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32ページ目 菫さんと愛の略奪大作戦!? 後編


 この土曜日の夕方、菫も出掛けていた。観たい映画があるとめぐるが言ったので、菫、遥、彩矢音も買い物ついでについて行くことにしたのだ。残念ながら沙希は部活で来れなかったが。


「いや〜、面白かったわね〜」


「本当それ!」


「『Mr.インポッシブル』最高ー!」


「アメリカの友達も『Mr.インポッシブル』オススメって言ってたの!観てよかった〜」


 菫、遥、めぐる、彩矢音が観た映画について語りながら駅へと向かう。菫はその映画についてはCMで見た程度しか知らなかったが、いざ観てみるとストーリーの面白さとアクションシーンの迫力に魅了され、終始スクリーンに目が釘付けになっていた。2時間程度の上映時間があっという間に感じたほど。

 そして友達と揃って映画に行くのも菫にとっては数年ぶりのことで……


「……やっぱり映画って1人よりも皆で観に行った楽しいわよね〜」


 思わず口に出して言った。すると……


「当ったり前じゃんよすー様!」


「1人じゃ寂しいじゃーん」


「もしかしてすー様、今まで映画ずっと1人で行ってたの〜?」


 めぐると彩矢音に笑いながら言われたうえ、遥も笑いながら訊いてきたので菫は「さ、最近はね……」と頷いた。

 こうして4人でたわいもない話をしながら、公園のすぐ横を歩いていると……


「あれ?」


「どうしたの?めめちゃん」


 ふと公園の方を見ためぐるが何かに気付く。遥が何事か訊くと、めぐるは一旦人差し指を口に当ててから、ベンチの方へこっそりと指差す。


「あの子……れんれんじゃね?」


 めぐるが指差す先には……リボンとフリルをあしらった白とピンクの可愛らしいワンピースを着た女子がベンチに座っている。髪型はハーフツインテをお団子にしており身長もあまり高くなく……確かに花恋に似ている。


「……本当だ!れんれんっぽい」


「めめちゃんよく気付いたね〜」


 彩矢音と遥も納得して花恋と思しき人物をまじまじと見る。一方、菫はその人物の様子がおかしいことに気付いていた。


「ねぇ……なんか落ち込んでないかしら?伊藤さんっぽい人」


 菫の言った通り、花恋によく似た彼女はベンチに腰掛けたままガックリと項垂れている。何か悲しい出来事があったかのように。公園の他のベンチに座っているのが、楽しそうに話す友人同士や幸せそうなカップルであることもあり、悪目立ちしてしまっている。


「そ……そうだね」


「何か嫌なことでもあったのかしら?財布落としたとか……」


「それか推しのアイドルに彼女いたとか?」


 遥が頷き、菫と彩矢音がその理由を勝手に予測する中、めぐるはベンチに向かって歩を進める。


「ちょっと聞いてみよーよ」


「え、ちょっと、めめちゃん!」


「もしかしたら人違いかも……」


 止めようとする彩矢音と遥を尻目に、めぐるはズンズンと距離を詰めていく。


「まぁ人違いならすみませんって言えばいいじゃん。てかれんれんで間違いないよ」


(まぁ確かにそうだけど〜…気まずくならない?)


 自信満々に突き進んでいくめぐるに、菫はそう思いながら遥と彩矢音とともに渋々ついて行く。そしてベンチの前に辿り着き……


「……れんれん?どうしたの?」


 めぐるが訊くと……その女子はパッと顔を上げた。確かにめぐるが睨んだ通り、彼女は花恋本人であった。声を掛けられた花恋はすぐさま目を潤ませ、今にも泣き出しそうな表情で口を開く。


「め……めめちゃぁん……」


「めっちゃ泣きそうじゃん!何か嫌なことでもあったか?私らでよかったら話聞くよ?」


 もちろん菫、遥、彩矢音も心配になり、何があったのか気になっている。そんな菫達を見て話しても大丈夫と思ったのか、花恋は重い口を開く。




「あっ……あのねぇ〜、花恋ちょっと前までぇ、サッカー部の和田先輩とデートしてたのぉ」


「「「わっ、和田先輩!?」」」


  4人は呆気に取られ目を丸くした。菫も花恋の樹への想いは知っていたけれど、まさかデートまでしているとは思わず。



「和田先輩ったら酷いのよぉ〜!花恋とデート中なのに何回も電話に出て違う女と楽しそうに喋ってるし、花恋の名前間違えるんだからぁ〜」


「………………」


「………………」


「………………」


「………………」


 ウルウルした目で訴えたが……花恋の思惑とは裏腹に菫達4人は黙ったまま、ドン引きしたかのような冷ややかな視線を向けてくる。


(……あれれ〜?皆どうしてそんな顔しちゃうのぉ〜?花恋傷ついたのにぃ〜)


 納得いかずに首を傾げる花恋に、沈黙を破ったのは彩矢音だった。


「……あのさ、それ以前になんで彼女いる人とデートしてんの?和田先輩彼女いたよね?」


 ため息をついてから呆れたように訊く彩矢音に、花恋はギクリとする。続いてめぐるもハッキリ言う。


「そうだよ!これって浮気じゃん」


「だ……だって……和田先輩から誘ってくれたから……」


「だからって何で乗っちゃうのよ?まさか……また彼女さんからその先輩を略奪しようとしてたんじゃないわよね!?」


「…………」


 そして菫からも指摘され……花恋は青ざめて二の句が告げなくなった。この反応を見た菫は、これは図星ね……と当然思った。


「てかデート中に電話出る時点であり得なくない!?何のためのデートなのよ」


「絶対あり得ん!」


「あの、れんれん……落ち着いて聞いて欲しいんだけど……」


 彩矢音とめぐるが理解に苦しむ中、それまで黙っていた遥がここで口を開く。樹と同じサッカー部である遥が何か知っているのかと思い、花恋を含む4人は真剣に耳を傾ける。


「うちのサッカー部、私ともう1人先輩のマネージャーがいてて、その先輩から昨日聞いた話なんだけど……どうも和田先輩…………」


「……え?」


 遥が言うに、そのもう1人の女子マネージャーは樹と同じ中学出身で家も近所なのだとか。なので帰りは和田家の前を通るそうだ。

 ある日の夜、女子マネージャーが自室でカーテンを閉めようとしたところ……樹が歩いてくるのを窓から見掛けたという。明らかに彼女のあかりではない女子生徒と腕を組み、本物のカップルさながら親密な様子で。そして2人は案の定、樹の家に入って行ったのだった。


 その話を聞いただけでも花恋はもちろん、他の3人も絶句していた。

 ただ、そのマネージャーがそういう光景を見たのは1回きりではない。また別の日、同じように女子を連れて家に入る樹を目撃したという。その女子もあかりとは別人であるうえ……前に樹が家に連れ込んだ女子とも明らかに別人だった。


 そして極め付けには……


「また別の女の子と今度は駅の多目的トイレに入るの見たって……」


「うわぁ……」


「ヤバっ……何人と浮気してんのよ」


 めぐると彩矢音は苦虫を噛み潰したような顔で呟く。菫も心底呆れた顔だ。


「……そもそも連れ込まれた女の子達って本当に「浮気相手」だったのかしら?」


「あっ……もしかしてセフレとか?」


「そういうこと〜?まぁどっちにしてもキモいんだけど」


 菫の指摘に納得する彩矢音とめぐるだったが……当の花恋は何も言えずに俯いている。そんな花恋に遥が一つ訊く。


「ねぇれんれん……家行こうとか言われなかった?」


 花恋は俯いたまま首を横に振り、弱々しい声で言う。


「……名前間違えられてすぐ帰ったからぁ……」


「それならよかったじゃん、連れ込まれなくて」


「帰らなかったら今頃セフレの中の一人になってたかもよ?」


 めぐると彩矢音が安堵し、菫は改めて花恋に忠告する。


「まぁそもそも彼女がいるのに他の女とデートするような人なのよ?しかも連れ込んでるのが家とか多目的トイレって……たぶん伊藤さんと今日デートしたのもそのためじゃないかしら?伊藤さんガッツリ矢印向けてたし、その方が都合が……」


「うわぁああ〜ん!!」


 菫が言い切る前に、花恋はわんわん泣き出してしまった。


「だって……つ、だってぇ〜!花恋、っ、彼女さんよりも可愛いから……ぅうッ、あわよくば、先輩とぉ……付き合えるって思ってたのにぃ〜〜〜!」


 慟哭する花恋だったが、めぐる、彩矢音、遥はやれやれと言いたげな表情で見守っている。そして菫は涙を拭う花恋の目の前にしゃがみ込み、改めてダメ押しする。


「伊藤さん……本当に彼女さんから奪ってまで付き合いたいの?ここまで女にだらしない人なのに?」


 すると……


「絶対嫌ぁ!!花恋は花恋だけを想ってくれる人がいいのぉ!」


 花恋はあっさりと否定した。そもそも「本妻」の偽ニャンニャン写真を使ってまで略奪しようとしていた程なので、それでも好きだと言いかねないと菫は危惧していたが。


(案外熱しやすく冷めやすいタイプなのね……まぁよかったけど)


 正直ホッとした菫は、再び花恋に語りかける。


「そう……それなら話が早いわね。伊藤さんならもっといい人がいるわよ(うちのクラスにね……)」


「そうそう、すー様の言う通りだよ!(おにぎり君とかおにぎり君とか)」


「いくら何でもアレはちょっとね〜」


「てゆーか西川先輩もさっさと別れた方がいいのに」


 そう言った菫に、めぐる、彩矢音、遥ももちろん同調する。こうして菫達が励ました甲斐あって……ようやく花恋は元気を取り戻し、涙を拭った。


「……やっぱそぉだよねっ!今度こそ花恋だけを思ってくれるイケメンを探すんだからぁ!」


(イケメンはどうしても譲れないのね……)

 

 依然としてイケメンに固執しながら鼻息を荒くする花恋に、菫は苦笑いする。その横で、めぐるは樹の言動を猛批判している。


「それにしても……その先輩ガチでクズなんですけど!」


「ぶっちゃけターちんよりも酷くない?一体何股してるんだろ」


「あれだけ遊んでたら病気持ってそう!」


 遥と彩矢音も厳しい意見を言う中、危うく遊ばれそうになった花恋も拳を震わせる。どうやら悲しみから怒りへと感情が変わったようだ。


「……最悪なんだけどぉ。花恋がこんなに想ってたのに……弄ぼうとして……」


「…………」


 そんな花恋に、菫は質問をもう一つ投げかける。


「やっぱりムカついた?遊ばれてるってわかって」


「当たり前じゃん!トーゼンよぉ〜」


「じゃあ……仕返ししてみる?」


「え?」


 キョトンとする花恋に、菫は歯を見せた悪い笑顔で囁く。


「こういう時こそ新聞委員会の出番じゃない……実は私にいい考えがあるの」



 その日の夜……自室にいる花恋のスマホにLIMEが届く。送り主はやはり樹だった。花恋はうんざりする半分、残り半分は「来た!」と思いながら、LIMEの画面を開く。


“今日はごめんね

 俺が好きな漫画のヒロインと名前が似てたから間違えちゃった”


「…………」


 樹の本性を知ってしまった以上、花恋はそれまでと違って冷ややかな目で画面を見る。そもそもこの言い訳も本当なのか疑わしい。元カノの名前かそれとも浮気相手なのか、はたまた都合のいい女なのか……。

 それは置いといて、花恋は返信を送る。菫から手解きを受けた通りに。


“全然大丈夫ぅ

 ちょっとびっくりしちゃっただけだよぉ

 また先輩に会いたいな♡”


 あえて2回目のデートを持ちかけると……案の定すぐに既読がつき、返信もあっという間に来た。


“それならよかった

 部活終わってからでよかったら俺の家にでも来ない?

 早速だけど月曜大丈夫?”


 再び「きたぁ……」と思いながら、花恋はまたしても菫の作戦通りにメッセージを打ち込み、送信を押す。


“花恋はカラオケに行きたいなぁ♡

 月曜で全然オッケーだよ”


“了解

 じゃあまた月曜日な”


(和田先輩ぃ……今頃うまく行ったってニヤニヤしてるのかなぁ)


 花恋は悲しそうな顔をするも……すぐに切り替え、不適な笑みを浮かべる。


(でも……こんなことやっといて花恋が何もしないで終わるなんて思うんじゃないわよ〜!!この花恋様に遊び目的で近づくなんて……許さないんだからぁ!)


 ふふふふふ……と一人で笑い出す花恋の部屋のドアを、誰かが叩く。


「おい花恋、なーに一人で笑ってんだよ」

「う〜る〜さ〜い〜!お兄には関係ないでしょ〜!」


 叩いてきたのは兄だった。花恋は頬を膨らませ、ドアに向かって文句を吐き出す。











 週明けの月曜の放課後……花恋が希望した通り、樹と花恋はカラオケボックスにいる。やはりこの日も樹は花恋をお姫様のように扱い、歌い終わると「花恋ちゃん歌上手いな〜」と言いながら拍手をしてくれた。ちなみに花恋は好きなアイドルの曲、樹はいかにもモテる男が歌いそうなラブソングを中心に歌っている。


 そして……このカラオケ中も例によって樹のスマホには電話がひっきりなしにかかっている。やはり前のデートと同じように樹は電話に全て出ており、カラオケの途中で部屋を何度か出ていた。


「せんぱ〜い、ミルクとガムシロップ入れといたよぉ」


「おっ!ありがとう」


 この時、樹がアイスコーヒーにミルクとガムシロップを入れる前にスマホが鳴り、部屋を出ていた。その間に花恋がいずれもアイスコーヒーに入れ、混ぜていたのだ。気が利く子だと思ったのか、樹は嬉しそうにストローを口に咥え、勢いよく啜る。

 その瞬間、花恋はニヤリと笑みを浮かべた。もちろん樹にはバレないように。




 カラオケボックスに入ってからかれこれ2時間……

 明るい曲調のアイドルソングを気持ちよく歌っている花恋とは裏腹に……樹の顔はどんどん険しくなってくる。


「ん?どぉしたの〜?」


 もちろん花恋はその理由を知っているのだが……1曲終わってから敢えて訊いてみる。樹は真っ青になった顔を歪めながら、腹の辺りを両手で押さえていた。次の曲はまだ入れていないらしく、花恋の曲が終わった後で一旦CMが流れる。


「は、腹が……痛くなってきて……」


「ええ〜!大丈夫ぅ〜?」


「ちょ、ちょっとトイレ……」


 樹はそれだけ言うと急いで席を立ち、慌てて部屋を飛び出した。珍しくスマホを置いたまま。

 

(……うまく行ったわねぇ〜。これであとは……)


 花恋はニヤリと不適な笑みをもらしながら、自分のスマホを手に取る。テーブルに置きっぱなしの樹のスマホを凝視し、今か今かと待ちながら。

 すると、花恋の期待通り……たちまち樹のスマホが鳴り出した。


 

 それから数日後……


「うわっ!サイテー!」


「クズじゃん!」


「あんな美人な彼女さんいるのに〜」


「キモ〜い!」


 その日に張り出された『公ヶ谷タイムズ』最新号のせいで……生徒はもちろん学校関係者全員に大衝撃が走った。一面に載った記事は、『ショック!公ヶ谷高イチのイケメンW君 複数の女子と浮気・火遊びか』というタイトルだ。そして貼られてある数枚の写真には樹のスマホが収められている。

 樹のスマホには、いずれも女子からのLIMEの通知が来ており、メッセージが途中まで載っている。そこに書かれていたものは……


“今度いつ会える?彼女さんと会わない日教えてよ〜”


“樹大好き♡早くギュッとしてチューして!”


“たまには駅のトイレじゃなくて樹の家でしたいな〜”


“最近連絡くれないじゃん!最後までしたのにさ〜”


 ……と、相当生々しいものであった。しかも上記の四つは全員違う女子から送られたものである。このスマホの写真は全て花恋がカラオケボックスで撮影したものである。

 

 実は樹とカラオケに行った時、花恋は樹のアイスコーヒーにガムシロップとミルクと共に……下剤も一緒に入れて混ぜていた。思惑通り樹が腹を壊し、慌ててスマホを置いたままトイレへ急ぐ。

 その間にも、期待通り樹のスマホにはLIMEの通知がいくつも来た。しかもラッキーなことにメッセージが途中まで見れるようになっており……花恋は隙を見てスマホのカメラに収めていたのだ。

 ちなみにカラオケが終わった後、花恋は樹に自宅に誘われるも門限があると断っていた。


 またそれとは別に、樹があかり以外の女子を連れて自宅に入る様子も、バッチリ写真に撮られている。こちらは遥がもう一人のサッカー部マネージャーに頼んで撮ってもらったものだ。


(あーあ、やっぱり凄い反響ね……まぁ計画通りだわ。ここまで女癖が悪いんなら、なるべく早くお灸を据えとかないとね〜)


 陰で糸を引いていた菫は、新聞の前の人だかりを遠くから見てクスリと笑った。菫が見た限りでは、やはりほぼ全員こぞって幻滅し、樹に罵詈雑言を吐き出している。なおあの土曜日、樹にお灸を据えることを提案した時、めぐる、遥、彩矢音も満場一致で賛成した。菫が花恋に撮ってもらった写真を暁に見せた時も、暁は嬉々として新聞の一面に載せることを二つ返事で決めてくれた。


(まぁまだ若いんだしいくらでもやり直せるんだから……)


「すー様おはよ〜!」


「おはよう!」


 めぐるが声を掛けてくれたのに気付き、菫は返事をしながら彼女がいる方へと向かった。




 ちょうどその頃、花恋は最寄駅から学校までの道を歩いていた。莉麻、英玲奈、未夢と共に。


「この動画マジ面白いんだけど〜」


「あっ、それ私も見た見た!」


「えっ、どれどれ〜?」


 英玲奈、未夢と同じく、莉麻が見つけたという面白動画を見ようと身を乗り出したところで……花恋のスマホが鳴った。花恋はスマホを取り出すなり、ぎょっとする。画面に「和田樹」とあったからだ。もちろんスルーすることも考えたが、敢えて出てみる。


「……もしもし」


「か、花恋ちゃん……どういうことだよコレ?」


 花恋が電話に出るや否や、樹はいつもと違う憂いを含んだ声で問いかける。が、花恋はとぼける。


「……何のことぉ?花恋わかんな〜い」


「……はぁ!?ふざけんな!お前だろ絶対に!人のケータイ勝手に撮っといて」


 明らかにカッとなったのか、樹はこれまでのお姫様扱いから一転、乱暴な口調へと変わる。が、花恋は全く怯まずに言い返す。


「……先輩の自業自得じゃなぁ〜い。花恋傷ついたんだからぁ、先輩に名前間違えられるし、」


「はぁ!?そんなことぐらいで?」


 この発言に……花恋は完全に気持ちが離れ、大きなため息をついてから吐き捨てる。


「それにお家に他の女連れ込んでたんでしょ〜?先輩」


 すると樹は再び態度を変え、今度は一気にしどろもどろになる。


「……っ……何でそれを……」


「たぶん花恋よりもずっとぉ、西川先輩が傷ついてるんじゃないかなぁ〜?愛想尽かされても知らないよぉ〜?」


 最後にそれだけ言ってから、花恋は電話を切った。それだけでなく樹のLIMEをブロックするのも忘れずに。


「あれっ……れんれんどうしたの〜?」


「何でもなぁ〜い!」


 花恋はスマホをスカートのポケットにしまうと、すぐに莉麻達の元へと急いだ。


(和田先輩のことなんかもぉ知〜らないっと。

 いいもん、花恋は花恋だけ想ってくれる人と付き合うんだから!!)




 そしていつもの通り教室に入り席に着くと、隣の席の雅哉は例によって花恋に話しかけてきた。


「おはよう!伊藤さん」


「おにぎり君おっはよ〜」


「今日の『公ヶ谷タイムズ』見た〜?サイテーだよな!顔が良いからって彼女さんいるのに女の子取っ替え引っ替えしてさ」


 花恋は少し黙るも……すぐにいつもの調子を取り戻す。


「あっ、おにぎり君も見たのぉ〜?花恋もひど〜いって思っててぇ……」


(……もちろん、花恋好みのイケメンでねっ!)


 花恋は雅哉と話しながら、心の中でそう思うのだった。



 この日の昼休憩――


「和田先輩……転校させられるってよ」


 いつものメンバーで、いつものように食堂で昼食を食べている時、サッカー部の悠太は樹の話を切り出した。マネージャーの遥もうんうんと頷く。


「ええっ!?」


「そうなんだ!」


「マジか〜」


「まぁ……そうなるよな」


「あれじゃもう学校行けねーだろうし」


 めぐる、沙希、真二は驚くが、寛斗と恭平はさもありなんと考えているようだ。菫も「あらまぁ……」とだけ呟く。


「なんか和田先輩のご両親がすっごく怒ってるらしくてね……全寮制の男子校に行くんだって。しかもかなり僻地の」


 遥がその詳細を話すと、既に知っている悠太以外の6人は「あ〜」と納得する。


「確かにその環境じゃあ女遊びできないものね」


「遊べる場所もなさそうだもんな〜」


「で、彼女さんとも別れたんだろ?」


 菫と真二がそう言って沙希が訊くと、悠太はコクンと頷いた。


「もちろん。でも和田先輩は別れたくなくてゴネてたみたい」


「ええ……」


「うわぁ……」


 ほぼ全員がドン引きするも、菫は水をグイッと飲んでから冷静にその理由を分析する。


「まぁ浮気相手の子達は本当に遊びのつもりだったんでしょうね。彼女さんはまた別で……」


「自分がそれやられたらどうなのよ……」


 めぐるが冷たい目で呟く横で、遥は苦笑いしながら小声でコソッと言う。


「これも別の先輩から聞いたんだけど……和田先輩、家のリビングで浮気相手とイチャついてたらしいよ。親御さんがいないからって」


「うっわ……」


「ウッソ……」


「あちゃー」


 最早開いた口が塞がらない様子のめぐる達に、菫も首を横に振ってから……


「そりゃ怒るのも無理ないわ……ご両親も可哀想ね」


 とだけ言い、ふと花恋達がいるテーブルへと視線を移す。相変わらずその隣には雅哉達運動部員グループがいて、雅哉は隣の席の花恋に絡んでいる。塩対応なのは相変わらずだが、心なしか花恋は前よりもまともに話しているように見えなくもない。


(これでイケメンに懲りて、少しでも中島君のことを意識してくれたらねぇ……)


 と菫が思っていたところだった。

 めぐるがカレーライスを口に運びながら、また別のことにふと気付く。


「そーいやホリトモ今日いなくね?」


 めぐる以外の7人は一斉に貴大たちが座っているテーブルを見る。言われた通り、その席に貴大、龍星、和馬はいるが……同じグループの知輝の姿がない。いつも一緒にいるはずなのに。


「本当だ!」


「いつもターちん達と馬鹿騒ぎしてるのに〜」


「あ、そういえば……」


 何かを思い出したのか、寛斗は箸を止めて言い出す。


「さっきホリトモ見たんだけど……なーんかやけに上機嫌っていうか、ニヤニヤしながら歩いていったぜ。体育館裏の方に」


「ええ!?」


 先程の樹の件とは別の意味で菫達は驚いた。そしてめぐるもニヤリとする。


「まさかまさか……ホリトモにも春が来たとか!?」


「いや〜そんな訳ねーだろ。ホリトモなんか」


「もしそれなら今日雪降るんじゃね!?」


 そう言って爆笑を掻っ攫う真二と沙希に、菫も思わず吹き出してしまう。


(やっぱり今時の子ってなかなか辛辣ね〜……まぁ面白いんだけど)



 その頃、知輝は体育館裏に一人立っていた。寛斗に目撃された時とは打って変わって、妙に緊張している様子で。


(な、なんか……き、緊張する〜……こんなとこに呼び出されるなんて初めてなんだけど!)


 心臓が早鐘を打つ知輝の手には一通の手紙が握られている。その手紙は知輝の下駄箱に入れられ、差出人の名前はK.Fとイニシャルだけ書いてあった。

 内容は……前に花恋が菫に送ったものと同じく、昼休みに校舎裏へ来て欲しいというものだ。


(そういえば前、間違ってターちん宛の手紙が俺のとこに入ってやがったけど……流石に今日は違うよな!?俺宛だよな!?

 まさかまさか……!?俺に告白したいとか!?マジかよこんな漫画みてーな展開あるのか〜!?

 ……てかK.Fって誰だ?うちのクラスにはいないし……)


 更にドキドキし、外が暑いこともあって体に汗が滲んでくる中……遂に手紙の送り主は知輝の元へとやってきた。ザッザッと足音が徐々に近付いてくる。


「……ごめんなさい?待った?」


 声を掛けられ、咄嗟に知輝は笑顔で振り向いて返事をした。


「いや全然待ってね………………あっ」


 が……その笑顔はあっという間に引き攣った。その顔のまま何度も瞬きをしながら、やってきた彼女に訊く。


「き、君、確か1組の……」


 知輝がそれだけ言うと、彼女はパッと顔が明るくなり嬉しそうな表情に変わる。


「嬉しい!覚えててくれたのね!私、2-1の近藤風子よ」


 知輝の目の前に立っているのは……ビン底眼鏡の巨漢な女子、もとい風子だ。未だに引き攣った笑顔を見せる知輝をよそに、風子は頬をピンク色に染めて眼鏡の奥から熱い視線で眺めてくる。手は後ろに組んだまま。


「あの……私、改めて堀君の優しさに気付いちゃって……(和田先輩みたいなイケメンはもう懲り懲りだし人間は顔じゃないし……)」


「や、優しい!?……俺がぁ?」


「だって……体育祭の時優しくしてくれたじゃな〜い」


「……あ!」


 ここで知輝もようやく思い出した。あの体育祭で1組の面々が丈一郎に責められ、特に風子は泣きそうになっていたこと。及び、丈一郎が怖いだろ?と声を掛けたことを。それがよっぽど嬉しかったのだと思われる。

 風子はここで後ろに回していた手を知輝へと差し出した。その手には綺麗にラッピングされたカップケーキが乗っている。


「これ……今日の家庭科で作ったの!よかったら受け取ってください!」


(ぶっちゃけ全然タイプじゃねーんだけどなァ……でも……こんなの貰うなんか初めてだし……)


 ビン底眼鏡越しにキラキラした目で見つめられ、知輝は無碍にすることができず……自分の気持ちとは裏腹に、「あ……ありがとう」と言って受け取った。そんな知輝の気など知る由もなく、風子は素直に喜ぶのだった。


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