさんには悪いけど。

 それにすー様が班長やってくれてるし、これぐらいは……」


「これぐらいって……凄く助かったわよ。ゴマ忘れてるのに気付いた時、「あっ終わった……」って思ったし、清宮君いなかったら心折れてたかも」


「そんな大袈裟な(笑)まぁすー様のお役に立てて俺も嬉しいよ」


 前を歩く4人に続き、菫と寛斗は笑顔を交わしながら理科室へと急いだ。



 あっという間に5時間目になり、いよいよ調理実習の時間がやってきた。3組全員が家庭科室に向かい、三角巾とエプロン姿に着替える。

 作り始める前に、菫は胡麻団子ではなく焼き餅に変更すると小笠原に伝えに行くと……既に先客がいた。「先客」はめぐると知輝で、知輝は顔を青くしている。朝、班の面々に謝罪した菫と同じように。


「了解!5班はたい焼きからどら焼きに変更ね」


「お願いしま〜す。……あれ?すー様、もしかして……4班も作るもの変わった感じ?」


 菫もいることに気付いためぐるは、振り向くなりニヤリと笑いながら訊く。全くの図星で菫はギクっとして苦笑いする。


「……そ、そうなのよ。ご……ゴマを忘れちゃって……私が」


「えー!確か胡麻団子だったよな?一番肝心なやつじゃ〜ん。あんだんごでも作るの?」


 まさかのゴマ忘れにめぐるは大笑いするが、横にいる知輝は全く笑わず青ざめたまま。


「焼き餅にするの。清宮君がレシピ調べてくれたから。小笠原先生、私達4班も胡麻団子から焼き餅に……」


 菫が小笠原に報告し了承してもらった後で、めぐるはうんざりした顔で知輝をじとーっと見る。


「うちの班も同じだよ〜。誰かさんがたい焼き器忘れてくるんだから」


「わ……悪いって……」


「あーあ、たい焼き食べたかったのにな〜」


 どうやら5班も知輝が忘れ物をしたせいで、メニュー変更を余儀なくされたらしい。流石に申し訳なさそうにする知輝の隣で、めぐるはぶつくさ文句を言っている。知輝の気持ちが痛いほどわかる菫は、めぐるを諌めようとしたところ……


「まぁまぁめめちゃん、どら焼きだって美味しいじゃな……」


「えぇ〜!ナッツ忘れたのぉ〜!?」


 またも別の班から不満げな声が聞こえてきた。この甘ったるい声とぶりっ子な口調は……花恋だ。花恋のいる1班の方を見ると、必死に頭を下げている来美を、花恋達他の班員が囲んでいる。これも菫が謝っていた時と似たような光景だ。


「ごめんなさい!」


「大丈夫だよくるみん!ナッツなくてもブラウニーは作れるから」


「そーそー、別になくてもいいんじゃね?手間も省けるし」


 しかし、班長の彩矢音は来美が拍子抜けするほどあっさりと許し、恭平もそれに同調する。尤も、花恋や貴大はブー垂れていたが。


(まぁ確かにブラウニーはチョコと小麦粉とかされあればできるものね……胡麻団子と違って)


 妙に納得する菫とめぐるをよそに、知輝は羨ましそうに1班の様子を眺めている。


「……いいなぁ〜。誰かさんと違って山本は優しくて……」

 

 つい口走った知輝を、めぐるは再び険しい顔で睨みつける。


「あのなー!ブラウニーのナッツ忘れるのと、たい焼き器忘れるのとじゃ訳が違うだろ!」


 再びめぐるに詰め寄られ、知輝はたじろぐ。そんな2人を菫は見て苦笑いしつつも少し安堵し、4班の面々が待つ調理実習台へと戻った。


(案外どこの班もハプニング続きね……。それにしても忘れ物したのが私だけじゃなくて正直よかったわ……)



 菫が調理実習台へ戻るとすぐに、4班の面々は焼き餅作りにとりかかる。寛斗が調べてくれたレシピを元に、まずはボールに聡太郎が持ってきた白玉粉、千穂が持ってきた豆腐を入れる。そこに寛斗が持ってきた砂糖と水を入れ、英玲奈が手で捏ねる。耳たぶの硬さになったところで、その餅生地を女子3人で12等分して丸める。


 一方、男子達はこしあんを餅と同じように12等分し、丸めるところだが……。


「……え?きっちり量ってんの?」


 こしあんを分けている聡太郎の様子を、英玲奈は怪訝そうな顔で見る。聡太郎ははかりで何グラムなのかきっちり量りながら分け、目盛りに目が釘付けになったまま返事をする。


「だってちゃんと均等に分けないと……」


「だからってそこまでする!?テキトーでいいじゃん」


「餅は適当に分けたよ〜」

 

 英玲奈と千穂の言った通り、餅はなんとなくの量で分けたので、はかりを使ってすらいない。なのでもう既に分けた餅を丸める工程に入っている。あまりの几帳面さに菫も流石に困惑し……


「淺間君、きっちり分けてくれるのはいいけど時間がなくなるわよ?」


「黙って!……あっ、もう、目盛りから針がズレた……」


 時間が押していることを指摘するも、聡太郎は聞く耳持たずだ。女子3人がため息をつき、寛斗と龍星も「早くしろよ〜」とブーブー言っている。

 

 暫くして無事に分けられたものの……今度は丸める工程で龍星が時間を取っている。もう女性陣は餅を丸め終わり、時間を持て余しているというのに。


「うーん……なかなか美しい丸にならねぇな……」


 難しい顔で自分の丸めたあんこをジロジロ見て、龍星は試行錯誤している。何回丸めても、自分の求める「美しい丸」にはならないようで、龍星は納得していない様子で何度も唸る。

 が、そんな彼に痺れを切らした英玲奈は遂に怒ってしまう。


「あ〜〜〜!美しい美しいうるさいのよ!!いいからさっさと次のやつ丸めて!!」


 しかし……先程の聡太郎と同じく龍星はどこ吹く風で、あろうことか鼻で笑う。


「おいおい、料理は見た目が8割って言うじゃねーか。俺なら見た目が美しい料理とそうじゃない料理なら、美しい方が食べたいぜ。英玲奈だって……」


「どうせ綺麗な丸にしても後で平たくするぜ?あんこを餅で包んでからな」


「………………」


 寛斗がそう言うと……龍星は黙り込み、丸めていたこしあんを渋々バットの上に置き、二つ目を丸め出した。


(あーあ……なかなかスムーズに進まないわね、うちの班。ちゃんと時間内に終わるかしら……)


 菫が心配してため息をついたその時……


「痛っ!!」


 かなり痛そうな声が突如耳に入った。またしても1班の調理台からで、来美が痛そうに指を押さえている。どうやらチョコを刻んでいる時に包丁で切ってしまったらしく、班長の彩矢音が駆けつける。


「くるりん!血が出てるじゃん!保健室行ってきなよ」


 彩矢音に促されるまま、来美は家庭科室を後にし保健室へと向かう。その間には花恋が代打でチョコを刻むことになったが……


「きゃ〜!痛〜〜〜い!!」


 またも指を切ってしまったらしく悲鳴をあげる。来美よりも若干わざとらしいような気もするが。なぜか同じ班でない雅哉までが花恋の元に駆けつけ、心配そうにしていた。


 また、3班からも別の人物による悲鳴が聞こえてきた。


「うわぁあぁああ!!」


 その声の主は真二で……彼はずぶ濡れの状態で呆然と立ち尽くしている。手にはサイダーのペットボトルを持って。ただ、他の班員達はそんな真二を見て大笑いしている。


「何やってらんだじゃ〜!!」


「もしかして振ったの?それか落としたとか……」


 サイダーの蓋を開けたところ、思いっきり吹き出て真二にかかってしまったようだ。そんな真二を見て面白そうに笑うオリビアの横で、優香子は冷静にその原因を指摘する。


「へへっ……今日も危うく遅刻するとこでさ。チャリめっちゃ飛ばしてたんだよ」


「絶対それじゃない!もう、何やってんのよ」


 どうやらサイダーを持ってきたのは真二で、通学途中にシェイクしてしまっていたらしい。呆れる優香子だったが、真二は意に介さず髪をかき上げたポーズを取る。


「水もしたたるいい男って感じ〜?」


「そんなこと言ってる暇あるんなら、さっさと拭いてこっち手伝って!」


「んだじゃ〜!フルーツ切るの大変だもぇ」


 が、優香子とオリビアに注意され、真二は濡れた体を渋々拭いた。



 4班ではフライパンに龍星が持ってきた油を塗り、あんこ入りの餅を焼くところで、今度は2班に事件が起こる。


「うわああああ!!」


「キャーーーー!!」


 2班の面々の喚き声が聞こえ、菫達他の班の面々は一斉に彼らの方を向く。それと同時に他のクラスメイト達も悲鳴を上げ、小笠原も愕然とする。


 2班のガスコンロに置かれた揚げ鍋から、火の手が上がっていた。当然のことながら班員ほぼ全員パニック状態で、未夢に至っては慌ててボウルに水を溜めている。それを見て、菫は更に血の気が引いた。


(ちょっ!畔柳さん何してんの!?)


「皆落ち着いて!!絶対水掛けちゃダメだよ!」


 菫と同じことを思ったのか、小笠原が怒号を飛ばす。未夢が思わず手を止めたところで、2班の中で唯一慌てず落ち着いている凜も冷静に一喝する。


「さっさと火を止めろ!」


 凜に言われるがまま、コンロの近くにいた沙希がつまみを回す。コンロの火こそ止まったものの、鍋の火はまだ上がったまま。その間に凜はタオルを取り出し、未夢が水を溜めたボールにそれを浸して絞る。濡れタオルを持った凜はオロオロする和馬の前をスッと横切り、コンロへと向かう。


「な、ナバちゃん危ないどー!」


 日向が止めようとするのを振り切り、凜は無言のまま炎が上がる鍋にさっと濡れタオルを被せる。すると、さっきまでの火柱はどこへやら……嘘のように濡れタオルに隠れて消えた。

 こうして凜があまりにも黙々と対応するものだから……2班の面々はもちろん、他の皆も呆気に取られてその様子を眺めていた。消化器を持って2班の元に駆けつけた小笠原も面食らっている。


「あ、暫くこのタオル取るんじゃねーぞ。また発火するかもわかんねぇし」


 最後に凜は班員達にそう言って釘を刺し、タオルをもう一枚濡らしに行く。未だに班員を含む他のクラスメイトが呆然と凜を眺める中、寛斗だけは唯一彼に駆け寄り拍手をする。


「凄いじゃん、凜!ちゃんと消火できて。俺ならここまで落ち着いてできないよ」


「前にうちの系列店でも天ぷら火災やらかしたからな〜」


「流石班長!」


「班長関係ねーだろ」


 当の凜は涼しい顔であしらったが……一部始終を見ていた菫も寛斗と同じことを思っている。


(流石生田目君ね……こういう緊急事態でもクールなんだから。万が一大火事になったとしても生田目君なら落ち着き払ってそうね……)




 あわや大惨事になると思われたが、凜が機転を効かせたおかげで何とかボヤで済んだ。なので他の班もお菓子作りを再開する。

 菫のいる4班も餅を焼き始めるが……


「あ゛っ!!」


 普段の彼からは想像もつかない素っ頓狂な声を上げたのは、寛斗だ。反対側のコンロで餅を焼いていた菫が思わず見ると……寛斗のフライパンから餅が一つなくなり、天板の上に落ちていた。それを見て菫は思わず笑う。


「あらら……えらいはみ出ちゃったわね」


「ひっくり返そうとしたら向こうに飛んでったんだよ……やっぱりこういうの苦手だわ」


「まぁ床に落ちなくてよかったじゃない」


「これは俺が食べよっと」


 苦笑いしてそう言いながら、寛斗は落ちた餅を拾ってフライパンに戻す。


「いや〜……清宮君にも苦手なものってあるのね」


 菫も餅をひっくり返しながら思わず口走ると、寛斗はバツが悪そうに三角巾越しに頭を掻く。


「そりゃあるよ。料理なんか家庭科でしか作ったことないし……いつも家政婦さんに作ってもらってるし」


「あ、そういうことね」


 そう言われると菫は妙に納得した。確かに家政婦がいるのなら料理をする習慣はまずないだろうし、不得手なのも確かに腑に落ちる。

 しかしそう思った側から……微かに焦げ臭い匂いが菫の鼻をついた。


「……なんか焦げ臭くない?清宮君」


「え?……あ゛!ヤバっ!!」


 またしても素っ頓狂な声を上げた寛斗が餅の一つを、今度ははみ出すことなくひっくり返した。その表面は焦げて真っ黒になっていたが。



 こうして各班色々あった調理実習だったが、一番早く完成したのは6班だった。6班が作ったのはココアマドレーヌで、悠太が育ての母によく作ってもらったおやつなのだとか。

 6班の面々がいざ試食……しようとしたところで、クイズ研究会会長の慶吾がここぞとばかりにマドレーヌについてひけらかす。


「君達、マドレーヌがなんでマドレーヌって言うのか知ってる?マドレーヌっていうのは女性の名前なんだけど、料理人や召使いだったり、パティシエの愛人だったりと諸説あるんだ。

 あとマドレーヌの起源はフランスのロレーヌ地方って……」


「そんなのいいから早く食べようよ。冷めちゃうじゃん」


 得意気に話す慶吾だったが、あえなくつばさに止められた。他の6班の面々もうんざりしたり早く食べたそうにしているので、慶吾は渋々黙る。

 そして皆で一斉にマドレーヌにかぶりついたが……


「…………?」


「…………うーん」


「なんか……ちょっと……」


 なぜかほぼ全員渋い顔をしながら食べている。唯一、班長の成一だけは美味しそうに食べているが。


「……なんかちょっと変な味しない?」


「確かに……それに甘ったるくない?」


「あとちょっと粉っぽいっていうか……」


 遥、栞里、悠太がそれぞれ感じた違和感を正直に話し、慶吾とつばさも首を傾げている。それに対し、成一はよくぞ言ってくれた!とでも言うかのように目を輝かせる。


「実は俺が持ってきたの、ココアじゃなくてココア味のプロテインなんだ!甘いものが食べられて筋肉までつくんだから一石二鳥だろ?」


「………………」


 成一が自信満々に言ったにも関わらず、彼以外の5人は呆れ返った表情で黙るだけだった。




 そして、4班の焼き餅も全て焼き上がった。全部で12個あるので1人2個で分け、寛斗は言った通り天板に落ちたものと、焦がしたものを選んだ。


「いただきまーす!」


 まるで給食のように皆で挨拶してから、菫達は自身で作った焼き餅を手に取って口に運ぶ。


「………………」


 一口食べ……菫は黙り込んだ。黙っているのは菫だけでなく、4班全員。その理由は6班と同様、思っていた味ではなかったからだ。程なくして英玲奈に至っては咳き込む。


「なっ、何コレ!?塩っ辛くない?」


「……うん、しょっぱいね」


 遂に文句を言い出した英玲奈に、千穂もしょっぱそうな表情で同調する。


「こんな塩辛い餅初めてよ……」


「確かに……」


「何でこうなるんだよ!?ちゃんと砂糖入れてたじゃねーか」


 菫と聡太郎も困惑する中、龍星が砂糖を入れたと言ったところで、それまで黙っていた寛斗はハッとした。それだけでなく、寛斗の顔はみるみるうちに青くなり、冷や汗まで垂らしている。


「砂糖持ってきたのって……」


「ごめん!!」


 聡太郎が言うのを待たずして、寛斗は潔く頭を下げた。菫達が驚く中、寛斗はおずおずと口を割る。

 



「俺……砂糖と間違えて塩持ってきたかも……」


「……え?」


「はぁあ!?」


「嘘でしょ〜!!?」




 班員達が驚愕し耳を疑う中、菫はやっぱり……と思いながらも焼き餅を食べ進めていた。


「でもあんこを多めにして食べたら案外イケるわよ。あんこの甘さが引き立つし、たまにぜんざいと一緒に塩昆布食べることあるじゃない」


 まさかの菫の鶴の一声に……他の班員達は言われるがまま再び焼き餅を口に運ぶ。思わず顔を上げた寛斗はその様子を見て……恥ずかしそうに笑った。


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