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26ページ目 菫さんとNの悲劇 後編


「……あっ!捕まったっぽい!」

「本当ね!行きましょ!」


 遂に黒パーカーの犯人を捕らえた寛斗と凜の姿を確認し、菫と葵はその路上へと駆けつける。

 恭平に扮した寛斗がこの道を通る前から、実は2人は近くの公園で待ち構えていたのだ。数少ない街灯の灯りが、犯人及びその人物を捕らえている凜と寛斗を照らしている。


「2人ともお疲れ様!」

「この人があの例の……?」

「ああ」

「やっぱり恭平を襲おうとしてたんだな」


 菫と葵が2人に声を掛けながら、フードを捲られマスクも剥ぎ取られた犯人の素顔に注目する。


「……………」

「……あっ!!」


 葵にとっては全く見たことのない顔だったが、菫はその顔に何となく見覚えがあり、思わず声が出た。フードから出ている黒髪に、素朴な雰囲気の薄い顔の女性。少しやつれたのか、あの写真で見た時よりも頬がこけて見えるが面影はある。

 

 彼女は今も身動きが取れずにいるが、もうジタバタ動かず脱力している。その代わりに菫達を物凄い眼光で睨みつけているが。


 彼女の正体こそ……元1年5組の担任である山川(やまかわ)芽衣子(めいこ)であった。


「元5組の奴らだけ狙われてる時点でお前が怪しかったんだよ。クビになったから時間はいっぱいあるだろうし、どれもお前なら実行できなくもねーからな」

「……なんでこんなことしたんですか?」


 凜が山川を疑っていた理由を告げ、寛斗が早速問い掛けるも、彼女は黙っているだけだ。


 そこに……バタバタと誰か複数人が掛けてくる足音が聞こえてくる。その音はどんどん近くなる。やがて全く予想外の人物が菫達のところへ駆けつけてきたので、一同はビックリせざるを得なかった。

 もちろん山川も呆気に取られた顔になり、ただただ黙って呆然と眺める他ない。




「……お久しぶりね。山川先生」




 相変わらずド派手なフューシャピンク色のスーツに、赤いハイヒールの女性が、山川の前に来て久方ぶりの挨拶をする。その両隣をスーツ姿の男が囲んでおり、年齢は2人とも60代近くだろうか。




「り、理事長に校長先生に栗山先生!なんでここに……」




 寛斗が思わず言うと、理事長の新庄は人差し指と中指をくっつけたピースサインを額にくっつけて笑みを浮かべる。それからこう訂正した。


「あ、もう先生じゃなかったわね、山川さん」

「〜〜〜〜〜!!」


 すると、山川は新庄を睨みつけて憎たらしそうに唸る。


「コラ、何を睨んでるんだ。そんな格好で大量の小銭なんか袋に入れて何をしていたのかね?」


 相変わらず強面の大沢がすかさず凄むも……あまり効いておらず相変わらず山川は黙っている。


「……………………」


(このまま黙秘するつもりなのかしら……?決定的なところは2人が見てるのに)


 菫が山川の様子を見ている横で、寛斗と凜は痺れを切らして問い詰める。


「黙っててももう言い逃れできませんよ?僕、いや恭平を襲うつもりだったんでしょう?」

「おい、何か言えよ」


 すると山川は無言のまま、凜に組み敷かれながらも何とか身動きを取り、パーカーのポケットから小さな手帳を取り出した。片手で何とかそれを開き、声に出して読み始める。



「9月10日 あの公ヶ谷タイムズが張り出され、目の前が真っ暗になった。

 私は旦那が大っ嫌いで子育てにも疲れていた。西先生も奥さんに不満があって意気投合し、細心の注意を払って何度もホテルに行った。

 西先生との時間は家族といるよりも楽しくて、一緒にいる時はどんな嫌なことも忘れられた。私にとって西先生はなくてはならない存在で、西先生もきっとそうだと思ってた。

 この関係が一生続けばいいのに。そう思っていたのに一瞬にして壊された。あれから私の人生は暗転した」


 どうやらこの手帳は日記に使っていたらしい。尚も山川はそこに綴ったことを、まるで呪文の如く声に出して読んでいる。


「でもまだ旦那にはバレていない。まぁ私のことには無関心だから大丈夫だろう。

 帰りたくなったけど何とか朝のHRのために教室へ行った。入ってくるなりいきなり奈良間真二が「おい糞ビッチが入ってきたぞ!」とヤジを飛ばしてきた。 

 はぁ?前からずっと思ってたけどお前はヤジを飛ばす以外脳がねぇのかよ。人の気持ちも知らないで」


 そこまで読んだところで、寛斗は珍しく険しい表情で鋭く睨む。


「一軍女子も罵詈雑言を言ってくる。西村美月は「教師のくせにドン引きだわ〜」。

 お前だって彼氏コロコロ変えてるしどの口が言ってんだ。畔柳未夢はバカにしたような顔で「きも〜い」って。一軍女子グループの金魚のフンが教師に向かって生意気な」


 まだまだ元5組生徒に山川がされてきたことは続く。


「それだけじゃなく……5組のカス生徒達はまだまだ私をいじめてきた。

 私の国語の授業では教室に入るや否やペットボトルを投げられ水をかけられた。投げたのは石井優菜。確かに不倫はしたけどそこまでされなきゃダメなの?

 北山恭平はそれを見て「おいおい不倫教師の濡れ場かよ〜」と言い、皆が笑っていた。

 しかも黒板には「性悪クソビッチ山川」と書かれていた。堀知輝からは「西のチ◯◯がそんなにいいのかよ〜。てか旦那で満足できねーんなら俺にもヤらせろー」と立派なセクハラ発言を受けた。

 とにかく今日は地獄だった。早く西先生に癒して欲しい」


(……もちろん不倫はダメだけど……これはちょっと……)


 話を聞きながら、菫は5組のしたことにも少し引いた。寛斗も同じことを思ったのか、先程とは違って複雑な表情に変わり、「なんつーこと言ってんだよホリトモ……」と頭を抱え小声で言った。


「その日の放課後、西先生と一緒に理事長と校長に呼び出された。これは本当?と訊かれた。

 こうなりゃもう潔く認めるしかないと思い、「本当です!私と西先生は愛し合っています。旦那には愛想尽かしていますし西先生もそうです」とハッキリ交際宣言した。包み隠さずちゃんと言えてスッキリ。

 でも西先生は青ざめた顔で俯くだけ。理事長と校長はため息をついていた。その日の夜……旦那にバレた」


 その時のことは新庄も大沢もしっかり覚えているようで、2人ともうんうんと頷く。


「旦那は怒り狂うけど知らねーよ。お前がろくに子供の面倒見ないし家事もやらねーし大っ嫌いだからだよ!と言い放って自分の部屋に籠城中。西先生にLIME送るけど既読すらつかない。


 9月12日 朝起きたら離婚届を置いて旦那が出て行ってた。子供も一緒に連れてかれた。電話をしたら「実家に帰る。後のことは弁護士と話してくれ」でガチャ切り。

 は?いやいやいやずっと子供の面倒見てたの私ですけど?今すぐにでも旦那の実家に乗り込みたかったけどとりあえず学校へ。

 そしたらいきなりまた理事長に呼び出され、クビを言い渡された」


 新庄は黙って話を聞きながら、ゴクンと唾を飲み込む。先程から延々と日記を読んでいる山川の声が、この辺りから震えてくる。


「納得できなくてゴネたが……クビの一点張りだった。保護者からも生徒からも辞めろ、不倫なんて教育者に相応しくないと批判殺到してたらしい。

 そんな……私達は同じ境遇の者同士愛し合っていただけなのに。あたしに残ったのは……旦那と西先生の奥さんに払う慰謝料と、子供に払う養育費だけ。

 それに比べて西先生はクビにならずに異動、奥さんとは離婚しなくて結局あたしを捨てた。

 ……何なんだよこの差は!ふざけんな!どうしてあたしばっかりこんな目に遭わなきゃいけないの!!」


 読んでいるうちに目がイッた状態になった山川はその目を更に大きく見開いて、狂ったように大声で叫ぶ。菫は流石に狂気を感じ、背筋が凍る。ここまで常軌を逸した様子の人はなかなか見ない。

 そして遠い目で自分の手でやったことではなく、未夢の言った通りあくまで呪いだと主張する。


「ね、私可哀想でしょ?これだけあたしを散々いじめてきたんだから……皆呪われちゃったんだよ」


 そして今自分を羽交い締めにしている凜に対してもギロリと睨みつける。


「あ、そうそう生田目凜……あたし知ってるんだからね?あの西先生と一緒にいる写真撮ったの……お前だろ!?」


 写真を撮ったことを疑われても、凜は表情を変えずに黙ったままだ。そんな凜に山川は物凄い剣幕と汚い言葉遣いで詰め寄る。


「なんか言えよゴラァ!人の人生ぶち壊しやがって!お前の家あのラブホから近いし新聞委員だっただろッ!元はというと…」


「ったく……うるせーな」


 それまで暫く黙っていた凜が久しぶりに口を開き……




「ああ、俺だよ。お前と西が入ってくのを偶然見掛けたから」




遂に自白した凜だったが……山川は鼻で笑うだけだ。


「……フン、正義ぶっちゃって。ねぇ、何でこんなことしたの?わかってんの?

 お前が車に轢かれそうになったのも、他の皆が酷い目にあったのも……全部……お前のせいで、皆が呪われたからなんだよっ!!」


 山川が尚も狂ったように喚くのと反対に、凜は顔色一つ変えず……




「……そうやって人を裏切る奴大っ嫌いだから、俺。

 で、今日はその責任を取るためにここにいんだよ」




 蔑むような冷たい目で山川を見ながら、言い放った。



 凜は菫には屋上で、3組の面々にはその次の休憩時間に打ち明けていた。山川達の不貞をリークしたのは自分だということを。


「……はぁ!!?ナバちゃんがぁ!?」


 打ち明けた瞬間、案の定真二は絶句した。他のクラスメイトの大半も驚いているかショックを受けている様子だ。

 しかし……例外が2人いる。菫と、もう1人は……


「あ、やっぱり凜か」


 全く驚かず、あっけらかんとそう言ったのは寛斗だ。

 もちろん、この反応に凜は相当拍子抜けし逆に驚かされたのか、何回も瞬きをしながら寛斗をじっと見つめていた。


「……なんで?知ってたのか?」


 凜がそう訊くと、寛斗は「ああ」と即答する。


「何となくそうだと思ったよ。だってあの写真、凜の家の近くじゃん。それに前新聞委員だったろ?」

「…………」

(さっすが清宮君……同じこと考えてたのね)


 黙る凜をよそに、他の面々も腑に落ちたようで「確かに…」「あー…」などと呟いたり頷いたりしている。菫も寛斗が見抜いていたことに感心している。

 そればかりか……


「もし犯人が山川先生だったとしたらだけど……もしかしたら5組の誰かにバラされたと思って色々やったのかもな……」

「だな。……本当に山川だったらだけど」


 山川が凶行に及んだ動機まで寛斗は菫と同じように推察しており、凜は相槌を打った。まだちゃんと判明した訳ではないものの……山川が犯人の最有力候補で間違いないだろう。

 他のクラスメイト達も冗談じゃないとでも言いたげに騒ぎ出す。


「だから元5組ばっかり狙ってたわけ?」

「何だよそれ……自分が不倫したんだろ!」

「そうだよ逆恨みじゃねーか!」

「サイッテー!」


 めぐる、恭平、真二、沙希が山川を非難する中、知輝はずかずかと凜の席に来たかと思うと……グイッと凜の胸ぐらを掴む。知輝だけは怒りの矛先を凜に向けているようだ。


「「「キャー!」」」

「ちょっ、ホリトモやめて!」

「喧嘩してる場合じゃないですよ、堀君!」


 莉麻達が悲鳴を上げ、遥と直が知輝を止めようとする。が、知輝はそれに構わず眉を吊り上げ怒鳴りつける。


「ってこたぁ生田目のせいじゃねーか!!お前が山川のこと垂れ込まなけりゃこんなことにはならなかったんだぞ!俺だって歩道橋から落とされたんだからな!」


 怒り心頭に発する知輝に、凜は無表情のままこう言った。


「……そう思ってくれていいぜ」

「ぁあ!?」

「悪かったよ、まさかこんなことになるとは思わなかったし」

「…………」


 まさか凜が認めるばかりか謝ってくるとは思わず……知輝は怒る気が失せ、パッと手を離した。

 知輝の怒りがある程度収まった後で、凜はキッパリと言う。


「だから……俺が責任を取る」


「は?責任?」

「どうやって?」


 何のとこやらさっぱりわからない真二と悠太は思わず聞き返す。その一方で菫は凜がやらんとしていることは既に聞かされており、わかっていた。




「俺が山川を……これ以上被害が出るのを食い止める」




 菫が凜本人から聞いた話では、山川が標的を狙っている時に、凜が彼女を捕えるつもりでいるのだとか。もちろん菫は危険だと忠告したものの、凜は聞き入れず……。尤も空手経験者で不良と互角に戦えるレベルなうえ、相手が女性ならまだ楽勝かもしれないが。

 

 ただ山川が前のようにエアガンや、はたまたナイフなんか持っていたら……と考えるとやはり危ない。葵という警察官の身内がいる菫も協力を買って出ることになり、屋上での話は終わった。


 すると……


「それ、俺も手伝うよ」


 わざわざ挙手してまでそう提案したのは……寛斗だ。皆が一斉に寛斗に視線を注ぐ中、当の凜は怪訝な顔をしている。


「……なんで?寛斗は関係ねーだろ。元5組でもねぇし」


 凜が言い放つと、寛斗は「なんでそうなるんだよ!」と文句を言う。


「……俺だってこれ以上皆に酷い目に遭わせたくないし、こんなことしやがって許せないし……捕まえられるんなら自分の手で捕まえたい。

 だから手伝わせてくれ!凜」


 寛斗は両手を震えるほど強く握りしめて、語気を強めて訴えた。どうやら寛斗も犯人の凶行には相当腹を立てており、何とかできないかと考えあぐねていたようである。この並々なる決意に、とりあえず凜はため息をつく。

 だが、他の生徒達は寛斗のために援護射撃を始めた。


「1人で行くより2人の方が心強いんじゃねーの?」

「そうだよ!きよみーとナバちゃんなら捕まえられるって!」

「いくらなんでも生田目君1人だけじゃねぇ……」


 龍星、めぐる、莉麻にそう言われ……凜は渋々腹を括る。


「……しゃあねーな。危ねぇ目にあっても知らねーぞ」


 この時、2-3の面々は話に夢中で全く気付いていなかった。次の授業は地理なので、地理担当の栗山が既に廊下にいたことに。



 こうしてこの後も2-3の面々で作戦会議をした結果……「なりすまし作戦」が採用された。

 そして見事に山川はその術中にハマったのだった。


「山川先生、元5組のSNSもしっかりチェックしてましたよね?」


 寛斗が尋ねるも、山川は再び俯いたまま何も答えない。


「ホリトモがあなたに階段から突き落とされた日、ブックオンに行ってたらしいんですけど、SNSに投稿してたらしいです。

 「今日こそ高畑きょう子のDVD買ってやるぞ!いざ近所のブックオン!」って。……これを見てあの歩道橋に行ったんですよね?」


(堀君……その年でAVなんか見ちゃダメでしょ……)


 別の意味で菫、葵、凜はドン引きしているが、寛斗は構わずに話を続ける。


「だから、恭平に頼んで「学校の近くのパワレコ寄ってから帰ろ」って投稿してもらったんです。

 これを見たから今ここにいるんでしょう?実際に行ったのは僕ですけど。

 それにこの辺、先生のお家の近くでもあるんですよね?それなら尚更襲いやすいかと」

「!!」


 作戦の内容をネタばらしする寛斗に、山川は図星だったのかどんどん顔が赤くなってくる。


「それに元担任だったら教え子の住所とか通学ルート、部活のある日もわかりますよね?

 住所さえわかればそこにある自転車にイタズラできますし、通学ルートもわかっていれば車に接触させようとしたり、上から物を投げたり、満員電車で鞄から物を盗んだりもできるはず。朝練でエアガンをう…」

「……もういい」


 寛斗が菫や凜が睨んでいた通り更に追及すると、山川は再び顔を上げくぐもった声でそう言った。再びスイッチが入ったのか血走った怖い目で大きな声を立てて笑う。やはりその形相が何とも恐ろしくて菫はまたしてもぶるっと震える。




「アハハハハ……あたしだよ!全部やったのよ、1人で!ほんっとに……元5組のクソガキ達に恨みがあって心から死ねって思いながらやったんだよ!!

 あたしを散々いじめやがったんだから!因果応報だよ!」




 遂に山川は自分がやったとハッキリ自白した。ただ後悔や反省の色は全く見えず、ただひたすら狂ったように笑い続け、元5組の連中の罵詈雑言を吐き出している。


「あのバカ達が私をクソビッチ呼ばわりして人格否定しやがって!あの新聞が貼られるまで皆いい子にしてたクセに!お前らにあたしの何がわかるんだよ!

 こっちは何もしない旦那に苦労して子育てにも苦労して、ちょっと西先生に癒してもらってただけなのに!」


 散々喚く山川だったが……新庄は冷ややかな視線で彼女を眺めているだけだった。

 

 そして……今まで黙って話を聞いていた菫はここで山川に一歩迫って距離を詰める。


「……言いたいことはそれだけですか?」

「は?」


 菫が無表情のまま口火を切ったところで、葵は誰にもバレないよう心の中でワクワクし出す。


(きたきた……。お姉ちゃんどんな風にガツンと言うんだろ?楽しみ……)


 そんなことを知ってか知らずか、寛斗と凜も真剣な目で菫を見ている。まだ話を始めるところだが、熱心に耳を傾けるようだ。


「……確かに元5組はやりすぎだとは思います。水をかけたりセクハラ発言とかは。

 あと生田目君が勝手に写真を撮って、学校新聞にスクープとして載せるやり方もよろしくなかったと思います」


 そう言われ目を伏せ俯く凜だったが、菫は更に話を続ける。


「でも……あなたが不倫さえしなければ、こんなことにはならなかったんですよ?」


「!!だから旦那が…」


 山川は早速反論しようとするも、菫は話を遮って再び問い詰める。


「ええ、家事も子育てもしない旦那さんに嫌気が指してたんですよね?

 それならなんで先に離婚しなかったんですか?

 ……いや、それ以前に不満をぶつけることもできたでしょう。あなたも家事して子供の面倒見てくれないと離婚よ!って言ったりとか」

「それで変わってくれたら苦労しな…」


 やはり山川は言い返そうとするが、菫は反論の余地を一切与えない。


「言ってみなきゃわからないですよ。もしかして、もしかしたら、あなたが旦那さんに文句を言えば案外何とかなったかもしれないですよ?」

「〜〜〜〜〜!」


 山川は悔しそうに歯を食い縛る。一方、寛斗、凜、葵は時折うんうんと頷きながら傾聴し、新庄と教師2人も感心したような表情で聴いている。


「生田目君の言う通り、私達高校生でもバッチリわかるんですよ、不倫が周りの人を裏切って傷つける行為であることがね。

 もしかしたら私達生徒の中にも親御さんがやらかして傷ついた経験のある子もいるかもしれません。それに元5組の皆も少なからずショックだったと思います。

 そういうことは考えなかったんですか?だから余計にバッシングを浴びたのではないでしょうか」

「…………」


 ここまで菫が言ったところで、凜は複雑な表情を浮かべる。


「だから……因果応報なのは、あなたです!

 あなたの人生がメチャメチャになったのは、紛れもなく自分のせいでしょう!生田目君達元5組の子らは関係ないですよ!

 それに……もし生田目君があの写真を撮ってなかったとしても、結局どこかでバレて同じことになってたと思います」


 菫が言い切ると、山川はガックリ項垂れその場に座り込んでいる。ずっと山川を羽交い締めにしていた凜は、少し前にその腕を離している。が、彼女は座り込んだままで逃げる様子はない。

 ここで、理事長の新庄も横から口を挟む。


「宮西さんの言う通りよ。私だってあの新聞見ただけでもショックだったわ。

 クビになってきっと今頃自分のやったことを反省してると思ってたのに、それどころかその怒りを生徒にぶつけるなんてねぇ……納得いかないのなら私にぶつければいいのに」


 これまでの山川の行いを嘆く新庄を、山川はキッと睨みつける。


「……なんで私だけクビにしたんですか?西先生は異動になったのに……不公平でしょ!

 こんなの男女差別よ、理事長だって女なのに……」


 力なく訴える山川に、新庄はまずは数回頷いた後で、その理由を冷静に話し始めた。


「西先生は奥さんが専業主婦だったからね〜。すぐクビにしたら奥さんもお子さんも路頭に迷うでしょう。

 だからクビではなく異動にしたの。西先生のためじゃなくて奥さんとお子さんのためよ。それに西先生ちょっと前に……離婚したわよ」

「えっ!!」


新庄から明かされた新事実に、山川はわかりやすく驚いた。


「奥さんも仕事を始めてある程度稼げるようになったからね〜。あなたとの不倫が発覚した時から離婚するつもりだったみたい。

 で、西先生も今のところは恋人も作らずに仕事に邁進してるらしいわよ〜。今西先生がいる高校の理事長がそう仰ってたわ」

「…………」

「あと、あなたの元旦那さんにもちょっと近況を聞いてみたの」

「なっ!なんでそんなこと……!」


 まさか新庄が元夫と連絡を取っていたことに、山川は衝撃を受けた。


「心配だったのよ。お子さんのこともあるから。

 でもその必要はなかったわね。元旦那さん、ご実家に程々に頼りながらお子さんと幸せに暮らしてるそうよ。家事や子育てを任せっきりにしたことは反省してしっかりやってるみたいね」

「…………」


 山川は生気の抜けた様子で呆然とする。

 再構築して再び幸せに暮らしていると思っていた西はいつの間にか離婚、しかし再び自分に声を掛けてくることはなく、離婚自体全く知らされていなかった。

 あれほど家事育児に非協力的だった元夫も心を入れ替え、子供は自分がいなくても幸せそうにしている。


 誰も自分を必要としていないことが明白なうえ、それに比べて自分は……何をやっているのだろうか。更に罪を重ね、元夫と子供を裏切っただけでなく元生徒達にまで危害を加えてしまった。

 離婚済みとはいえ、元夫や子供にどれほど悪影響になるのか……どうしてそれに気付けず元生徒達に逆恨みし、お門違いの復讐をしてしまったのだろうか。


 漸く自分のしでかしたことの重大さを痛感して意気消沈する山川に、新庄は止めを刺す。


「山川さん……あなただけよ、過去のことばかり引きずってるのは。皆こうして前を向いているのに」

「っ!!」


 堪えきれず、山川の目からは大粒の涙がこぼれた。それとほぼ同じくして……山川はパーカーのポケットに手を入れ、あるものを取り出した。

 それを見た一同は目を疑う。


(……え!!?まさか……)




「なーんだ……私なんかいなくても皆全然大丈夫じゃん…………。もう……生きるのが嫌になっちゃった……」




 最悪の事態が頭をよぎった菫の目の前で、山川が取り出したのは……カッターナイフだ。力なく呟いた後、カチカチと音を立てて刃を出す。


「ちょっと!!!何す…」


 新庄が思わず叫び、葵と大沢と栗山は止めようと駆け寄り、菫も反射的に手が出たが……遅かった。




 ひと足先に寛斗と凜がその手をガッチリと掴んでいたからだ。


「……離して!……もう本当に……ッ……嫌なんだから!!」


 泣き叫びながらカッターを持つ手を何とか動かそうとする山川だったが、2人にしっかり掴まれているせいで思うように動かない。


「やめろ!何回自分がやったことから逃げるんだよ!!」

「せめてこれからは真っ当に生きていけよ……お前が裏切ったガキのためにもな!」


 寛斗と凜の説得が多少なりとも効いたのか……カッターを硬く握っていたはずの山川の手が少しだけ緩む。その瞬間を見計らって葵は山川の背後に回り込み、一瞬の隙をついてカッターの持ち手を掴んで引き抜いた。




「うッ……ぅううっ……」




 葵にカッターを取り上げられた後も山川は涙が止まらず、路上にうずくまっていた。新庄は安堵したのか大きく息を吐き、そんな山川の目の前にしゃがみ込む。


「山川さん……今できることは一つだけよ。あなたがやったことはれっきとした犯罪で、最悪誰かが死んでたかもしれないわ。今回は幸い、そうならなかったけど。

 それでも酷い目に遭わせたのに変わりはないんだから。……ちゃんとその罪を償ってください」


 そう諭した新庄に同調し、菫も葵の肩を叩きながら山川へ語りかける。それに応えるように葵は警察手帳を取り出して見せる。


「そうですよ、山川先生。お子さんのためにも……自首してください。ちょうどここに警察官もいますから」


 葵は山川の手を取って立てるかどうか訊くと、山川は小さく頷きゆっくりと立ち上がった。


「……今から署に行きますよ。私も一緒ですからね」


 そう言い聞かせ、葵は山川を連れてとりあえずここから近い警察署へと向かうことにした。


「清宮君、生田目君、先生方、ご協力ありがとうございます」

「いえ、僕達もお姉さんが来てくれて心強かったです」

「こちらこそありがとうございます」

「生徒だけだと危険だから助かりました」

「まさか宮西さんのお姉さんが警察官だなんて、大助かりよ」


 深々と頭を下げる葵に、寛斗と教師2人と新庄がそれぞれ礼を言い、凜も何も言わずしっかり頭を下げる。


「菫、私ちょっと遅くなるし先に帰っててー」

「オッケー!」


 そして葵は最後にこう言って菫が返事をした後、山川と共に警察署へと去って行った。



「全くもう……囮捜査みたいなことをするんだから。危ないじゃないか」


 葵と山川の姿が見えなくなってから、生徒3人は渋い顔の栗山から諌められ、ギクっとした。


「す、すみません……でもどうして栗山先生と理事長と校長先生が……?」


 とりあえず謝りながらも、寛斗はなぜ栗山だけでなく大沢や新庄までがここに来ていた理由を尋ねる。


「いやぁ……実は聞かせて貰ってたんだよ。前3組の皆で作戦会議してたのを」

「あっ……そういえばあの時、次の授業地理でしたよね」


 菫がふと思い出してそう言うと、栗山はその通りとでも言わんばかりに大きく頷いた。


「心配だから先生から理事長と校長先生に声をかけて、ご無理を言ってついてきてもらったんだよ」

「でも私達、別に来なくてよかったかもしれないですよね。ねぇ、校長」

「あ、ああ。そうだなァ……」


 新庄に同意を求められ、大沢は少し引き攣った笑顔で同調した。そして新庄は危険を冒して見事事件を解決した菫、凜、寛斗を褒め称え、拍手を贈った。


「それにしても……宮西さん、生田目君、清宮君。元5組の皆のために動いてくれてありがとう。よくやったわね!カッコよかったわよ!」

「いいえ、とんでもないことです」

「当然のことをしたまでですよ」

「…………」


 謙遜する寛斗と菫の横で、凜は何も言わずに首を横に振った。



 その翌日……公ヶ谷高にとっては数日ぶりの平穏な朝がやってきた。菫はいつものように他の沢山の生徒達と共に校門を通過し、朝の光の射す昇降口に入り、2-3の下駄箱に向かう。


(……あ!)


 すると、下駄箱に先客がいることに気付く。外ハネに巻いた髪に大きなヘアピンをつけ、スクールバッグとテニスのラケットバッグを持って靴を履き替えている。菫は彼女に駆け寄り、声を掛けた。


「おはよう、畔柳さん」

「あ……!おはよ」


 昨日の朝振りに見た未夢はもう怯えている様子はなく、普段と特に変わらない。ただ、菫から話しかけられるとは思わずに驚いたのか、目を白黒させながら返事をした。


「あのね、畔柳さ…」

「やっぱり山川の仕業だったんでしょ?」


 菫が昨日の話を切り出す前に、未夢は菫が伝えたかったことを言い放った。

 びっくりする菫だったが、よくよく思い出してみると……昨日家に帰ったところで2-3のグループLIMEに寛斗から早速届いていた。事件の顛末が書かれたメッセージが。

 これを見ためぐる達から、菫は既にLIMEで礼を言われたり賞賛されていたのだ。


「……そうね。まぁ畔柳さんの言う通りであながち間違いじゃなかったわ」


 菫がそう返すと……


「……ありがとう。あの時宮西さんがいなかったら、私……死んでたかも」


 未夢は少し気恥ずかしそうに礼を言い、菫が返事をする前にドタドタと足音を立てながらそのまま去って行った。


(いやいや……当然のことをしたまでよ。そんなことより……


電話で話してたこと……聞いちゃったわ。ごめんなさい……私あなたより年だし、たぶんすぐ忘れるから!)


 菫は靴を履き替えるのも忘れてぼーっと突っ立ったまま、心の中で未夢に謝った。




 その頃、未夢は足早に教室へと向かっていた。菫と鉢合わせた時とは打って変わり、イライラした様子で。




(フン、助けて貰ったことは感謝するけど……


私……アンタのことなんか嫌いなんだから!)




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