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27ページ目 菫さんの10年振りのゲームセンター


 楽しそうなBGM、メダルがジャラジャラと落ちる音、ボタンを押したりクレーンを動かす時の操作音、そして客の弾んだ声に雑踏が聞こえてくる。時間も時間なので、その客のほとんどは制服姿だ。




(やっぱりここは高校生がいっぱいいるわね!

 皆もゲームしたりプリクラ撮ったりして青春してるのね〜


 ………………


 それにしても…………指ハートってやっぱり古いのね……確かに今撮った時誰もしなかったし……)




 今、菫はゲームセンターにいる。めぐる達のグループと一緒に。前から女性陣が望んでいた通り、今日こそ菫と一緒にプリクラを撮ることになったのだ。

 

 このことを琴葉に嬉々と話し、今流行りの指ハートをして撮ると豪語した菫だったが………


「やだ〜、菫ちゃん!指ハートなんか古い古い!」


 と一蹴されてしまい流石にショックを受けた。

 その代わりに「ほっぺハート」を教えてもらい、何とか乗り切れた。このまま本番でも指ハートをしていたら……と思うと、菫は恥ずかしくて顔が熱くなる。




「すー様どうしたの?暑い?」


 そんな菫を見かねてか隣にいる遥に訊かれ、菫は我に帰って首を横に振る。


「な、何でもないわよ!

 い、いや〜、楽しみだわ!プリクラなんか撮るの久しぶりだし……」

「ほんとー?すー様あんまりプリクラ撮らないんだね。ちょっと意外」

「そうそう……ゲーセンあんまり行かなくて……」


 前の高校は途中で辞めたし、その後は仕事に専念してたから……なんてもちろん言えない。そんなことを知る由もない遥は、特に詮索することなく彼女に屈託のない笑顔を向ける。


「じゃあこれからいっぱい撮ろうよ!私達と一緒にさ」

「ありがとう!」


 菫も笑顔で礼を言ったところで、プリクラの落書きブースの暖簾が捲られ、めぐると沙希がそこから出てきた。外には菫と遥以外で同じグループの面々はおらず、めぐると沙希は不思議そうな顔を見せる。


「あれっ、きよみー達は?」

「違うゲームしに行ったわ」

「ここ女の子ばかりで居づらいからって」


 菫と遥から寛斗達男性陣の居場所を聞かされ、めぐるはため息をつき、沙希はゲラゲラ笑う。


「まーた逃げやがって、アイツら意外とヘタレなんだから」

「男の人チラホラいるのによ〜」


 沙希は笑いながら男性陣にチクリと言い、めぐるは周りを見回しながらぼやいている。確かにプリクラコーナーで男子だけのグループは出禁とされているが、めぐるの言う通り男性が全くいないわけではない。ただ寛斗達と違ってほぼ全員カップルの彼氏の方であるが。

 そんな男子達の気持ちが、菫には少なからず理解できる。


(確かに居づらい気持ちはわかるわ……私だってちょっと居心地悪いわよ。ほぼ若い女の子ばっかりで私と同じぐらいの人いないもの……


 あれ、でも……


 ……高校にいる時だってそうよね?でもそう思ってたのは正直最初だけ…………もう慣れたからかしら?)


 この二度目の高校生活が始まってはや3ヶ月、もちろん少なからず不安はあったが、今となっては……案外しっかり馴染めている。今更ながらもそんなことに気付いた菫であった。



 撮ったプリクラを8等分した後、菫達は男性陣を捜しにかかった。

 似たような制服姿の高校生グループがいて、菫が見間違えそうになる中、他の3人は寛斗達がやりそうなゲームに狙いを定める。格闘ゲーム、レースゲーム、エアホッケーを回った後で、遂に見つけた。


 『太鼓の鉄人』なるゲームで、長めの金髪を靡かせながらリズムよく太鼓を叩く制服姿の男子……もとい、恭平を。その周りには寛斗、真二、悠太の3人がいて、それに合わせて口ずさんだり応援したりしている。


「ここにいたのかよ〜」

「結構探したんだけど〜」

「おーー!」

「見てよ、きたろー凄いんだから!」

「一番ムズいやつやってるぜ」


 沙希とめぐるが声をかけると、真二、悠太、寛斗は返事をしただけでなく、女子達も恭平に注目するように促す。菫もゲームの画面と真剣に太鼓を叩く彼を見て……思わず目を見張リ、感嘆の声が出た。


「凄ーい!!全然ミスなく叩いてるじゃない!」


 とても速いテンポに完璧について行っているだけでなく、面と縁を交互に叩かなければならないところも失敗せず確実にこなしている。

 画面には「良」の文字ばかりが出てくるほか、コンボ数がどんどん増えあっという間に200に到達する。 

ドコドコドコとこれほど歯切れ良く響く太鼓の音は初めてで、聴いていて気持ちよく感じるほどだ。


 気がつくと、菫達以外の客まで立ち止まって見物しており、「すげぇな〜」「巧すぎだろー」と感服の声まで聞こえてくる。こうして恭平はほぼフルコンボで1曲を叩き切った。


「よっ!さすが軽音部のドラム!」

「きたろーかっけー!」

「マジ凄すぎるんだけどー!」


 寛斗、真二、沙希が褒めちぎり、他のメンバーはおろか見物人達まで拍手する。恭平はドヤ顔でバチを回してみせた。


「ふふっ……大したことねーよ、これぐらい。ドラム歴7年の俺にはな……」


 そんなに長く続けてるのね……と菫も感心する。

 経験豊富であるためか、めぐる達や千穂によると恭平は所属する軽音部の中では一番巧く、吹奏楽部で助っ人としてドラムを叩くこともあるほどなのだとか。そこまでの腕前であればこのようなゲームなんぞお手のものなのだろう。

 そうしている間にもゲームの画面は再び選曲画面へと切り替わった。


「おっしゃ!今度こそ完璧にフルコンボ目指すぜ!…………どの曲にしよー?」


 2曲目の選曲に悩む恭平に、めぐるが曲とは関係ないことを訊く。


「きたろー、せっかくだしこの勇姿を撮ってやろうか?」

「おう、サンキュー」


 敢えて上から目線で訊かれたのにも関わらず、恭平は二つ返事でOKした。めぐるはニヤリと笑みを浮かべながらスマホのカメラを立ち上げる。


(あっ……もしかして……)


 そんなめぐると、前の女子会を思い出した菫には目もくれず、恭平は最終的にとあるアニメの主題歌を選択した。悠太の好きなアニメらしく、彼からのリクエストだ。

 恭平は再びバチをぎゅっと握り、「しゃあ!!」と雄叫びを上げ気合いを入れる。それに対し寛斗達は「頑張れ!」「ファイト!」と声援を送る。

 

 一方、菫はカメラを構えるめぐるのすぐ横で囁く。




「めめちゃん、もしかして……」

「そ。グッチに送ってやろっかなって」




 好きな人の勇姿を眺めている千穂の反応を妄想し、めぐるはニヤニヤしながらシャッターを押した。



 恭平が再びほぼ完璧なバチさばきを披露した後、菫達8人は二手に分かれることとなった。真二が『ストレートファイター』なるゲームをやりたいと言い出したので、恭平、めぐる、沙希は真二と共に格闘ゲームのコーナーへ向かう。

 後の4人が向かった先は……


「いっぱいあるわね〜。お菓子にぬいぐるみにフィギュアに……」


 周りをキョロキョロ見回しながら、菫は思わず呟いた。透明なガラス張りの箱の中には実に様々な景品が入れられており、それが何列もずらりと並べられている。

 菫の地元ではどこもここまで沢山置かれておらず、こんなにクレーンゲームの多いゲームセンターに行くのは初めてだ。


「ここうちの県の中でも1、2を争うぐらい多いらしいぜ」

「UFOキャッチャーとすくう台とかはね〜」


 菫、遥、寛斗、悠太はクレーンゲームのコーナーを歩き回っている。この4人は格闘ゲームにあまり興味がなかったので、真二達とは別行動している。寛斗と遥がこのゲーセンについて語る中、悠太だけは少し曇った顔だ。


「確かにいっぱいあるんだけど……難しいんだよなぁ」


 ぼやく悠太の横で、寛斗は吹き出した。


「いやいやUFOキャッチャーなんかどれも似たようなもんだろ」

「えー!僕他のとこでは獲れたことあったのに!」

「そんなのたまたまだって」


 そんな男子2人のやり取りを聞いて、菫と遥はクスクス笑う。と、ここで菫がある景品に目が留まり、急に足を止める。


「……ん?すー様どうしたの?」


 菫が立ち止まった時、他の3人は最初はそれに気付かず先に進んでいた。だが、菫がいないことに遥がいち早く気付いて踵を返す。それを皮切りに寛斗と悠太も女子2人の元へ戻る。


「これ……リンゴ犬じゃない!!」


 目を輝かせる菫の視線の先にあるのは……とあるぬいぐるみがいくつも入ったガラス張りの箱だ。その赤いリンゴの着ぐるみを着た犬のデザインには、菫以外の3人も見覚えがある。


「あっ……これすー様の筆箱につけてるやつだよね?」


 遥が訊くと、菫は「そう!」と何回も頷く。


「あ〜、そういえば最近コレのちっさいのつけてるよな」

「なんかどっかで見たような気がしたんだよね」

「リンゴ犬好きなのよ!可愛いじゃない?それにリンゴも犬も好…」

「あれっ?すー様、横もリンゴのやつじゃない?」


 リンゴ犬のぬいぐるみを興味深そうに眺める寛斗と悠太に、菫は年甲斐もなく可愛さについて語り出そうとしたその時だった。遥がその隣を指差す。

 そこにはリンゴ味のソフトキャンディの赤く大きな箱が入れられてある。


「あっ!本当ね!!」


 この隣同士の箱をじーっと眺めた後、菫はスクールバッグから財布を取り出す。


「せっかく来たんだし……ちょっとやってみようかしら!小銭も今いっぱいあるし」

「おっ!頑張って!」

「すー様なら獲れるよ!」

「焦らずゆっくりね!」


 クレーンゲームなんて何年ぶりだろうか。しかも27年間生きてきて何度かやった記憶はあるものの、上手く獲れた記憶はない。それでも欲しいもののために菫が挑戦を宣言すると、寛斗、悠太、遥は応援してくれた。



 菫が最初の100円玉を入れてから10分ほど経ったが……


「……………………」

「……………………」

「……………………」 


 かれこれ4回目。菫がボタンを押して決めた位置にアームがゆっくりと下がってくる。その様子を寛斗達3人も固唾を飲んで見守っている。


「……あっ!掴んだ!!よしっ!そのままそのまま……」


 菫の期待通り、アームはリンゴ犬のぬいぐるみを見事に掴んだ。それだけでなく掴んだまま徐々に上がっていく。やはり年を忘れてゲーム機に声をかけ、目を輝かせてアームに熱視線を送る。




 が……




「あ゛〜〜〜〜!!もうちょっとだったのに!!」




 一番上まで上がったところで……リンゴ犬は呆気なく真っ逆さまに落ちた。菫は悔しそうに両手を力一杯握り締めるだけでなく、人目も憚らず叫んだ。が、流石に少しばかり気恥ずかしくなり、両手で顔を隠す。


「大きな声出しちゃった……恥ずかしい……」

「仕方ないじゃん、そりゃそうなるよ」

「惜しかったね〜」

「獲れたと思ったのに〜」


 赤面して縮こまる菫を寛斗がなだめ、遥と悠太も自分のことのように悔しがってくれている。それ以前にも3回チャレンジしたが、いずれも失敗している。

 1回目に至っては数センチ上がったところで落ちる有様で、少しばかりは進歩していても獲得口までが遠すぎる。菫が財布を覗くと、まだ100玉はある。


(残りの100円玉は3枚ね……。こうして挑戦したからには絶対に取りたい。せめて100円玉がなくなるまでは……やろう!)


「すー様まだやるの?」


 そう決意し、訊いてきた遥に大きく頷いたところだった。




「あれ〜?偶然じゃ〜ん!」




 手を振りながら声を掛けてきたのは、1人の制服姿の女子だ。ミルクティー色の姫カットに、水色の半袖シャツに水玉模様のネクタイがトレードマークの彼女は……萌だ。


「あっ、もえぽん!」

「おー!偶然!」

「今川さんは1人?」

「うん!私だってたまには1人でぶらぶらしたいしさ」


 遥、寛斗、悠太もそれぞれ挨拶を交わし、菫も笑顔を向ける。すると萌は4人の元に近づいて「何?UFOキャッチャーでもやってんの?」と訊く。


「すー様がね」

「そ、どうしても取りたいんだけど取れないのよ…………ってどうしたの?、それ」


 憮然とした表情で愚痴をこぼす菫だったが、萌が両手に持つ大きなビニール袋がふと目に留まった。

 一つはリンゴ猫とは別のキャラのぬいぐるみ、もう一つはお菓子の入った大きな缶が詰め込まれている。


「も、もえぽんちゃん!それは……?」

「ああ、私もさっきUFOキャッチャーやってたんだけど、見事に取れちゃった!」

「えええ!!??本当?」

「うん、意外とあっさり取れたよ〜」


 こんなに苦戦している菫を尻目に、萌は袋の中の戦利品を嬉しそうに見せびらかす。ゲーム配信に没頭している萌はテレビゲームやオンラインゲームだけでなく、ゲームセンターのものも得意なようだ。流石最初の自己紹介で「ゲームは何でもバッチコイでーす」と言っていただけはある。

 

 そんな萌に……菫はパン!と大きな音を立てて手を合わせ、上目遣いであるお願いをする。




「もえぽんちゃんお願い!……UFOキャッチャーの取り方教えて!!」

「ええっ!?」




 まさか菫から懇願されるとは思わず、ビックリ仰天する萌。しかもお願いをしてきたのは菫だけでなく……


「僕にも教えて!!ここで1回も取れたことないんだよ!」


 菫の横で、悠太まで同じように手を合わせている。それを見た寛斗と遥は苦笑いする。


「あーあ、だぁ坊まで何やってんだよ……」

「どうしてもここで景品取りたいんだね〜」



 こうして萌から取り方のコツを伝授してもらい、菫と悠太は再び挑戦する。悠太はポテトチップス詰め合わせに挑み、菫は今度はリンゴ犬の隣のソフトキャンディの方に挑む。萌によると、ぬいぐるみは取るのが難しく上級者向けらしい。

 それにボタン式よりもレバーで操作するものの方がまだ簡単なのだとか。

 

 なので菫はリンゴ犬は泣く泣く諦め、ソフトキャンディこそ獲ってやろうと決めたのだ。


(え〜っと、まず上を見て……)


 レバーを操作する前に、菫は一旦アームの位置を確認する。今度は獲得口まで景品を運ぶのではなく、所謂「橋渡し」タイプのものなので、景品が置かれている2本の棒の間に上手く落とさなければならない。

 が、萌曰くこちらの方が獲得口まで持ち上げる必要がなく、まだ難易度が低いという。


(とりあえず奥……っと……)


 萌から教わった、景品を取る最大のコツは「1回だけで取ろうとしないこと」だ。少しずつ景品の箱の位置をずらして、少なくとも3、4回はアームを動かさなければならない。たった今100円玉を1枚入れたばかりなので、残りは2枚。

 景品とアームを見る菫の目は更に真剣さを増し、眉間に皺まで寄せている。あまりの本気っぷりに、黙って見守る萌と遥の視線まで熱くなる。

 

 菫の想いが伝わったのか、2回で景品の箱の前方が上手く橋の間にはまる。後は箱の奥の方をアームで持ち上げて落とすだけだ。


「……よしっ!もうちょいね!」


 あと1回。菫は自分を鼓舞し、最後の100円玉を入れる。菫がレバーを握る前に、遥と萌は声を出して応援する。


「すー様なら出来るよ!」

「私がみっちり教えたんだから!」

「ありがとう!次で決めるわ!」


 2人の声援に応え、菫は高らかに宣言する。ギュッとレバーを握ると同時にアームの位置と箱の位置を交互に見て確認しながら、慎重に動かしていく。


(これで……落ちて……!!)


 アームを下げるボタンを押し、菫は手を組んで目を閉じて必死に願いをかける。ウィーンと下がる音だけが聞こえ、他の雑音はシャットアウトされ全く聞こえて来ない。


「いっぱい獲れたー!!今川さんありがと!」

「すー様はどんな感じ??」


 そこに、別のクレーンゲームに挑戦していた悠太と、付き添っていた寛斗が菫達の元へ戻ってきた。

 上手く行ったのか、悠太は萌に礼を言ったうえ、ポテトチップスの入った袋を2つも持っている。


「おっ!いっぱい取れたじゃん!さっすがだぁ坊だね」

「すー様も今……」


 萌が悠太を褒め、お祈りしている菫に代わって遥が状況を説明しようとしたところだった。ゆっくりと下がったアームが箱の右奥に引っかかって少しばかり持ち上がるも……箱の左手前は棒に引っかかったまま。

 菫の願いも虚しく……最後の1回も下に落ちてくれなかった。




「「「「……………………」」」」




 菫は未だに目を閉じて祈っているので、まだ気付いていない。他の4人は黙ったまま声を掛けられずにいる。



 待てど暮らせど箱が落ちる音は聞こえない。

 何かを察した菫はようやく目を開ける。視界に入ってきたのは案の定……未だに棒に引っかかったままのソフトキャンディの箱だ。


「はぁ……」


 菫は俯いて大きなため息をつく。当然悔しくて仕方がないのだが、どこかで「やっぱり」とも思ってしまう。


(やっぱりそう簡単には取れないわよね〜。元々私上手く取れたことないし。そもそも簡単に取れてちゃゲーセンが赤字になるじゃない……)


 そう自分に言い聞かせたところで、菫は遥達も一緒にいたことを思い出して、くるっと回れ右をする。


「……やっぱダメだったわ〜。あっ、清宮君と池田君も……いっぱい取れたじゃない、凄いわ!」


 何とか悔しさを堪え、菫は開口一番に悠太をべた褒めして拍手まで送る。


「た、たまたまだよ……」


 気まずそうな悠太に構わず、菫はクレーンゲームに背を向けたまま話を続ける。寛斗がゴソゴソとスクールバッグの中を探しているのには気付かないまま。


「いや〜、池田君の実力でしょ。ごめんね、待たせて」

「すー様……もういいの?」

「あと1、2回やれば落ちるって!」

「いやでももう100円ないから…」


 流石にこのためだけに千円札を崩すのも気が引ける。遥と萌が引き止めようとするも、諦めてその場を立ち去ろうとした菫だったが……




「……すー様!」

「ん?」

「よかったら使う?」




 財布から100円玉を取り出して、菫に差し出したのは……寛斗だ。


「……え!?……いやいやいや!流石に悪いから」

 

 たかが100円、しかも相手は大金持ちとはいえ流石に10歳も年下の子からお金を借りるなんて……と思った菫はもちろん断った。しかし、寛斗は全く折れず……


「遠慮はいらないよ!あんなに一生懸命頑張ってたんだし、100円ないからって諦めたら勿体無いじゃん。きっと次こそ落ちてくれるぜ。ほら!」


 そう言いながらもう一度差し出す。そこまで真剣にやっていたのか……と菫は照れ臭くなり、思わず笑ってしまう。


「……い、いいの?」

「もちろん」

「あ……ありがとう!後で必ず返すから」

「いいよ返さなくても。すー様にやる!」


 最初こそ呆気に取られた菫だったが……恐る恐る手を出すと、寛斗はすぐに100円玉を手渡した。菫はそれをギュッと握りしめ、ニッコリ笑う。


「ありがと!今度こそ絶対取るから!」


 礼を言ってから、菫は再び回れ右をして最後のチャンスに臨む。遥や悠太が声援を送る中、萌は最後のアドバイスを送る。


「すー様!今度は箱の奥の真ん中あたりに引っ掛けたら落ちるかも!」

「オッケー!ありがとう」


 萌にも礼を言い、菫は寛斗から貰った100円玉をゲーム機に入れてから、再びレバーを握る。




「……やっぱ太っ腹だな。さっすが清宮財……」

「しっ!やめろって。てかナラッチいつの間に…」


 いつの間にか真二は格闘ゲームのコーナーから寛斗のすぐ隣にいて、耳元で囁いていた。よく見るとめぐる、沙希、恭平も遥達に混じって菫の最後の挑戦を見守っている。


「俺にも100円貸してくれよ〜。もお1回プレイしてー」

「ナラッチはダメ」

「何だよケチ〜!」

「前も恭平に借りてたじゃん。ほら、すー様が頑張ってるんだからお前も応援しろよ」


 寛斗と真二が軽く言い合いをしている間にも、菫は再び集中してアームを萌が言った通りの位置に合わせる。一旦深呼吸してからボタンを押すと……




「…………あ!!」

「いいとこに行きそー!」

「これはイケるんじゃね!?」

「行け行け!」

「落ちろ落ちろ!」

「てか落ちそー!」




 皆が実況したりエールを送っている間にも、アームはどんどん下がった後、ゆっくりと開く。アームの先は箱の奥の真ん中あたりにぶつかり、それと同時に箱の左手前が棒を滑り……ガタンと音を立てた。それと同時にソフトキャンディの箱はガラスケースから消えた。



 ガッツリ遊んでいるうちに菫達は時間を忘れ……気が付けばスマホの時計はとっくに17時半を過ぎている。それでも今は6月末なので日が長く、この時間だとゲームセンターを後にしても辺りはまだまだ明るい。少しだけ空の色がオレンジがかっている程度だ。


「ねぇ、せっかくだからどっかで晩ご飯食べてかね?」

「いいじゃん!」

「せっかくだから行こー!」

「めめちゃん達と行くの初めてなんですけど〜!」


 ゲームセンターを出るなりめぐるが提案すると、沙希、悠太、萌は即座に賛成する。菫ももちろん賛成だ。今日は葵が夜勤で家にいないので帰ってきても1人だから。

 その一方で、真二だけは難しい顔をしている。


「メシ行きてーのは山々だけど……金ねぇよ」

「も〜、ナラッチは……ちょっとぐらい残しとけよ」

「てか今日もまた俺に200円借りてたじゃねーか!早く返せよ」

「もうちょい待ってくれ〜!絶対返すから」


 真二、寛斗、恭平のやり取りが面白くて、聞きながら菫は思わず笑ってしまう。


 「じゃあうちに来る?お父さんに頼んでちょっとぐらいならサービスするよ」


 すかさず遥が提案すると他の皆は大賛成し、結局一行は「はるなつ食堂」に向かうこととなった。

 

 駅まで歩いて向かう間にも菫はクレーンゲームで初めて取ったソフトキャンディの箱を大事そうに抱えている。大きな箱入りなので非常に沢山あるが、同じくリンゴが好きな葵と2人ならきっとすぐなくなるだろう。

 そして菫はさりげなく寛斗の横を歩き……


「清宮君……ありがとう。コレが取れたのはあなたのおかげよ」


 寛斗にだけ聞こえるように改めて感謝の気持ちを伝えると、彼は笑顔を見せながらも首を横に振った。


「俺のおかげなんかじゃないよ。すー様が頑張ったからじゃん」

「いやでも……あ。そうだわ!1個だけでもお裾分けさせて?後でちょっと箱開けるから…」

「えっ!そんなのいい…」


「あ!!!」


 めぐるがいきなり大声を上げたので、一行はふと立ち止まる。一体何があったのかと思って前をよく見ると……これまた知っている人にバッタリと鉢合わせしてしまった。その人物もまさかここで会うとは想定外だったのか、あんぐりと口を開けている。


「き……君達……」


「す、杉ちゃんじゃん!!」

「おー!偶然!お杉何してんだよ?」


 沙希の言った通り、そこにいたのは担任の杉谷だった。いつものスーツ姿のまま、まだ明るいのに懐中電灯を持っている。真二の質問に、杉谷はわかりやすく咳払いをしてから答える。


「俺はねぇ……見回りしてんだよ。君達が遊び呆けてねぇか!(今日は親父もお袋も落ち着いてるし……)この辺にはゲーセンもあるからな!」

「………………」


 めぐる達は黙ったうえ、杉谷と目を合わさないようにしている。まさかつい先程までゲーセンに行っていたなんて言えず……


「……ん?どうした?さては……」


「うん!皆でゲーセン行ってたの〜」

「コレ撮りに行ってた!」

「杉ちゃん!私達だけの秘密だからねー!」

「そーそー!他の先生には内緒だよー!」


 遥、沙希、めぐる、萌はゲームセンターに行っていたことをあっさり自白し、撮ったプリクラを見せながら口止めを要求した。いきなり女子に囲まれ、杉谷はまんざらでもなさそうだ。プリクラを見ながら「皆目ぇデカくね?どうしよっかな〜」とニヤニヤしている。


「杉やんの奴チョロいぜ〜」

「これなら何回でもゲーセン行けるな」

「だね」

(これは見逃すやつね。もー、杉谷君は……)


 一方、男子である真二、恭平、悠太は菫を除いた女子に囲まれる杉谷を呆れた様子で眺めている。もちろん菫もため息をつく。そして隣にいるはずの寛斗に視線を移すと……




「………………」




 先程までの笑顔はどこへやら……非常に厳しく険しい視線で杉谷を睨みつけている。まるで敵視しているか恨んでいるかのようだ。もちろん、寛斗がこんな表情になることは滅多にない。

 しかし、菫の視線に気付くとすぐに睨むのをやめ、いつもの寛斗に戻る。


「ど……どうした?すー様」


 冷や汗をかいて焦り出す寛斗に、菫はこれだけ言った。


「……凄い顔になってたわよ。まぁ無理もないけど」

「……マジか」


 頭を抱えて苦笑いする寛斗だったが……菫には十分わかっていた。杉谷にこんな眼差しを向けていた理由が。


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