31ページ目 菫さんと愛の略奪大作戦!? 前編
「………………」
「………………」
「………………」
いつもの朝、いつものように昇降口へ向かう途中……めぐる、遥、沙希は学校掲示板の前でドン引きしている。
(……そりゃこんな反応になるわよね〜)
3人と一緒にいる菫は、その理由をわかっている。
菫達の目の前には『公ヶ谷タイムズ』の最新号が貼られている。つい数日前に盗撮犯を暴いた号外が貼り出されたというのに、かなり短いスパンでの更新となった。通りで昨日の新聞委員会での暁が「とっておきのスクープがある」と豪語し、やけにハイテンションだった訳ね……と菫は思った。
その記事を見ながら、めぐるは呆れ返ってこう呟いた。
「これで撮られんの何回目だよ…………ターちん」
「……え?」
菫は思わず聞き返した。もちろん意外なんて思わず、むしろ思った通りなのだが。
暁が持ち込んだスクープは……『2年生きってのプレイボーイF君 またもや中庭ベンチで堂々キス♡』というものだ。そのタイトル通り、記事にはベンチに座ってキスをする男女の写真がデカデカと載っている。
男子生徒の方はというと、茶髪のウルフカットの髪と白いシャツにネックレスを着けており……どう見ても貴大だ。めぐるによると貴大が新聞委員会に撮られるのはこれが初めてではないらしい。しかも沙希まで耳を疑う発言をする。
「ターちんの奴……昨日この写真と違う女と腕組んで帰ってたぜ?」
「……ぇえ!?」
絶句する菫に、遥も心底呆れた様子で「何やってんのよ〜」とだけ言う。確かに貴大はクラス一の長身であるうえ優男っぽい雰囲気が女子にウケるのか、凜に次いで女子からはモテる。ただ貴大は凜と違ってとにかく優柔不断で押しに弱く、告白されても断れずに気付いたら二股や三股をしてしまうという。だから貴大が何回も撮られていることは菫でも予想通りだったのだ。
「えっ!?さっきー見てたの?」
「うん。部活の帰り。ガッツリ距離近くして歩いてた」
「も〜!また三股ぐらいかけてんじゃねーのアイツ……いや四股もあり得るな。ターちんなら」
沙希から話を聞き、めぐるは首を横に振って「貴大は三股……というより四股かけてる説」を唱えた。沙希と遥がうんうんと頷く中、菫は多少なりとも貴大を心配している。
(あーあ、どうにかならないのかしら……このままじゃいつか女の子に刺されるわよ……)
その直後……
「ちょっと!!コレどういうこと?福谷君!」
菫達のすぐ横で、女子生徒の怒号が飛んできた。彼女の目の前には、渦中の貴大が立っている。どうやら貴大はこの記事を見た女子生徒に詰められているようだ。菫達4人はこの光景を見て早速呆れ顔になる。
「あーあ言ってる側から……」
「……あ、あの子だよ。昨日腕組んで歩いてた方」
どうやら沙希にはその女子生徒は見覚えがあったらしく、こそっと呟く。
その間にも貴大は責められ続けているが……弱々しい声で言い訳をする。
「フ、フミちゃん……ち、違うんだよ!あ、あの娘から誘ってきたんだ!俺は悪くな……」
「ふーくーたーにーくーん……」
貴大と「フミちゃん」という女子が言い合いになっている最中に……女子がもう1人近づいてきた。その女子は……あの記事で貴大とキスしている女子によく似ている。貴大はその女子の顔を見るなり青ざめ、「フミちゃん」は鋭い視線で睨みつける。
「ナ……ナナちゃん……」
「誰?その子」
「……アンタこそ誰よ!?人の彼氏にキスなんかして」
「フミちゃん」に詰め寄られた「ナナちゃん」は「は?」と言いながら睨み返す。
「彼氏?ふざけないでよ?福谷クンと付き合ってるのは私よ!?」
「ふざけてんのはそっちでしょ!この間女が!!」
「間女なんかじゃないわ!私はこの通り福谷クンとキスもしてるのよ!?」
「キス?たったそれだけじゃな〜い。私それよりも先に……」
女子2人の激しい言い争いが繰り広げられる中、貴大はただオロオロするだけだ。そんな貴大を菫達は冷ややかな視線で見守っている。この体たらくには「ナナちゃん」と「フミちゃん」も流石に痺れを切らし、怒りの矛先を貴大へと向ける。
「何ボーッと突っ立ってんのよ!?アンタのせいで私達喧嘩してんのに!」
「そうだよ!福谷君は私かこの女どっちがいいのよ!?」
女子2人が凄むと、貴大はガクガク震えながらも何とか笑顔を見せ……
「おっ、俺は……っ、
2人とも好きだよ!フミちゃんもナナちゃんも!
だから……今のまま2人同時に付き合えば皆幸せになれるって!」
「…………」
「…………」
「フミちゃん」も「ナナちゃん」も絶句した。もちろん、側で聞いていた菫達もだ。
(……本気で言ってんの?福谷君)
菫が当然そう思ったほか、めぐるに至っては頭を抱え沙希も首を横に振っている。
暫く沈黙した後、女子2人はほぼ同時にため息をつき……
「……私は無理だわ。私だけを好きになってくれる人じゃないと嫌!」
「私も!こんな奴に惚れた私がバカだったわ!」
「えっ……えっ!?」
動揺しながら手を伸ばす貴大をよそに、2人とも完全に愛想が尽きたようで踵を返す。
「な……なんでなんで??俺ナナちゃんのこともフミちゃんのことも好きだって言ったよね?それでいいじゃん。ねぇちょっと!待ってよ〜。キスだってしたし熱い夜も……」
「ナナちゃん」も「フミちゃん」も、狼狽える貴大には目もくれずに去っていった。
「……あーあ、二兎を追うものは一兎も得ずね」
見事に失恋してしまった貴大を厳しい目つきで眺めながら、菫は呟く。すると沙希はなぜか不思議そうな顔をする。
「……すー様、どういうこと?一頭追って二頭?」
「『二兎を追う者は一兎も得ず』だよさっきー」
「ちょうど今のターちんみたいなことね」
意味を知らなかった沙希に、めぐると遥が説明した。
その様子を眺めていたのは菫達だけでなく……
(あーあ……ターちんったら情けないわねぇ〜
……でもいいこと思いついちゃったぁ)
花恋も貴大を眺めて菫達と同様にドン引いていたが……その後になぜかほくそ笑むのだった。
★
翌日の昼休憩、昼食を食べ終わった菫は校舎裏へと向かっていた。
(……一体誰なのかしら。こんなところに呼び出して……)
菫は実は誰に呼ばれたのかわからず、ヤキモキしている。今朝、靴を履き替えようとすると靴箱に差出人不明の手紙があり、その手紙に校舎裏に来るようにとかいてあったからだ。ただ、見覚えのある筆跡だったため、2-3の誰かであることだけは確かだが。
校舎裏まで辿り着くと……菫を呼んだ人物は既にそこで待っていた。
(……伊藤さん?……一体何なのかしら?)
「ってゆー訳でぇ〜、コレを新聞に載せて欲しいのぉ〜」
菫相手にも上目遣いとウルウル目で手を組みながら、花恋は頼み込む。その前に花恋は菫に1枚の写真を手渡しており、菫はそれを黙って見ている。
「…………」
写真をみる菫の表情は……まさに「無」だ。
花恋が持ってきた写真に写っているのは、ベッドに入っている裸の男女だ。2人とも菫と面識はないが、女の方はかなりの美人である。花恋によると、女の方は3年生の西川あかりという生徒で、同じく3年生の和田樹というサッカー部員と付き合っているという。そして花恋は樹に思いを寄せており、樹が可哀想だからという理由でこの写真を持ち込んできたのだ。
しかし……
(……なんか……この写真……おかしくない?)
何かが不自然なことに気付いたせいで、菫は微妙な表情になっていた。よく見ると2人とも体の割に頭が大きいような気がするし、顔と体の色も合っていない。
(……まさかスキャンダルをでっち上げて別れさせるつもりなのかしら?自分と付き合うために……)
この違和感のせいであらぬ疑いすらかけてしまう菫だが、花恋はそんな菫の気も知らず上目遣いのまま距離を詰めてくる。
「ねぇ〜、いいでしょぉ〜?こういうの今までにも載ってたし花恋のも載せてぇ〜」
(それにしてもすっごい上目遣いね。中島君が陥落するのもわかる気がするわ……)
そう思いながらも、菫はひとまずこう返した。
「……載せるか載せないかは私が決めることじゃないし……とりあえず委員長に聞いてみるわね」
幸い昼休憩が終わるまでにまだ時間があったので、菫はその足で暁のいる3-4の教室前まで足を運んだ。なぜか花恋もついてきたが。
「……新聞に載せる?これを?冗談じゃないよ」
暁は花恋が持ってきた写真を見るなり、呆れ顔で首を横に振った。そんな反応をされ、花恋は当然納得できず暁に抗議する。
「何でそんなこと言うんですかぁ〜!れっきとしたスクープでしょコレ〜。だって彼氏持ちの西川先輩の決定的な一枚ですよぉ?この人彼氏の和田先輩じゃな……」
「あー!うるさいうるさい!」
暁は鬱陶しそうに花恋の話を遮る。それから例の写真を菫と花恋に見せつけ、写真の2人の顔の部分を指差す。
「コレ……作り物だろ?どう見ても頭と体のバランスがおかしいし、頭と首の繋ぎ目も変!しかも相手の男はどう見てもAIだし。
……というより、そもそもなんでこんなベッドインしてる写真を君が持ってるんだよ?君、西川君の友達でも知り合いでも何でもないんだろ?」
ボコボコに論破され……花恋は冷や汗をかいて歯を食いしばり、黙り込んだ。
(やっぱり委員長はすぐ見破ったわね……まぁ私でも変だと思ったけど)
菫がやれやれと思いながらその様子を見守っている横で、暁は花恋に念を押す。
「悪いけど、『公ヶ谷タイムズ』には真実しか載せられないんだ。確かに西川君が浮気してるなんてネタ、面白そうだけど……真実じゃないと意味ないからな〜。それにしてもこんな雑コラを載せようだなんて、新聞委員会を舐めるんじゃないよ」
暁は小馬鹿にするように笑ってから、例の写真をポイっと投げ捨てて去っていった。
「〜〜〜〜〜!!!」
花恋は怒り心頭な様子で暁を睨みつけ、彼の背中に向かってあっかんべーをした。そして両手を震えるほど強く握りしめながら捨て台詞を吐く。
「……何なのよぉ〜〜〜!感じ悪〜い!せっかくパソコン部の子にお願いして作ってもらったのにぃ〜!」
「あっ、ちょっと……コレ忘れてるわよ!」
写真を廊下に放置したまま、花恋はぷりぷり怒って文句を言いながらせっせと去っていった。なので菫は慌てて写真を拾って花恋を追いかけた。
★
暁に写真を持ち込んで断られた日も、花恋はサッカー部の練習を見にきていた。幸い今日のチアリーディング部は早く終わったので、花恋はさっさと着替えてサッカーグラウンド前へ向かい、樹に熱い視線を送っている。手にはお手製のハチミツレモンを持って。
(やっぱりいっぱいいるなぁ〜。和田先輩彼女持ちなのに)
サッカーグラウンドの防球ネット前には既に女子生徒の人だかりができている。その大半が樹のファンで、樹にパスが回ったりシュートを決めたところで黄色い声があがる。
(ここにいる誰よりも……彼女さんよりも……一番和田先輩のことが好きなのは花恋なんだからっ!
それに彼女さん美人だけど……花恋の方が可愛いの!杉ちゃんに略奪はダメって言われたけど……好きなんだからしょーがないじゃん!)
そう思いながら樹をじーっと眺めている花恋に……
ドカッ!
「キャッ!」
別の女子がぶつかった。その女子も急いで走ってきたのか、勢い余って花恋にぶつかってしまったようだ。
「もぉ〜、いった〜い!」
「ごめ〜ん」
ビン底眼鏡をかけた太った体型のその女子は花恋に謝る。花恋は彼女に見覚えがあり、思わずじっと見る。
「……あれぇ?1組の近藤さんじゃな〜い」
「えっ?」
「もしかしてぇ……近藤さんも和田先輩目当てぇ?」
花恋がニヤニヤしながら訊くと、風子は即座に顔を赤らめた。が、花恋は意に介さないどころか風子に牽制する。
「ダメだよぉ〜。和田先輩彼女さんいるんだから〜(まぁ花恋は彼女さんいても気にしないし……何ならぁ……)」
しかし、風子はそんな花恋に言い返す。
「そっ……そんなんじゃないわ!目の保養にしてるだけよ!……和田先輩かっこいいんだもの」
そして樹に彼女がいるという現実を突きつけられた他の樹ファン達も憤慨しながらジリジリと近づき、花恋を槍玉にあげる。
「ちょっとー!余計なこと言うんじゃねぇよ!」
「せっかく和田先輩に彼女がいること忘れて見てたのに〜」
「空気読めー!」
沢山の樹ファンから責められ、花恋は流石にたじろぐ。そして風子もオロオロしていると……
「こらー!そこ!静かにしなさい」
サッカー部の顧問の怒号が飛んできた。責め立てていた女子達はすぐに静かになり、花恋から離れていく。程なくして練習が終わると、数多いサッカー部員のうちの1人が暴球ネットの近くまで歩いてきたかと思うと……その彼はあろうことか花恋に接近してきた。
「……!!!」
「君、大丈夫?」
心配そうに花恋の顔を覗き込んだのは……樹だった。思いがけない事態に花恋は最初こそ二の句が告げずにいたものの、何とか「はいっ!」と答えた。ぱっちりした二重瞼の目に綺麗な鼻筋と、近い距離で見ると本当にイケメンだと花恋は再認識する。
すると、樹はニッコリ微笑んだ。
「そう、それならよかった。皆に責められてて可哀想だったから。大したことなくてよかったよ。
あっ、これは……?」
こうして花恋に優しい言葉をかけてから、樹は彼女が持つハート柄の可愛らしい弁当箱に視線を送る。すると花恋はすかさずそれを差し出した。
「は、ハチミツレモンですっ!よかったらぁ……食べてくださいぃ〜」
得意の上目遣いで樹を眺めながら花恋がそう言うと……樹は再びニッコリ微笑んで弁当箱を受け取る。それを見た周りの女子達は信じられない様子でざわついている。
「ありがとう。喜んで頂くよ」
「こっ……こちらこそぉ……」
他の樹ファンがショックを受けている中、樹は嬉しそうに弁当箱を持って去っていった。
まさか自分に声をかけてくれるとは微塵も思わず……花恋はポーッと顔を赤らめたまま、樹の大きな背中を見つめていた。
それに対し、すぐ横にいた風子は「よかったじゃない」と花恋の耳元で囁き、肩をポンと叩いた。
一方、樹と同じサッカー部員とそのマネージャーである、悠太と遥もその一部始終を目撃していた。花恋にも樹にも気付かれないように2人でコソコソ話す。
「だぁ坊、今の見た?」
「見た見た……和田先輩彼女いるのに伊藤さんからもらっちゃって〜。いいのかな〜」
「大丈夫かなぁ……おにぎり君」
彼女でない女子から当たり前のように差し入れを受け取る樹に、悠太は怪訝な目を向け、遥は花恋に想いを寄せている雅哉のことを案じていた。
★
翌日の昼過ぎ……花恋は授業中にもかかわらず常にニヤけ嬉しそうだった。テンションもやけに高いうえいつもより声まで大きい。そんな花恋の小さな変化に、一部のクラスメイト達はとっくに気づいていて……
「……藤……い・と・う!!」
「ほら呼ばれてるよ!」
杉谷に名前を呼ばれても、前の席のつばさに机を叩かれるまで花恋はポーッとしていて気付かなかった。そのせいで花恋は教科書1ページ分を全て読まされる羽目になったが、その時もやけにニコニコしていてどこか上機嫌だ。いつもなら同じ目に遭ったら杉谷を睨むというのに。
もちろん、菫達も花恋の変貌ぶりに気づいており……
「なぁ……今日のれんれんいつも違くね?」
沙希が花恋に聞かれないよう小声で言うと、めぐると遥はうんうんと頷く。その一方で、菫は嫌な予感がした。
(まさか……その和田先輩とやらと何かあったのかしら?まさか……略奪しちゃったとか!?)
菫がまたしてもあらぬ疑いをかける一方、花恋と同じグループである莉麻、英玲奈、未夢も違和感にとっくに気付いている。そもそも3人は普段通り莉麻の机に集まって話し込んでいるが、今そこに花恋の姿はない。花恋は自分の席に座ったまま、ずっとスマホをいじり続けてるからだ。ちなみに今日も雅哉は何度か花恋に話しかけるも、花恋はニコニコ笑ってこそいたが、やはり塩対応であしらっていた。
「れんれん……どうしたのかな?あんなにウキウキして」
「ちょっとみーこ、聞いてきてよ」
「わかった」
英玲奈に命じられるがまま、未夢は花恋の席へと向かう。
「ねぇれんれん、今日めっちゃニヤけてるじゃん。何かいいことあったの?」
「あっ、みーこ。……実はねっ、」
花恋はそれだけ言うと未夢を自分の方へグッと引き寄せ、小さな声で耳打ちした。
「和田先輩が……デートしてくれるって」
「……へぇっ?」
「花恋こないだハチミツレモンあげたからぁ〜、そのお礼だってぇ〜」
実はこの日の昼休み、花恋は樹に校舎裏まで呼び出されていた。樹はまずハチミツレモンが美味しかったこと及びその礼を言った後で、この週末に予定はないか訊いた。もちろん花恋は土日どちらも大丈夫と答えると……。
「じゃあ土曜にお礼させてよ。花恋ちゃんの行きたいところに連れてくからさ」
そう誘ってくれた樹の笑顔を思い出し、花恋はうっとりする。が、それを聞かされた未夢はどうも釈然としない。
(……え?和田先輩ってサッカー部の和田先輩よね?……あの人彼女いなかったっけ?)
頭の中に疑問符がいくつも浮かぶ未夢にだったが……心底嬉しそうにしている花恋を見ると……何も言えない。そんな未夢の目の前で花恋はスマホを眺めながら「何着てこかな〜」と心を躍らせている
「あっそうだ、みーこ。このことはぁ……2人だけの秘密だからねぇ」
最後に花恋は口に人差し指を当てて念押ししてくるので、未夢は即座に首を縦に振った。
「わ、わかった……(私も皆に秘密にしてるからなぁ……彼氏いること)」
★
待ちに待った土曜日……とある駅前で花恋はどうも落ち着かずソワソワしながら待っている。時々鏡を見てメイクや髪型が変じゃないか確認しながら。肩ぐらいの長さの巻き髪をハーフツインテにしているのは普段と変わらないが、普段と違ってツインテの部分をお団子に結えている。着ている服も、リボンとフリルがついて肩の開いたピンクと白のワンピースと、花恋にとっての勝負服である。
(あ〜、もぉすぐね〜。本当にこのカッコで大丈夫かなぁ〜。あ、もぉちょっと睫毛カールさせたいな〜)
そう思いながら、マスカラをたっぷり塗った睫毛を指でカールさせていると……待ち人はやってきた。樹は普段通りの笑顔で花恋に手を振る。
「おはよう!待った?」
「いーえっ!今来たとこですよぉ」
こうして花恋にとっては夢のような時間が始まった。樹は終始花恋をお姫様のように扱い、花恋が行きたいところはどこでも連れていってくれたし、おねだりしたものも全て奢ってくれた。
昼過ぎになり、次はずっと行きたかったカフェに連れて行ってもらい、大満足している花恋だが……
(こんな感じなのかなぁ〜……西川先輩とデートしてる時も)
どうしても、樹の本来の彼女であるあかりのことが頭によぎってしまう。流石に罪悪感を感じない訳ではなく、ついボーッとした時にそんなことを考えてしまう。
(……だ、ダメダメ!今は花恋とデートしてくれてるんだからぁ。余計なこと考えないの〜)
「どうしたの?」
「な、何でもないですぅ!」
アイスミントティーを飲みながらぼんやり考えていた花恋だったが、樹に訊かれて我に帰った。そんな花恋に樹はくすっと笑う。
「てか全然タメ口でいいのに〜」
「えっ……」
「だってこうしてデートしてる仲じゃん。それなのに敬語って水臭くね?」
そう言われ……花恋は照れ臭そうにしながらもニッコリ笑う。
「……だよねぇ〜。じゃあ今からタメ口で話すねぇ〜」
言われた通りのタメ口で嬉しそうに言ってから、花恋は話題を変える。
「ねぇ〜、今日は花恋と一緒にいて大丈夫なのぉ〜?西川先輩は……」
「ああ、あかりは今日は部活があるからな」
どうやら元々あかりとは会えない日だったらしい。そう言う樹の表情はやけに曇っている。
「……やっぱり西川先輩と会えなくて悲しいのぉ?」
どうしても気になって花恋が訊くと、樹はアイスコーヒーをグイッと飲み干してから首を横に振る。
「ううん、悲しくなんかないよ。ただ……」
「ただぁ?」
聞き返してくる花恋に、樹は再び表情を曇らせ口を開く。
「実は……あかりが……」
カフェを出た2人は、再び並んで歩いている。先程の樹の話を聞いた花恋は不貞腐れた顔だ。
「西川先輩ったらひどぉ〜い。和田先輩みたいなイケメンで優しい彼氏がいるのにぃ」
「ははは……何でだろうな〜」
その隣で樹は苦笑いする。
実は先程のカフェで……あかりが浮気をしていると、花恋は樹から聞かされていた。樹によるとあかりは最近ずっと付き合いが悪く、ある日の帰りには別の男子生徒と一緒に帰っていたという。
(ほ〜ら、やっぱり西川先輩浮気してたんじゃな〜い。和田先輩っていう素敵な彼氏がいるのにサイテ〜!浮気なんかしない花恋の方が和田先輩には相応しいのよ。
てか花恋が言ったこと間違ってなかったわよねぇ。あのバカ委員長突っぱねるなんて見る目ないんだから〜)
あかりだけでなく暁にも心の中で罵声を浴びせる中、スマホのバイブが鳴り出した。花恋も樹も一斉にスマホを見たが……
「あっ、俺だわ。ちょっとごめん」
樹は花恋に謝り、スマホを手に持ったままそそくさと路地裏へと向かった。
「あっ、ちょっとぉ……」
花恋は止めようとしたが……樹は電話に出てしまった。当然花恋はむくれる。
(もぉ!また電話に出ちゃって〜。これで何回目なのよぉ〜)
実はこのデート中、樹が電話に出たのはこれだけではない。最初に行ったショッピングモールでも、その中のレストランで昼食を食べている時も、先程のカフェでも、ひっきりなしに鳴る電話に樹は全て出ていた。
(まさか……西川先輩?いやでも部活って言ってたよねぇ〜?)
訝しげな目で、花恋はこっそり路地裏を覗いてみる。電話に出ている樹はというと……電話の相手と楽しそうに談笑している。しかも電話に出てからはかれこれ5分程は経っている。
(もぉ〜、何しゃべってんのよ〜。花恋待ちくたびれちゃった〜)
そう思いながら、花恋は聞き耳を立ててみる。
「……あはは、うん、うん……いいじゃん!」
樹は笑顔で話を続けている。花恋から睨まれているとは知る由もなく。
「うん、わかったよ、アカネちゃん。じゃ、また明日ね〜」
(……アカネ?……確か西川先輩の下の名前って……「あかり」じゃなかったっけぇ〜……?
しかも……明日?明日って日曜だけど……会うの?)
覗きながら疑念を感じる花恋だったが、樹が電話を終えてこちらへ向かってきたので、慌てて路地裏から離れる。
「ごめんごめん」
「もぉ〜……ずーっと楽しそうに話してるんだからぁ!」
頬を膨らませて怒る花恋に、樹は手を合わせて必死に謝る。
「部活の奴から電話がかかってきてさ〜。もう切るって言ってんのになかなか切ってくれねーんだよ」
樹はそう言い訳するが……
(部活の奴……?今話してたのって女の子よねぇ?マネージャーと話してたとか?)
少なからず違和感を感じても、花恋は気にせずに笑顔を見せる。そして得意の上目遣いで樹をじっと見つめ……想いを伝える。
「和田せんぱぁい……花恋は先輩のこと好きですよ。西川先輩なんかよりも、ずっと。だから……花恋とぉ……」
花恋がそこまで言ったところで、樹は口を開く。
「……俺のこと、そこまで思ってくれてるの?
ありがとう……
……かりんちゃん」
「……え?」
花恋は耳を疑った。そしてすかさず訂正する。
「……か、「かりん」じゃなくて……「花恋」だよぉ〜」
「……!!!」
苦笑いしながら指摘する花恋に、樹は「しまった!」とでも言いたげに唖然茫然とした。




