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3ページ目 菫さんの宿泊研修 中編




「すみません。福谷君……確かに足踏んでました」

「俺も見ました」





「えーーー!?」

「はぁ!?」

「嘘だろ?」


 まさかの味方からの告発に…2組と3組はもとより、他のクラスの生徒達も一斉に騒ぎ出す。一方、5組の琴葉は「あっ……そういうことね」とでも言いたげな表情だ。


「なんでアンタ達2組なんかの味方してんの!?どーゆーつもり?」


 可愛い系の女子グループで大きなヘアピンを着けている畔柳(くろやなぎ)未夢(みゆ)がギロリと菫だけを睨みつける。一緒に告発した凜はなぜかスルーして。


(やっぱりそう言うか…)


 未夢はグループの中では一番感情的で浮き沈みが激しく、思ったことがすぐ口に出るタイプのようだ。そういえば先の大縄跳びで、「誰かが引っかからなけりゃ…」とぼやいたのも、あの声からして恐らく彼女だ。現にこの状況でも真っ先に文句を言っている。


「別に2組の味方なんかしてねーよ。福谷が足踏んでたのを見たって言っただけ」


 菫が言い返すよりも早く、凜が低い声で冷静に反論した。未夢にとっては予想外の反応だったのか、返す言葉が出ないようで顔を真っ赤にして黙っている。


「おいおいお前ら何言って…」

「宮西さん、凜、それ本当?」


 口を挟んできた知輝を遮り、寛斗がクラスのリーダー格らしく詳しい話を訊くべく駆けつける。杉谷と栗山も彼に続いてこちらに来る。

 菫は大きく頷いてから再び重い口を開いた。


「福谷君…私には結構足上げてたように見えたわ。そうよね、生田目君」

「ああ」

「あまり言いたくないんだけど……わざとやってるように見えたというか…」


 あの決勝戦の終盤。何気なく「ん?」と思ってしまう程、菫の目に焼き付いていた。

 前から2組に迫り来る貴大達。恐らく大半の生徒や教師は相手に襲いかかる騎手役の知輝に注目していたであろう。

 しかしその下では…一番前にいた騎馬役の貴大が十数センチほど足を上げ、そのまままっすぐに踏み下ろした。相手の足目掛けて。


 菫が話していると貴大達の顔はどんどん青くなり、今となっては冷や汗まで垂らしている。


(コレは……やったわね)


 疑惑が確信に変わりつつあり、他のクラスの生徒達はヒソヒソ話を始め、3組の一部の生徒からも彼らに冷たい視線が刺さる。味方の寛斗ですら疑いの目を向けている。


「ターちん…正直に言ってくれ。本当に足踏んだのか?」

「………」

「…なんだよ皆疑いやがって!」


 「ターちん」と呼ばれた貴大は真っ青な顔で黙ったまま。それでも知輝は抗うのをやめない。


「だいたいあのチビと生田目がふざけたこと言ってるだけじゃねーか!証拠だってないし!」


(はぁ?)


 よりによって知輝にチビ呼ばわりされたうえ指を差されたので…菫は流石にイラッとした。


「ちょっとホリトモ!」


 ここでめぐるも「ホリトモ」こと知輝を睨みつけ口を挟む。


「チビって何だよ!男子の中でチビな奴が言うんじゃねーよ!」


 知輝の身長は170センチ。確かにこのクラスの男子の中では小さい方だ。それもあって菫はイラついていたのだ。


「何だと!?山﨑は関係ねぇだろ出てくんな!」

「関係ない訳ねー…」

「2人ともやめろ、喧嘩してる場合じゃ…」


「静かにしなさいって言っただろう!」


 またも一触即発になりかけ、寛斗が止めに入ったところで栗山が再び生徒達を静かにさせた。そして他の教師達にある提案を持ちかける。


「うちの3組がすまんなぁ。ビデオ判定とかってできる?」


 栗山の鶴の一声により、2組を始めとした他のクラスから「いいぞ栗山センセー!」と声が飛び交い、野球のリクエストサインをする者もいた。


「それがいいですね」

「でも肝心のビデオが…」

「あっ、私撮ってましたよ」

「じゃあそれを見せてくれるかな?」


 どうやら別のクラスの担任教師がスマホで試合の動画を撮っていたらしい。他の教師達も同調し、審議が始まった。その間、知輝や貴大達も流石に黙って結果を待っていた。




「えー、ビデオ判定の結果……」


 全生徒が息を呑む。




「……3組は反則負け!ということで2組の勝ちとします!」


 その瞬間、2組からは歓声と拍手が上がった。反対に3組は当然ながら大半の生徒が呆然自失となりガックリと項垂れた。

 ただ、当事者である知輝だけは違った。往生際の悪いことにまだ悪足掻きをしている。


「なんでだよ!?反則なんか…」

「堀君、これがわざとじゃないって言うのかい?」


 栗山は怒って反論する知輝に動じず、冷静にスマホを見せつける。寛斗やめぐるを筆頭に他の3組の面々もゾロゾロとその「証拠」を見に行く。

 暫くそれを見た後、彼らは菫の期待通りの反応を見せた。


「うわっ…」

「コレダメだろ」

「ガッツリ踏んでるし」

「全然アウト」

「水野君(踏まれた生徒)かわいそー」


 動画を見たクラスメイト達が口々に批判するも、知輝は未だに自分の非を認めようとしない。


「なんだよお前らまで裏切る気かよ!」

「なーにが裏切りだよ、それになんだよこの鉢巻は!?」

「なんか俺らより短くね?」


 ここで新たな疑惑まで出てしまい、知輝はギクっとした。寛斗と、同じめぐるグループの北山(きたやま)恭平(きょうへい)が指摘した通り、知輝が頭に巻いている鉢巻の結び目から出た部分がやたらと短く、よく見ると頭に二重に巻いている。他の騎手達は一周だけだというのに。


「栗山先生、これもダメっすよね?」

「あぁ、他の皆と同じように結ばないとな」

「ちょっ、鉢巻の結び方なんて知らね…」


「ホリトモ…もうやめようぜ…」


 ここで当事者でありながらずっと黙っていた貴大がようやく口を開いた。俯いたままで。


「タカ、何言って…」

「確かに…俺、わざと足踏んだよ。わざとだけど…


足踏んでやろうって言ったんだよ、ホリトモが!」

「おいちょっと待て!!」


 最早誰も驚かなかった。クラス全員、どうせそんなこったろうと思っていたようだ。更に厳しい視線が知輝へと向けられる。残りの騎馬役である龍星と和馬も…


「うん、タカの言う通り。鉢巻のこともな」

「俺ら反対したけど聞かねーんだよ、ホリトモが。それも作戦っつって」


 あっさりと暴露した。知輝の主導で反則が行われたことを。


「っ!!お…お前ら…」

「さぁ堀君、もう言い逃れ出来ないぞ」

「……」


 知輝は観念したかのように俯き大きなため息をついて力無く呟いた。




「…みんなごめん。コイツらの言う通り俺がやれって言ったんだ…」





 冷たい視線が知輝に刺さる中、栗山だけは違った。特に怒っているような表情でもなくただ数回頷いただけであった。


「堀君、よく言ったね。でも…どうしてこんなことをしたんだい?」


 栗山がそう訊くと、知輝は暫く黙ったあとでおずおずと口を開いた。




「…絶対に勝ちたかったんだよ。それで…


俺が倒していいとこ見せてモテたかった!」




「「「………」」」


 菫を含むクラスメイト達はただただ絶句した。わざわざ反則まで犯した理由があまりにもしょうもなさすぎるからだ。勝ちたいと思うのはともかくとして。当然のことながら、知輝へと矢継ぎ早に不平不満がぶち撒けられる。


「ふざけんな!」

「なんでお前のショボい目的のために反則負けしなきゃなんねーんだよ!」

「ズルするにしてもバレたらダメだろ!」


「うるせぇ!!だって皆そぉだろ?活躍出来たらカッコいいって思うだろ?そしたらモテるじゃん!」


 最初こそ怯んで黙ってはいたものの…知輝は真っ赤な顔で言い放った。


(いやいや反則までして勝ってもカッコよくないでしょ…)


 クラスのほぼ全員、菫と同じことを思っているようだ。どの生徒も開いた口が塞がらない様子でその場が静まり返る。


「……くだらねーな」

「あ?」


 暫くの沈黙を破ったのは…凜。呆れたような軽蔑したような眼差しを知輝へと向けている。


「そういうところがダメなんじゃねーの」

「ダメ出しするとかマジウゼェ。モテるからって偉そうにしてんじゃねーよ!」


 カチンときたのか知輝は眉を吊り上げながら言い返す。またも一触即発ムードになり、栗山が止めようと2人の元へ向かう一方で杉谷は頭を抱えため息をついた。


(いやいや何ため息ついてんの!あなた教師でしょ!)


 菫がそう思った直後、凜は怯むことなく切り返した。


「別に偉くもなんともねぇよ。俺は勝てても反則バレて負ける方がダセェって思う。それだけ」

「なっ…!」


 更なる正論パンチを喰らった知輝は何も返せず口篭った。それも見ている他のクラスメイト達もうんうんと頷いたり、「そうだそうだ」「生田目の言う通り」と同調している。それを見て狼狽えている知輝にある女子生徒が近づいてくる。


「ホリトモ…」

「さっ…さいとぉさ…ん…?」


 それまでずっと黙っていた、齋藤(さいとう)莉麻(りま)だ。自分のようなモテない男にとっては憧れの、学年一の美少女でアイドル的存在の莉麻が寄ってくるというまさかの事態。今度は別の意味で顔を赤く染め、声が上擦りなんとも落ち着かない様子の知輝に、莉麻はにっこりと微笑み一言言った。




「反則負けとかほんと最っ低。あり得ないんだけど」


 それだけ言うと、莉麻はつかつかと去っていった。




「……………………」


(生田目君もだけど……よく言ったわね!あんな可愛い子に言われたら……流石にショックでしょ)


 菫が思った通り、あまりにもショックだったのか…知輝は一気に血の気が引いた。それだけでなくヘナヘナとその場に力無く座り込んだ。




 結果的に騎馬戦は2組との禍根を残しかねない結果に終わったが、最後のリレーで3組は見事1位に輝いた。選手は全員運動部かつ俊足の生徒で固められ、抜きつ抜かれつの勝負を繰り広げた結果……最初にゴールテープを切った。もちろん反則は一切なく、他のクラスからの文句もないダントツの優勝である。

 

 一時はどうなるやらと思ったが、いかにも菫が思い描いた青春……という結末で、菫が満足したのは言うまでもない。そしてキャンプファイヤーの時には普通に皆で盛り上がり楽しんでいた。



「ね、だから言ったでしょ?菫ちゃんのクラスめっちゃ熱血してたじゃない。しかもリレーは優勝だし」


 こうして1日目の全てのレクリエーションが終わり、生徒達は後は床に着くだけだ。消灯時間の23時までまだ時間がある。菫は琴葉と他に人影のない自販機で飲み物を買いに行っている。琴葉はジュースを選びながら開口一番、先程のクラス対抗戦の話を始める。


「まぁね〜。やっぱりこれぞ青春って思ったの。揉めに揉めた後でまた団結するってのが」

「……揉めるところ要る?やっぱドラマとか漫画の見過ぎじゃなーい」


 オレンジジュースを取り出しながら笑う琴葉に、菫は少しムッとする。一度目の高校時代は仕事に明け暮れていたので、せいぜい漫画かドラマか葵の高校時代の話での青春しか頭に思い浮かばないのだ。


「仕方ないじゃない、その程度しか……」

「そういえば、お風呂は大丈夫だったの?スッピン見られたんでしょ?」

「まぁ何とかね……ていうかスッピンの方がおぼこく見えるって言われたことあるの」


 そう言うと、琴葉は薄化粧を完全に剥がした菫の顔をまじまじ見て一言。


「確かにそうかも!」

「嘘でしょ!?冗談やめて!」

「ふふふっ、本当だよ」

「ていうか今時の子ってお風呂入る時もそこまでうるさくないのね。大浴場で泳いだり喧嘩したりとかしてなかったわ」

「……………まさかそれも青春って思ってたの?」


 


 こうしてまた青春の話になった後で、琴葉は一足先に自分の部屋に戻った。同じ部屋の友達と恋バナをするらしい。琴ちゃんだってしっかり青春してるじゃない……と思いながら1人でリンゴサイダーを飲んでいた。すると、足音がして……




「杉谷く、じゃなくて先生」

「…何だよそれは」

「他の人に聞かれちゃまずいでしょ」

「誰もいないって」




 琴葉と入れ違いに自販機コーナーに来たのは杉谷だった。


「コーヒーなんか飲んだら眠れなくなるわよ」

「大丈夫たよ。ブラックじゃないし」


 缶コーヒーを飲んでいる杉谷を見て、菫はある記憶が蘇り、りんごサイダーをグイッと飲んでからくっくっと笑う。


「そういえば杉谷君、昔缶コーヒー飲んだ後、授業中に居眠りしてたわよね。それで担任に叩き起こされて……あれは傑作だったわ」


 菫しか知らない過去の話をされ、杉谷は苦笑いしてから「そんなことより……」と別の話を切り出す。




「なんで水を差すんだよ。せっかく勝ってたのに」


「………。は?」




 杉谷が言っているのは間違いなく今日の騎馬戦のことであろう。まさかの発言に菫は呆れ返ってしまう。


「…なんでって、あんなのイカサマ以外の何者でもないじゃない。いい大人として黙っておけなかったのよ」

「いやいや年誤魔化してるクセに……それにたかがクラス対抗戦じゃないか。別にあれが成績や内申に影響するわけじゃないんだし」

「…………」

「そんなこと言うから危うく一悶着になりそうだったじゃないか。そういうのまっぴらなんだよ。ここは空気読んで普通に勝ったと思って喜んで…」

「あほくさ」

「!?」


 本当にこの人は悪い意味で昔から変わっていない…。心底呆れた菫はそれだけ言い放った。


「あっ、あほくさって…宮西さん知ってるだろ?俺が喧嘩とか揉め事キライだって」

「杉谷くんは誰にでもいい顔見せて常に波風立てないようにしてたもんね」

「それの何が悪いんだよ!?」

「だからといって反則見逃しちゃダメに決まってるじゃない。杉谷くんは争い事よりも不正の方が好きってことでしょ?

 そんなの青春らしくないし、さっすがカンニング常習犯だっただけのことはあるわ」

「!!!!」


 かつてのクラスメイトに弱みを握られ、杉谷は青ざめて口篭った。なんで青春!?とは思ったものの。

 事実、杉谷は中学2年のテスト中にカンニングペーパーを見ているのを監督の教師に発見され即退場、しかも現行犯で捕まっただけでなく「余罪」も芋蔓式に発覚し、大問題になったことがある。菫はそれを覚えていたのだ。

 杉谷が言い返す間もなく、2人の近くに新たに人影が…


「宮西さんは記憶力がいいんだねぇ。そんな昔のことを覚えているなんて」

「あ、栗山先生」


 栗山がまたもひょっこりと顔を出したので、杉谷はギョッとしたと同時に更に顔色が悪くなった。




 結局あの後、栗山はニッコリ笑いながら「話したいことがある」と言って杉谷を連れ、どこかに行ってしまった。恐らくこれからみっちり絞られるのは想像に難くなく、逆にその笑顔が怖く思えなくもない。一方、菫は栗山からもう少しで消灯時間だから戻るよう言われ、部屋まで向かっている。


(あーあ、杉谷君がここまでダメ教師だったなんて……。絶対「あの夕日に向かって走ろう」とか言わないでしょうね……栗山先生なら言いそうだけど)


 またしても一昔前の青春ドラマの教師像が頭に浮かんでしまい、菫は歩きながらププッと笑ってしまう。


(ダメダメ……こんなこと言っちゃまた琴ちゃんにツッコまれるわね


でも……


確かに私が言ったせいでクラスの空気が急転直下っていうか……いやこうなることはわかってたし、こんな禁じ手なんか使わずに正々堂々と戦うのが青春ってもんでしょ!)


 そう思いながらもクラスの空気が悪くなってしまったのは杉谷の言った通りだし、どうしても心に引っかかる。悶々とした気分で菫は部屋へと急いだ。




(……ん?なんか騒がしいわね)


 部屋のドアの前に立つとワイワイ騒いでいるような声が聞こえる。ジュースを買う前は数人しかいなかったはずが、恐らくあの時よりも人数が増えている。そのうえ、女子部屋であるはずなのに男子の声まで聞こえてくる。まだ消灯時間になっていないので問題はないはずだが。


(……え?男の子もいるの?こんなに楽しんでるようじゃちょっと入りづらい……)


 自分が入ることでこの楽しい雰囲気をぶち壊しかねないし、中に入れたとて居づらいだろうしで菫は暫くの間ドアの前で立ち尽くしていた。それでも……


(いや、でも……私今日こそ誰かに話しかけて、友達作るって決めたじゃない!未だに話しかけられてるだけだから……)


 菫は一念発起してドアノブを握り、くるっと回して引いた。



「あっ、おかえりー!」

「えっ!?ただいま」


 そう声を掛けられると反射的にそう言わざるを得ない。菫はビックリして声が裏返りながらも返事をした。

 ドアが開くと共におかえりと言ってきたのはめぐるで、部屋にいるのは彼女とその仲良しグループの面子である。彼らの視線が一斉に菫に刺さる。本来この部屋で菫とめぐるを含む女子5人が床に着くはずなのだが、彼女ら以外のメンバーは居ない。恐らく他の部屋に遊びに行っているのだろう。よく見ると彼らは全員トランプを持っている。


(……もしかして皆で集まってトランプ大会でもやってるの!?……いかにも青春って感じじゃな〜い。


でも……


やっぱりちょっと……)


 居づらさを感じて菫は思わずドアノブを再び握る。まさかのクラスの中心グループかつ男女混合グループでもあるので……いくら自分の実年齢が10個上でも「一緒に入れて」なんて言いづらい。


「あっ、ごめんね。せっかく楽しんでたのに…」


 そう言ってドアを開け、反射的に外へ出ようとした瞬間だった。


「よかったら宮西さんも…」

「えっ?」


 そう言ってくれたのは……寛斗だ。まさかのお誘いに、菫は手が止まりぐるっと振り向いた。それを皮切りに、他の皆も彼女を仲間に入れようと加勢したり手招きをしたりしている。


「いいじゃんいいじゃん!」

「宮西さんも一緒にやろうよ!」

「え…いいの?」

「いいに決まってんじゃん!ね?」

「おう!」

「そうそうすー様が一緒ならもっと楽しいよ!」


「す……すー様??」


 どさくさに紛れてあだ名で呼ばれたのを菫は聞き逃さなかった。その名付け親のめぐるは「あっ」とうっかりした様子だ。そんな「めめちゃん」ことめぐるの右隣にいる、サッカー部のマネージャーで菫同様小柄な玉井(たまい)(はるか)が嗜める。


「ちょっとめめちゃん。いきなり呼んだら…」

「ごめんごめん。…すー様って嫌?」

「い…嫌じゃないけど…」

「ホント?じゃ決まり!今日から宮西さんじゃなくてすー様だよ」

「よろしくな!すー様」

「すー様すー様〜」


 めぐるに続き真二と沙希もノリノリで囃し立てた。そんなめぐるグループの面々の様子に、菫は自然と笑顔になってしまうと同時に少し後悔もした。こんなに暖かく迎えて、しかもあだ名までつけてくれるのなら、もっと自分からグイグイ行けばよかったと。


「あ、ありがと……トランプ持って来てたのね」

「おう!やっぱ宿泊研修の夜といえばトランプじゃん」

「いやー、俺はUNO派だな!」

「じゃあナラッチ持ってこいよ〜」


 高級そうなこのトランプの持ち主は寛斗らしい。寛斗と「ナラッチ」こと真二、金髪にピアスとロックな見た目の恭平とのやり取りを聞いて笑いながら、菫はめぐると遥の間に腰掛ける。そして遂に自分からも口を開き出す。


「えー、枕投げとかしないの?」


 菫にとっては枕投げが宿泊研修の定番だったのだが……どっと笑いが起こった。どうやら今時の高校生は枕投げなんぞしないようだ。これも琴葉がいたらツッコまれるところだったのかと菫は痛感し、気恥ずかしくなる。


「流石にしないよー」

「うるさいし怒られるぜ」

「てかすー様枕投げしてたの?意外なんだけどー!」

「すー様って面白〜い」


「し、してたわよ……中学の時に……」

 

 まさかここまでウケるなんて思わず、菫もつられて笑ってしまい……何とか取り繕った。



 菫の残りの手札はジョーカーとハートの3。その2枚の間で、真二はどちらを引くのかずっと考えあぐねている。切り揃えられた前髪のすぐ下からジッと睨みつけながら。


「おいナラッチ、早く引けよ」


 菫と真二以外は既にあがっており、痺れを切らした寛斗が急かす。それでもまだ決められずに手を左右に動かしている。


「もうちょい待てよ〜。俺の連敗がかかってるんだぞ」

「知らねーよ」

「待たされてる身にもなれ」

「ぐずぐずしてたら消灯時間になんじゃん」

「早くしないと先生入ってくるかもよ〜」


 ババ抜きはこれで2回目だが、1回目も真二がビリになっていた。このため彼は連敗するまいと意気込んでいたが…この通りだ。皆が急かしてくるので、真二は仕方なく右のカードを勢いよく引いた。

 菫が今持っているのは…ハートの3の方。真二は引いたカードを捲るなりガックリと項垂れた。


「こんなに迷ったのになんだよぉ〜!」


 他の面子が爆笑する中、真二は2枚しかないカードを何回も切ってから菫に差し出した。


「ほら、すー様も早く引けよ」

「じゃ直感で…こっち!」


 左のカードを掴んだ瞬間、真二の表情が変わった。これは勝ったな!と思いながらそれを一気に引いて裏返すと…案の定、スペードの3のカードだった。


「やった〜、勝った〜」

「……………」


 菫が喜ぶ一方、真二は何も言わずに残ったジョーカーをポイっと投げ、頭を抱えた。どうやら顔に出やすい真二にこのゲームは不得手のようだ。悠太が慰めに駆けつけ、肩をポンと叩く。


「まぁまぁドンマイ。次はババ抜きじゃなくて違うやつやろうよ」

「…もうババ抜きなんてでえっきれえだ〜」




 こうして次に大富豪が始まり徐々に皆の手札がなくなっていく中、めぐるが呆れたように呟いたのを皮切りにトランプとは別の話題が上がった。


「…それにしてもアレはないわ〜」

「あ〜、騎馬戦?」


 寛斗は何のことかすぐにわかったようだ。案の定正解だったらしく、めぐるは何回も首を縦に振る。すると沙希も思い出したように怒りに震えながら文句を言い出した。


「あり得んだろホリトモの奴!マジ腹立つ」

「あんなことしなくても勝てたよな」

「反則してまで勝ちたくないよー」


 恭平と悠太も同調する。菫ももちろん同意見でうんうんと頷く。


「まぁホリトモが一番悪いとしてターちんもターちんだろ。反則しろって言われたからって本当にやるなよって話」

「マジでそれ!誰か止めろよ」

「しかも理由もモテたいってだけだよな?アイツは1年の時からモテるためなら何でもやらかしてたけど……ここまでするかフツー?」

「しないよね」

「私正義は勝つって声掛けしたのに…コレのどこが正義なんだよ」


 寛斗、めぐる、真二、遥、沙希と続き、知輝達への非難が止まらない。沙希に至っては菫の考えと同じことを言っている。当然杉谷と同じ考えの者はおらず、菫は正直ホッとする。


(やっぱりそう思うよね…。堀君達の悪口大会みたいになってるけど正直自業自得だと思うわ…)


 そう思いながら菫がパスをした後、悠太がクスクス笑って少し空気を変えた。


「でもスカッとしたな〜。齋藤さんがバッサリ斬ってくれて」

「よりによってあのミス公ヶ谷に言われるなんてな〜。ありゃ暫く立ち直れねーぞ」


 真二が言った通り、あの断罪の効果は敵面だったようだ。言われてみると、それ以後の知輝はリレーの時も夕食やキャンプファイヤーの時もはしゃいではいたものの…その表情はどこか曇っていた。やはり完全に立ち直れてはいないのだろう。


「ホリトモだけじゃなくてアイツら全員、少なくともうちのクラスの女子からは嫌われたな」

「間違いない」

「てかすー様、あの時カッコよかったよ」

「えっ?」


 いきなり知輝から自分の話題に変わった挙句、めぐるにカッコいいと言われ、次にどのカードを出すか考えていた菫は一瞬思考停止した。



 ここにいる皆の話によると、菫と凜以外あの反則技に気付いていなかったという。戦いに集中していた男性陣はともかく、観戦していた女性陣もやはり騎手に注目していてあの反則技までは眼中になかったようだ。


「たまたま見えただけよ。なんか福谷君必要以上に足上げてるなーって…」

「まぁ気付いたとしてもあの場でビシッと言えるのが凄えよ」

「ナバちゃんならともかく、すー様が言うとはな〜」

「私すー様ってもっと大人しそうって思ってたけど見直しちゃった」


 少なくとも恭平、真二、遥にとって菫はもっと控えめな人物だと思っていたらしい。そして悠太に至っては……


「こうしてしっかり注意できるなんて……大人じゃん!」


 流石にこれには菫はドキッとした。確かにそうなんだけと……と思いながらも「そうかしら?」と返した。幸い、皆気付いていないようだった。


「いや〜、確かにすー様大人だと思ったんだけど……でも……」


 少し溜めた後で、遥はこう言った。


「すー様って……可愛いね」

「ええ!!?」


 輪を掛けてまさかの「可愛い」発言に菫は耳を疑ったばかりか、うっかりカードを落としそうになってしまう。


(いやいや、本当はあなた達より一回り年上なのよ…)


 そうは思ったものの本当のことなど当然言えず、首を横に振ることしか出来ない。


「か…可愛くなんか…」

「可愛いじゃ〜ん」

「髪の毛サラサラだしお目目ぱっちりだし睫毛長いし」

「肌も白くて綺麗だもん」


 遥だけでなく、めぐると沙希もガッツリ褒めちぎる。


「それなら齋藤さん達の方が…」

「すー様だって!」

「負けてないぞ!」

「すー様にはすー様の可愛さがある!」

「あ、ありがと…」


 莉麻とその友人達を引き合いに出しても可愛いと言われ、嬉しいやら恥ずかしいやらで菫は顔が熱くなり、照れ笑いしながら思わず下を向いた。


「おいおい困ってるだろ」

「すー様は女子からモテモテっすな〜」


 恭平が女子達を諌め真二がぼやく中、菫はめぐるに言いたいことがあったのを今頃になって思い出した。


「あと…山﨑さんありがとう」

「ん?何が?」

「堀君がチビって言ってた時怒ってくれたじゃない」

「いーってことよ!すー様の悪口言う奴は許さんから」


 高らかにめぐるが宣言した時、誰かのスマホが鳴りだした。


「ん?誰?」

「あ、俺だわ。…ばったんからLINEだ。何だろ」


 寛斗がスウェットのポケットからスマホを取り出す。どうやら直から何か連絡があったようで画面を覗いている。程なくして寛斗は血相を変える。


「…やべっ!『先生見回りしてます。早く部屋帰った方がいいですよ』だって!」

「うそっ!?」

「マジかー。まだ大富豪終わってねえのによ〜」

「仕方ねぇだろ」

「私達も早く戻らねーと!」

「うん!」


 話に花が咲いたせいで大富豪はロクに進まず、いつの間にか消灯時間になってしまっていたようだ。当然まだ続けたい気持ちはあったものの、菫達は大急ぎでカードを回収する。

 どうしてここまで急ぐのかというと、消灯時間をちゃんと守らない者は正座をさせられるらしい…という噂があるからだ。

 

 幸い、寛斗達男子が自分の部屋に帰るまでに教師は入って来ず、他のルームメイト達も見回りまでに全員戻って来た。



 いつの間にか夜が開け、朝が来ていた。菫は何となく目を覚ましたが…周りは寝静まっており、鳥の囀りと寝息だけが聞こえてくる。枕元に置いたスマホに手を伸ばすと、時間は5時過ぎであった。起床時間は6時30分に指定されているので、だいぶ早く目覚めてしまった。恐らくいつも早起きしている癖がついてしまっているのだろう。


(あーあ…早く起き過ぎちゃった。まだ1時間半もあるし…二度寝しようかしら)


 そう思いながら布団を頭まで被ったが…なぜか寝付けず妙に目が冴えてしまってどうも眠れない。菫はスマホを取り出して時間を潰そうとしたが、その手を引っ込めて身体を起こした。


(…せっかくだしちょっと散歩でもしようかしら。山の中だと空気が綺麗だろうし。流石にこんな朝早くに先生は見回りしてないでしょ。杉谷君なんていかにも寝てそうだし)




 期待した通り廊下に教師の姿は一人も見えず、誰にも会うことなく青年の家の正門まで辿り着いた。戸を開けて外に出るなり冷たい風が吹き、菫の肌にぶつかった。思わず身体がぶるっと震える。もう4月だというのに、ジャージの上下を着ていても山の中で早朝だとどうしても寒さを感じてしまう。


(あ〜寒っ!どうしよう…戻ろうかしら)


 室内はしっかりエアコンが効いていたので気温差に驚いたものの、暫く縮こまっている間にも慣れてきたので予定通り散歩することにした。長い髪が風に揺れて顔にかかるので、その髪をどけながら歩く。自分が一番早く起きたかと思ったが、ランニングしている運動部員を何人か見かけたので、上には上がいるようだ。


(皆こんな朝早くから精が出るわねぇ。こういう朝練も青春って感じよね〜)


 菫は「頑張ってね〜」と心の中で言いながら彼らを見送った。


(それはそうと…昨日は楽しかったなぁ)


 歩きながら、昨日めぐる達とトランプしたことが思い浮かんでくる。そもそもこの人数で仕事以外でこんなにワイワイ楽しんだのも何年振りだろうか。


(今時の子ってフレンドリーなのね〜。最初あの部屋に入った時居づらかったけど、めちゃくちゃ良くしてくれたじゃない。

 山﨑さん達とは仲良くなれそうな気がするわ。……年齢も今のところバレそうな雰囲気はないし)


 昨日話している間に年齢について訊かれることはもちろんなく、彼女達も他のクラスメイトと同様対等に話してくれていた。菫自身も年齢差を感じることなく自然に会話することが出来ていた……と思っている。 

 きっとめぐるを始めとしたクラスメイトは本当に菫が自分達と同い年、そう思ってくれているのだろう。それと同時に騙していることになるので、そこは少々心が痛いが……。


(それでもこれから話しているうちにゼネレーションギャップとか感じるんだろうけど、そこはなんとか上手くやらなきゃね。

 あとは年齢バレそうな発言に気を付け……)


 歩きながらあれこれ考えていた時……ザッザッと足音のような音が聞こえてきた。後方からだ。


「ん?」


 これまで歩いていて、ランニングしている運動部員以外の人は一切見掛けなかった。早朝であるうえ山の中だから辺りはまだまだ薄暗い。今まで歩いていて何とも思わなかったのに、菫はここにきて怖くなってきた。


(えっ!?何!?まさか……熊!?)


 その音はどんどん近づいてきて大きくなってくる。寒さと恐怖感で震えている菫に、その人物は声を掛けてきた。ゆっくりゆーっくりと振り向くと、白い肌によく映える黒いスウェット上下と黒いスニーカーが目に入ってきた。彼もまた寒いのか、両手で腕をさすっている。



「……宮西?」





「生田目君もこんな朝早くから起きてたのね」

「目が覚めた」

「私もよ。いつもの癖で起きちゃった」


 2人は近くにあったベンチに並んで腰掛けた。どうやら凜も菫と同じ理由で外に出ていたらしい。同じ女子から二度も告白される経験があるぐらいモテる男子と2人きりなんて、バレたら大騒ぎになりかねないが、幸いにも周りに人影は一切ない。


「いつもって…そんな早く起きてんの?」

「うん。学校行くのに2時間はかかるから」

「2時間て….どこから来てんの?」

「君津」

「マジか」


 普段ほとんど表情を変えない凜が少し目を丸くする。ここまで遠くから来ている生徒はかなり珍しいのだろう。よくよく思い出してみると、昨日トランプしたメンバーにも居住地を言ったが、凜よりもだいぶ派手に驚かれた。


「生田目君はどこから来てるの?」

「栄町」

「えっ…、そうなんだ」


 凜がそう返した瞬間……菫は一瞬固まった。彼が住んでいる所が、菫にとって過去に縁の深かった場所でもあるからだ。

 それでも落ち着いて頭をフル回転させて立て直し、何事もなかったかのように会話を続ける。


「あ……なんか意外だわ。生田目君はもっと静かそうなとこに住んでそうだし……」

「親があの辺で店やってるから」

「……そうなのね」

「…君津からだと前もだいぶ遠かったんじゃね?」


 嫌な予感がした。菫の額に少しばかり汗が滲んでくる。暑い訳ではもちろんなく、むしろ寒いぐらいなのに。


「…………『前も』って?どういうこと?」


 その発言の真意を確認すべく、菫は恐る恐る聞き返した。すると凜は黙ったまま、スウェットのポケットからスマホを取り出し何かを探すようにいじる。暫くして「あった」と小さく呟いてから、画面を菫に見せた。




「!!!!」




 両手で口を押さえ愕然とする菫に、凜はとどめを刺した。

 



「これ……宮西だろ?」




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