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33ページ目 菫さん、班長になる


 この日の朝も、差し込んでくる太陽の光が2-3の教室を明るく照らしている。そんな教室で、今日も2-3の面々はチャイムが鳴るまでの時間を和気藹々と過ごしている。

 すると、廊下から女子2人の声が聞こえてくる。


「ちょっ……なんで前から……」


「いいじゃん、皆ゆかちゃんのこと待ってるんだから」


 もちろん声の主が誰なのかは3組全員わかっており、何かを察して空気を読んだのか、賑やかだった教室は少し静かになる。


(あっ、そろそろだったわよね……)


 菫もやはり察している。早いものであれからもう10日……彼女が3組に帰ってくることを。

 暫くの間、廊下から押し問答が聞こえてきた後……遂に前のドアがガラッと開いた。先に入ってきたのは千穂で、普段通り「おはよー」と皆に挨拶する。そして千穂に引っ張られるがまま……優香子が10日振りに教室に入ってきた。


「「「おかえりーーー!」」」


「「「久しぶりーーー!」」」


 それとほぼ同時に、3組の面々は優香子に一斉に声を掛けた。


「……た、ただいま……」


 当の優香子はというと……目をぱちくりさせながら、とりあえずそれだけ言う。まさかこんな風に暖かく迎えてくれるとは思わなかったのだろう。そして間髪入れずにめぐると遥は優香子に駆け寄り、笑顔で話し掛ける。


「元気そうでよかったよ、ゆか姉」


「あ……ありがと……」


「あっ、でもちょっと痩せた?」


 10日振りの優香子は学校指定のシャツとネクタイを着ていること以外ほぼ変わらないが、遥の言う通り少し痩せたように見えなくもない。


「まぁ最初は食欲ほとんどなかったわ。お父さんにぶたれたし……自業自得だから仕方ないんだけど」


 顔を曇らせる優香子を、すぐ隣にいる千穂が屈託のない笑顔で元気づける。


「もう十分反省したもんね、ゆかちゃん!今日までずっとお家に篭ってたし、私とLINEも電話もしなかったぐらいだし」


 どうやら停学期間中、優香子はクラスメイトはおろか幼馴染の千穂とですら連絡を絶っていたらしい。これには菫も感心する。自分が犯した罪に真摯に向き合っていると見て。

 それでもなぜか優香子は首を横に振り……


「いやずっとではないのよ。何回か……」


 と言い掛けたところで、チャイムが鳴ったと同時に杉谷が教室に入ってきた。杉谷も優香子を見るなり嬉しそうに声を掛ける。


「おっ、杉浦!久しぶりだな。とりあえず席につきなさい。停学中の課題と反省文は後で出してもらうからな」




 今日も杉谷が出席を取っているところで、あることを思い出した。


(そういえば、停学中でも杉谷君は毎日杉浦さんの名前呼んでたわね。「杉浦ー……は今日も来てないっと」って)


 そして10日振りに本人の前で杉谷は優香子を呼ぶ。


「杉浦ー」


「はい」


「せっかく停学明けたんだから……何か一言挨拶でもするか?もう済ませてるんならいいけど」


 杉谷は返事をした優香子に訊いてみると、優香子は神妙な面持ちで黙って頷く。それから静かに席を立ち、まずはクラスの皆に心配を掛けたことを詫びて深々と頭を下げた。また停学中は千穂の言う通りほぼ引きこもっていたようだが……。


「柿澤さんに謝ろうとお家まで行ったんですけど……受け入れて貰えませんでした。私の顔なんか見たくないって」


 その後も優香子は七海の家に謝罪に向かったものの……七海一家は既に引っ越しており、謝罪の機会を完全に絶たれてしまったという。


「謝ることもできなくなって……本当に胸が痛くて後悔しています。今後二度と同じことはしないと誓います。あと、ここにいる皆も私みたいに簡単に人を傷付ける人間にならないでください……」


 涙ぐみながらそう語った後、優香子は再びお辞儀をした。菫達クラスメイトは何も言わず真剣に優香子の話に耳を傾け、副担任の栗山も黙ったまま数回大きく頷いた。


「しっかり反省してるじゃないか。先生は信じてるからな、杉浦はもっともっと成長できるって……」


 笑顔で優香子を励ます杉谷を見て、菫は人知れずふふっと笑った。


(杉谷君だって成長してるじゃない。あれだけ事なかれ主義で面倒臭がってたのに、今やちゃんと生徒と向き合ってるんだから)




 その後、いつものように全ての生徒の出席を取り終わった後……杉谷はこの重い雰囲気を変えるかのように、ニヤリと笑いながら違う話を始めた。


「皆ー!……来週週明け、何があるかわかってるよな?」



 そう言われても……3組の面々はピンと来ず、疑問符を浮かべている。一部の生徒は隣または前後の席同士で顔を見合わせたり、「なんかあったっけ……」と呟いたりしている。


「はーい!月曜日!」


「当たり前だろ!」

 

 真二に至っては派手にボケて笑いを取り、恭平からツッコまれた。


「あっ!家庭科で調理実習やるって言ってなかったっけ?」


「今週末だよさっきー!」


 沙希も調理実習があることを思い出して発言するも、やはりめぐるにツッコまれる。誰1人正解できないまま杉谷は呆れたのかため息をつくので、菫はそろそろ……と挙手しようとした。


「保育介護体験……ですよね?」


 が、その前に寛斗が言ってしまった。おかげで杉谷の顔はパッと明るくなる。


「よくぞ言ってくれたじゃないか清宮〜。そう!来週からは保育介護体験だ」


 菫を除いた他の生徒達もようやく思い出したのか、「あ〜」と口々に言っている。

 公ヶ谷高校では、2年の夏休み前に「保育介護体験」なる行事がある。班ごとに別れて保育施設あるいは介護施設に出向き、3日間そこでの仕事を体験して学ぶというものだ。


(さっすが清宮君ね〜。それにしても介護に保育かぁ……どちらも大変なイメージがあるけど上手くできるかしら……)


 他の生徒同様、介護と保育は27歳の菫でも全くの未経験だ。なので菫は頬杖を立ててそう思いながら、ぼーっと廊下側の窓を眺めている。

 一方、杉谷は教卓の中から大きな箱を二つ取り出した。


「今から……その班決めをやるぞ!この籤引きで!」


 すると、3組の面々は「おおーー!」と声を上げ、教室内が一気に盛り上がる。


「すー様と離れるのは嫌だけど、どこぞのサボり魔と同じ班とか嫌だしな〜」


 めぐるに至ってはそんなことを言い、隣の席の和馬が舌打ちする。

 その一方で、一部の生徒は「籤かよ〜」「班ぐらい自由に決めてえ〜」と不満顔だ。それでも杉谷は「ちっちっち」と言いながら人差し指を横に振る。


「自由にしたってどうせ君達はいつメンで組むんだろう?そうじゃない人と絡むいい機会じゃないか。それに修学旅行は自由に決めさせてやるから、今回は我慢してくれ」


 杉谷がそう言うと、文句を言った連中は渋々了承する。


「この中に1〜6の数字が書いた紙を入れてあるから、同じ数字を引いた者が同じ班だ。男子は青い箱から、女子は赤い箱から一人一枚ずつ引いてくれ」


 籤を引く順番は出席番号1番の聡太郎と34番の佳之でジャンケンした結果、佳之が勝ったので名簿の降順となった。珍しく早く順番が回り、菫はドキドキしながら赤いおみくじ箱に手を入れた。


(あ〜、誰と一緒になるのかしら??……この年になってもこういうのは緊張するっ!)


 そう思いながら菫は籤を1枚掴み、箱から引き抜いた。



 籤引きの結果……班編成は次の通りに決まった。


 1班 山本彩矢音、矢澤幸輔、福谷貴大、田宮来美、北山恭平、伊藤花恋

 2班 吉田和馬、野村沙希、生田目凜、畔柳未夢、上原日向

 3班 若林佳之、伏見羽衣、奈良間真二、杉浦優香子、加藤オリビア

 4班 宮西菫、水谷英玲奈、阪口千穂、清宮寛斗、金村龍星、淺間聡太郎

 5班 山﨑めぐる、堀知輝、中島雅哉、齋藤莉麻、上川畑直、今川萌

 6班 松本成一、細野慶吾、根本栞里、玉井遥、五十幡つばさ、池田悠太


 朝のSHRでは班編成を決めるだけに留まり、本格的にこの班で集まるのは4時間目のLHRまで待つことになった。また、それぞれどこの施設に行くのかもLHRで発表される。

 SHR直後の休憩時間から、3組では喜ぶ者と不満げな者とで入り乱れている。


「すー様同じ班だよな?よろしく!」


「こちらこそよろしくね(よかったぁ、清宮君が一緒で)」


 めぐる達いつメンのところへ話しに行く菫に、早速寛斗が声を掛けてきた。もちろん菫も笑顔で挨拶を返す。班員全員あまり話さないクラスメイトだったらどうしよう……と菫は危惧していたが、寛斗が同じ班になったことで杞憂に終わった。後の班員は千穂とたまに喋る程度で、後の3人は普段ほとんど喋らないが。


 そんな寛斗と菫を恨めしそうな目で見ているのは……直だ。また、直と同様に雅哉も残念そうな表情を浮かべている。そんな雅哉のことなど知る由もなく、花恋は普段通り楽しそうに莉麻達と話しているが。

 一方、めぐるはというと……


「なんでホリトモなんかと一緒なのよ〜」


 と早速愚痴っている。愚痴られた知輝も当然黙っておらず、「何だとぉ!?」とめぐるに食ってかかる。


「それはこっちの台詞だぜ。いつもうるさい山﨑と一緒なんか……」


「ホリトモにだけは言われたかねーよ!だいたいアンタトラブル起こしそうだし!」


「なっ!?」


「保育園だったらマジで嫌だわ!小さい女の子変な目で見そうだし」


 これには知輝も流石にショックだったのか……心外そうな顔になり一瞬だけ言葉を失うも、すぐに言い返す。


「お……俺はロリコンじゃねーぞ!!だいたいガキなんかに好かれても嬉しかねーよ!……真っ平だし」


「本当かね〜?」


「マジだって!」


 危うく本格的な喧嘩になりかねないところで寛斗や遥が止めに入り、何とか事態は収束した。


(まぁ堀君ならそういうのは大丈夫なんじゃないかしら……胸大きい子の方が好きそうだし)


 めぐると知輝のやり合いを見て、菫はあの廃墟肝試しで、知輝が菫達のことを「まな板」呼ばわりしていたことを思い出していた。






 あっという間に4時間目になり、LHRの時間はやってきた。1、3、6班が保育所に行くことになり、残りの班は介護施設に行くこととなった。菫達4班が体験をさせてもらうことになるのは、「わかしおホーム」という介護付有料老人ホームである。

 そして初めて班員で顔を合わせ、最初に決めることと言えば……。


「班長誰がやる?」


 早速寛斗が単刀直入に全員に聞く。すると、真っ先に聡太郎がハッキリと断る。


「俺はやらん。部活と委員会で忙しいし」


 それを皮切りに……


「俺もパス。そーゆーの性に合わねぇし」


「私も〜」


 龍星は首を横に振りながら、英玲奈も頬杖をつきいかにも興味なさそうな顔で拒否する。そして千穂も難色を示す。


「私も班長なんかやったことないし……」


 まさかの立候補者ゼロどころか6人中4人が嫌がるという事態に……


「え〜、誰もやりたくないの?」


 と、流石に寛斗も顔を顰める。するとすかさず……


「やっぱ班長っつったらな……」


 龍星はそう言いながら、学級委員とアメフト部キャプテンを務める寛斗の方をチラッと見た。そんな寛斗はというと……珍しく首を縦に振らないうえ困惑の表情を浮かべている。


「お……俺だって学級委員やってて部活忙しいんだけど!」


「だってこういうの、いつも清宮が率先して班長やってるだろ」


 負担を訴える寛斗だが、全く効果がない。聡太郎は寛斗が班長をやるのがさも当たり前かのように言う。




(……何これ?


 ……なんか清宮君に押し付けてない?皆……)




 こんな状況に、菫は違和感を覚えた。そして英玲奈に至っては……


「別にやってくれたっていいじゃ〜ん。一つぐらい増えたって。ねぇ、菫」


「……へぇっ!?」


 気だるげに言ってから、菫に同意を求めてきた。しかも下の名前で呼んで。まさかの事態に菫はつい変な声が出てしまう。


「い、いやでも……清宮君嫌そうじゃ……」


「えー、俺らだって嫌なんだけど」


「そーそー!」


「班長に向いてる奴がやればいいじゃないか」


 絞り出すような声で反論した菫だったが……龍星と英玲奈に一蹴され、聡太郎からも言い返された。そんな状況に千穂はオロオロし、寛斗は大きなため息をついて項垂れる。そんな寛斗が……菫には不憫に思えてきた。


(そりゃ大変よね……学級委員も部活のキャプテンもやってて……。こうなったら……)


「……しゃーないな。わかっ……」


 観念したかのように、寛斗が挙手しようとしたところで……




「わ……私がやるわ!班長を!」




 菫が挙手し、真剣な顔で高らかに宣言した。



 「す……すー様……?」


 寛斗は目を丸くし、まずそれだけ呟いた。まさか菫が立候補するとは思ってもみなかったのだろう。それとは裏腹に、龍星、英玲奈、聡太郎はこれ幸いとばかりにすぐに賛成する。


「宮西がやってくれんの!?いいじゃん」


「それなら最初から立候補したらいいのに〜」


「よろしく」


 どうやら3人とも、最早自分以外なら誰でもよかったらしい。そして寛斗と千穂は即断せず、こんな状況で立候補した菫を気遣う。


「ほ、本当にすー様がやってくれるの……?」


「大丈夫?菫ちゃん」


 それでも菫は大きく頷いた。


「大丈夫よ。皆やりたくなさそうだし、私でよかったら……」


「……じゃあすー様、頑張って!」


「大変なことがあったら手伝うからね!」


 こうして寛斗と千穂に激励され、4班の班長は菫に決定した。菫は責任感を意識したりプレッシャーを感じる以前に、無事に決まったことに安堵する。


(はぁ……とりあえず班長が清宮君にならなくてよかったわ。それにしても班長ってどんな仕事するのかしら?)


「では、それぞれの班の事前学習シートを配るから……各班の班長は前に集まってくれー」


 杉谷に呼ばれるがまま、菫を含む班長達は前に出る。他の班長達は彩矢音、凜、真二、めぐる、成一という顔ぶれだ。


(あら、意外ね……生田目君が班長なんて)


 他の面子はともかく、凜が班長であることを予想外に思い、菫はつい横目で凜を眺める。が、すぐに目を逸らす。めぐるもいるので変な誤解をされないように……。


「では班の皆で話し合って、班長はこの事前学習シートを全部埋めて提出するように。今週中にな!」


 菫は渡されたA3サイズのワークシートをとりあえず見てみる。書き込む内容は全部で5つある。一つ目は体験をする「わかしおホーム」について、二つ目は入居者への接し方、三つ目は介護職の主な仕事内容、四つ目は認知症について。そして五つ目は介護職の人手不足の原因とそのに対策はどのようなものがあるか、というものだ。


(ぶっちゃけどれもネットで調べたら書けそうよね……)


 そう思いながらも、菫は皆が待つ席に戻った。机の上に事前学習シートを広げると同時に、話し合いが始まる。




 一つ目についてはネットで調べて速攻で終わらせたものの、二つ目に入ったところ……。


「やっぱりお婆様方にも俺のカッコよさが伝わるように接しないとな〜。前髪はしっかり整えてと……」


「………………」


 鏡に映る美しい自分を眺めながら、龍星はさも当たり前のように言う。菫はもちろん、他の班員がドン引きしているのも知らず。中でも英玲奈は龍星のような男は嫌いなのか、眉間に皺まで寄せてボロクソに非難する。


「アンタのカッコよさなんか心底どーでもいいわ!てかお婆ちゃん相手にイキってんなよキモい」


 そこまで言われても龍星は怒らず、その代わりにクスッと鼻で笑う。


「おいおい……お婆ちゃんだってれっきとした女性だぜ?この美しい顔にきっと一度はときめくはずだよ、女性なら。つーか英玲奈だって……」


「黙って」


 相変わらずな龍星に、英玲奈は睨みつけながら吐き捨てるように言った。すると、怒るよりもそっちの方が効いたのか龍星はすぐに黙る。


 三つ目の仕事内容の件では、排泄の話が出た時に英玲奈は露骨に嫌がり、女性が苦手な聡太郎は異性の排泄・入浴介助の話に嫌悪感を抱いたりしてなかなかスムーズに進まず……。結局、このLHRでは全て埋めることができず、また次のLHRで話し合うこととなった。


 そして、この班で行うことは保育介護体験のみならず……。



 昼休憩を挟んだ5時間目の授業は家庭科だ。授業が始まってすぐ、家庭科担当の小笠原は鶴の一声を入れる。


「次の調理実習、せっかくなら保育介護体験の班でやらない?せっかくだし体験の前にこの調理実習で親睦を深めたいじゃん?」


「おお〜!」


「いいじゃんいいじゃん!」


 小笠原の提案に、3組の面々のほぼ全員が賛成する。菫ももちろん賛成で、寛斗や千穂はともかく他の面子とはあまり交流がないので、少しでも親睦を深めたいと思ったからだ。

 ただ一人、菫と同じ班の英玲奈だけは乗り気ではなかったが。ただずっと龍星だけを睨んでいたので、彼と同じ班なのが嫌なだけだと思われるが。


 この調理実習のテーマは「思い出のおやつ」であり、何を作るのかは各班で話し合って決めることとなった。なので4時間目に続き、再び保育介護体験の班で集まる。


「思い出のおやつなぁ……俺はカリカリ君かなぁ」


「かっ、カリカリ君!?」


 真っ先に寛斗が言うので、菫達は唖然とした。あの清宮財閥の息子の思い出のおやつが、どこにでも売っている100円もしないアイスキャンディーだなんて……。


「な、何でまたカリカリ君なのよ?」


「いや〜、生まれて初めて食べた市販のアイスだし。70円ぐらいでこんなに美味しいの食べれるんだなーって思って」


 菫に訊かれ、寛斗は懐かしそうに目を細めながら述懐する。が、間髪入れずに龍星がツッコミを入れる。


「いやでもカリカリ君は作れねーだろ。俺は……ぜんざいだな!なんてったってあの時……」


 龍星は英玲奈の方を見ながら提案するも……英玲奈はすぐに却下する。


「ぜんざいって今夏でしょ。クソ暑いのにそんな熱いの食べたくな〜い」


「確かに……流石に7月はちょっとねぇ」


 菫にもNGを出され、撃沈して項垂れる龍星をよそに、千穂は英玲奈にも意見を求める。


「じゃあ水谷さんの思い出のおやつって何?」


「う〜ん、思い出ってゆーか好きなおやつならマカロンかな。でもムズいから作るのはちょっとね〜。そういう千穂は何なのよ?」


「うーん……私もおやつは市販のものばっかりだしな〜」


 なかなか考えがまとまらず……班長の菫は焦り出す。チラリと隣の3班の様子を見てみると……フルーツポンチを作るらしく皆でレシピを調べたり、どんなフルーツを入れるのか話し合っている。


「あ〜、どうしよう……」


「すー様は何かないの?」


 考えあぐねて思わず呟く菫に、寛斗が訊く。だが、菫は顔を曇らせたままだ。


「私は……アップルパイなのよね〜。お母さんがまだ生きてる時に作ってくれたの」


「あ、アップルパイか……」


「流石に調理実習でアップルパイは無理でしょ〜。生地作るの大変だし今りんごの季節じゃな……あ、どうしたの?淺間君」


 寛斗と話している途中で聡太郎が手を挙げたので、菫は話を振る。


「胡麻団子とかどうだろう?」


「胡麻団子?」


「ああ。昔家族で中華料理屋に行った時に食べたやつが美味しかったから……」


 淡々と話す聡太郎だったが、隣にいる龍星はなぜかニヤニヤして……。


「とか言って〜……お前の大好きなミンファちゃんの好物だろあっさん」


「ちょっ!やめろ!!」


 龍星が揶揄った瞬間、聡太郎は顔を真っ赤にして机をバンと叩き、烈火の如く怒る。しかもわざわざ席から立ち上がってまで。あまりの豹変ぶりに4班の面々は黙り込み、シーンと静まり返った。


「み……みんふぁ……?」

 

 何のことかわからずポカンとする菫に、寛斗はスマホを見せながら小声で教える。


「……ゲームのキャラだよ。『萌姫メモリアル』ってやつの」


 寛斗のスマホに映っているのは……いかにも萌え絵で描かれた美少女だ。聡太郎が大好きだというリー・ミンファというキャラは、その名の通りステレオタイプな中国人っぽく、お団子頭でチャイナドレスを着ている。


「あらら……淺間君こういう娘が好きなのね〜。なんか意外だわ」


 普段は女子と話すことすら滅多にない、聡太郎の意外な一面に菫もニヤッとすると、聡太郎は顔どころか耳まで真っ赤にして俯いたまま、再び席に座った。同じことを考えているのか、他の女子2人も笑っている。


「まぁそれは置いといて……胡麻団子いいんじゃない?そんなに難しくなさそうな気がするし」


 寛斗が話を元に戻すと、千穂と英玲奈は早速スマホで「胡麻団子 レシピ」と検索する。


「……うん、簡単にできそう!」


「あんだんご作ってゴマまぶして揚げるだけだもんね〜」


「じゃあ決定でいいかしら!?……淺間君リクエストの胡麻団子で」


 女子も2人とも賛成したので、菫は班長らしく男性陣に最終確認する。


「オッケー!」


「皆がそう言うんなら〜」


「…………」


 男性陣の反応は三者三様だが、皆快諾してくれた。寛斗は笑顔で、龍星はカッコつけながら、そして言い出しっぺの聡太郎は未だに赤い顔で、俯いたまま頷いた。



 その日の放課後……そろそろ日が暮れようとしているが、菫は同じく班長になった琴葉と共にまだ教室に残っている。この週、菫は週番で最後に2-3教室の鍵を返す必要があるのをいいことに。ちなみに週番は2人で相方は幸輔だが、言うまでもなく菫に仕事を丸投げしている。


「認知症ってただ物忘れするだけじゃなくて、物を盗まれたって妄想したり怒りっぽくなったりするのね〜」


「これは確かに介護する人はかなりキツいわね……」


 琴葉と菫は事前学習シートの四つ目を埋めていた。提出までまだ時間はあるが、放課後特に予定もなく少しでも先に進めておきたかったからだ。そして琴葉も同じことを考えていたので、一緒にやっている。

 

「それにしても……菫ちゃんよく班長に立候補したわね〜」


「だって皆清宮君がやればいいって押し付けてたんだもん……それはちょっとよろしくないでしょ?」


「確かにね〜。うちのクラスもどこの班も押し付け合いになってたわ」


「琴ちゃんのとこもか〜。こういうのに進んで立候補する仕切りたがりって漫画とかドラマにしかいないのかしら?」


「うん、そうだと思う〜」


 二人でお喋りしながら書き溜めていた、その時だった。




「アンタらも残ってたのか」


「!!?」


「!!?」




 聞き覚えのある低い声が突如耳に入り、菫と琴葉は二人同時に顔を上げ……それと同時にビックリして思わず仰け反った。


「な……生田目君……」


 いつの間にか、凜も教室に入ってきていた。しかも菫の席の隣まで来て、ガッツリこちらを向いている。

 思いもよらない事態に、菫はカミカミになりながらも何とか凜に訊く。


「な、何で……こ、ここに……?」


「残ってたんだよ、俺もそれやりに。アンタらずっと下見てるから、俺が入ってても全然気付いてなかったぜ」


「ま、まぁずっと集中してたからね〜」


 机に広げられた事前学習シートを指差しながら、凜は答えた。どうやら菫と琴葉は思っていたよりも集中していたらしい。


「えっ!?生田目君も?」


「ああ、俺はずっと自習室でやってたけど」


「私や菫ちゃんと同じじゃな〜い」


「なぁ宮西、」


 琴葉がそう言った後、凜は菫を名指しして別の話を始める。相変わらず鋭い眼光で眺めてくるので、菫は思わず黙って話を譲る。


「……もしかして寛斗のために班長引き受けたのか?」


「!」


 まさに指摘された通りで、菫は思わず目を見開いた。一方、琴葉はふふっと笑う。


「……どうしてそう思ったの?」


「アンタそういうの進んでやるタイプじゃなさそーだし」


 それも指摘された通りで、菫は今度は苦笑いしてから頷く。


「……まぁ確かにそうね。生田目君の言う通りよ。だって……うちの班明らかに清宮君に班長押し付けようとしてたから」


 4班の班長決めの様子を正直に伝えると、凜は納得したのか「あ〜」と言う。


「確かにな。まぁ寛斗は助かったって思ってるんじゃねーの?アイツ学級委員もキャプテンもやって忙しいだろうし……」


「それならいいんだけど……」


「……アンタのそういうとこ、流石俺らより大人だなって思うぜ」


「……!!」


 再び目を丸くして黙り込む菫に、凜は小声で忠告する。琴葉も尤もな意見だと思ったのか、うんうんと首を縦に振る。


「まぁ気をつけろよ。寛斗の奴結構勘が鋭いから。下手なことしたらバレるかもな」


「ほら言われてるわよ、菫ちゃん」


「っ……」

 

 まだエアコンが効いているはずなのに、菫の体は冷や汗がじんわりと滲んでくる。確かに学級委員でもある寛斗はクラスの皆のことはしっかり見ているし、頭も良いし……そう思うと一抹の不安を感じなくもない。

 ただ……今回は仕方なかった。


「……で、でもこれは私がやっとかないと清宮君が大変だし……」


「まぁそうだけど」


「てゆーか、生田目君こそ班長やってそうなイメージないんだけど」


 琴葉がそう訊くと、凜は遠い目をしてため息をついてから、班長になった理由を言った。


「負けたんだよ、ジャンケンで」


「あ、そうだったのね……」


 やはり凜も自分から進んで班長になった訳ではないとわかり、菫も琴葉も案の定と思っていると……


「……ん?」


「あ……そろそろか」


 ドタドタと足早に階段を上がる音がした。どうやら凜は誰か来るのを知っているのだろうか?その足音はどんどん大きくなり……程なくして教室のドアがガラッと開いた。


「すー様!よかった……まだ帰ってなくて。あ、有薗さんも一緒なんだ」


「お邪魔してまーす」


「き、清宮君まで!どうしたの?」


 入ってきたのは、寛斗だった。部活が終わってすぐに来たのか、アメフト部のジャージ姿で。寛斗は教室に入ると菫の元へ直行し……


「すー様……班長やってくれてありがと!」


 と、穏やかな表情で感謝を伝えた。菫は一瞬だけ呆気に取られたが、すぐに班長を引き受けた理由を正直に伝える。


「……いえいえ。だってあの時清宮君嫌そうにしてたから……」


「もうすぐ部活で大事な試合があって忙しくてさ……それさえなかったら班長やっても全然よかったんだけど」


「そうだったのね。……清宮君ほどうまくできるかわかんないけど」


 今日の時点でも龍星と英玲奈の言い合いに圧倒されたり、意見がなかなか纏まらずに焦ったりと、菫は班長の大変さを痛感していた。しかし、寛斗は首を横に振り……


「大丈夫だって!すー様ならできるよ。俺は頼りにしてるから」


「……ありがとう!」


 そう言ってくれたので……菫は嬉しくなり満面の笑顔を見せた。琴葉も「よかったじゃな〜い」と菫の肩を叩く。その後で、寛斗は凜を見て一言付け加える。


「あっ、凜もな」


「……ついでに言ってんじゃねーよ」


 凜はギロリと睨んでツッコむが、寛斗は気にせずに笑っている。久しぶりのこの2人のやり取りに、菫と琴葉もつられて笑い、面白く思った菫はその勢いで凜に訊く。


「そういえば生田目君のとこはサーターアンダギー作るんでしょ?」


「…………そうだけど」


 凜と同じ班の沙希から聞いた情報であり、凜は頷いたものの……その顔はどこか憂鬱そうだ。不思議に思う菫に、寛斗はまたもクスクス笑いながらその理由を指摘する。琴葉も何となくわかっているのか、腑に落ちた顔を見せている。


「凜、あんまり乗り気じゃないんだろ?甘い物好きじゃないし」


「なるほどね……(そりゃ辛党だものね……)」


 今度は凜が図星を突かれる番で、渋い顔をしていた。納得する菫だったが、そう言った寛斗はなぜか目が笑っていない。


「まぁ実は俺も料理はあんまり……」


「え?得意じゃないの!?」


「清宮君何でもできるのに!?」


 寛斗のまさかの一面に……菫はおろか琴葉までも唖然とした。その一方で凜はくっくっと笑うのだった。


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