30ページ目 菫さんと謎のシャッター音
明るく眩しい太陽の下、公ヶ谷高校の屋外プールではキラキラ光る水飛沫が飛び交っている。この通り今日はプール日和なので、プールに浸かっている生徒達はほぼ全員キャッキャとはしゃいでいる。
しかし……女子の方はプールサイドでその様子を眺めるだけの者も数名いる。菫もその中の1人だ。今日は「女子特有の事情」により見学している。
(それにしても……今時のスク水っていいわね〜。
シャレオツだし露出が少なくて恥ずかしくないし日焼けしないし……)
プールに入っている女子全員、上は半袖か長袖、下は膝ぐらいの丈の水着を着ている。菫が一度目の高校生活で着ていたようなワンピース型水着の者はいない。
1ヶ月ほど前、水泳があると聞いた菫は目の前が真っ暗になった。まさかこの年でスクール水着を着るなんて……と。ただでさえ悪い体育の成績が更に悪化するのを覚悟で、菫は水泳の授業を全てサボることも考えていた。
しかし、琴葉から今のスクール水着がどんなものか教えてもらい、菫は安堵した。なので今日こそ見学していたものの、前に水泳に参加した時は菫も皆と同じ長袖の水着を着ていた。
ちなみに露出が少ない方がいいという考えは男子も同じようで……半数以上が女子と同じようにラッシュガードを着ている。自慢の筋肉を見せたい成一、泳ぐ時は海パン一枚と決めているという日向、やはり体を見せたいのか貴大、龍星、和馬、知輝の6人だけが上半身裸である。
(それにこれならジャージとほとんど変わらないし、盗撮する輩もいなさそうね……)
菫がそう考えながらニヤリと笑った、その時だった。
カシャッ!
「ん?」
菫は思わず振り向いた。背後からカメラのシャッターのような音が聞こえたからだ。念の為、菫は音がした方のフェンスに向かい、その周りを見回してみたが……人影はどこにもない。
「あれっ、どうしたの?菫ちゃん」
同じように見学していた栞里から訊かれたが……
「……ううん、何でもない」
菫は首を横に振り、見学用のベンチへ戻った。誰もいないのできっと気のせいだろうと思ったからだ。
★
翌日の朝――
「おはよー!伊藤さーん!」
2-3の教室に莉麻達のグループが入るなり、雅哉も他の生徒同様大きな声だが、わざわざ花恋を指名して挨拶をした。そのうえ席が隣同士なこともあり、花恋が席に座ると同時に雅哉は早速絡みに行く。
「なぁ伊藤さーん」
「な〜に〜?」
「昨日の『新しいキー』見た?」
「見てな〜い。花恋いつもその時間は『それSnow Boysがやります』見てるも〜ん」
満面の笑みで話しかけてくる雅哉だが……それとは裏腹に花恋はやはり塩対応であしらう。それ以前に目すらまともに合わせない。それでも雅哉はめげずに絡もうとする。
「じゃ、じゃあ伊藤さん、今日の古典の宿題やってる?」
雅哉が話題を変えた瞬間、先程までの塩対応はどこへやら……花恋の顔はパッと明るくなる。
「もしかしておにぎり君……やってるのぉ〜?」
「ああ」
「マジでぇ!?じゃあ見せてぇ!花恋忘れちゃって〜、みーこに見せてもらおって思ってたのぉ」
花恋はお得意の上目遣いと潤んだ瞳で雅哉をジーッと見つめながら、手を組んでお願いする。すると案の定雅哉はデレデレし、ご丁寧に両手で自分のノートを渡す。
「はい!どーぞ!」
「ありがとぉ〜」
ニッコリ笑う花恋に、雅哉もついニヤけてしまうのだった。
そんな雅哉と花恋を、菫、めぐる、遥、沙希はやれやれとでも言いたげに眺めていた。
「あーあ、相変わらずだな〜」
「ね。あれだけおにぎり君に矢印向けられてんのに〜」
「中島君嬉しそうだけど……利用されてるだけよね」
沙希、遥、菫が言っている側で、めぐるがため息をつく。
「おにぎり君もなんでまたれんれんなんか好きになるかね〜。確かに可愛いけどぶりっ子だしそもそも面食いなんだから茨の道だろ」
「めめちゃん……それ言っちゃ中島君が可哀想よ」
あまりにもハッキリ言うので、菫は思わずツッコんだ。その横で沙希と遥も笑っている。
「どーせ野球ばっかりやってたんだから女を見る目がねぇんだろ」
「ね〜。おにぎり君ならもっといい人いそうなんだけど」
聞いていた菫は冷や汗を垂らして苦笑いを浮かべる。
(いや〜、今時の子って……なかなか辛辣ね。大丈夫かしら?中島君と伊藤さんに聞こえてなけりゃいいけど……)
幸い、2人には聞こえていないようだ。雅哉は相変わらず花恋に絡み続けているし、花恋は宿題を写すのに集中している。
と、ここでチャイムが鳴り、それと同時に杉谷が教室に入ってきた。
★
「齋藤ー」
「はーい」
「阪口ー」
「はいっ」
(………………!?)
「杉浦……はいない、と。じゃ、玉……」
今日も杉谷はいつも通り出席を取り、中盤に差し掛かっている。名簿順が次の遥を呼ぼうとした時、杉谷は異変に気が付いた。
「……ん?どうした?……中島」
明らかに様子のおかしい雅哉に、杉谷は早速声をかける。どういう訳か、先程から雅哉は下を向いたまま真っ青な顔をして震えている。それに伴い教室内がざわめき出す。
「どうしたんだよおにぎりー?」
「体調悪いのか?」
二つ後ろの席の真二と、前の席の寛斗も振り向いて声を掛ける。が、雅哉の頭の中は完全にパニック状態になっており、返事をする余裕すらない。
(……嘘だろ!?なんでこんなのが俺の机の中に!?)
「なーかーじーまー、一体どうしたんだよ?」
見かねた杉谷は、雅哉の席へと近づいていく。しかし、雅哉は更に怯えた表情へと変わり……今にも泣きそうだ。寛斗は「マジでどうしたんだよ?」と振り向きながら雅哉の顔を覗き込んでいる。隣の席で雅哉の想い人である花恋も、流石に心配そうな表情を浮かべている。もちろん、菫も心配している。
(ど、どうしたのよ中島君……)
「うっ……すっ、杉谷せんせぇっ……!」
ほぼ涙声で杉谷に訴えかけたと同時に、雅哉はバンッと音を立て、ある物を机を叩きつけた。
机の上にあるものは数枚の写真で…… それを見た杉谷と寛斗は思わず目を見開き絶句する。
「な……中島……お前……っ!!」
「……えっ!?何だよ……コレ……」
「ち、違うんです!!僕の机の中にコレが入ってたんです!こんなの撮ってません!!」
写真に写っていたのは、莉麻だ。しかもその写真は……どう見ても許可を得ずに撮ったものにしか見えない。
ただの後ろ姿や普通に写っている写真もあるが……中にはいかがわしい写真もある。スクール水着姿の写真、階段を登っている最中で危うくスカートの中が見えそうなもの、部活のユニフォームから覗く脚の写真まである。
程なくして、席の離れたクラスメイト達も雅哉の席に駆け寄ってその写真を見るが……皆ショックを受けるかドン引きして悲鳴を上げる。
「お、おにぎり……!?」
「お、お前……!!」
「齋藤のこと撮ってたのかよ!?」
「違う!違うんだって!コレが俺の机の中に入ってたんだよ〜!」
龍星、和馬、知輝が早速訝しげな目で見る。それに対し雅哉は泣きそうな声で、この写真に身に覚えがない、そもそも自分が撮ったものではないと必死に訴える。それでもやはり雅哉が撮ったものだと疑う者はおり、特に撮られた被害者である莉麻は鋭い視線で雅哉を睨みつけている。
しかし、雅哉が花恋に淡い想いを抱いていることを知っている一部の生徒達はすぐに違和感を感じた。菫もその中の1人だ。
(……なんで齋藤さんの写真があるの?中島君が好きなのって……伊藤さんよね?)
その花恋はと言うと汚物を見るような目で雅哉を見て……
「……おにぎり君サイッテ〜!時々チア部見にきてたのってこのためだったのぉ〜?」
と、初っ端から疑う。想い人からも疑われてしまい、雅哉は心底悲しげな様子で力なく呟く。
「い、伊藤さん……俺はこんなことするためじゃなくて……」
君を見に来てただけなんだ……とは言えず、雅哉が口篭っていると……
「テキトーなこと言うなよ!おにぎり君がこんな写真撮る訳ねーじゃん!!」
めぐるが花恋に食ってかかり、いち早く雅哉の味方になる。それを皮切りに、雅哉と仲の良い日向、聡太郎、成一も加勢する。
「山﨑の言う通りさー!」
「この写真が机に入ってただけだろ?」
「ホリトモが撮って入れたんじゃねーのか?」
「はぁ!?してねーよ!何で俺まで疑われるんだよ!?」
日頃の行いのせいで疑いの目を向けられた知輝も、成一を睨みつけて言い返す。
こうして雅哉を疑う者と信じる者で言い争いが勃発し、更に教室が騒がしくなる。杉谷と栗山が皆を鎮めようとするのも空しく……
「コラ、うるさいぞ!朝っぱらから何をそんなに騒いでるんだね?」
2年4組の担任兼学年主任の武田が3組の教室に入ってきた。
★
その次の休憩時間、雅哉は生徒指導室に呼び出しを食らっていた。雅哉が座らされているソファのすぐ前のテーブルには、先程の莉麻の写真が置かれている。
生徒指導室にいる教師は杉谷に栗山、学年主任の武田と生徒指導兼体育教師の森本の4人。その中で、警察の取り調べの如く雅哉を追及しているのは武田だけだ。
「全くもう……公ヶ谷高のエース左腕が何をやってんだよ!」
「だから僕はやってませんって言ってるでしょう!」
「嘘をつくんじゃない!お前はチアリーディング部の練習を時々見に行ってたんだろう?」
「た、確かに見に行ってましたけど〜……こんな写真は……」
「だったらお前以外に誰かこんな写真撮るんだ!?」
もちろん雅哉は今にも泣きそうになりながら容疑を否認する。そんな様子を見て担任の杉谷は黙っていられず、止めに入る。
「やめてください武田先生!中島はやってないって何度も言ってるじゃないですか!」
杉谷が間に入っても、武田は耳を貸そうとしない。
「杉谷先生、中島を信じるというのかね?」
「担任として当然でしょう。それに中島が今までに何か問題を起こしたこともありませんし、何かの間違いとしか思えません」
「私も杉谷先生と同意見です。中島君はうちの野球部皆で甲子園に行くために今まで頑張ってきたんですよ。だからこんなことで棒に振るなんてあり得ません」
栗山も杉谷に助太刀するが……武田は鼻で笑うだけだ。
「ったく……何でそう簡単に生徒を信じるんだよ。杉谷先生も栗山先生もちょろいんだから」
イラッとして武田をキッと睨んだ杉谷に対し、栗山はなぜか余裕そうに笑みを浮かべている。
「……ということは、武田先生は生徒を鼻っから信じてないってことですよね?」
「ああ、教師なんてそんなもんだ」
「あなたの受け持ちの2年4組の生徒も?」
「もちろん」
武田が即答すると、栗山は哀れみの目を向けた。
「…………実に可哀想だねぇ、4組の皆。担任のあなたからも鼻っから信用されてないなんて」
「!!」
カチンときたのか、武田が言い返そうとした時だった。それまで黙っていた森本が「あのー……」と口を挟んだと全く同じくして、コンコンコンとノックする音が聞こえた。どうやら誰かがノックしているらしい。
「あ!僕出ますね」
そう言って杉谷がドアを開けると……
「……君達!どうしてここに……」
ドアのすぐ前に立っていたのは……寛斗、直、菫の3人。まさか3組の生徒がここに来るとは思わず、杉谷は目を丸くする。
「杉谷先生、今おにぎり君と話をしてるんでしょう?」
「おにぎり……あ、中島か。そうだよ」
直が開口一番に訊いてきたので、杉谷は半ば反射的に頷く。
「先生……おにぎり……いや中島君は盗撮なんかしてません!」
「おにぎり君にはアリバイがあるんです!」
「ちゃんと証拠もあるんだから」
寛斗、直、菫が訴えるが、杉谷に続いて出てきた武田はしっしっと追い払おうとする。しかし、栗山がそれを止める。
「コラ、お前達は関係ないだろ!」
「まぁまぁ武田先生、ここは話を聞きましょう。あなたが信じるか否かは別としてね」
「…………」
武田は渋々3人を生徒指導室の中に通した。
実は、菫達はとっくの前に気付いていた。これらの写真は何者かが撮影し、雅哉の机の中に入れられていたことに。
もし仮に雅哉が撮っていたとしたら、明らかにおかしな点がある。雅哉が莉麻ではなく花恋に好意を抱いているからという以前に。早速、いち早くそれに気付いた直が指摘する。
「確か写真の中に、齋藤さんの水着姿のものがありましたよね?……あ、これですね」
直はテーブルに置かれたいくつかの写真から1枚を取り、それを教師陣に見せる。
「この写真は……おにぎり君には撮れないです」
ハッキリと直が言い切ったが……武田はそれでも訝しげな顔のままだ。
「どうしてそれが言えるんだ?」
「まず、齋藤さんはチアリーディング部ですし、学校内で水着を着るのって水泳の授業の時ぐらいですよね?」
「確かに……」
杉谷は納得して思わず呟き、栗山も数回頷く。その反応を見て直は得意気に笑い、かけている眼鏡がキラッと光る。
「なので逆に言うと、齋藤さんの水着姿を撮りたければ水泳の時ぐらいしかチャンスがないんです。
でも3組の女子が水泳の時は……男子も水泳なんですよ。だからこの写真が撮られた時、僕達もプールにいたはずです。もちろんおにぎり君も。
それにこの写真を見た限りでは……プールのフェンスの外側から撮ってますし、うちのクラスの皆には撮影不可能です!」
「!!!」
納得して「あ〜」「なるほど!」と舌を巻く杉谷と栗山だが、武田は納得できない様子で尚も反論する。
「い……言いたいことはそれだけかね?だいたい男子も水泳だったとしても休んでたら……」
「僕、水泳の授業は全て参加してますし、見学してません。2年になってから学校も休んでないですし」
それでも雅哉はアリバイがあることをハッキリ伝える。そこに寛斗が口を挟む。
「そもそも中島君の机から写真が出ただけじゃ証拠になりませんよ。中島君が盗撮しているのを誰かが見たとかもっと決定的なものじゃないと。
あと僕、ずっと一緒に水泳の授業受けてますが、中島君は休まず参加してずっとプールにいました」
「僕も見ています」
寛斗と直も加勢したほか、この2人だけでなく……
「私も水泳の授業受けながら見た限りでは、中島君は水泳ずっと休んでなかったと思います」
「宮西もそう思うだろ。さっき言おうと思ったんですけど、俺も中島はいつもちゃんと水泳に参加してた記憶があるんですよね。まぁ女子の授業やりながらチラッて見えた程度ですけど……」
菫と森本も雅哉のアリバイを証明する。まさかの生徒指導の森本までが庇うとは思わなかったのか、武田はショックを受けている。
(それに……これも言っておいた方がいいわよね)
半分忘れかけていたが、菫はあの雅哉の机の中の写真のおかげで昨日の水泳で起こったことを思い出していた。これまでクラスの皆を含め誰にも言っていなかったが、今初めて言う。菫は一旦深呼吸してから口を開いた。
「あの、実は昨日水泳の授業中に聞いたんです……カメラのシャッターみたいな音が……」
★
「皆…………ありがとう!」
長い話が終わり指導室を出た後、雅哉は目をウルウルさせながら菫、寛斗、直に頭を下げる。
「いえいえ、当然のことをしたまでですよ〜。僕の推理に先生達も納得してくださいましたし」
「先生達完全に論破されてたわね〜。流石ばったんよ」
「いえいえぇ〜。ミステリー小説読んでたらこれぐらい……」
菫に褒められ、直は照れくさそうに頭を掻きながらも謙遜する。
「そーそー、机に写真が入ってただけじゃなー。それにおにぎり君が勝手に齋藤さんを撮るわけなんか……」
「ねぇ」
寛斗は雅哉を擁護しながらもニヤリと笑みを浮かべた。菫もその理由は重々承知しており、つられてニヤリとする。どうやら花恋への想いは寛斗にもバレているらしく、雅哉はギクリとして赤面ししどろもどろになる。
「き、きよみー……まさか……」
「まぁとりあえず疑いは晴れたみたいでよかったじゃない。あとは真犯人が誰かよね」
菫が言った通り、雅哉は証拠不十分で処分は保留となった。そして菫が言った、「水泳授業中のシャッター音」についても今後調べると教師陣は約束してくれた。
「それにしても誰がこんなことを……」
「なぁ。さっさと捕まって欲しいよ。齋藤さんも心配だし」
「本当それ!俺に罪を着せやがるんだから!(伊藤さんにも誤解されるし……)」
(まぁ杉谷君も頼れるようになってきたし、このまま先生達に任せてても大丈夫だろうけど、手っ取り早く解決させるんなら……)
直、寛斗、雅哉が話す横で、菫はある考えがパッと思い付いた。
「……という訳なんですけど」
ちょうどその日は新聞委員会の日だった。委員会が始まるや否や、菫は委員長の暁にこれまでのいきさつを伝えた。それだけでなく……
「なので……盗撮の真犯人を追うのはいかがでしょうか?新聞委員会総出で!」
菫はそう打診したものの……暁の反応は冷ややかだ。まぁ菫にとっては想定内だが。
「……なんでそんな探偵みたいなことしなきゃいけないんだよ。そんなのは先生に任せときゃいいじゃないか」
やはり苦言を呈した暁だったが……菫は意に介さず、そればかりかニヤリと不敵な笑みを浮かべて反論する。
「……でもこの委員会、いつも新聞らしいことしてないことしてないですよね?人のゴシップネタばかりでまるで週刊誌ですよ?」
「…………」
菫のその発言に……暁はぐうの音も出ない様子で歯を食いしばり、黙り込んでいる。他の新聞委員会の面々はというと、まさか菫が反論するとは思わずざわついている。同じ3組の委員の幸輔は居眠りをしているが。
そんな空気の中、2年5組の新聞委員である琴葉も挙手をする。
「宮西さんの言うことは正しいと思います!それに委員長はいつもターゲットになりそうな人をつけ回してますよね?探偵とやってることはあんまり変わらないんじゃないでしょうか」
「……あぁ!?」
今にも怒り出しそうな暁に、琴葉はもう一言言う。
「それに、もしこれで真犯人を暴けたら……一大スクープになりますし大反響を呼ぶと思いますよ?」
暁はピクンと反応したと同時に、表情と態度をすぐさま変えた。目を輝かせ、鼻息を荒げながら二つ返事でGOサインを出す。
「そうだな!!……よし!そうと決まれば新聞委員総出でやろう!皆、今から怪しい奴を見かけたらどんどんとっちめてやれ!絶対に真犯人を見つけ出すぞ!」
「「「………………」」」
あまりの変貌ぶりに大半の委員達がドン引きするが、菫は思惑通りになりついニヤけてしまう。そして菫は忘れずに琴葉に礼を言いに行った。
「さっすが琴ちゃん、ありがとう」
「いえいえ。こうでも言った方が委員長やる気になるかなって思ったの」
どうやら去年も新聞委員だったおかげで、暁の操縦方法をある程度知っているのか、琴葉は笑顔で言ってのけた。
★
翌日の放課後――
(あ〜、よかった。何とか誤魔化せて……あの時はたまたま3組の教室の鍵盗めたし……アイツも俺と同じようにチア部を見に行ってたからな……)
誰もいないとある空き教室。そこには小太りな人物の人影がある。
(しっかし……流石ミス公ヶ谷だぜ。今日の齋藤さんも可愛いなぁ。我ながらよく撮れてるぜ)
そんな彼がうっとりして見つめるのは……莉麻が写った写真だ。その写真は、雅哉の机の中に入っていた写真と構図や撮り方がよく似ている。というよりほぼ同じような写真まである。
(どーせ俺みたいなデブでブサイクは相手にして貰えないし、こっそり撮ることしかできねぇんだよな〜。まずは見て楽しんで……その次は……)
その男子はまず全ての莉麻の写真を舐め回すように眺め、ニヤニヤしながら舌なめずりをする。
それから、スラックスのボタンを外してファスナーを下げ、下着の中に手を入れた時……
「……な〜にしてるんだ〜?そ・こ・の・君!」
「!!??」
背後から声が聞こえ、男子は思わずバッと振り向いた。たった今まで赤らんでいた顔がすぐさま真っ青になり、かいていた汗も冷や汗へと変わる。
声を掛けたのは……暁だ。暁は窓の隙間から一部始終を覗いており、しかもただ声を掛けただけでなく……相棒の一眼レフカメラまで構えている。
「ちょっ!ちょっと……まっ……」
「……君、2年4組の奥浪君だよね?しっかり撮らせて貰ったよ。君が齋藤さんを撮ってたのと同じようにね」
それだけ言うと、暁は踵を返した。「待って!」「ちょっと!!」と男子が必死で叫ぶも、暁は聞き入れずにそのまま走り去った。階段を一気に駆け降りてあっという間に外に出る。念の為、逃げ切ってから暁は振り向いたが誰もいない。
(流石に追っかけて来れねーよな。こう見えて俺、中学の時陸上部だったし足には自信あるから。それに奥浪君ったら教室であんなことしてたし、すぐには出れねぇだろ。
あ〜、今すぐ号外を書かなくっちゃな〜。こりゃ忙しくてなるぜ)
暁はニヤニヤしながらもう一度一眼レフを見る。そこには先程の空き教室での写真だけでなく、奥浪とよく似た男子が練習中のチアリーディング部にスマホを向けている写真もある。これもその日の放課後、あの教室に行く前にカメラに収めたものだ。
翌日、暁が急ピッチで仕上げた号外は堂々と掲示板に張り出された。タイトルは『盗撮事件の真犯人明らかに!2年生のO君』。流石に下着に手を入れる写真はないものの、やはり号外を見た生徒達は漏れなくドン引きし汚物を見るような目になっている。「うわぁ……」「キモーい」とドン引きしている声もところどころから聞こえてくる。
そして……勝手に写真を撮られた被害者である莉麻もそれを見るなり、もちろん真っ青な顔で震え上がっていた。見かねた未夢がすぐさま莉麻に駆け寄る。
「リリ、大丈夫?……でもこうして新聞にも載ったんだから、もうコイツ学校行けないっしょ」
安心させようとする未夢に、莉麻は少し黙ったもののすぐに安堵の表情を浮かべた。
「……確かにそうだよね。みーこの言う通りだわ。
で……こんなことがあったもんだから、私昨日何も手につかなかったの。だから……宿題全部やってなくて、見せてくれない?」
「…………それは仕方ないよね。わかったわ……」
まさかのおねだりに未夢は一瞬動揺したものの、あっさりと了承した。
★
もちろん、2-3の教室でもその日の話題はずっと盗撮犯のことで持ちきりであった。
「なんか噂によると奥浪って奴常習犯だったらしいね」
「リリ以外にも気に入った女子を勝手に撮ってたっぽいよ」
彩矢音と萌が眉を顰める中、めぐるは菫に訊く。
「もしかしてすー様が聞いてたシャッターの音って……」
「そ、奥浪って人で間違いないわ。ちょうどその日体調不良で授業に出てなかったらしいわよ。……たぶん仮病よね」
「うえ〜!私らが水泳してる時撮ってたのかよアイツ!」
菫が頷くと、沙希は心底気持ち悪そうに呟いた。その横で、寛斗は未だに首を傾げている。
「でもなんでおにぎり君の机なんかに写真を?いつも授業全部終わったら週番が鍵かけるのに……」
「あの人……中島君の机に写真入れた日、チア部の子に捕まりそうになってたらしいわよ。だから同じようにチア部を時々覗いてた中島君を犯人に仕立て上げたんですって。鍵は先生が目を離した時に職員室から盗んで」
この事件の真相は杉谷から聞いたもので、菫が3組の面々に説明するとやはり皆呆れ返っていた。また、杉谷によると4組から犯人が出たことに武田は大ショックを受けたらしい。おかげでいつもの高圧的な態度は鳴りを潜め、意気消沈しているのだという。
なお、犯人の奥浪は今日は学校に来ておらず……そのまま永遠に来ないだろうと噂されている。
一方、濡れ衣を着せられた雅哉は奥浪に見覚えがあったようで……
「でも……確かにコイツいつもチア部見に来てたな。俺よりもしょっちゅう。
しかも……確かに時々スマホ持ってたよ!まさか勝手に撮ってるとは思わなくてスルーしてたけど……」
皆が「ええ〜……」と改めて引く中、雅哉の近くにはある生徒が接近してくる。それに気付いた菫達一部のクラスメイトは密かに「おっ!」と思った。
「ねぇおにぎりくぅ〜ん!」
「いっ……!伊藤さぁん……!」
呼ばれた瞬間、雅哉は驚いたのかはたまた向こうから声を掛けられて嬉しいのか、上擦った声で返事をする。
雅哉を呼んだのは……花恋だ。彼女は合わせた両手を擦り合わせながら、いつものように上目遣いで雅哉を見つめている。
「ごめんねぇ〜、おにぎり君のこと犯人だって疑ってぇ……」
「いっ!いやいやそんな……!」
「おにぎり君花恋の言うこと聞いてくれるし優しいのにぃ〜。ハイ、これあげる」
そう言って、花恋は雅哉にあるものを手渡した。一瞬だが2人の手と手が触れる。
「…………え!?え!?」
「花恋からのお詫びの品だから〜、貰っといてぇ」
お詫びの品と称して花恋から渡されたものは……ブタのぬいぐるみのキーホルダー。
顔が真っ赤になり、雅哉は未だに理解が追いついていない様子だ。花恋は涼しい顔でそれだけ言うと、莉麻達がいるところへ戻っていった。
(い…………いいい伊藤さんからプレゼントぉーーー!!??
これは……伊藤さんだと思って一生大事にしてやるぞ!!)
天にも昇る気持ちでとても嬉しそうに小躍りする雅哉とは裏腹に……菫達他の生徒はほぼ全員苦笑いを浮かべていた。
(中島君やけに嬉しそうだし、気持ちはわかるんだけど……それ前100均で見たような……)
その日の放課後……暁は再びスクープを探しに早速校内を彷徨いていた。首にはもちろん相棒の一眼レフを下げて。
暫く歩いたところ……他に誰もいない中庭に二つの人影が見え、暁はその近くの植え込みに隠れるようにしゃがむ。バレないようにそーっとカメラを構え、暫く待つと……二つの人影がくっついたので、そこでシャッターを切る。音が出ないようにしているおかげでバレずに済んだ。
(フフフ……これだからスクープ追っかけんのはやめられねぇんだよ。今日も大スクープが撮れたし、まだまだ面白いのを提供しないとな……)
暁はうっすら割れた顎を撫でて人知れずニヤニヤ笑いながら、今撮った被写体を確認する。そこに写っているのはカップルらしき男女で、男子生徒の方は……貴大だった。




