29ページ目 菫さんと杉谷先生の奮闘記 後編
(マジかよ…………)
女性が散々文句を言って帰った後も、杉谷は項垂れていた。
小笠原によると、あの女性は昨年退学処分になった柿澤七海の母である。退学処分の理由は、当時同じクラスだった優香子から金を盗った、というものであった。
しかし、七海の母は未だに我が子の無罪を信じてやまないという。また母によると、七海は現在は自宅に引きこもっているらしく、それも皆が濡れ衣を着せたからだと言い張っている。今日も優香子をはじめとした元1年2組の生徒に会わせろと言っていたらしい。
(あ〜……これガチで揉めてる奴じゃねーか……。なんでこう……ウチのクラスは問題ばかり起きるんだよ……あーーー!もう嫌だ嫌だ!!)
自分のクラスの生徒が関わっているからには、自分にも火の粉が降りかかることはまず避けられないだろう。揉め事と喧嘩を何より嫌う、事なかれ主義の杉谷にとっては苦痛でしかない。しかも昨年度は杉谷は公ヶ谷高校におらず、伝聞でしか事情を知らないというのに。
しかし……頭の中で何回愚痴ってもどうにもならない。
(……つっても何とかしなくちゃだよな〜。とりあえず杉浦に話を聞くか……)
そんな杉谷の机に、コトンという音と共に冷たい缶コーヒーが置かれる。杉谷が思わず顔を上げると……
「く、栗山先生……」
缶コーヒーを置いたのは、栗山だった。
「お疲れさん。最近よく頑張ってるじゃないか。まぁ飲めよ」
「あ……ありがとうございます。いや〜、まだまだですよ……」
ため息をついて俯きながら缶コーヒーを開ける杉谷に、栗山はいつになく目尻を下げて笑っている。
「そんなことないじゃないか。3組の皆が言ってるんだよ。杉谷先生が変わったとか、最近の杉谷先生は頼りになるとか」
「……本当ですか?」
「ああ。……で杉谷先生、今柿澤さんのことでため息ついてたろ?」
「!!」
「ハハハ、君の考えていることなんかすぐにわかるさ」
図星を突かれ、缶コーヒーを飲みながら杉谷はギクリとする。危うく吹き出すところだった。
それと同時に……杉谷はあることを思いついた。
「栗山先生……その、柿澤って元生徒のことなんですけど……どんな生徒だったんですか?普段から素行が悪かったとか……」
杉谷が公ヶ谷高校に赴任したのは今年のこと。七海のことは全く知らず、杉谷はとりあえず栗山に彼女の人となりについて聞いてみることにした。
すると、栗山は首を横に振り……
「いや〜、聞いたことないよ。柿澤さんが素行不良なんて。むしろクラスの中でも目立たない方じゃなかったかなぁ」
「そうなんですね!余計ショックだったでしょう、そういう生徒なら……」
「しかも柿澤さん、いつも杉浦さんと一緒にいたからねぇ」
「あ、杉浦と友達だったんすね……その子」
友達から金を盗むなんて……と杉谷は眉を顰める。が、そんな杉谷を尻目に栗山は釈然としない様子で腕を組んでいる。
「実は……俺は何かの間違いじゃないかって思ってるんだよ。俺は元2組の担任でもないし2人のことは側から見てただけで実際のことはよくわかんないけど。
でも杉浦さんと一緒にいた柿澤さんはいつも笑顔で嬉しそうだったから、そんなことするか?って思うんだ」
そう言われてみると、杉谷も疑わしく思えてくる。が、何しろ優香子の両親は共に有名な音楽家で、この高校にうんと寄付金が出せるほど裕福なのだから……
「……それって元々杉浦の金目当てで仲良くなったんじゃないんすか?」
と思って杉谷は意見したものの……栗山はまだ難しい顔をしている。
「かと言って柿澤さんもお金に困ってそうには見えなかったんだけどなぁ……よし、杉谷先生!ここは……」
★
一方、生徒達の間でも七海の母が乗り込んできたことが話題になっている。大半の生徒がモンペだのクレーマーだのと目くじらをたてており、優香子の幼馴染の千穂は特に腹を立てて非難している。
「もー、今更何なのよ!ゆかちゃんのお金盗ったくせにウチの子はやってませんって!せっかくいなくなって清々したのに」
そして当の優香子は黙ったまま俯いている。その顔色は……心なしかいつもより悪い。そんな優香子を見て、千穂は更に七海についてボロクソに言う。
「ほら〜、ゆかちゃんあの時のこと思い出して落ち込んでるじゃん!お金盗む前もずっとゆかちゃんにくっついてて正直迷惑そうだったもん」
他の女子達と共に千穂の話を聞いていた菫は、思わず千穂に訊く。
「その柿澤さんって子、そんなに杉浦さんにベッタリしてたの?」
すると、千穂は思いっきり何度も頷いた。それだけでなく、優香子と同じ元1-2の萌と栞里も口を挟む。
「してたね。もう独占状態って感じ。休み時間も昼休憩も教室移動もトイレも体育のペアもずっと一緒だったわ」
「逆にほとんど見なかったね〜、優香子ちゃんが他の子といるの」
そればかりか男子の直もどうやら元1-2らしく、首を突っ込んできた。
「それに柿澤さん、杉浦さんが他の人と話しているとすっごく不機嫌でしたよ〜。その人に怒ってることもありましたし。たぶん嫉妬してたんでしょうね〜」
直が言ったと同時に、千穂は何か思い出したのか更にイライラした様子で頭を引っ掻いている。
「そういえば!1年の時廊下でゆかちゃんとばったり会ってちょっと話そうとしたら……あの子がゆかちゃんの手を引っ張ってどっか連れて行っちゃったの。せっかく話したかったのに〜!」
口を開けば批判が出るわ出るわ……そんな千穂の話を聞きながら、菫も「うわぁ……」と呟き引いていた。優香子だって他の友達とも話したいだろうに……と思わざるを得ない。菫は例えばめぐるが他の友達と話していても何とも思わないし、そもそも1回目の高校生活でもここまで友達におんぶに抱っこになったことはない。なので、ここまでベッタリしたい気持ちが菫にはわからない。
それは他の女子も同じようで……
「てか普通に考えてキモくない?あそこまでベッタリすんの」
「キモいよね。私だったらハッキリ言うよ、これ以上ついてくんなって!」
「ゆか姉ほんと大変だったんじゃね?あんなのに付き纏われて」
「ほんとそれ!てかさぁ柿澤の奴……ゆか姉のこと好きだったんじゃねぇの?ガチの「LOVE」の方で!」
「えー!まさかまさかの!?」
萌、彩矢音、沙希、めぐる、遥が話しているうちにまさかの「同性愛」説まで浮上してしまった。
そんな2-3教室だったが……次の授業は英語だ。珍しく杉谷はだいぶ早くから教室前の廊下に来ており、聞き耳を立てていた。
(なるほど……どうやら柿澤と杉浦は友達だったけど、柿澤の方がだいぶ杉浦に頼り切ってたようだな)
続いて杉谷は優香子に視線を移す。
(杉浦は……なんかずっと落ち込んでるな。まぁ無理もないか。友達に金盗まれて、しかもその親がうちの娘はやってないって言い張るんだから)
それから、杉谷は栗山と話したことを思い出す。
(栗山先生、杉浦にもう1回話を聞こうって言ってたけど……あれじゃちょっと聞きづれえな。
……まずは他の元2組の生徒に聞いてみるか)
その後、杉谷は元1-2である英玲奈、雅哉、慶吾にも七海について聞いたところ、千穂達と概ね同じようなことを言っていた。七海が優香子に常について回り、優香子を他のクラスメイトに近づかせなかったと。また杉谷と同じように金目当てでの付き合いでないかと疑う者もいた。
(結局窃盗についてはこれといって情報なしか……。
栗山先生はああ言うけど、やっぱり本当に盗んだとしか……)
顎に指を当てて考えながら、杉谷が廊下を歩いていると……
「……おっ、清宮じゃないか。」
「…………」
前から歩いてきた寛斗とすれ違った。杉谷は他の生徒同様、立ち止まって声を掛けるも……
「……今更いい先生アピールしてんの?ウザイんだけど」
「………清宮!」
杉谷が言い返すのを待たずして、寛斗はそのまま去って行った。
★
翌日の昼休み――
「じゃあ杉浦……そこに座ってもらおうか」
「……はい」
杉谷と栗山は空き教室を借りて優香子を待っていると、思っていたよりも早く優香子は入ってきた。2人は予め昼休みに話せないかと優香子に打診していたのだ。
「えらい早いじゃないか。杉浦さん、お昼ご飯食べたのかい?」
「ちょっとだけ……あんまり食欲なかったんで……」
やはり今日も優香子は沈んだ顔で、憂いを帯びた声だ。栗山が聞いたところ、食欲もないらしい。
そんな状態でこんな話をするのは正直心苦しいが……杉谷は早速話を切り出す。
「あ、あの……杉浦、もしかしたら君も知ってるかもしれないけど……元1年2組の柿澤七海って知ってるだろ?」
優香子は沈んだ表情のまま、暫くの間口をつぐんでから答えた。
「…………知ってます」
「そうか。もしかしたら杉浦も知ってると思うんだが……」
前置きしたうえで、杉谷は本題に入る。
「実は……その、柿澤のお母さんが最近学校によくいらしててな。で、柿澤は金を盗むような子じゃない、何かの間違いだ、冤罪だって仰ってるんだ」
「…………」
まだ話の途中であるが、優香子は顔面蒼白になり俯いたまま。膝の上に置いた両手をグッと握りしめている。そのうえ心なしか優香子の体は震えている。
「先生は未だに柿澤さんが盗んだなんて信じられなくて……柿澤さんは君に懐いていていつも一緒だったからね。だからもう一度話を聞きたいなって思って」
「本当に盗まれたのならそれまでだし、柿澤のお母さんに……」
栗山と杉谷が話を続けようとした、その時だった。
「……っ……う……ぅわあぁああ!」
「「…………!!?」」
優香子は肩を震わせ、両手で顔を覆いながら……突然泣き出した。当然、杉谷も栗山も驚く。
「ご、ごめん!先生何か嫌なこと言ったか?」
杉谷に謝られても、優香子は涙を流しながら首を横に振るばかりだった。
その翌日……七海の母は再び公ヶ谷高校を訪れていた。しかし彼女は前と違ってうるさく喚くことはなく、応接室に通され大人しく待っている。
暫くすると、そこに杉谷が入ってきた。
「はじめまして、柿澤さん。私、2年3組の担任の杉谷と申します」
「……えっ?金子先生は?」
七海の母にとって、杉谷は全くの初対面だ。金子先生とは優香子達元1-2の担任で、七海の母はてっきり金子が対応するのかと思っていたらしい。拍子抜けする彼女だったが……
「!!」
杉谷に続いて元1年2組の生徒達がゾロゾロと入ってきた。その中には青ざめた顔の優香子の姿もある。そして、最後に入ってきたのは金子だった。
「か、柿澤さん……この度はうちの生徒が申し訳ございません……」
申し訳なさそうに頭を下げる金子に、七海の母は席から立ち上がり早速怒号を上げる。
「……どういうことなのよ!?本当にうちの子が盗んだっていうの?ちゃんと説明してちょうだい!」
杉谷と金子が話し始める前に、優香子は一歩前に出て重苦しい口を開く。
「すみませんでした!……七海がお金を盗ったって話……嘘です!
私が七海を…………犯人に仕立て上げたんです!」
優香子は勢いよく頭を深々と下げた。
★
1年前――
「優香子ちゃーん!帰ろー!」
部活を終え、優香子が第一音楽室のドアを開けたところで、待ち構えていた七海が手を振ってくる。
「な、七海……また待ってくれてたの?」
優香子は正直驚いていた。吹奏楽部はいつも暗くなるまで練習しているにも関わらず、待ってくれているなんて。しかも七海は帰宅部であるにも関わらず。
しかし七海は全く意に介さず、優香子に満面の笑みを向ける。
「大丈夫大丈夫!優香子ちゃんのためなら何時間でも待つよ!だから気にしないで」
「そ、そう……」
「さ、行こ行こ。ここ最近は優香子ちゃんが部活終わるまで図書室行ってるの。面白い本見つけてさ〜」
と、こんな調子で七海は優香子がどんなに遅くなろうとも健気に待って、一緒に帰っていた。
もちろん、2人は行き帰りだけでなく教室にいる時や昼休憩も常に一緒にいた。そればかりか土日ですら一緒に遊び、優香子が部活の日も七海はわざわざ学校までついて行ったのだ。
……というよりも七海が優香子に常について回っていたのだが。
「……はぁ?……どういうことよ!?」
当然、七海の母は怒りの矛先を優香子に向ける。グッと距離を詰め、両手で優香子の肩を掴みながら七海の母は問い詰める。
「あの子は……七海は……あなたが好きでいつも一緒にいて誰よりも懐いていたし、他に友達も作らなかったたのよ!?……なんで!?……どうしてそんな酷いことしたのよ!?」
それまで悲痛な表情を浮かべていた優香子は、一転して七海母を睨みつけ、絞り出すような声で言った。
「わ……私は……ッ、七海に…………っ
…………目の前から消えて欲しかったの!!」
ある金曜日のことだった。翌日の土曜日は吹奏楽部は休みであった。なので七海はいつものように優香子を遊びに誘ったのだが……
「ごめん。その日は先約あるの」
優香子が断った瞬間、七海は鋭い眼光で睨みつける。そして間髪入れずに矢継ぎ早に聞く。
「先約って何?どっか行くの?誰と?」
こんなやり取りは決して初めてではなく、優香子にとっては慣れっこだった。優香子はため息をついてから渋々答える。
「カラオケ行くの。昔馴染みの子と……」
「じゃあ私も行く!」
「……え?」
「別にいいでしょ〜。私1人ぐらい増えたって。それに優香子ちゃんの友達なら私だって友達だよ?」
「…………」
「ね、私がいたって気にしなくていいから〜」
絶句する優香子をよそに、七海はニコニコしていた。
そして当日、予定通り優香子は千穂とカラオケに行ったのだが……やはり七海はついてきた。千穂が気まずそうにしているにも関わらず。また七海は千穂には話しかけないどころか目もくれず、優香子にばかり話しかけていた。
こんなことは二度や三度で終わらず、優香子が他人と遊ぶ約束をすれば七海は毎回ついてきた。もちろん七海は優香子にばかり話しかけて、優香子の友達は無視。
時間が経つにつれて……優香子を遊びに誘う友人はどんどん少なくなっていった。
そればかりか、2学期に入る頃には七海の独占欲は更にエスカレートした。優香子に話しかけようとするクラスメイトに対し、七海は徹底的に噛みつく。
「邪魔するな」「優香子ちゃんを取らないで」と言ったり、話しかけられそうになった優香子の腕を引っ張って妨害したり。果ては邪魔をしたクラスメイトの足を踏んだり、「今度優香子ちゃんに関わったら許さないから」と恫喝したりと暴挙に出ることも……。
やがて、優香子に話しかけるクラスメイトは七海以外いなくなった。すっかり孤立してしまった優香子を見て、七海は満足そうに優香子の両手を握った。
「私は優香子ちゃんがいてくれたらそれでいいからね。優香子ちゃんだってそうでしょ?」
★
自分の娘が消えて欲しいなんて言われた七海の母は怒り狂い、あろうことか優香子の胸ぐらを掴む。当然、杉谷も金子も止めに入るが七海母は一切引かない。
「アンタのせいで……アンタのせいで……七海はっ!!」
「やめてください!お母さん」
「うるさい!アンタたち教師も何でこんな嘘つきの肩なんか持つのよっ!?」
こんな状況にも関わらず、杉谷はなぜか冷静に振る舞っている。
「別に僕は杉浦の肩を持っているわけではありません。ただ、杉浦が理由もなしにこんなことをするとは思えないんです。
なぁ、杉浦も……辛かったんだよな?」
優香子は目を涙を浮かべながら頷いた。
こうして七海以外のクラスメイトと話すことができず、悶々とした日々を送っていた優香子に転機が訪れたのは10月に入った頃。部活のない日、七海が待っていたので一緒に帰ろうとしたところだった。
「優香子ちゃん……私、彼氏できたの」
「…………え?」
「4組の山田君」
「……そうだったの」
「……ごめんね。優香子ちゃん山田君が好きって言ってたのに。私が告白されちゃって……」
まさかの告白をされ、優香子は動揺してその場で固まった。当時、優香子はその男子に好意を寄せていたうえ、七海に相談していたのだ。
話している2人のすぐ近くには、その山田が待っている。
「という訳だから、今日から私優香子ちゃんと一緒に帰れないから……ごめんね!」
(……はぁ!?私のことは散々独占して束縛して自分以外の誰とも付き合うなって言ったのに!
自分は自由に恋愛をする?男と付き合う?しかも私が好きだった人と?…………許せない!)
優香子が拳を振るわせ睨みつけていることに、やはり七海は気付かず……「山田くーん、行こー」と言いながら彼氏の元に行ってしまった。
元々優香子は自分に依存する七海が鬱陶しいと少なからず思っていたものの……この日初めて目の前から消えて欲しいと思うようになった。
そして運命の日が訪れる。
その日、教室に1人いた優香子はスクールバッグの中をゴソゴソと探していた。
(あれっ、ない……)
鞄に入れていたはずの部費を入れた封筒が……ない。
「えっ?」
優香子は鞄の全てのポケットを目視し、隅々まで手を突っ込んで探したものの……やはり見つからない。
「杉浦さんどうしたの?」
見かねた同じ2組の女子が優香子に声をかける。その女子もいま応接室にいるメンバーの1人である。幸い、その時は昼休憩中で教室に七海の姿はない。恐らく山田と過ごしていたのだろう。
「部費持ってきたはずなんだけどなくって……」
優香子がそう言うと、女子は「ええ〜」と眉を顰め……
「もしかしてさ……盗んだんじゃないの?……柿澤さんが。あれだけ一緒にいたんだから」
優香子は黙り込んだ。
七海に彼氏ができた後も、彼氏の山田がよそのクラスだったこともあり、2組の教室にいる時の七海は相変わらずだった。もちろん七海が盗んだ証拠はないし、もしかしたら鞄に入れたつもりで家に忘れていたかもしれない。
しかし……優香子の中には既にどす黒い感情が渦巻いていた。
(もし本当に七海が盗んでたら……七海はたぶんうちの学校にいられなくなる。お父さんに言えばすぐに退学処分にしてくれる。今まで私が気に入らない奴はお父さんに頼んで、皆学校から追放してくれた……
……やっと七海から逃げられるチャンスかも!これで私は……自由になれる!)
長い沈黙の後……優香子は頷いた。
「…………うん。……七海に盗まれたかも」
★
その翌日、公ヶ谷高校では七海が優香子の金を盗ったと大騒動になった。もちろん七海は無実を訴えたものの……七海の味方は誰1人いなかった。彼女の日頃の行いからしてクラスメイトは全員疑い、優香子の話を鵜呑みにした教師達も聞く耳を持たず。そればかりか激怒した優香子の父が七海を退学させろと迫り、寄付金を沢山貰っている以上従わざるを得なかった。
なお、七海の彼氏だった山田も事件が明るみになってからは距離を置くようになったらしい。
こうして七海は……公ヶ谷高校を追われることとなった。なお、優香子が失くしたはずの部費は……彼女の自室の机の引き出しに入っていた。
優香子の話を聞いてもなお、七海の母は怒りが収まらない。未だに胸ぐらを掴んだまま、優香子に怒鳴り込む。
「……そんなことで七海を犯人に仕立て上げたの!?冗談じゃないわよ!嫌なら嫌って言うか、何も言わずに距離置けばよかったんじゃないの!?」
詰め寄ってくる七海の母に、優香子は歯向かう。
「……嫌って言いましたし、距離置こうともしましたよ…………でも無駄だったんです!
付き纏ってこないでって言っても「ひど〜い」「照れ隠ししてるんだ〜?」って言うだけでやめてくれませんでした!
距離置こうとしても七海はどこまでもついてきて、「私がいても気にしなくていいからね」って言うだけ!
……むしろこっちが聞きたいですよ!なんで七海はこんなに依存してくる子なんですか!?」
優香子はそれまでの鬱憤を吐き出すかのように訴える。それに一緒に来た他の元1-2の女子もここで口を挟む。
「本当それですよ!杉浦さん本当に大変だったと思います!」
「私達だって優香子と話したかったのに、柿澤さんが邪魔するから……」
「だいたい柿澤さん、杉浦さんからノートも全部借りてたし、持ち物も勝手にお揃いにしてたぐらいなんだから!」
まさかの横入りに七海の母は一瞬怯むも、まだ引こうとしない。
「七海は……そういう子なのよ。昔から狭く深く付き合うタイプなの。杉浦さん、アンタがもっと我慢してくれたら、七海は引きこもりにならなかったのに……。もういい、こんな学校訴えてや……」
「ちょっと待ってください!」
そこで七海の母に待ったをかけたのは……杉谷だった。
「いくら何でも……傲慢ではないですか?自分の子が依存体質だからそれに付き合えと?」
杉谷にそう問われても、七海の母は怪訝な顔をするだけだ。
「ご、傲慢!?……いいでしょ、友達なんだから」
優香子はもちろん、他の元1-2女子達が苦虫を噛み潰したような顔を見せる中、杉谷は大きなため息をついた。
「……友達だからって何をしてもいいんですか?
そんな訳ないでしょう。じゃあお母さんは同じことをされても何とも思わないんですね?お友達であれば。
もうこの際ハッキリ言わせて貰いますけど……あなたの娘さん、異常ですよ!」
「!!」
あまりにも杉谷がハッキリと言い切るものだから……七海の母はワナワナと震えるだけで二の句が告げなかった。見かねた金子が「ちょっと杉谷先生……」と嗜めようとしたが、杉谷は構わず続ける。
「僕にも友達がいますが、他の人と話してるぐらいで嫉妬する人は流石にいませんよ。たぶん、杉浦も七海さん以外にはいないでしょうし、今ここにいる生徒も教師も皆そうだと思います。
あ、それと僕……七海さんと付き合っていた彼にも話を聞いたんです」
実は昨日、栞里から七海と山田が付き合っていたと聞いた杉谷は、その山田にも話を聞いていた。すると山田は包み隠さずに答えてくれた。七海の異常な束縛っぷりと依存っぷりに耐えられずに別れたと。七海はLIMEの返信が少し遅くなっただけでブチ切れたり、友達との遊びに勝手についてきたり、「私と家族どっちが大事なの?」と詰め寄ったりとやはりそんな調子だったという。
案の定優香子達がドン引きしている中、杉谷はまだまだ話を続ける。
「お母さん……ここまで色々聞いて気になりませんか?七海さんがここまで依存体質になった理由が。
これは……杉浦、何か知ってるか?」
杉谷に話を振られ、優香子は頷いた。
「……はい。七海は……小さい頃からお母さんは仕事ばかりで全然構ってくれなくて寂しかったって……」
七海の母は一瞬目を伏せたものの……
「確かに……あの子には小さい頃からまともに構ってやれなかったとは思うわ。ただ……私は離婚してるし仕事もあるし時間がなかったのよ!
それにだからといってあんなこと……」
言い訳をするので、杉谷はそれを待たずして口を挟む。
「それはお母さんの仰る通りです。確かに杉浦や一部の元2組の生徒はやってはならないことをしました。ですので然るべき対応を取らせて頂きます」
話に耳を傾けながら頷く優香子の横で、杉谷は更に話を続ける。
「ただ……娘さんはこのままではダメだと思います!もし今後、引きこもりを克服できたとしても、誰かに依存する姿勢が変わらないのであれば……同じことを繰り返すでしょう」
「…………」
「今後また悲しい思いをするのは娘さんです。仕事が大変なのは僕だってわかります。けれど……これを機に一旦娘さんと向き合って、話し合ってはいかがでしょうか?」
こうして杉谷が諭したものの、七海の母は……
「……こんな高校、行ってても七海のためにならないわ。あ〜、よかった。退学になって」
それだけ言って、バタンと大きな音を立ててドアを閉め、つかつかと去っていった。
★
翌日、もちろん3組内は朝から優香子の話題で持ちきりだった。
「まさかでっち上げだったなんてな〜」
「ああ見えて案外陰険なんだな、杉浦の奴」
「せっかく美人なのに幻滅だぜ〜」
貴大、龍星、知輝は早速優香子の陰口を叩いており、花恋と未夢も同調する
「柿澤さんかわいそぉ〜」
「濡れ衣着せるなんてサイテーなんだけど!」
しかし……優香子の親友である千穂は黙っておらず、彼らに食ってかかる。
「やめて!ゆかちゃんだって依存されて大変だったのよ!アンタ達に何がわかるの!?」
「だからってあんなこと……」
「ちょっと、やめなって!!」
口論になる千穂と未夢をめぐるが止める。そして……
「……俺らはどうのこうの言えないよ。杉浦さん今日から停学だし……きっと今頃反省してると思う」
「清宮君の言う通りよ。……しかも杉浦さん、自分から処分を求めたみたいだし。だから悪口言っちゃダメ」
見かねた寛斗と菫が皆を諭して黙らせる。その中で未夢だけは菫を睨みつけた。
結局優香子は10日間の停学処分になり、今日から学校に来ていない。その間に七海に直接謝罪しに伺うつもりだという。
一方、無実であった七海は復学が認められたものの……公ヶ谷高校に戻ることはなかった。
千穂はめぐる達が止めてくれたことをありがたく思い、何回も首を縦に振って自信満々に宣言した。
「そうそうそうだよ!ゆかちゃん……きっと反省して戻ってくるから!私達は待つしかないわ」
そんな千穂をよそに……意外な人物が口を挟んできた。
「……てゆーか柿澤だって悪いだろ。あれだけ依存されるとかゼッテー無理なんだけど」
あまりにも予想外な人物だったので……皆一斉に彼に注目する。
その人物とは……和馬だ。
(……え?もしかして吉田君……杉浦さんを庇ったの?)
もちろん、菫も驚いた。
その日の休憩時間、菫は再び杉谷に屋上へ呼び出されていた。
「いや〜、宮西さん……感謝してもし切れないよ」
「いえいえ」
実は杉谷は優香子から窃盗事件の真相を聞いてすぐに……菫を呼び出してまた相談に乗ってもらっていた。杉谷が七海の母に訴えた内容はほぼ菫の受け売りで、菫は七海がここまで依存体質なのにも関わらず、彼女の母が何も対処していなかったことも見抜いていた。
「で、これからどうするのかしら。柿澤さんって子とお母さん」
「さぁな……きちんと話し合ってカウンセリングとかに行ってくれてたらいいんだけど」
「確かにでっち上げはダメだけど……杉浦さんも苦しかったと思うわ。おまけに好きな人まで取られるし……ねぇ、生田目君」
「ああ」
菫が話を振ると、2人から少し離れたところで座っている凜は頷いた。
「それはそうと……杉谷君、何か奢ってよね?
この私がアドバイスしてやったんだから!」
「ええ〜!今給料前なんだけど!」
ニヤリと笑みを浮かべる菫に、杉谷は困惑の表情を浮かべるのだった。
★
その日の放課後、部活が始まる前に杉谷はある人物を部室の前に呼び出していた。
「清宮……忙しいところ悪いな」
「…………何ですか?話って」
寛斗はちゃんと来たものの……杉谷への態度は変わらない。相変わらずトゲトゲしい視線を杉谷へ送っている。それでも杉谷は寛斗の目をまっすぐ見て……
「清宮……本当に悪かった!申し訳ない!」
「!?」
杉谷は深々と頭を下げた。まずは純太いじめを喧嘩と勝手に判断し、まともに取り合わなかったことを平謝りする。その理由に、自分の父が病気で倒れ介護に追われ、非常に多忙であったことも包み隠さず話した。また、最近生徒の悩み相談をしているのは、父を施設に入れて生徒に向き合う余裕が出てきたためで、決して良い先生アピールではないということも。
「……それは大変だったんですね」
一通り話を聞いた寛斗は開口一番こう言った。しかし……
「だからって……あんな対応していい理由にはなりませんよ。僕……許さないんで。菊地さんを見殺しにしたこと」
やはり寛斗は突っぱねた。もちろんそう言われるのは杉谷にとって全くの想定内だ。なので杉谷は表情を変えないまま頷く。
「そうか……まぁ許さなくていいよ」
杉谷がそう言った後も、何か言いたそうな顔をしていた寛斗は口を開く。
「先生……僕、将来は教師になりたいっておもってるんですよ……」
「……は?」
なぜか唐突に将来の夢の話をされ、杉谷が呆気に取られていると……
「僕……杉谷先生みたいな教師にはなりたくないです!絶対に!!」
眉間に皺を寄せ睨みつけながら、寛斗はハッキリと宣言した。
(……なんだ、そういうことか。いきなり教師になりたいとか言い出すと思ったら)
「……はははっ!」
「!?」
それに対し……杉谷はそう思いながら声に出して思いっきり笑った。今度は寛斗が呆気に取られる番で、心外だと言いたげな表情を浮かべる。
「ふふふっ……余計な心配するじゃねーか。安心しろ!清宮は……俺みたいなダメ教師なんかにはならないぜ!」
「!!!」
「さ、部活行くぞ!」
そう豪語してせっせとグラウンドに向かっていった杉谷の後ろ姿を、寛斗は恨めしそうに睨みつける。が、暫くしてから寛斗も思わず失笑する。
「……何だよそれ」
それだけ呟くと、寛斗もグラウンドへ向かった。




